Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月29日) 

2020年08月29日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ソーシャル・ディスタンス=2メートルは間違い,2度目の感染症例,弱毒化を呈するウイルス変異体,中国におけるアウトブレイク封じ込め成功,男性が重症化する理由,高齢者が重症化する理由,神経合併症(致死性壊死性脳炎,上肢の多発神経障害,脳波モニタリング,ミクログリア活性化),重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬です.
「男性が重症化する理由」では,男女のウイルス感染に対する免疫反応の違いが提唱され,また「高齢者が重症化する理由」では,気道を支配する迷走神経が,神経伝達物質の放出を介してマクロファージと連絡するという「神経免疫ユニット」の概念が提唱されています(肺脳免疫連関とも言えるかもしれません).これらはCOVID-19によりもたらされた新しい学問領域と言えると思います.

◆ソーシャル・ディスタンスの距離は状況で変わる.
「ソーシャル・ディスタンスは2メートル」とよく言われるが,このルールは,時代遅れの科学に基づくものだと指摘する論文が英国から報告された.実際にウイルス粒子は咳や叫び声などにより,7~8mも届いてしまう.「ソーシャル・ディスタンス」の距離は,マスク着用,屋内外,換気や密の具合,接触時間など,複数の要因を考慮すべきである.図1は,これらの要因により感染リスクがどのように変化するかの目安を示している(緑:リスク低,黄:リスク中,赤:リスク高).改めてマスク着用,換気,大声出したり歌わないことの大切さが分かる.また混雑したバーなどの屋内環境では感染リスクが高く,2m以上の距離をとることや,滞在時間を最小限にする必要があることも分かる.
BMJ. Aug 25, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m3223)



◆初回感染から4.5ヶ月後の2度目の感染例.
話題となった香港大学からの報告.患者は生来健康な33歳男性,軽症の呼吸器症状にて発症し,3月26日,PCR陽性にて診断された.29日に入院したが,軽症で症状消失し,2度,PCR陰性を確認したのち4月11日に退院した.その後,欧州に出かけたが,8月15日(初回感染から142日後)の帰国時,空港で再度PCR陽性となった .2回の感染時の検体を用いて,ウイルスの全ゲノム解析を行い比較したところ,B細胞やT細胞のエピトープを含む9種類のタンパク質に23ヌクレオチド,13アミノ酸の相違を認め,感染の持続ではなく再感染であることが確認された.ゲノム配列情報をデータベースを用いて確認したところ,1回目のウイルスゲノムは,2020年3月/4月に登録された株に近く,2回目のものは7月/8月に登録された株に近かった.著者は「自然感染やワクチン接種による集団免疫を目指しても,ウイルスがヒト集団間で循環し続ける可能性がある」と述べている.しかし2回目の感染は,1回目と異なるウイルス株であったにも関わらず無症状であったため,本例の意義については多数例での検証が必要であろう.
Clin Infect Dis. August 25, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1275)

◆弱毒化を呈するウイルス変異体の発見.
シンガポールからの報告.SARS-CoV-2ウイルスのORF8領域に382ヌクレオチド欠失(∆382)を有する変異体が報告されていた(この領域はコロナウイルス変異のホットスポット).この欠失が臨床的特徴に及ぼす影響が検討された.1月22日から3月21日までの間に,感染が確認された278名のうち131名が対象となった.野生型ウイルスのみに感染したのは92名(70%),野生型ウイルスと∆382変異型の混在感染が10名(8%),∆382変異型ウイルスのみに感染したのは29名(22%)であった.酸素吸入を要する低酸素血症の頻度は,野生型群では92人中26名(28%)であったのに対し,∆382変異型群では29名中0名(0%)であった.年齢および併存疾患の存在を考慮した調整後オッズ比は0.07で,∆382変異型群の良好な経過が示された.またΔ382変異型群では炎症性サイトカイン,ケモカイン,成長因子の濃度が低値であった.この変異体が,ウイルスの弱毒化に関わる可能性が示唆される.
Lancet. August 18, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31757-8)

◆中国における2回目のアウトブレイクに対する封じ込めの成功.
本年6月,中国2回目のアウトブレイクが北京で発生した.56日間連続して感染がなかったものの,6月11日に海産物市場(!)に勤務する50歳代男性の発症が確認された.同日にアウトブレイクアラートが発令され,市場は翌日から閉鎖された.13日から対応策が強化され,PCRによる症例の発見と隔離,濃厚接触者の追跡と隔離が行われた.近隣地域でも積極的なPCRや疫学調査の拡大,移動制限も行われた.結果として93名(27.8%)の無症状感染者を含む335名の感染が確認されたが,7月5日以降は感染者がなくなり,封じ込めに成功した.最初の患者の発症からアウトブレイクアラートまでの期間は7日間と短く,かつ24時間以内に地域住民を対象とした感度の高いサーベイランス,迅速な調査と封じ込め対策を実施し,大規模な流行を回避した. → 図2の患者数と期間を見ると,第2波の封じ込めがうまく行かなかった東京と対照的と感じてしまう.
JAMA. August 24, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15894)



◆男性が重症化する理由は,ウイルスに対する免疫反応の性差で説明できる?
COVID-19の予後に性差が影響するという報告が増えている.米国からの報告で,軽~中等症の入院患者39名(男:女=17名:22名)においてウイルス特異的抗体価,血漿サイトカイン,血球タイプなどの性差を検討した.男性患者では,IL-8,IL-18などの炎症性サイトカインの血漿中濃度が高く,非古典的単球の誘導がより強固であった.一方,女性患者では,ウイルス感染時に男性患者と比べ,T細胞活性化(とくにCD8+T細胞)が有意に高く,かつ高齢であっても持続していた.T細胞応答は患者の年齢と負の相関があり,男性では高齢であるほど劣り,病状悪化と関連した.これに対し女性患者の病状悪化は自然免疫系の炎症性サイトカインの増加と関連していた(男性では認めなかった).これらの免疫反応の性差が予後の性差に関与している可能性がある.
Nature. August 26, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2700-3)

◆高齢者が重症化する理由は「神経免疫ユニット」の機能低下で説明できる?
高齢者で重症化する機序についての仮説が英国から提唱された.図3は「神経免疫ユニット(neuroimmune unit;NIU)」の構成要素とその年齢依存性の機能不全を示す.気道を支配する迷走神経線維は,神経および気道関連マクロファージと密接に関与し,アセチルコリンや神経ペプチドなどの神経伝達物質の放出を介して常駐するマクロファージと連絡する.このマクロファージは,自然免疫応答を調節し,SARS-CoV-2感染などの後の炎症を抑える.しかし加齢により,迷走神経活動と免疫監視機能が低下すると,炎症性サイトカインの産生が増加する.またウイルス感染後,免疫細胞により炎症性サイトカインはさらに局所的に産生されるが,迷走神経活動はその産生を抑制し,炎症の解消に作用する可能性がある.つまり加齢に伴う迷走神経免疫調節機能の低下と病原体に対する免疫細胞反応がサイトカイン・ストームを誘発し,呼吸不全および死に至る可能性がある.NIUは新たな治療標的である.
Nat Rev Neurol. August 25, 2020(doi.org/10.1038/s41582-020-0402-y)



◆神経合併症(1)致死性壊死性脳炎.
フランスからの症例報告.低栄養を認めた56歳男性が意識障害にて発見され,急速に増悪し,受診36時間後に死亡した.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液PCRは陰性.画像所見では脳浮腫,両側視床病変による第3脳室圧迫,および造影所見を認める小脳病変による第4脳室圧迫があり,これらによる急性水頭症を認めた(図4).考察ではCOVID-19による脳炎の診断は,現状では除外診断になること,ならびに急速進行性に悪化しうることを強調している.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000945)



◆神経合併症(2)長期腹臥位換気後の上肢の多発神経障害.
ニュージーランドからの症例報告.肥満(BMI 42.6)を認める55歳女性が,7日間の呼吸器症状を認め,PCR検査にてCOVID-19と診断された.人工呼吸器が装着されたが,低酸素血症が持続し,1日16~18.5時間の腹臥位換気が行われた.11日後に抜管されたが,両肩(外転,回外)の高度脱力,指(外転)の軽度脱力,両側腋窩神経領域のしびれを認めた.頸部と上腕神経叢のMRIは正常であったが,両側の棘上筋,棘下筋,三角筋に対称的なMRI信号異常が認められた.臨床,画像所見,電気生理学的所見を総合すると,両側肩甲上神経,腋窩神経,尺骨神経の多発神経障害と考えられた.著者らは長時間の腹臥位換気が,上腕神経叢の血液神経関門の損傷を引き起こし,これらの多発神経障害を発症する素因になったと考えている.頻回の体位変換が防止に有効な可能性がある.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000944)

◆神経合併症(3)脳波モニタリング.
米国からの報告.対象は脳症を呈した重症患者5名で,うち3名で痙攣様異常運動を認めた.脳波はびまん性緩徐化や全般的,律動的デルタ活動を呈していた.また,2名では2~3Hzに達するてんかん様放電が認められ,うち1名は非痙攣性てんかん重積発作,もう1名はミオクロニー運動を伴うてんかん重積発作を呈していた.臨床症状および脳波異常は抗てんかん薬により改善した.COVID-19脳症に対し,脳波モニタリングは抗てんかん薬による治療開始の決定に有用である.
Eur J Epilepsy August 21, 2020(doi.org/10.1016/j.seizure.2020.08.022)

◆神経合併症(4)COVID-19患者脳幹におけるミクログリア活性化.
スイスからの報告.COVID-19患者7名の神経病理学的所見を,他の疾患対照群(非敗血症性患者5名と敗血症性患者8名)と比較した.COVID-19患者のうち,3名が神経症状(昏睡,見当識障害,めまい)を呈した.脳内ミクログリアの活性化がCOVID-19の神経症状に関与しているという仮説を立て,ミクログリア活性化のマーカーである抗HLA-DR抗体を用いた免疫染色を行ったところ,橋,延髄,嗅球などにミクログリアの活性化が認められた.COVID-19患者の脳幹におけるミクログリア活性化は,非敗血症性対照群に比べて有意に高かったが,敗血症性対照群とは差はなかった.以上より,COVID-19患者で観察された脳幹のミクログリア活性化は疾患特異的な所見ではないと考えられた.またCOVID-19患者における脳へのリンパ球浸潤や,ACE2発現の増加も認められなかった.
Acta Neuropathol. August 6, 2020(doi.org/10.1007/s00401-020-02213-y)

◆新規治療:重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬.
COVID-19では,サイトカイン放出に由来するリンパ球減少や高度の炎症反応を伴う肺炎を呈する.これらのメディエーターはJAK(ヤヌスキナーゼ)-STATシグナル伝達経路によって転写制御される(図5).このためJAK阻害薬で,関節リウマチに対して本邦でも保険適応のあるバリシチニブを重症例20名に用いた観察縦断試験がイタリアから報告された.バリシチニブ 4 mg を 1 日 2 回 2 日間使用し,その後残りの 7 日間は 1 日 4 mg 使用した.バリシチニブ群では,治療終了後に死亡した患者は20名中1名(5%)であったが,非バリシチニブ群では56名中25名(45%)が死亡した(p<0.001).またバリシチニブ群では,IL-6,IL-1β,TNF-αの血清レベルが著しく低下し,T細胞とB細胞の循環頻度が急速に回復し,ウイルススパイク蛋白に対する抗体産生が増加した.これらは酸素吸入量の減少や,P/F比(酸素化)の改善と相関した.重症例に対する有効治療がなかなか確立できないでいるが,観察研究とは言え,生存率とサイトカインの双方に著効を示したバリシチニブは期待が持てる.
J Clin Invest. Aug 18, 2020(doi.org/10.1172/JCI141772)



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