Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

トレーニングでEQ向上?

2013-09-14 | 雑感
オーバーハング登攀練習が中止になったので夕方から走りに出かけた。足元が悪くて考えたが、予定していた運動量に匹敵するのは長い距離と山登りしかないだろうと思って、久しぶりに八キロコースを選んだ。どうも四月以来のコース取りのようである。二回目となる短い更に新しい日本から取り寄せたパタゴニアのショーツで走った。

沢沿いの道は特に後半の僅かな登り勾配が飛ばせるようになったのは最近のことであり、走り出しもショーツが快調であった。なるほど米国人が書いていたように五インチであると太ももに付き纏うような感じが否めないが、三インチであるとそれがまったく消える。要するにスピードだけを目指すならば短い方がよい。

その成果もあったのか、1844歩11分の記録は悪くはない。山登りで歩いて5988歩31分、降りてきて6860歩、51分も足元の条件からすれば十分だ。腰に張りがあるので注意しなければいけないが、週末に掛けてもう少し走行距離を伸ばしたい。走りこみは、近々天気が良くなって来た暁には必ず活きてくると信じている。

夕方のラディオ番組で、高IQの人達が社会不適合で悩んでいる話題が特集されていた。所謂エリート教育の社会問題にも関わるのだが、それ以上に中には生活保護を受けているような人も少なくないようで、論理や洞察力以上に社会適合性が必要とされる場合が多いと自らが語っているのである。こうした問題は、画一的な教育や平均化された日本の社会では当然のことであるが、連邦共和国においても問題となっているのには少々驚いた。

最近は、IQに対してエモーショナルクオォテEQと言う言葉も使われているようだが、感情的に共感できたりする能力を指すとされていて、なるほどIQの場合は他者の思考に関しては関係していさる。それを十分に察知して認識する能力は有するとしても、他者の深層心理に属したり未分化な感情などに共感できないことを指すだろうか。当然自身にも走した未分化な感情があるわけで、それを如何に察知できるかと言う能力がEQとなるのだろうか。



参照:
一時間ほどのことだけど 2013-04-22 | 生活
IQの低い移民とその社会 2010-09-03 | 歴史・時事

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