Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

大洋を臨む福一の神話

2013-09-12 | 文化一般
文化欄の第一面に日本の展示会の紹介が出ている。確か二回目だと思うが、日本では大きく取り上げられることの少ない展示会なのだろうか、少なくともネットでは気が付かなかった。そもそも日本には三面記事の連なる一般大衆紙しかなく高級新聞と言うものが存在しなくて、本当に文化的な文化欄なども存在しない。

名古屋の名古屋市美術館で十月二十七日まで開かれているAWAKENINGと題する展覧会である。そこで注目を集めているのが1996年にヴェニス建築展でも話題となった宮本佳明の設計による「福一神社」の展示である。

第一面大きくカラーで載っているそれを観て、心打たれない者はいないだろう。一号機から四号機までが、綺麗に建てられた神社の社の木造建築の石棺に納められているモニュメンタルの模型なのである。

そこで創造されているのは決してキッチュでポップなパロディー化した現代アートではなくて、まさしく日本人の神道精神を揺さぶる負の文化遺産としての千年の永久を語る造形なのである。これほどに造形物として、フクシマを表現した芸術があったろうか?

入母屋造の二号機から四号機に対して、41メートル四方の小さな一号機は宝形造が採用されて美しい木組みが太平洋を臨む。最も高い屋根が88メートルにも及び、世界中に御馴染みとなったあの明るいブルーと白の壁の建屋がこうして生まれ変わるのである。それは米沢の上杉博物館の武将のように大洋に向かって死者を護るかのように聳えるというのである。

当然の事ながら、神社であるから屋根を樹皮によって葺き替えてと、絶えず手を加えて永久の時の流れの中で護り続けなければいけないのである。そして御社の周りにはその吹き替えのための樹林された林が立ち囲むのだ。

フクシマはもはや神話そのものなのだ。広島や長崎が忘れ去られた永くその後もである。



参照:
Fukushima bleibt nur die Totenwache, Ulf Meyer, FAZ vom 6.9.2013
君が代はおろかしく厚顔 2008-08-15 | 雑感
空虚な文化行政の体験 2006-06-06 | 文化一般

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