Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

逸脱してその実体に迫る

2006-05-03 | 
逸脱した芸術とは、一体どう云ったものであるのか?色々な説明がなされている。只そういったものを総称して定義すると、これまた具合の悪い事になりそうな直感は誰にでもあるのではないか。反対側に違う「引き出し」を準備するだけのことなのである。「既成の概念に捕われない自由な発想で創作された芸術」では、元も子もないような気がする。要するに、概念を逸脱する事でその概念の本質に迫ると云う事になるのだろうか?概念とか実体とか云い出すと深遠な哲学になりそうなので境界を引こう。

先日の展覧会のプリンツホルン・コレクションは、その点明快であって、診療行為としての創作と定義する。またそのカタログからの作曲も演奏されて、造形芸術とは違う視点が得られた。先ず共通した意識として、何らかの精神病理的な問題を持っている作者の発言は、何処で、誰に、どのようになどの目的が明白に無い事であろう。上述のリンクにあるような公開を目的としないものがこのジャンルの定義ならば当然であろう。そのような創作上の意識の相違は、アマチュアーとプロフェッショナルとの相違と出来るかもしれない。

万が一、療養目的からそうした指導がされていたとしたならば、その逸脱と云う面では可なり境界が怪しくなってくる。プロフェッショナルならば如何に勧められても、観衆なり聴衆なりを意識せずには居られないが、アマチュアにこれを認めると自閉的な創作活動となるような気がする。元来、客観的な視野やその基準の措きかたに障害がある患者が、人に如何に理解させようかと想いを巡らすのだろうか?

ライプチッヒの鉄道マンであったオスカー・ヘルツベルクの一曲は、まさにミニマルなパターンの繰り返しとその逸脱と云うジョン・ケージ並の1910年代の作曲であって、後者が1950年代にそうした逸脱した空間を知的に演出したのに対し、前者は意識する事無しにそれを繰り広げている。後者においては聴衆への説明やユーモアが含まれているのが、前者では聴衆の存在は端から無視されている。

もう一曲は、五線譜で書かれたものでは無く暗号のようなグラフィックを、五線譜化する試みがなされていた。これなどは、コード解析と同様で、音楽自体が元来こうしたピタゴラス的な論理の音化であった事を思い起こさせる。謂わば、そのような論理を音化する事で、符号化・文字化や数式化したものよりも時系軸の中で直感的に捉え易くしようと云うものなのである。但し、その鍵を鳴り響く空間の中で捉えきる事が出来るかどうかはまた別問題なのである。

こうして考えてくると、作曲家クセナキスなどの自らの楽曲への説明の価値が自ずと知れてくる。気鋭の作曲家ミヒャエル・マイヤーホッフの特殊奏法で変性した低音の倍音列を使った試みは、ここの病院治療とは関係が無いが1980年代以降のチェロなどの特殊奏法を系統的に使用していて価値があった。云うなれば、ここではチェロと云う楽器はその特性をどんなに変えられても、チェロとしての概念を維持する事になる。つまり概念チェロが浮かび上がる。通常の倍音成分とそこから逸脱した倍音成分の融合と組み合わせが妙である。

これとは反対に、ハインツ・ホリガー作の「トレマ」は、日常には良くある右手の動きに左手を合わせまたはその反対の調整能力を示すような楽曲であるが、こちらはフラジオレット奏法の高音倍音の浮遊感が面白い。嘗て、田舎の村の自衛団のオジサンにこの曲を聞かせた時のことを思い出した。彼は、この曲の心象風景として「洞窟へと船が入って行く光景から、その後のお腹の中で虫が騒ぐ情景まで」を事細かく説明してくれた。この作曲家は知られているように、名演奏家でもありその作風も決して前衛とは云えないが、聴衆層をハッキリと絞っている。

こうして狂った様々な作品が検討されたのだが、要するに逸脱して変性する事でそうでない日常の特性や実体を確認する作業にもなっている。しかし、歴史的な意味合いにおいてダダイズムや表現主義から即物主義へとの流れを見て行く時、狂人の創作が決してそれ以上に逸脱していない事に注目するべきなのだろうか。つまり、現在も現実の実社会の方が狂人の創作の世界よりも随分と逸脱しているのだろう。変性した創作からその差異を教えられる事が多いのはそのためである。



参照:ライク・ノー・アザー [ 文化一般 ] / 2006-04-05

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