Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

あまりふれたくない真実

2009-11-03 | マスメディア批評
経済の話題だけを書きとめておく。株価に影響する事実かどうかは分からないが、それが分かっているなら書かない。先ずはこっそりと儲けさせて貰う。事実であってもデマでないが、どうでも良いのだ。一つは、ナノテクニックへの法的規制への検討である。どうもラジオで小耳にした話では、グラスファイバーのような健康被害が予想されているようで、ナノテクニックを使った商品への規制が検討されると言うのである。スイスや日本などのそれに特化している企業では株式を上場している限り評価に影響が出るのは当然であろう。一つは限られた情報ながらライアンエアーの一部路線での座席占有率の目に余る低さであって、新型の大型機を発注しているようだが本当に大丈夫なのだろうか。あれだけ安ければ三分の一の占有率なら殆ど無駄に飛ばしているように思うのが普通の考えだろう。株式市場の会社評価などは全く好い加減なもので、常時正しく評価出来ているならば誰も得も損もしない。体の良いルーレット博打である。

そのように報道のあり方は重要なのは改めるまでもないが、興味深い記事「ドイツ国内の人種差別」をBLOG「クラシックおっかけ日記」に見つけた。その事件に対する見解はコメントとして書きとめたので繰り返さないが、WIKIなどでもその報道の温度差が囁かれている。そしてその「些か面倒な気持ち」は私自身も変わらない。要するに外国人問題の煩雑さに繋がる問題であり、尚且つCNNの様にTV族の好奇心を煽って、それを表層的に扱って報道とするジャーナリズムにもヘキヘキなのである。三流大衆新聞を見たくもないのにそれを目の前に黙って置かれる時のようなあの気持ちなのである。

ここでまた連邦共和国の外人問題の歴史的考察までには触れられないが、殆ど嫌悪感を呼ぶようなその心理には深いものがあるだろう。もちろんそうした心理が、外国人嫌悪や締め出し政策として容易に解放された時期は遠い昔の話となってしまったからである。とはいっても、そうした心理が捻くれた形で鬱積している訳でもない。その反面、移民法の法的欠陥が示すような自己矛盾はまさにEU議会におけるチェコへの譲歩案のようなもので、みてくれが悪いだけでなく、理念だけでなく法的にあってはならないものなのである。

そうした苛立ちと共にグローバル化の時代にドイツ企業が政府に圧力を掛けてグリーンカードを導入させてでも即戦力の教育を受けた「人材を輸入」しなければいけない状況は、その昔トルコ人の手が欲しかった状況よりも遥かに売り手市場で具合が悪かったのである。ある意味、移民政策が根本から腰砕けになってしまい、知識人や企業ならずとも、一般国民が外国からの人手がなくては現在の自らの生活水準が護れないと気付いたその時だったのである。それで分かるようにグローバリズム反対論者の主張は、その時点でその基盤を失ったと言えるかも知れない。こうした社会情勢は、右翼とか左翼とかの存在が現実的な意味を失い、中道勢力が支持を伸ばしている背景となっているのだろう。

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