市民活動総合情報誌『ウォロ』(2013年度までブログ掲載)

ボランティア・NPOをもう一歩深く! 大阪ボランティア協会が発行する市民活動総合情報誌です。

2007年1・2月号(通巻422号):この人に

2007-01-10 12:49:09 | ├ この人に


松居友さん(ミンダナオ子ども図書館・ディレクター)


インタビュー・執筆
編集委員 近藤鞠子


取材に臨んで…いつもはフィリピンで子どもたちとかかわっている松居さんも、毎年10月、11月は日本各地を回り、DVD持参で「ミンダナオ子ども図書館」の活動を熱く語る。一人でも多くの人にこの子たちのことを知ってほしいと。午後からの講演を控えたお忙しい朝に、会場でもある大阪市立中央図書館でお話を伺った。

——久しぶりの日本の図書館はどうですか。フィリピンでは「ミンダナオ子ども図書館(*1)」を主宰されているんですよね。やっぱり子どもたちに本の貸し出しをしたりとか…。

 ええ、本の貸し出しもしてますよ。一番のメインは読み聞かせ。でも、日本の図書館のイメージとはかなり違うでしょうね。スカラシップでしょ、医療プロジェクト、それから、子どもの避難シェルター、孤児院、非常事態の難民キャンプとして農地を解放するとか、政治が安定していないからいろいろやりますよ。ひとつひとつ認可を取っておかないと何かあっても活動できないので全部入れてあるんです。

——ええっ、図書館で医療ですか。というと診療所を開いたり…

 いえ、病院は持っていません。お手伝いっていうか、地元の病院やいろんな医療施設と連携しながら、その子の症状によって入院させたり面倒をみるわけです。ミンダナオでは難しい手術が必要な子が多いんですけどね、ほとんどのNGOでは健康診断的なことしかしないです。大変、医療は。手取り足取りで。子どもが入院するときには親も一人付いてもらうし、その人の食事も要るでしょ。ほんとに貧困家庭ですから、交通費もないので送り迎えもやらなくちゃならないし、最後のチェックまで全部必要なわけです。だけど、医療活動は心理的効果も大きい。ミンダナオ子ども図書館という名は知らなくても、「あの日本人のファンデーションに行けば救ってもらえるかもしれない」と口コミで広がってね、かたくななイスラムの方々も心を開いてくれましたから。

——フィリピンは宗教も民族も言語も多様でしょう。大変だと思うのですが、もともとフィリピンには、そういう活動をしようと思って行かれたのですか。

 いや、フィリピンに行ったのはほんの偶然です。更年期の心の危機でね、孤独から救われたくてアジアのどこかへと漠然と思っていたんです。そしたら神父さんに、フィリピンのハウスオブジョイ(*2)を勧められて。そこで出会った子どもたちのことが忘れられなくて帰国後またフィリピンへ。その頃はNGOに興味はありませんでした。それが、02年にね、イスラム教徒の村ピキットが爆撃されて5万人を超す難民が出たんです。

——5万人の難民ですか、知りませんでした。

 知らないでしょう。日本の新聞にはほとんど報道されませんでした。アメリカ軍とフィリピン政府軍の軍事演習、テロリスト掃討作戦で、大規模な空爆と地上戦が展開されてね、電気もない自給自足の貧しい村に、ヘリコプターが来て爆弾を落としたんです。突然ですよ、家を焼かれ親兄弟を殺され。先進国はそこに天然ガスがあるから入って来た。テロリストはこうして生まれるということを先進国は考えなくちゃいけない。テロリスト掃討作戦は、テロリスト製造作戦ですよ。近づかないように忠告されながら、僕は難民キャンプに入ったんです。ひどかった。笑顔をなくした表情のない子どもたち。これは何かしなければと思いましたね。この子に何かしてあげたい、この病気を何とかしてあげたい。自分が離婚で苦しんでいただけに、傷ついた子どもたちが我が子のように思えたのかもしれません。そういう気持ちがいまの活動を起こしているわけです。いまも変わりません。

——フィリピンは昔から欧米や日本と関係が深かったんですよね。

 日本や欧米の鉱物資源開発やプランテーションがたくさん入って来ています。そこにはもともと先住民が住んでいて自給していたわけですね。それがそこから追い出される。雇用する側も正規雇用は大学卒、日雇いは高卒以上という規定があったりして、現地の人はほとんど高校なんか出ていませんからね、日雇いにもなれない。結局もっと貧しくなってまた移らざるを得ない。農産物や鉱物資源に恵まれているのに80%は貧困層です。利益は海外の企業やフィリピンの金持ちにいって、過去何万という人が土地を追われてもっと貧しくなった。それが現在も続いていて、海外に出稼ぎを余儀なくされ家族はばらばら。子どもたちはじっと耐えて待っているんです。

——日本の子どもたちの方がずっと恵まれているのに、子どもの自殺が増えているなんて、どうしてなんでしょう。

 日本は経済的には恵まれているけれど、心は貧困ということでしょうね。興味深いのは、先進国の中で自殺率が高いところにストーリーテリング(本の読み聞かせ)とか出版が盛んだということです。自殺率が高いということは、孤独で心の崩壊が進んでいる。
 かつてお話の生きている社会を人類は持っていたわけですよね。それが、物質文明が盛んになるに従って昔話が消えていった。すると、グリムのようにそれを集めて本にする人が出てきます。本を出版して、図書館を中心に誰でも本が読めるようにし、その中でストーリーテリングが生まれていきますね。お話が消えていく社会では心が崩壊していくという危機感を人びとは持つんだと思います。ユングとかフロイト、日本では河合隼雄さんというような心理学者が、昔話の大切さを学問的に言いはじめてね。
 ミンダナオはまだお話が生きている社会です。見えないものの存在、自然界の不思議なスピリットを信じ、語りが生きている。日本もお話の生きている社会にもう一度戻さないと、心の問題が解決できない。でも、すでに物質文明化した社会の中で突っ走っていますでしょ。それを最高の価値としておいていますから、昔話が生きていた社会がどうだったかなかなか見えない。そうして経済的に豊かなものですから、自分たちの方が先進国で先に進んでいると思い込んでいる。ストーリーテリングをしている自分たち、本を出版している自分たちの方が、それがない社会よりも上だと思っているんです。そこに大きな誤りがある。実は下なんです。崩壊しているからストーリーテリングや絵本を出版しようとしている。そうした謙虚な視点に立たないと自分たちがどこへ戻らないとだめなのかが見えてこないです。

——昔話の力ということですね。

 そう、僕が言い続けてきたのは、大きな意味で「万物を創造する力としての愛」ということなんです。愛っていうのがだんだん希薄になっていくというか、生活の力がなくなっていくと創造力が希薄になっていく。賛美したり感謝したりする気持ちもそうです。昔話は絵本のない時代からずっと語り継がれてきたものですから、その中にあるものは自然界の創造の力、共通するものがありますよ。言葉にも魂がこもる、言霊ね。作品の中に込めるものが希薄だったら、やっぱり希薄な魂は消えていきますよ。
 ミンダナオの若者たちはほとんど絵本を見たこともないし、読み聞かせも知らない。でも昔話は聞いたことがあって語ることができる。彼らが選ぶ絵本を見ていると、最終的には昔話ですね。海外のものでもグリムとか。それ以外のものはあのミンダナオの自然の中で存在感がぼけてきます。力がない。そういった意味では現代の日本の絵本もわりかたそういう絵本になるのかなという気がちょっとしますね。

——どんな本がいい本なのでしょう。絵本もそうですが、どんどん新しい本が生まれていて、どれを選んでいいのか迷ってしまいます。

 人間の創りだすものの中で、深く感動させるものってあるじゃないですか。何か宇宙の持っている根本的な創造力というものが作者の中にあって、それを表現せざるを得ない。それが創造の力です。自然界自体も創造ですね。それから先住民が培ってきた伝統文化、自然の中で生きていく人びとの生活力。その本の中に、人間の創造する力を含んでいれば含んでいるほど人の心を深く感動させるし、それが地味であっても心に残る。そういったものを人びとに提示していくのがプロの仕事だと思うんですね。それが分からなくなってしまった。本来の創造の力からすごく切り離された生活をしてしまっていて、情報に流されている。何が伝えたいのかっていうもう一段掘り下げた部分が見えなくなっていますね。
 子どもの選ぶものも読んであげたらいいし、親が選ぶのも読まなければいけないし、その双方の対話みたいな感じが大切ですよね。ただ読んであげるじゃなくて、「なんで読んであげるの、何が伝えたいの」。それが一番根本的なものでしょう。

——ミンダナオでも読み聞かせやボックスライブラリー(*3)を進めておられますが、現地の人びとと絵本や本とのかかわりは…。

 現地に行ってつくづく感じたんですけど、絵本っていうのは経済的に豊かな国でしか作れないし、豊かな人しか買えない。それを非常に貧しい人たちの中に持っていくとびっくりするわけです。もちろん世界の知識とか、識字教育なんかで役に立つといういい面もありますけど、危ない面も意識してほしい。それを持ち込む人たちの心の中に自分たちの方が上だという潜在的な意識があったりするとね、オリジナルな文化を卑下して破壊していく結果になる、そこが一番大きな問題。まず大事にすべきは現地の出版物だと思いますね。
 私たちの読み聞かせでは、それぞれの現地の言葉でやります。そうすれば彼らも自分たちの文化に誇りを持つことができる。ただフィリピンの出版物はほとんど英語と北のタガログ語で、南のビサヤ語やマノボ族など先住民の言葉、イスラム教徒のマギンダナオ語の本っていうのは全くない。政府は英語とタガログ語を奨励し、これ以外の言葉を使うとペナルティを科する学校もあるくらいです。それに、いくら現地語で語ってもお話する絵本自体が先進国のものですから、これはもう自分たちで作るしかない。そのためにミンダナオ子ども図書館では、オリジナルな昔話を収集しまとめていってます。出版の技術を伝えるのは私の役目。経済的には貧しいけれど、彼らの文化は、心の崩壊、心の貧困の中で苦しんでいる日本の人びとにとっても大事なものを含んでいます。私たちはお互い助け合う必要があると思いますね。

——スカラシップもお互いの助け合いになるわけですね。それにしても、小学生より高校大学生のスカラシップを重視しているのには、何か思い入れでもあるのですか。

 あえてお金のかかる高等教育をめざすのは、極貧家庭から来た若者たちは社会の矛盾を体験し、不幸な子どもたちのことを肌で感じることができるからです。将来のミンダナオの、フィリピンの、世界の未来を考える感性と力を秘めている。卒業したら自分で職を探して生きていかなきゃだめだよといってます。200人、300人と先生になったり役所に勤める子も出てくるかもしれない。彼らが彼ら同士で引っ張ってくれる時期が来るだろうと思いますね。
 でも、現実はなかなか大変。去年は350人を超えるスカラー希望者があったのに、私の力不足で36人しか支援者を見つけることができなかった。今年も400人近い応募があります。彼らは支援してもらって学校へ行くわけですけど、読み聞かせ活動や医療活動に参加して先端でより貧しい子どもたちを助けている若者たちなんです。スカラシップは高校・大学生が5000円/月、小学生が2000円/月、一人でも多くの方が見つかったら本当に助かります。
 ミンダナオ子ども図書館はいま4年目で、滑走路を走っていた飛行機がようやくちょっと飛び上がったところかな。5年で少し浮き上がって10年で水平飛行に入れたら、操縦桿を少し離していてもいいかな。この活動に一生捧げる覚悟です。




*1 正式名称はMindanao Children's Library Foundation,Inc. と呼ばれる現地法人。現地における図書館としての機能の他、貧困、政治的困窮地域への読み聞かせ活動、スカラシップ、医療活動(医療から見放された山岳地帯、難民地域で病気の子の発見から完治までのケア)。活動の主体は、貧しい地域から来たスカラーの高校大学生自身。他に現地人スタッフ6人と松居夫妻。季刊誌「ミンダナオの風」を発行(購読申込みはHP参照)。
*2 ハウスオブジョイ(歓びの家)    
1997年ミンダナオに開設。代表は烏山逸雄・アイダ夫妻。日々の衣食住に苦しむ子どもを保護し、健全な心身の育成をめざす。見える行動で見えない愛を表現することを目的とする。
*3 ボックスライブラリー
辺境な地域などで繰り返し読み聞かせをしたあと、関心のある家庭にぬいぐるみと絵本を入れたボックスを置いてもらい、近隣の子どもたちへの貸し出しをお願いする。月に一度新しいボックスと交換。子どもたちに人気がある。


●プロフィール●
1953年東京に生まれる。父・松居直は福音館書店の初代編集長、母・松居身紀子は染色画家。上智大学文学部(ドイツ文学)在籍中にクリスチャンに。ザルツブルグ大学に留学、スーザンと出会い帰国後結婚、福武書店(現ベネッセ)児童書部の初代編集長に。10年で退職、北海道生活を経てフィリピンへ。離婚。『ミンダナオ子ども図書館』を設立。現地のエープリル・リンと再婚。この活動に共に生涯を捧げることを決意。著書に「火の神の懐にて」「沖縄の宇宙像」「絵本は愛の体験です」(洋泉社)「わたしの絵本体験」「昔話の死と誕生」(大和書房)「昔話とこころの自立」(宝島社)「サンパギータの白い花」(女子パウロ会)や絵本「うまれる」(ほるぷ出版)「ほのおのとり」(福武書店)児童書「鹿の谷のウタラとイララ」など多数。

ミンダナオの子どもたちを応援して下さる方は、
こちらへご連絡ください。

HP:ミンダナオ子ども図書館
連絡先
Eメール:mindanao@zap.att.ne.jp(松居友宛)
現地セルフォン:001010-63-9219603640(松居)
現地FAX&TEL:001010-63-642885621(現地本部)
住所:Mindanao Children's Library Foundation, Inc.
Brgy. Manongol Kidapawan City North Cotabato 9400 Philippines
日本事務局
東京都杉並区久我山2-13-4-201
FAX:03-3247-4409
TEL:090-1201-8296(山田) 
郵便口座 00100 0 18057 『ミンダナオ子ども図書館』

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