2014年3月号(通巻493号):V時評

生活困窮者に寄り添える
住民・地域づくりを


編集委員 筒井のり子

■自立支援のモデル事業スタート

 昨年12月6日の臨時国会で「生活困窮者自立支援法」が可決成立した。15年4月1日から福祉事務所を設置するすべての自治体で、生活困窮者支援の事業が実施されることとなる。
 その内容としては、必須事業として①生活困窮者自立相談支援事業、②住居確保給付金の支給、任意事業として①就労準備支援事業、②一時生活支援事業、③家計が自己管理できない人への相談支援事業、④生活困窮者家庭の子どもへの学習支援--がある。
 13年度と14年度は68自治体において国庫補助によるモデル事業が実施される。15年の全面施行に向けて、今、全国の自治体で、相談窓口をどこに置くのか(どこに事業委託するのか)などの検討がなされている最中である。

■立法の背景に困窮者の急増、支援策の不備
 本法ができた背景としては、いうまでもなく、生活困窮者の急激な増加がある。リーマンショック以降加速し、年収200万円以下の勤労者が3割近くに、ひとり親家庭の貧困率は50%以上になっている(注1)。当然、生活保護受給者の数も増え続け、13年12月で216万7220人(前月比で2363人増)、3カ月連続で過去最多を更新している。また、かつては受給者のほとんどが高齢世帯、病気や障害で働けない人、母子家庭だったのに対し、非正規雇用や失業の増加に伴って、それ以外の現役世代の受給者が増え続けているという変化がある。今の日本では、誰もが家族や健康の事情によって仕事を失い、そのまま生活困窮状況に陥る可能性があるということだ。
 そのすべてを、最後のセーフティネットである生活保護制度で支えるには無理がある。そこに至るまでの生活困窮者支援の諸施策があまりにも不十分であったことが課題として浮かび上がった。
 また、増加し続ける生活困窮者の相談にのるべき福祉事務所の生活保護担当者の整備はまったく追いついておらず、1人で100世帯以上を担当している自治体もある。また非正規化が進んだことで担当者の入れ替わりが増え、相談体制としては後退しているという現状がある。
 そこで、生活保護に至る前の段階から早期に生活困窮者の相談にのり、就労支援などにより生活困窮状態からの早期自立を支援することをねらいとして本法が成立した。生活保護基準の引き下げや申請の厳格化、扶養義務の強化を盛り込んだ改正生活保護法とセットになっている点は容認しがたいが、とにかく相談機能の充実が図られるのは大きな前進といえる。

■なぜ、自分から相談しないのか?

 ところで、テレビや新聞で親子の餓死や生活困窮による孤独死等のニュースが報じられるたびに、「こうなる前に、なぜ誰かに相談しなかったのか?」「ひと言、誰かに助けを求めさえしたら、何か手だてがあっただろうに」と、感じてしまう人は少なくないのではないだろうか。
 実は、ここにこそ、今、私たちが向き合わねばならない生活困窮者自立支援の大きな課題がある。
 具体的に相談できる人間関係がない、その気力がない、あまりにも問題が大きすぎて何を相談したらいいのかわからない……。とてつもなく困った状態なのに、周りに声をあげられないという状態の人をサイレント・プア(声なき貧困、声を出せない貧困者)と表すこともある。
 相談窓口の整備をしたからといって、こうした人々は自発的にやって来ない。生活困窮は、社会的孤立の問題と密接につながっているのである。今回の事業は、ここに切り込まないと意味がない。
 自立支援相談には、主任相談支援員、相談支援員、就労支援員の3職種が設定されている。これまで福祉事務所では、「相談」といっても、ともすれば制度の条件に照らして、サービスが受けられるか否かをジャッジするだけになりかねなかった。しかし今回の新たな事業では、ジャッジするのではなく、いかに寄り添うのかが問われる。待ちの姿勢ではなく、いかにニーズの掘り起こしができるか、そして、抱え込まずにいかに地域や住民につなげられるかが大きな鍵になる。

■「課題の分節化」で寄り添える隣人づくり

 このように、相談窓口のスタッフに求められるのは、寄り添う姿勢だ。しかし、長年、路上生活者の支援をしてきたスープの会世話人の後藤浩二氏は、「相談員や事業所が寄り添うだけではなく、寄り添える住民づくりをすることが重要だ」と言う(注2)。
 路上生活者など生活困窮者の多くは、地域の中で他の住民との関係が切れていたり、緊張関係や対立関係に陥ったりしやすい。ゴミ屋敷などはその典型である。そのような状態で「生活困窮者の支援を」と言っても、住民は戸惑いこそすれ、積極的な関わりは期待できない。
 そこで、後藤氏は、「課題の分節化」を試みることが必要と言う。たとえばゴミ屋敷の住人に、「何か困っていることはないか」とたずねても、おそらく「とくにない」と答えるだろう。しかし、それはけっして危機感がないのではなく、自分でもどうしたらいいのかわからない状態なのだ。そうした状態のことを「コップに水がいっぱい入っている状態。じっとしていないとこぼれてしまう」と表現した人もいる。
 しかし、ちょっとした世間話など本人との対話を重ねていくと、徐々に本人の生活者としての語り(家族のこと、過去の自分など)が生まれ、そこから困りごとが見えてくる。すると、具体的なサポートを周りに呼びかけることができる。そもそも生活困窮とは、小さな困りごとが積み重なってどうしようもない状態に陥っているのであるから、逆に、その一つひとつの困りごとを分けて考えることで、多様な立場の人の強みを生かした関わりを可能にすることができるというのである。
 生活困窮者の「相談」が生まれるまでに、地域で暮らす私たち一人ひとりの関わりが大きな意味を持つことを心に刻みたい。そして、本事業が単なる窓口整備に終わることのないよう、市民として注視していくことが求められている。

(注1)社会保障審議会生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会報告書(13年1月25日)より
(注2)「全国ボランティアコーディネーター研究集会2014」における分科会(14年2月22日)より
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2014年2月号(通巻492号):V時評

「震災を伝える」とは

編集委員 磯辺康子

■東日本大震災の被災地で

 災害の経験と教訓をどう伝えるか。東日本大震災の被災地は今、その課題に直面している。
 震災の発生から間もなく3年。被災者はなかなか進まない生活再建に苦悩する一方で、被災地外の人々の関心が薄れていくという現実も突き付けられている。「風化」という言葉が頻繁に聞かれるようになり、全国ニュースで被災地の動向が伝えられることがどんどん少なくなっている。時とともに「風化」が課題となるのは過去の災害でも同様だが、東日本大震災ほどの大規模災害でも、3年たたないうちにこれほど経験の継承が懸念される事態になるとは思わなかった。
 昨年11月、宮城県南三陸町を訪ねた際、地元のホテルが宿泊客を対象に実施している「語り部バス」に乗った。ホテルの社員らが語り部となり、町内をバスで巡りながら、被災当時の様子や自身の体験などを話してくれる。被災体験を持つ社員の言葉は単なる説明にとどまらず、「自分たちの経験を伝え、災害で亡くなる人を一人でも減らしたい」という強い思いがこもる。
 2012年2月から始まり、すでに4万人以上が利用した。その間に被災した住宅や施設の解体が進み、バスが巡る街の中は今、更地が広がる。そうした変化に、語り部を務める社員たちからは「被災した病院や学校などの施設が次々に取り壊され、震災を知らない人に被害を伝えることが難しくなってきた」という声が漏れた。

■「震災遺構」と復興

 その南三陸町に今も残る被災建物が、町の防災対策庁舎だ。町職員ら43人が死亡・行方不明となり、保存か解体かで議論が続いている。
 町はいったん解体を決め、昨年11月には、解体を前提に現地での慰霊式が開かれた。しかしその後、復興庁が災害の記憶を伝える「震災遺構」の保存費用について、各市町村1カ所に限り支援すると発表した。この発表を受けて、宮城県が保存すべき震災遺構について検討する有識者会議を設置した。南三陸町の防災対策庁舎の解体は現在、凍結状態となり、有識者会議の議論を待っている。
 保存か解体か、という問題に正解はない。その場所で家族を亡くした人が「ずっと目にするのはつらい」と言うのも当然だし、同じ遺族でも「最後にいた建物を残してほしい」という希望もある。町民の中にも「震災を後世に伝えるために残すべきだ」と考える人もいれば、「忘れたい」という人もいる。
 重要なのは、保存か解体かを決める過程で「災害の経験や教訓をどう伝え、どう受け継いでいくのか」を議論できる時間を持つことだろう。そういう意味で、町が出した「解体」の方針は十分に議論された結果とはいえなかった。
 「復興」にはスピードが必要だ、という人は多い。政府は「復興の加速化」を掲げ、被災者も一日も早い生活の再建を望んでいる。しかし、スピードばかりを重視する復興は、その速さについていけない被災者を生む。震災遺構の保存・解体の問題でも、住民の意見が十分にくみ上げられないまま、結論を急いでしまうことになる。

■阪神・淡路大震災の被災地で

 19年前に起きた阪神・淡路大震災の被災地には今、地震の傷跡をとどめる建造物がほとんどない。
 神戸港の崩れた岸壁の一部や、高速道路の橋脚の基礎部分などが保存されているが、いずれも断片的な形で残るだけだ。神戸市長田区に残った防火壁が市民らの運動で「神戸の壁」として保存されたが、これも淡路島の北淡震災記念公園などに移設する形でようやく実現した。
 阪神・淡路大震災の被害を学ぼうとする人々はたいてい、震災の7年後に開設された「人と防災未来センター」(神戸市中央区)を訪れ、街の被害を再現した実物大模型や映像で当時の様子を知る。北淡震災記念公園には、地震を引き起こした野島断層や断層のすぐそばにあった住宅などが保存されているが、それだけであの被害の大きさを想像してもらえるかといえば、疑問がある。
 私も含めて日々被災した地域で暮らしている者からすれば、壊れた建造物を毎日見るのは、やはりつらいことだった。壊れたまま長期間残った建物は、再建の方針をめぐって訴訟
になるなど、何かしら問題を抱えているものであり、「復興の遅れ」を象徴しているともいえた。
 壊れた建造物の撤去は、いわば、被災地の中の暗黙の了解で着々と進んでいった。しかし、19年たった今振り返ってみて、それでよかったのか、と考える。広島の原爆ドームなど
のように、後世に訴える力を持つ建造物の保存をもっと意識してもよかったのではないか、と思うことがある。

■伝え方を模索しながら

 阪神・淡路大震災の被災地に「形ある震災遺構」は少ないが、それを補うように、市民のさまざまな取り組みが続いている。
 毎年、震災が起きた1月17日前後には、各地で追悼の集いが行われる。神戸中心部の三宮・東遊園地でろうそくの灯をともす集いがよく知られているが、地域や団体、学校単位
で多くの追悼式が開かれる。神戸、阪神地域を中心に、震災の慰霊碑やモニュメントは200以上あり、1月17日なると花が供えられているところがたくさんある。
 追悼の集いには、東日本大震災の被災地からも多くの被災者が訪れている。そして、長い年月を経ても多くの市民が足を運んでいる現状が、驚きをもって受け止められている。
 阪神・淡路に限らず、過去の災害の被災地では、それぞれの地域に合った形で、経験や教訓を伝える取り組みがある。それを支えているのはやはり、市民の力であり、「伝えたい」という一人一人の思いだ。東日本大震災の被災地でも今後、経験の継承について議論が進むだろうが、その方向性を決めるのは最終的には被災者の思いといえる。震災遺構という形あるものの議論をきっかけに、私たちは「震災を伝えるとはどういうことか」をじっくりと考え、東日本大震災の被災地の動きに学んでいきたいと思う。
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2014年1月号(通巻491号):V時評

自分で考え、積み上げていく
 「NPOの信頼性向上」のために必要な視点


編集委員 水谷綾


 特定非営利活動促進法(NPO法)ができてから15年が経過した。NPO法人数は4万8000を超え、NPO法人の認知度があがっていく反面、 大阪では2013年11月、国の求職者支援制度の支援金を不正受給した詐欺容疑でNPO法人関係者が逮捕される事件が発生。メディアが連日大きく 取りあげる事態になった。メディア沙汰で言えば、岩手県山田町で7億円という委託金を受けながら、地域住民を突然解雇したNPO法人「大雪りばぁ ねっと。」の事件も記憶に新しい。このようなニュースが流れるたび「NPOって何だか怪しい……」という声があがり、「NPOの信頼性の向上が必 要」と強く指摘されるようになる。

■NPO自身も「監督強化」を望んでいる?
 こういった世論が背景にあってか、13年春より内閣府が今後のNPO政策のあり方を考える「共助社会づくり懇談会」を開始し、その検討も終盤に 入った。懇談会では、NPO法人等が地域のつながりを生かして共助的に支え合う活動を推進するための支援策を、NPOの「人材面」「資金面」「信 頼性の向上」の三つの切り口で検討している。「信頼性の向上に関するワーキング」が必要とされるのも、冒頭の事件等によるNPO不信(?)を払拭 しようというねらいだろう。NPO法人の情報開示や会計処理のあり方に加え、信頼を毀損する団体への厳格な対処など、NPO法人への指導・監督の あり方が論点になっている。
 12月24日開催の上記懇談会で報告された「平成25年度特定非営利活動法人実態調査(概要)」(執筆時点では12月中に公表予定とされてい る)によると、NPO法人に「必要と考える行政による環境整備」の一つに、NPO法人の15%が「所轄庁からの監督強化等によるNPO法人の社会 的信頼の向上」と回答している。また、認定・仮認定NPO法人の回答に絞れば21%を超える結果であった。これは、NPO法人自身も広がる社会不 安をなんとかしたいという願望を持っているのか、それとも、「権威による監督や制裁」にすがりたい意向と見た方が良いのか、少し悩ましい結果であ る。

■誰のための、何の信頼性が必要なのか?
 実際「信頼性の向上」と言っても、「誰から、どういう信頼を得たいのか」という視点を確認した上で、それを踏まえたさらなる議論が必要だと感じ る。
 例えば、冒頭の事件で言えば、対象となったNPO法人は、行政のポータルサイトに事業報告書や財務諸表も公表し、最低限の情報公開をしていた。 ただ、肝心の内容は、決算書の貸借対照表がその体をなしていなかったり、決算なのに数字を丸めていたりと、通常ではありえないものだった。この程 度の報告しか作成できない組織に公金を大量に投入した側の問題であるはずだが、そこに踏みこまないまま、NPOの情報公開の脆弱さばかりを問うの は、問題の本質を避けているようにも映る。情報公開においては、「(資料を)見る側」「(事業を)出す側」の力量形成の必要性を問わずに一面だけ 捉えた議論を進めても、本来の公共的課題の解決にはつながっていかないだろう。
 一方で、活動実態がない法人や3年間事業報告書の提出がない法人に対し厳しく対処せざるをえないという方向性は支持したい。NPO法人制度は、 「市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利活動の健全な発展を促進する」ことを目的に、行政の関与・監督を極力排除することで市民の自由 な貢献活動を進めようとしてきたし、認定NPO法人制度も実績判定主義を採用し、主に寄付という収入面の実績によって公益性を認定しようというフ レームである。その理念を担保しようとするなら、法人の「実績」「実態」をもとに、法律の範囲内で一定程度厳格に対応していくことはやむを得ない と考える。
 また、懇談会が出すワーキング報告には、寄付者等の支援者にわかりやすい報告書等に改善できるよう、所轄庁が発行する手引きを改善することも盛 り込まれている。本来、NPO法人の事業報告書は自由に作成すれば良いのだが、手引きの書式に従えば、法人運営上、支障をきたさないだろうと NPO法人の実務者も思いがちで、情報公開の自由なあり方を阻んでいる側面も否めない。実際、どんなに手引きの見本(や書式)を改良しても、行政 の視点だと市民活動が持つ自由さや豊かさを表現することは難しい。だから、手引きの改編だけに頼るのではなく、NPO自身が多様なあり方を開発 し、提示していかなければならないだろう。

■「WHY(なぜ)」を広げることによる、信頼性の獲得
 突き詰めれば、立ち返るべきところは、私たちはなぜNPOでやっているのか、という原点ではないだろうか。行政ではできない、市民の自由な発想 と動きで公共を立ち上げようとする「運動体」としての機能を、もう一度問いなおすことにもつながる。公共的な活動を進める組織であるNPOは、自 組織の中にも、それぞれが理想とする社会形態の実践が必要だと思う。例えば、あなたがより自由で民主的な社会を創りたいのではあれば、あなたたち の組織をいかに民主的に運営するのか、という視点が大事だ。また、地域や市民が学びあう機能を持ちたいなら、自組織の中の学習機能をどう高めるか という実践も必要だろう。活力があって風通しの良い社会を創っていきたいなら、風通しのよい状況の中で、メンバーが活力を持って、団体が掲げた大 義(もしくは、ミッション)のために働くことができているか、が問われる。結局、そういった姿勢や物語に人々は共感し、関心を寄せることから〝信 頼性〟が獲得され、これらの積み上げが信頼性の向上につながっていくと信じたい。
 権威ある主体に管理され、取り締まってもらおう――この風潮が行きつく先は、思考停止型の社会でしかない。活動を進める人が「なぜ、それをする のか」という物語を分かち合いながらゆっくり広げていく中で、組織の信頼性も醸成されていく。団体情報を正しく、わかりやすく示そうとする姿勢 も、その分かち合いの一つである。つまり、私たちの内発的なものからしか、人々や世間からの「本当の信頼感」を得ることはできない。それは、今 日、明日でできることではないのだ。私たちが各々に掲げる大義(もしくはミッション)に向かうためにも、自分たちがどうありたいかを考え、それぞ れの喜びや楽しみ、苦労を分かち合うものとして、自らのやり方によって信頼性を獲得しその向上を目指そう。これを新年初頭にあたっての抱負の一つ としたい。
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2013年12月号(通巻490号):V時評

特定秘密保護法-恣意的運用の悪夢

編集委員 増田宏幸


【注記】本稿は特定秘密保護法案が衆議院で強行採決された11月26日に出稿しました。参議院での審議が残るものの、残念ながら本誌発行時点では可決成立している可能性が極めて高く、本稿も法案成立に対する論評としました。


 必要性すら定かでない特定秘密保護法は、廃案にすべきであった。不信の源は、突き詰めれば法をつくり、運用する組織・人への不信だ。客観的証拠 に立脚する刑法でさえ、運用を誤れば冤罪を生む。まして特定秘密保護法は、前提となる特定秘密の内容や、秘密指定の妥当性さえも公にならない。何 も知らずに道を歩いていたら、突然「禁止区域に立ち入ったから逮捕」と告げられる――。そんなはずはない、と思いたい。だが法律がいったんできて しまえば、悪夢が現実になりかねない。恣意的な運用を許さないために何をすべきか、考えねばならない。

■実例が示す「法の下の不平等」

 法律が運用次第だということは、実例が示している。その一つが1992年3月に施行された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴 力団対策法)」だ。この法律を適用するには公安委員会が「暴力団指定」をする必要があるが、そのいくつかの要件の一つに「構成員に占める犯罪経歴 保有者の人数比」がある。要は、世間一般に比べて明らかに犯罪経歴者の比率が高い集団でなければ暴力団指定できないということだ。
 法律そのものは民事介入暴力などに対処するために考え出され、市民を守る目的であることは論を待たない。だが「犯罪経歴者の比率」という要件を 満たすために当時起きたのは、法の下の平等という言葉がお題目に過ぎないことを示す現場での運用だった。
 例えば一方通行をわずかに逆走しただけで、暴力団組員が逮捕される事案が実際にあった。通常なら違反切符を切られるだけだろう。20年前にも 「『組員』」がいつ『記者』になってもおかしくはない」と思ったが、特定秘密は防衛、外交、テロ、スパイに及び、法の適用範囲は広い。組員の犯罪 は取り締まる必要があるが、所属や肩書きで法の運用に差が出るなら、記者だけでなく「反戦活動家」や「原発ゼロを目指す市民活動家」はどうなるだ ろうか。運用側がひとたび取り締まり対象にしたなら、どんな扱いが待ち受けているか全く楽観できない。特に捜査を担う警察の警備・公安部門の活動 は表に出ない部分が多い。いつの間にか捜査対象になり、家宅捜索や逮捕に至ることは、簡単に令状を出す裁判所の現状を考えてもあり得ないことでは ない。

■魔法の杖が作り出す秘密の盾

 もう一つの懸念は、本来公開されるべき情報が「特定秘密」を盾に隠されてしまうことだ。原発に反対するには、原発のことを知る必要がある。しか し何が秘密か分からなければ、テロ対策を理由に開示を拒まれた場合、どこまで追及できるだろうか。この点で運用側は実に有利だ。物事は相互に関連 し合っている。関連付ければ秘密の範囲は際限なく広がる。ただでさえ情報公開に消極的な原発だ。本来は隠す必要がない情報が特定秘密に含まれ、そ れ以外の情報も一緒くたに出てこなくなることは容易に想像がつく。運用側にとって、この法律は魔法の杖になるかもしれない。逆にアプローチする側 にとっては、苦労して得た情報が特定秘密だったり、情報を得ようとする努力自体が罪に問われたりする危険がつきまとう。それこそが萎縮効果だ。
 国会審議の中で、森雅子・担当相は「違法行為を隠すために秘密指定することはない」と明言した。だがそれはどのように担保されるだろうか。森氏 はいずれ閣僚を外れ、議員を引退し、この世からも消えるが、法律は残る。その時にどう運用されようと、森氏の言葉は何の効力も持たない。あるいは 安倍首相も今は本当に「正しく運用する」と思い、または「正しく運用される」と信じているかもしれないが、それが幻想であることは戦前の例をみれ ば明らかだ。

■今に通じる軍機保護法などの制定過程

 防衛省防衛研究所が2年前に出した同研究所紀要第14巻第1号に「研究ノート 軍機保護法等の制定過程と問題点」と題した論文がある。戦前に制 定された改正軍機保護法(37年)や軍用資源秘密保護法(39年)、国防保安法(41年)の内容や制定過程を分析し、問題点を検討したものだ。詳 細は省くが、いずれの審議過程でも議員側から恣意的な秘密指定や取り締まりの行き過ぎについて疑義が出され、法の運用に極力縛りをかける付帯決議 をしたり(軍機保護法)、政府側が「人を見て『スパイ』なりと云うような感じを起こさないように努むる」(軍用資源秘密保護法)と答弁したりする など、現在に通じる論争があったことが分かる。
 中でも参考になるのは国防保安法だ。同法第1条で規定された国家機密の範囲は不明確で、機密を官庁が指定したり、官庁の申し立てで首相や両院議 長などが指定できたりした。この点について論文は「問題は、国防保安法の運用である。というのも、議会に提出された国防保安法案は、他の法令に類 例を見ないような厳罰主義を採用しており、(中略)刑事手続きに関して、とりわけ検事に強大な権限を付与した結果、人権蹂躙の非難を招く虞はない か、あるいは司法警察官に強制権を与えることは危険ではないか、といった質問が委員会を通じて絶えず提起された」と記す。こうした懸念にもかかわ らず、同法は近衛文麿首相の「是が運用に付きましては、極めて慎重な考慮を必要とする」旨の答弁や、柳川平助司法大臣の「本法立案の精神たる間諜 防止、国家機密の漏洩を予防する以外に之を他の目的に利用することは一切致さぬ」という明言を経て、原案通り可決、成立したのである。
 論文によれば、37年から40年までの軍機保護法違反などの検挙数は計1439人。それが、国防保安法が成立し太平洋戦争が勃発した41年は1 年間で1058人に上った。論文では起訴率や有罪率が極めて低かったことも指摘しているが、その分、検挙の不当性が浮き彫りになる。有罪にならな くとも、検挙が社会に与えた威迫効果は想像に難くない。

■情報は主権者のもの

 携帯電話が盗聴され、電子メールなどインターネット情報が監視される現代社会で、特定秘密保護法は本当に必要だろうか。情報公開に後ろ向きで、 議事録をつくらなかったり廃棄したりする日本の官僚機構をみていると、法の目的は国や国民を守ることでなく、自らの組織を守るためではないかとい う疑念がどうしても消えない。情報は、支配しようとする者にとって最も重要な武器の一つだ。だが我々は被支配者ではなく主権者であり、情報収集は 我々の税金によってなされている。我々が関与できない形で情報が隠されてはならず、百歩譲ってもあいまいな形で例外を作ることなく、一定期間後に 全面公開されるべきだ。法の運用に目を光らせ、問題点は必ず是正させなければならない。

【編集部注】本誌でのV 時評の発表に先駆けて、2013年11月22日、大阪ボランティア協会のホームページでV時評の「要旨」を掲載しています。これは特定秘密保護法案には社会を萎縮させ、市民活動にとっても見過ごせない要素が含まれているとの立場から、緊急に問題点を論じる発信として本誌発行より先行したものです。購読者皆様のご理解をお願い申し上げます。
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2013年10・11月号(通巻489号):V時評

NPOが「ブラック団体」と言われないために

編集委員 早瀬昇

■「ブラック企業」への注目

 「ブラック企業」という言葉をよく耳にするようになった。意図的・恣意的に過酷な労働搾取を行う企業をさす言葉で、元々、求人広告業界の隠語に由来するなどと言われている。
 08年に『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』(新潮社)が、昨年には『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(今野晴貴著・文春新書)が出版された。今年7月の参議院議員選挙でも、ある候補者の経営する企業が「ブラック企業だ」と批判を集め、これも影響してか厚生労働省が9月から約4000社を対象に実態解明の調査を始めた。
 この背景には公正な労働環境が崩れ出している現実がある。サービス残業、過労死、偽装請負、派遣切り、雇われ店長、名ばかり管理職、追い出し部屋……。それこそ〝ブラック〟な言葉が次々に生まれている。

■市民活動団体での労働環境は?

 ひるがえって市民活動の世界で働く人たちの環境は、どうだろうか?
 内閣府が昨年8月に発表した「NPO法人実態調査23年度版」によれば、NPO法人で働く常勤有給職員1人当たりの人件費は平均207万円。国税庁の「民間給与実態統計調査結果」では平均年収409万円だから、ほぼ半分だ。しかも平均年収の34%は150万円以下、22%は100万円以下だった。
 給与水準が低いだけでなく、時間外手当などの整備も進んでいない。NPO法人ユースビジョンが09年に行った「若年層NPO・NGOスタッフ就業実態調査」によると、回答者の85%には超過勤務手当が支給されていなかった。時間外労働自体がない場合もあるが、実労働時間は平均9・1時間だから、この実績は低すぎる。また全体の42%で昇給があるものの、55%は昇給がなく、4%は減給されたという。そういう背景からか他の職場でも働いている人が16%もいた。また厚生年金保険、健康保険の加入率はそれぞれ84%、87%で、退職金制度のある団体は22。10人以上を雇用すると就業規則の制定が必要だが、14%で規則が作られていなかった。
 実利的なメリットがないのに、こうした調査に回答する団体は、きちんとした運営に努めている場合が多い。そうした団体の調査結果であることをふまえると、実際はもっと厳しい状況だと考えられる。

■「労働者」と「活動家」の関係

 この背景には、まず財政力の弱さがある。時間外手当も払いたいし退職金制度も整備したい。しかし、財政的裏付けがないと、このような事態が起こりがちだ。
 ただし、ここで当の職員が「搾取だ」と不満を示すことは実は少ない。ある程度、厳しい労働環境であることを覚悟しつつ、進んで職員を志願している場合が多いのだ。いわば、「労働者」である以前に「活動家」として事業に取り組んでいるわけだ。
 この「労働者」と「活動家」の関係は複雑だ。そもそも「労働者」とは賃金を受け取る代償として雇用主の指揮監督下で労務を提供する者をいう。雇用主や自営業者は、働いてはいるが労働者ではない。従業員、使用人といった言葉が象徴するように、労働者とは雇用主に従属して使用される立場を指す。
 しかし、市民活動団体では、自ら課題に気づき、その解決に向けて主体的に努力する姿勢も期待される。雇われているというより、「活動に専念できる専従者として関わる」と言う方がしっくり来る。
 雇用主=組織のリーダーに対して弱い立場になりやすい職員を守るため、労働者としての保護はもちろん重要だ。しかし、保護を徹底すると、所定労働時間を超えれば時間外勤務となり、所属長の許可がなければ仕事ができなくなるなど、活動家としての主体的な関わりが制約される場合も出てくる。
 保護と規制は裏返しの関係となるが、この居心地の悪さをどう解消すれば良いだろうか?

■二つの活動ルールを整備しよう

 ここまで職員の関与だけを考えてきたが、市民活動団体には多くの市民がボランティアとして参加することも多い。上記の「活動家」という立場は、このボランティアと共通するものだ。
 そこで、市民がボランティアとして参画する場合のルールと、職員=労働者として関わるルールとを分け、図のように整理することが必要だろう。 ボランティアが団体に関わる上では、「意欲的に活動できるためのルール」が必要だ。具体的には、企画段階からの参加、必要な情報の共有、フラットな関係で議論し合える環境整備、研修の機会、職員・ボランティア間の適切な役割分担、交流の機会などを保障することが必要だ。その一方で、ボランティアには多様な参加のスタイルがあることをメンバー間で認め合うことや、それぞれの役割分担に固執しすぎず積極的に助け合うことなど、守りたいルールも皆で確認したい。
 そして、「意欲的に活動できるためのルール」は職員にも適用され、職員自身も意欲的に仕事を進められるよう配慮されなければならない。職員の活動家としての活動環境は、このルールで保障されるべきものだ。
 その上で、職員が「ディーセントワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)ができるよう、労働法規をきちんと守った就業規則を作らねばならない。就業後や週末に活動する勤労者ボランティアとの協働を考えると、フレックスタイム制や柔軟な勤務シフトの導入が必要な場合もあるだろう。
 財政力の強化とともに団体運営上のルールを整備することで、活動しやすく働きやすい場を目指したい。
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2013年9月号(通巻488号):V時評

「障害者差別解消法」を実効あるものに

編集委員 牧口明

 去る6月19日に、多くの障害者が待ち望んでいた「障害者差別解消法」(「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」)が成立し、26日に公布された。施行は2016(平成28)年4月1日からとされている。
 思えば、この法律が制定されるまで、実に長い道のりが必要とされた。1970年代に巻き起こった障害当事者による権利(回復)要求運動は、交通アクセスや教育の分野を中心に時に激しい運動が展開されたが、次第に労働や日常生活分野、さらには文化・芸術など幅広い分野で、障害者の一市民としての当たり前の暮らしをいかに保障するかという視点から、法制度や環境の改変・整備がおこなわれてきた。折からの「国際障害者年」(81年)を契機に「ノーマライゼーション」理念についてもある程度の理解と浸透があった。
 国内では、93(平成5)年に旧「心身障害者対策基本法」が「障害者基本法」に改定されたのを皮切りに、翌94(平成6)年6月には「ハートビル法」、2000(平成12)年5月には「交通バリアフリー法」、06(平成18)年6月には「新バリアフリー法」公布と続き、11(平成23)年6月には「障害者虐待防止法」の公布、同8月には改定「障害者基本法」が公布されて、その第4条に差別禁止規定が盛り込まれた。
 これらの動きはもちろん、日本国内のみの動きということではなく、先の国際障害者年の取り組みや、アメリカでの「ADA」(障害を持つアメリカ人法)制定(90年)を初めとする、国際的な障害者の権利擁護の動きと連動したものであり、その象徴が、06(平成18)年12月に国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」である。この条約はその後、08(平成20)年5月3日に発効し、これまでにすでに、132カ国が批准している(本年6月18日現在)。今回の「差別解消法」の制定は、同条約批准のための国内法整備の詰めの一手であった。
 その中味であるが、全文26条、付則9条のごく簡易な法律である。骨格は、11年8月に改定された障害者基本法第4条にある「差別の禁止」規定についてより具体的に、「差別を解消するための措置」として①差別的取り扱いの禁止と②合理的配慮の不提供の禁止を掲げ、前者については、国・地方公共団体のみでなく、民間事業者についても法的義務とし、後者については、国・地方公共団体は法的義務としたものの、民間事業者については努力義務に留めている(注)。ただ、その努力の実態について、主務大臣が必要に応じて報告を求め、助言、指導、勧告を「することができる」(12条)と定めるとともに、報告要請に応じなかったり虚偽の報告をおこなった場合には「20万円以下の過料に処する」(26条)としている。
 また、「差別を解消するための支援措置」として①紛争解決・相談、②地域における連携、③啓発活動、④情報収集の4つが上げられているが、このうち①と②については、新たに設けることが可能となった「障害者差別解消支援地域協議会」(17条)を中心とした対応が考えられているようである。ただこの協議会は、「医療、介護、教育その他の障害者の自立と社会参加に関連する分野の事務に従事するもの」(関係者)が「組織することができる」とされており、必置のものとはされていない。
 ところで、この法律では、肝心の差別の定義について、障害者基本法第4条の「障害を理由とする権利侵害行為」と「社会的障壁の除去を怠ることによる権利侵害(合理的配慮の不提供)」の2概念を超える定義はなされていない。この点について、この法律の制定をリードした内閣府の障害者政策委員会差別禁止部会が昨年9月に提出した「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」では、以下のような概念整理がおこなわれた。
 すなわち、障害者差別には「直接差別」「間接差別」「関連差別」「合理的配慮の不提供」の4類型が考えられるが、そのうち直接差別は、障害を直接の理由とする区別・排除・制限等の(健常者とは)異なる取扱い、間接差別は、外形的には中立の基準・規則・慣行ではあっても、それが適用されることにより結果的には他者(健常者)に比較して(障害者に)不利益が生じる取扱い、関連差別は、障害に関連する事由(車いすを利用しているとか盲導犬を連れているなど)を理由とする区別・排除・制限等の異なる取扱い、合理的配慮の不提供は、障害者に他の者(健常者)と平等な権利の行使または機会や待遇が確保されるには、その者の必要に応じて現状が変更されたり、調整されたりすることが必要である(車いす利用の勤労者のために事業所の段差をなくすなど)にもかかわらず、そのための措置が講じられない場合とされた。
 この点は、今回の法律の最も要となる部分であり、一般の人たちにとっても最も知りたい事項であると思われるので、丁寧な説明が必要である。
 今回の法律では、国がまず「基本方針」を定め、それに基づいて、国および地方公共団体や独立行政法人の職員に対する「対応要領」、一般事業者向けの「対応指針」を策定することにしており、その「要領」「指針」で、「何が差別に当たるのか」が具体的に明示されることになっている。その際に前述の差別禁止部会の意見がどの程度反映されるかが、法律の実効性に大きな影響を及ぼすものと思われる。法律に規定されているように(9~11条)、障害当事者の意見が最大限反映されたものとなるよう、当事者を中心とした働きかけが必要である。
 差別禁止部会の意見書にもあるように、今回の法律の制定は決して、差別した者(組織)を厳しく取り締まり、罰則を与えることが目的ではない。むしろ、今後、差別する者も差別を受ける者も作り出さないために「国民誰しもが理解し得る共生社会の実現に向けた共通のルール」として定められたものである。
 今回の法律は、名称が当初(民主党政権当時)考えられていた「差別禁止法」から「解消法」とされたことに象徴されるように、内容的にも、さまざまな点で差別禁止部会の意見書に及ばないものである。先にも述べたように、すべては、今年度中に定められる予定の「基本方針」と、それを受けて来年度中に定められることになっている「対応要領」「対応指針」がどのような内容のものになるかにかかっていると言っても良い。その動きを大きな関心をもって見守るとともに、法律を実効あるものとするために当事者とともにさまざまな機会に声を上げていきたいと思う。

(注)「障害者差別解消法」と相前後して改定された「 障害者雇用促進法」では、合理的配慮についても法的義務とされた(16年4月1日施行)。
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2013年7・8月号(通巻487号):V時評

災害対策2法を読む
―基本法改正と復興法成立

編集委員 磯辺康子


 災害対策をめぐる法律の整備で、6月に大きな動きがあった。
 災害対策基本法の大幅改正と、大規模災害復興法の成立だ。日本の災害法制は不備が多く、18年前の阪神・淡路大震災以降、多くの研究者や被災自治体が課題を指摘してきたが、東日本大震災を受けてようやく一歩前進した。
 改正法と新法には、市民活動に影響を及ぼすと思われる内容が多々含まれる。地域防災や復旧・復興にNPOやボランティアが関わることが当たり前となっている今、法の基本的な枠組みを知っておく必要があるだろう。
 法整備が進んだとはいえ残された課題も多い。その点にもしっかりと目を向けておきたい。

■改正災害対策基本法

 東日本大震災後、災害対策基本法の改正は昨年と今回の2度にわたって行われた。今回の改正は1961年の制定以来、例のない大幅改正となった。
 市民活動に関わる内容で最も注目されるのは第5条だ。「国及び地方公共団体は、ボランティアによる防災活動が災害時において果たす役割の重要性に鑑み、その自主性を尊重しつつ、ボランティアとの連携に努めなければならない」という一文が盛り込まれた。阪神・淡路大震災後の改正では、国や自治体が配慮すべき事項として「ボランティアによる防災活動の環境整備」を挙げるにとどまったが、今回は「ボランティアとの連携」をはっきりと法に位置付けた。
 今回初めて明確に打ち出された災害対策の「基本理念」の中にも、「多様な主体が自発的に行う防災活動を促進する」という文言がある。災害対策の基本として「多様な主体の協働」を掲げたもので、この理念が第5条などに反映されている。
 ただ、この法律は基本的に「国や自治体がすべきこと」を定めているにすぎない。防災会議の設置、防災計画の策定、被災者の保護などで、今回の改正では避難に支援を必要とする人の名簿作成を市町村に義務付け、消防機関や民生委員、自主防災組織などとあらかじめ共有しておくことも新たに盛り込んだ。
 注意しておきたいのは、ボランティアやNPOはあくまでも国や自治体という主体から見た「連携先」であるという点だ。ボランティアやNPOが自らの立ち位置をしっかりと持っていなければ、国や自治体に「使われる」だけの存在になりかねない。
 国や自治体の災害対策は、常に地域住民のためになるとは限らない。ボランティアやNPOは、住民や被災者の視点に立って国や自治体の動きをチェックし、時には修正を促す姿勢も求められるだろう。

■大規模災害復興法

 災害対策基本法が事前の防災や直後の対策を定めているのに対し、新たに成立した大規模災害復興法は「復興」の枠組みを示した。復興についての恒久法の制定は初めてとなる。
 これまで、復興の方針や手順は災害のたびに特別立法で定められてきた。阪神・淡路大震災では法律ができるまで約1カ月、東日本大震災では約3カ月を要した。
 立法の遅れが復興の遅れにつながったという反省から、復興の枠組みをあらかじめ定めておこうというのが、新法制定の大きな理由だ。これまで日本には「復興」について定めた法がなく、災害法制の欠陥として指摘する声も多かった。
 そういう意味で、復興に関わる法ができたことは大きな前進といえる。しかし、その内容についてはまだまだ改善の余地がある。
 災害対策基本法と同様、復興法も基本的には国や自治体が取り組むべきことを示している。しかも、これまでの災害で実施してきた枠組みを法に位置付けたに過ぎず、目新しさはない。
 法で定められたのは次のような枠組みだ。大規模災害が発生した場合、政府は復興対策本部を設置し、復興の基本方針を策定する。その内容に沿って、都道府県は復興方針、市町村は復興計画を作ることができる。自治体の機能が低下した場合、自治体が管理する河川や道路、港湾の復旧事業を国が代行できる規定も盛り込んでいる。
 復興の基本的な手続きを示しただけで、被災者の生活再建をどう進めるかという重要な点には触れていない。また、多様な主体の協働で復興を進めていくという視点も欠けている。
 関西学院大学災害復興制度研究所(西宮市)が2010年に発表した復興基本法の試案は「復興の主体は被災者」と位置付け、「自治体と市民との協働」もうたっている。こうした考え方を今後、法に取り入れていく必要がある。

■自らの役割考える機会に

 この二つの法律には共通している点がある。国の権限強化という側面だ。
 2法とも、自治体の機能が低下した場合の国の代行措置を盛り込んだ。災害対策基本法には、物資の買い占めをしないよう、首相が国民に要請できるとの規定も新設された。罰則規定はないが、国民は協力に努めるとされている。
 国の権限強化の背景には、東日本大震災で多くの自治体が職員や庁舎を失い、機能が低下したことがある。
 しかし、この流れは防災や復旧・復興の主体である被災者、被災自治体の権利を脅かすことになりかねない。国の権限を強化したからといって、災害対応がうまくいくとも限らない。阪神・淡路大震災でも東日本大震災でも、政府は当初、被害の全体像を把握することすらできず、救援や被災者支援は後手に回った。
 復興過程では地元住民が自ら地域の将来像を描く取り組みが欠かせない。復興はその地域を知る住民や自治体が中心となるべきで、地域の将来に責任を持てない中央省庁の人間や政治家が前面に出るものではない。
 こうした課題に目を向けることは、ボランティアやNPOが自らの役割を見つめることにもつながると思う。国や自治体との「連携」が法に位置付けられた今、「復興の主体」や「被災地の自治」という問題について考える機会を与えられたと捉えてはどうだろうか。
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2013年6月号(通巻486号):V時評

沖縄、歴史認識……「共感」をベースに
編集委員 増田 宏幸
 
 6月23日は沖縄県の「慰霊の日」である。1945年4月に米軍が沖縄本島に上陸して3カ月近く、追い詰められた日本軍が組織的戦闘を終えた日付をもって制定された。
 その沖縄・普天間飛行場に、地元の反対を押し切って米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが配備されたのが昨年10月1日。日本本土ではその前後こそ大々的に報道されたが、しばらくするとほとんどニュースを目にすることもなくなった。
 久々に注目されたのは、日本維新の会幹事長の松井一郎・大阪府知事が、オスプレイの訓練の一部を府内に受け入れる意向を表明した今月初めだ。八尾空港を想定しているようだが、寝耳に水だった地元の反発が強い上、「そもそも八尾空港は日米地位協定に基づく『共同使用施設』ではなく、現状で米軍は使用できない」(毎日新聞6月5日付)という指摘もあり、実現は疑問視されている。

■政治任せでいいのか
 さて、ここまでオスプレイを巡る動きに触れたのは、沖縄の基地問題や、従軍慰安婦に関する「維新」の橋下徹・大阪市長の発言について、改めて「共感」をキーワードに考え直してみたいためだ。沖縄も従軍慰安婦もいわゆる「歴史認識」にかかわる問題であり、ひいては中国や韓国との関係にもつながる。解答の出しにくい問題について、一般の市民は政治任せの傍観者でいていいのか、NPOやNGOに役割はないのか……。「共感」をよすがに、そのことを考えるのが、本稿の趣旨である。
 筆者は本誌2010年12月号の「私のライブラリー」で、『小説 琉球処分』( 大城立裕著、講談社)を取り上げた。書いた当時は尖閣諸島近海で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりし、その模様を撮影したビデオがネット上に流出するなど、日中関係が大きく波立った時期だ。
 少し長いが、この時の原稿を引用する。
「(前略)基地撤去を求める沖縄の声は通った試しがない。言葉が通じない、と思うのはこの点だが、更に言えば、通じない相手は政府ではない。沖縄以外の日本人だ、と思うのである。
 普天間飛行場の一部移設先として鹿児島県・徳之島が候補に挙がった際、鹿児島県議会は全会一致で「反対」を決議した。この問題で、沖縄の負担引き受けに言及したのは大阪府の橋下知事だけだったと記憶する。(中略)
 日本人は沖縄と決して連帯しようとしない。誰も沖縄を助けようとしない。自分たちは日本人なのか? 日本人ではないのか? そんな問いかけが大きく膨れあがる日は、案外近いのではないだろうか(後略)」
 沖縄では以前から「独立論」があったが、最近の情勢を受けて内外メディアの関心も高まっている。沖縄の基地負担肩代わりは常に総論賛成・各論反対で、身近な問題になった途端、議論の余地なく拒否される。沖縄からすれば「せめて検討くらいできないのか」と思って当然だろう。自分が沖縄県民だったら……。そう考えることは、我々にとってできない相談だろうか。

■語るに落ちた橋下市長の女性観
 一方の従軍慰安婦問題。毎日新聞が掲載した一問一答(5月14日朝刊)によれば、橋下市長は「慰安婦制度は世界各国の軍が活用した。(中略)精神的に高ぶっている集団に休息をさせてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰でも分かる」と述べたが、「今は?」という質問には「認められない」と答えた。ただ続けて、「慰安婦制度じゃなくても、風俗業は必要。普天間飛行場に行った時、『もっと風俗業を活用してほしい』と言ったら、米海兵隊
司令官は凍り付いたように苦笑いして『米軍では禁止している』と。建前論ではだめだ。そういうものを真正面から活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーはきちんとコントロールできない」と話した。
 ここから読み取れるのは、橋下市長が米軍に風俗業の活用を進言したことで、実は第二次世界大戦当時ならず今でも「従軍慰安婦的なるもの」を容認し、必要だと考えていることが〝語るに落ちた〟ことだ。橋下市長は風俗業の活用について「不適切な表現だった」と撤回したが、それはまさに「従軍慰安婦=風俗業」「当時の一般論=現在の私論」という本質に気づいていないか、気づかないふりをしていることを露呈している。

■NPOこそ「共感」表明のチャンネルに
 考えたいのは、基地問題について沖縄に共感するように見え、負担受け入れに積極的らしい橋下市長が、従軍慰安婦問題でなぜ前述のような発言になるのか、という点だ。政治的思惑は考慮する必要があるが、少なくとも3年前、基地負担受け入れに関するメリットはほとんどなかったはずだ。「実現しないことを見越して好き勝手に言う」という批判もあろうが、筆者は「共感度の差」だと考える。
 ここからは想像だが、橋下市長にとって沖縄の基地問題は関心と想像の及ぶ範囲にあるが、従軍慰安婦や風俗業に従事する女性のことは分かってもいないし、共感のべースもない、そういうことだと思う。それなのに、強制連行の有無に絡めて女性の人権について発言したことが、そもそも間違っていたのだ。
 しかし考えてみれば、それはある意味「普通」のことかもしれない。誰しも、当たり前だと思っていること、関心がないこと、無知なことには共感できない。そのギャップを埋めるのは認識不足に対する反省と、反省から始まる勉強だろう。橋下市長の風俗業に対する認識も、彼の内なる女性観を「かち割る」ことができれば、自ずと変化する可能性がある。そしてこのことは、我々自身に跳ね返ってくることでもあると思う。
 我々はどこまで沖縄の基地問題に想像を巡らせ、風俗業で働く女性に思いを致しているのか。軍隊の蛮行について、だからこそ戦争や紛争をなくさなければいけないと、どう意思表明するのか。議員や首長が右顧左眄して実質的に何も解決できないなら、NPOなどの市民活動こそ共感と連帯の気持ちを吸い上げ、広めるチャンネルになるべきではないのか。「正しさ」の押しつけは許されないが、そんな真っ当なチャンネルが見当たらない日本の現状を、歯がゆく思う。
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2013年5月号(通巻485号):V時評

市民活動が創り出す「関係資本」の充実を
-未来思考した「CANVAS谷町」が目指すもの

編集委員 水谷 綾

 
 13年春。新学期がスタートし、景気浮揚の国の動きに影響されたのか、活気づいたニュースも増えてきた。
 大阪ボランティア協会(以下、協会)にとっても、この春、大きな転機となる動きがあった。大阪を取り巻く行政改革の余波を受け、11年間、協会が運営してきた「大阪NPOプラザ(以下、ONP)」は閉館することになったが、「市民活動を支える場を消してはいけない」と多くの市民や企業、団体の支援を得て、民設拠点・市民活動スクエア「CANVAS(キャンバス)谷町」を開設したことである。
* * *
 ONPは、行政施設を有償で借り受け、賃借料と同額の補助金(12年度は約3510万円)を受けることで、NPOに低廉な賃貸料で事務所や会議室の提供を可能にした施設で、7つの中間支援組織の事務所と27
のブースを提供してきた。しかし、行政補助のない民間賃貸をベースにする新拠点では、低廉価格による場の提供は相当厳しい。「CANVAS谷町」は本号38―39ページに紹介しているとおり、研修室やワークスペースに加え、シェアデスク機能も備えている。ただし、ONPの6分の1以下の面積では、支援の規模に限界もあり、事務所の提供をあきらめ、共有型のブースを使いたい団体への支援のみに縮小した上での運営に舵を
切りなおした。
 また、ONPは多くのNPOが入居・利用することで、NPOを知らない人にとっても、その存在からNPOを具体的にイメージしやすいランドマークのような意味合いがあった。「NPOのことならあそこで聞けば良い」というシンボルとしての意味をなし、一つの建物にたくさんの多様なNPOが集住している強みが生かされた。
 結局、ONP運営というNPO推進施策の後押しを受け、どんな働きをなしえただろう ―― ここが問われる。ONP開設が計画された2000年当時、大阪府内のNPO法人数は200法人強だったのが、13年3月現在、3331法人にまで増えた。当時、府内に皆無だった市町村立の支援センター(官設民営、公営を含む)は15以上に及ぶ。また、ONPは年平均9万人の利用があり、様々な場や機会を多くの団体に提供することができた。
 一方で、ONPも建物の運営管理や経営の持続に追われたことは否めない。ここが拠点運営の難しい面で、公の施設を管理する指定管理者制度の課題とも通じるところがある。本来であれば、民が運営する柔軟さを生かし、単体では動きにくいものに対し、同じベクトルの動きを作るような取り組みを生み出せるはずである。しかし、公的補助を受けるがゆえ中立性が問われたこともあり、そういった息吹を起こすことはなかなか難しかった。
 では、私たちが市民活動を支援する上で、どうあると「民」らしさが発揮できるのだろうか。
 今回の新拠点づくりは、まさにその「問い」との向き合いから始まった。拠点候補を探す段階から、様々な企業や支援者から情報提供をいただき、候補の絞り込みに多くの時間を割いた。また、2年近くにわたって、会員とともに「拠点のあり方」に関するワーキングや協議の機会を持ったことは、新拠点のイメージを絞り込むうえで大事なプロセスとなった。実際、数か月の議論の末に決まった「CANVAS谷町」という名称は、Civic and Voluntary ActionSquare と、夢を自由に描いていきたいというキャンバスをかけたCANVASに、新拠点の住所(大阪市中央区「谷町」2丁目)を組み合わせた〝愛称〟だ。また、協会を取り巻くすべての関係者に呼びかけ、誰でも参加OKの連続ワークショップを行い、市民活動拠点に必要な機能や大事にしたい姿勢を確認する作業を丹念に進めた。
 また、拠点開設資金を集める寄付のお願いも積極的に展開。寄せられた多額の寄付によって改装費用をまかなえ、それまでの協議で企画した構想を実現する財政的基盤となった。しかし、それに加えて、寄付者の皆さんが「自分も大阪の新たな拠点の作り手の一人」と実感できる参加の機会となったことも重要だ。
 こういったプロセスを経る中で、拠点の情報発信のあり方を発案してくれる人々との新たな出会いなど、「次への創造」に向けたネットワークも徐々に広がりつつある。まさに、人と人をつなぐ関係や思いを分かち合うプロセスの中で、ソーシャルキャピタル(「社会的関係資本」)が生まれつつある ―― そんな感じだ。
* * *
 私たち、市民活動を推進する機関としての重要な役割の一つは、まさに、この人と人のつながり、ソーシャルキャピタルを育んでいくことである。
 一昨年のNPO法大幅改正などにより、まだ未整備な面があるとはいえ、社会的「制度資本」は拡充しつつある。しかし、「制度資本」だけでは不十分なのは、自明である。
 多様な価値観を受け止め、ともに寄り添おうと思える人と人との関係を生み出していくことが必要だ。何かやってみたい!と思った人に、「やってみなはれ」と言ってくれる人の後押しや、一歩前に踏み出せた人が相談できる拠り所。その場があることで、課題を抱える人も安心できたり、活動に頑張る人も、ちょっと深呼吸するような気分になれると思う。今回の新拠点は、量的な規模は小さくなったが、そういう「関係づくり」を進め、地域やテーマだけに捉われない「関係資本」を図る場としたい。
 多くの方々のご支援によってハード面での環境整備は実現できた。ここまでのプロセスを生かし、ご支援いただいた方々の思いに応える、豊かな「関係資本」づくりを様々な形で実現できるよう進めていくことが、この新しい場における次の仕事であろう。
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2013年4月号(通巻484号):V時評

今こそ、活動支援金を!

編集委員 早瀬 昇

■復興支援団体に資金不安
 東日本大震災と原発事故の発生から、3年目に入った。被災地を覆っていた瓦礫こそ減ったものの、被災された人々の生活再建は遅々として進まず、さらに多くの人々が放射能の被害を避け遠隔地での暮らしを余儀なくされている。しかし、3月11日までは活発だった震災に関する報道も、徐々に減ってきた。4月以降、さらにこの傾向が進むのではないかと心配される。
 これに加えて懸念されるのが、被災地や避難先で活動する市民団体の活動継続だ。というのも、資金面での不安が高まっている。東日本大震災の発災後、数多くの創設された「活動支援金仲介システム」の資金が徐々に枯渇しつつあり、岩手、宮城、福島の3県に配分された8・8億円の交付金積み増しで実施されてきた震災関連の新しい公共支援事業も、12年度末で終了するためだ。

■活動支援金が注目された理由
 そもそも「活動支援金」とは、東日本大震災で注目されだした災害寄付の一形態だ。被災された人々に直接配られる義援金に対して、活動支援金は被災地などで活動する市民団体に寄付するもの。従来、災害時の寄付といえば義援金が基本で、実際、東日本大震災でも自治体経由のものも含めた総額は約5400億円にも達している。しかし、活動支援金も約460億円を超えたとされている(注1)。
 これまで、その言葉さえ知られていなかったことを考えると、かなりの額だ。この背景には、市民活動への注目が高まったことに加え、公平原理のため配分が遅れがちな義援金に対し、より機動的に活用されやすい点もあるだろう。
 ただし、最終的に配分委員会に集約される義援金と違い、活動支援金は託すべき団体を選ばなければならない。これは、普段、市民活動に関わっていない多くの市民にとっては、高いハードルだ。実際、どの団体が寄付を有効に活用してくれるかが分からず、一部の著名な団体に寄付が集中し、活動の質は高くても知名度の低い団体には寄付が集まらないという事態もよく起こる。
 そこで、東日本大震災では様々な活動支援金仲介システムが誕生し、多くの人々から寄付を得、市民団体の活動を応援することになった。このシステム自体が活動支援金を増やすテコとなったが、その活動支援金仲介システムに寄せられた寄付金が枯渇しつつあるのだ。

■寄付は減り、助成の応募は増える
 たとえば累計で40 億円を超える寄付を集め、被災地の住民団体への少額助成も含めると延べ約3700団体に助成している中央共同募金会「災害ボランティア・NPO活動サポート募金」(通称・ボラサポ)を見てみよう。
 ボラサポは昨年12月までに9回の助成をしたが、図は助成金の申請締切時期ごとに、その間に集まった寄付額、寄せられた助成応募額、決定された助成額、そして助成率(応募額と助成額の比率)を示したものだ。(図で年月は応募締切時期。丸囲みの数字は第何回目の助成申請募集かを示す。なお住民団体への少額助成は含めていない)
 図が示すように第3回助成までは応募額よりも寄付額が多かったが、第4回以降は逆転。以後、震災から1年目で寄付が増えた第7回を除き、寄付額が助成決定額をも下回る状況が続いている。このため、昨年からは助成率も低下し続け、第9回助成では遂に20%台になった(注2)。
 あしなが育英会とボラサポを応援しているソフトバンクの「チャリティホワイト」(注3)などの寄付が今後も続くとしても、14年度中には支援が終了する可能性が高い。
 こうした事態は、多くの仲介システムで起こっている。たとえば、被災地の人々主体の復興を後押しするため日本NPOセンターが開設した「現地NPO応援基金」(注4)も、現在の残高では残り1回の助成が精一杯。そこで、さらに支援を継続するため、改めて寄付依頼のキャンペーンを始めることになった。

■被災者主体の復興活動を支えるために
 活動支援金という言葉が知られるようになった震災直後は、活動支援金が義援金よりも早く活用されうる点が強調されていた。しかし活動支援金には、早くだけではなく、長く(つまり後から)活用できる点でも大きな意味がある。
 たとえば、図にあるようにボラサポに最も多額の助成申請があったのは第8回目、昨年6月末に応募締切が設定された時期だ。震災発生から1年3カ月を経て、被災した人々自身が主体となって生まれた市民団体が増えてきたことも影響しているだろう。
 当然のことだが、復興には長い時間を要する。その長い復興を進める主役は、外部の応援者から、徐々に被災者自身に移っていく。その復興活動を支える有力な財政的基盤が、活動支援金だ。これら被災者主体、地元主体の復興を支える役割も重要だ。
 活動支援金の仲介システムの中には、障害者救援を続ける「ゆめ風基金」、芸術文化活動に特化する「GBFund」(企業メセナ協議会)など特徴をもった支援活動をしているところもある。仲介システムに託すと、多彩な活動を支えることができる。
 その意味でも、今こそ活動支援金を広げたい。

(注1):日本ファンドレイジング協会『寄付白書2012』経団連出版
(注2):助成額を減額して助成する団体も多く、助成申請団体と助成金受領団体の団体比率では第9回も5割を超えている。
(注3):ソフトバンクの携帯電話の基本使用料に10円を寄付分として追加すれば、ソフトバンクモバイル社も同額を足して、合計20円×契約者分を、毎月、被災地の子どもたちを支援する活動に寄付する仕組み。
(注4): http://www.jnpoc.ne.jp/?tag=311jisin-fund 日本NPOセンターが市民社会創造ファンドと連携して運営している。
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