2006年3月号(通巻413号):この人に



朝井翔二さん(イラストレーター)

インタビュアー・執筆
編集委員 影浦弘司

 1986(昭和61)年6月号(当時は『月刊ボランティア』)での連載スタートから19年と9カ月……。ことば担当のムーパパ氏と、イラスト担当の浅石ようじ氏こと朝井翔二さんの最強タッグで、幾多のアフォリズム(箴言警句)を生み出し、日本の世相、世界の動向をぶった斬ってきた「ボランティアむだちしき」
 現在、函館近郊、名峰駒ケ岳を望む茅部郡鹿部町に居を構え、奥様と愛犬の六太夫と北海道の自然に包まれて暮らす朝井さんを訪ねました。

■200回の大台ですね。

 ムーパパさんの言葉の単なる解説や絵解きにならないように心がけています。言葉の解説のような絵がいいかな、と思ったりもしますが、それでは描くほうはつまらないですから、受け取った言葉とは別に楽しんでやろう、という気持ちですね。お題をもとに発想を広げて勝手な絵を描いています。
 しかし、最近のムーパパさんの言葉は、いったいどういう意味、背景をもつものか、よく分からないことが多いですね。情報の少ない北海道の田舎に、すっこんでいるからでしょうが、毎回「???」から始めています。インターネットなどで情報を得て、なんとか仕上げておりますが、そうですね、最近は「電車男」(05年6月号「電車ボラ」)なんて苦労しました。あと、「エヴァンゲリオン」(97年6月「ボランゲリオン」)。なんのことやらさっぱり分からなくて本屋で資料を買い込みましたよ。絵は具体的なので想像では描けませんからね。毎回、ハラハラドキドキです。
 実は、ムーパパさんとは連載スタート後、何年か経って1度か2度、お会いしただけです。とてももの静かな方でしたね。毎月、イラストを描くのが楽しいというより「来た!」という感じです。ですから「今度はこんな言葉で勝負!?」と、まるでムーパパさんと対決しているような感じです。

■ボランティア、市民活動へのきっかけといいますと?

 「象の会」というボランティアグループが始まりです。1959(昭和34)年、兵庫の伊丹高校に通っていた頃、同級の女学生から「地域に障害児の施設があるから出かけてみよう」と。親父さんが神戸新聞の記者だったようです。それで、宝塚市の「武庫之丘学園」という知的障害の児童施設に出かけました。そこでは絵本の読み聞かせや折り紙で遊んだり、運動会のお手伝いをしたり、人形劇を作って持っていったり、子どもたちと遊ぶのです。
 「象の会」と名乗り始めたのは卒業後で「解散するのもなんだし……」ということで。名前は、卒業の頃校長先生が寄せて下さった一文「小さな善意を巨象のように」から名付けたのではないかと思います。今となってはちょっと時代がかった言い方かもしれませんが、小さな善意を大きな象のように膨らませていこう、という思いです。
 当時、日本で最初のボランティアグループなんて呼ばれたりもしました。実は、妻もそのときのメンバーでして。後輩たちも参加して50~60人はいましたね。そのうち障害児学級の子どもたちとキャンプの企画・運営や、いろいろ活動が広がっていきました。
 あの頃は、ボランティアという言葉なんて知られていませんでした。わたしたちも「訪問活動」と呼んでいました。知的障害のことは世間に情報として流れていないわけです。最初は、ものめずらしさと、おっかなびっくりの両方です。でも、すぐに子どもたちの魅力に引き込まれていきました。わたしたちが訪問して帰るとき、いつまでも子どもたちが手を振ってくれた。それを見て「よし、また来よう」という気持ちになってね。
 活動を進めていく中で、大阪ボランティア協会との出合いがあるわけです。協会が開催した「ボランティアスクール」。とにかく驚きでした。「自分たちがやっていること、これからの展開は、これか!」と思いました。自分たちの活動ってなんだろう、こんなに楽しくて意味ある活動を、どのように受け止め、理解していくのか、とあれこれ考えていたときに、ボランティアスクールが理論的な背景を与えてくれたわけです。
 その中で「ボランティアは民主主義の学校だ」というメッセージがあって、衝撃でしたよ。まさに「これだ!」と思いました。
 当時は、組織が中心の時代です。労働組合や政党や学生運動。そんな時代に一人ひとりが意見をもち判断して、今の世の中にどうあるべきかを考えることの大切さ。組織に乗っかってではなく、自分の判断で意思決定することの新鮮さ。……なーんて、まあ、所詮は遊んでいたんですがね。その頃、協会の事務所は病院の中にあって、集まっていたわたしたちが騒がしくて顰蹙をかっていたようです。しかし協会が、これほど大きな組織になるとは、誰もその当時、思っていませんでしたよ。協会には、その頃から「官」に飲み込まれまいとする魅力がありましたがね。
 一度、ある社会福祉協議会の冊子にひとコマ漫画を頼まれましてね。連載を始めることになりました。最初に描いたものが「バアさん、こんどはこんなのをもらたぞ」って、「民生委員になった」ことを勲章にからめた絵を描いたら、1回も掲載されずにクビになりました。ある種、痛快な体験でしたが、いま考えると、ちょっと非常識だったかな、とも思います。そのイラスト、協会では掲載OKでしたけどね。

■北海道での暮らしについて

 鹿部は北海道の自然が豊かなところです。ときどき浜辺に流れ着いた昆布を拾いに行ったりします。漁師たちは太っ腹です。海は無尽蔵の恵みがあって、いろいろな催しのときなど、魚や貝類を「どんどん、もってけ」って感じです。
 ここから眺められる駒ケ岳は、ちょうどゴリラのような姿をしていて、なだらかな稜線がとてもきれいです。でも活火山で、いつ噴火するか分からないのですが、おかげで温泉を吹き出してくれます。今回、表紙に自画像を描かせていただきましたが、そこに描いたキタキツネやエゾリス、そしてキツツキの一種アカゲラは、家のすぐ近くでコンコン樹をつついたり、巣を作ったりする姿を見せてくれます。
 こんな豊かな自然の中で、釣りをしたりキノコ狩りをしたり、山菜を採ったり、イラストを描いたり、読書をしたり……。ゆっくりと静かな時間を過ごすつもりが、それが結構忙しい毎日になってしまうんですよね。
 人生は1回きり。この1回限りの人生の中で、これまでとまったく違う生活を送ってみたい。そう思って北海道での暮らしを始めました。兵庫の養護学校で教師をしていましたが、定年を機に自分の仕事を後進に譲って、これまでとは違う人生、生活を送っていくことに決めたのです。
 もうすぐフキノトウが山ほど採れる季節になります。夏から秋にかけ、ヤマブドウやコクワ、ナツハゼ、イチイ、コケモモ、シラタマなど、これまであまり名前を聞いたことがない木の実や、桑の実、ナナカマド、アキグミなどたくさんの実が採れるので、それを果実酒やジャムに仕込むつもりです。でも去年は、ほとんど木の実がなりませんでした。どうやら、植物や動物や、北海道の自然界全体の生命の大きなバランスの中で、木の実が少なくなったようなのです。こうした調整、自然の営みには、「神」の存在を感じます。北海道の自然のふところに抱かれていると、俗世の神とはまた違った、自然を統べる本当の神様がいるのでは、と思えてきます。
 これまで仕事一辺倒で生きてきて、「こんなにのんびりでいいのだろうか?」なんて自問自答してみたり、もちろん多少の戸惑いはあります。でも、そのときはひたすら「これでいいのだ、これでいいのだ」って、自分に言い聞かせています。

■最近、『おもちゃがいっぱい』を出されましたが、子どもたちの遊ぶ様子が、たくさん描かれていますね。

 象の会は、約10年の活動で解散しましたが、当時からの仲間、内藤(壽)と松永(榮一)とわたしの3人は、知的障害の子どもたちの就学前施設や養護学校に勤務しながら活動を続けました。子どもの遊びや教材開発の学習会を続けて、学校での指導の中から「この子にこんなものがあればいいなあ」という思いを寄せあい、一人ひとりの子どもに応じた教材を作ってきたのです。そんなアイデアや作り方などを紹介しています。
 養護学校に勤務した当初は、障害児教育といっても、今ほど理論や実践が整理されていませんでした。とにかく日々の実践を積み重ね、それを寄せ集め、みんなで議論して進めていく、そんな時代です。教科書もないわけで、目の前の子どもたちの小さな変化、それを受け止めて、じゃあ、明日の授業は何をするか、じゃあ、こんな教材はどうか、それを考え、形にしていくことが楽しかったですね。今、文部科学省による整理と「指導」が進むにつれ、授業を自分なりに作り上げる面白みが少なくなっていき、形が重視されるようになったという感じがありますね。
 美しい花を描くより、何を描くより、私は子どもたちの何か楽しんでいる姿を描くのがいちばん好きです。現職時代、「教室に笑顔を」をモットーに、子どもたちの笑顔を引き出すことに力を注いできた、その後遺症かもしれません。子どもたちが今を楽しんでいる姿って、まさに「絵にも描けない美しさ」ですよ。


●プロフィール●
1944年生まれ。元兵庫県立こやの里養護学校教諭、同阪神養護学校教諭。大阪ボランティア協会発行『月刊ボランティア』『Volo』にて「ボランティアむだちしき」のコーナーで、長年イラストを担当。「象の会」のメンバー、内藤壽氏、松永榮一氏との共著に『おもちゃがいっぱい』(日本文化科学社、2006年)、『遊ぶのだいすき! 発達に遅れをもつ子と楽しむ』(日本文化科学社、1993年)、『FAX版 子ども生き生きゲーム&遊び BEST50』(明治図書出版、1999年)、」『続・FAX版 子ども生き生きゲーム&遊び BEST50』(明治図書出版、2003年)などがある。
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ご挨拶 「壮大なる夢」という本を出版しました (青木 勲)
2012-03-26 17:07:06
日頃のご活躍にお礼申し上げます。
この度「壮大なる夢」という本を、パブー(インターネットサイト URL: http://p.booklog.jp/)より電子書籍として出版致しました。
地域活性化と農業再生の一手段を述べております。知恵と工夫、そして既存の技術を利用することで廉価な費用で両者の実現が期待できます。
 是非、本書をお読み頂き、地域活性化と農業再生に向けてご尽力下されば幸いです。
本のジャンルは「ビジネス・教育・社会」ですが、以下のURLで小誌を登録しております。
 http://p.booklog.jp/book/41591

青木 勲
横浜市港北区樽町 在住
e-mail:isao_aoki_sh@55.netyou.jp
 
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