討議デモクラシーと新しい市民参加の手法を知るための3冊
編集委員 近藤鞠子
自分たちのことは、自分たちで決めたい。政治のことはよくわからないけど、議会や役所に任せっぱなしにしたくない。そんな市民が政治に参加する道を探求するなら、まずは『市民の政治学』。それから『公共性』を手に概念を理解する。実践の一歩を踏み出すと決めたら、『まちづくりと新しい市民参加』を読んで「プラーヌンクスツェレ」を実践。この3冊は“それなりの市民”にきっとお役に立ちます。
■『市民の政治学― 討議デモクラシーとは何か』
この本は、政治学には珍しい「一般市民向け連続講義」の書き下ろしだ。一般市民への語りかけをべースにしているが、それでも政治学の用語は訳語が多いし馴染みにくい。分からなくて当たり前。力を抜いて飛ばし読みでもいいから読み進めていこう。難解なことばも見知らぬ人名も、何回も出会いを重ねればいつの間にか顔見知りになる。
ここでいう市民とはアメリカの政治学者ダールの言う「それなりの市民」。「古代の良き市
民」とも「近代の良き市民」とも違う。なぜなら、現代社会は複雑で規模も大きい。その上、
マスコミの操作性も考えると、完全な判断のできる市民を期待しても無理。民主社会におい
ては、「それなりの市民」が増えていけばよいのであって、完全な市民というイメージを想定したら、市民などは存在しなくなってしまう。「それなりの市民」は、問題が発生したときに政治に参加し、継続しなくても、パートタイム的であればよいというのだ。
近代社会の変容や、市民社会の展開など、ドイツの社会哲学者ハーバーマスの『公共性の構造転換』なども解説しつつ、「討議デモクラシー」へと話を進めていく。著者は討議デモクラシーという用語を、ただ議論を尽くして合意に達するのではなく、異論を闘わすという意味を含めて使っている。そして討議デモクラシーの4原則として、第1に、運営が討議倫理に基づく討議であること。これは、誰でもが自由に発言でき、誰でも情報を自由に手に入れることができ、そのうえで同意の可能性を前提に話し合い、相手の意見をいれて自分の意見を変えるというプロセスであり、このようにして合意が成立する討議をいう。第2に、小規模なグループによる討議(グループ構成員は流動的なのがのぞましい)。第3に、討議することで生まれる意見の変化を望ましいこととする討議。第4に、その代表性ないし包含性と透明性を確保するための無作為抽出による討議であることを挙げて、討議デモクラシーの制度化がこれからの政治にとって欠かすことのできない課題であると述べる。
日本の場合は、最近になってようやく国家的公共でない市民的公共が論議の対象となった。これまで「公」と「私」は上下関係にあり、「公」の中には市民はおらず、それは実質的に
「官」であった。それが安保闘争以来、市民革命を経験したことのない人びとが、はじめて権力に抵抗することを知った。あるいはその大切さを経験したところに安保闘争の意味があったと考えることもできる。そして、それが市民運動、住民運動に連なっていき、さらには現在に至るボランティア、介護、まちづくりなどの広汎な社会参加が生まれ、その結実として90年代に市民的公共性が説かれるようになったと言う。こうした概念を理解するのに、次の『公共性』が一助となるだろう。
■『公共性』
本書を読めば、公共性がいかに人間に深くかかわり、時代も国境も超えて多くの人びとからどのように考察され議論されているかがわかる。
著者は、公共性を共同体と比較して論じ、公共性の条件として、1、オープンであること、閉域をもたないこと。2、複数の価値や意見の(間)に生成する空間であること。3、差異を
条件とする言説の空間であること。以上を導きだし、公共性は、価値の複数性を条件とし、共通の世界にそれぞれの仕方で関心をいだく人びとの間に生成する言説の空間であると説明している。また、アーレント、ハーバーマス、カントをはじめ多くの政治学者、社会学者、哲学者の言説を読み解き解説しているが、市民的公共性、合意形成の空間、現われの空間、共通世界と意見の交換などの項は、今回のテーマに大いに関係している。
特に合意形成の空間の項では、ハーバーマスの討議概念などにも言及し、「討議にとって、合意を産出すること以上に重要なのは議論の継続を保証する手続きを維持すること。討議は、そこに参加する者を正常化する効果をもつ。討議が開かれたものであることの意義は、不合理に公共的な光が当てられることにある」など、著者の考察は興味深い。コンパクトながら内容の濃い本になっている。
■『まちづくりと新しい市民 参加― ドイツのプラーヌンクスツェレの手法』
「プラーヌンクスツェレ」とは「無作為抽出で選ばれ、限られた期間、有償で、日々の労働
から解放され、進行役のアシストを受けつつ、事前に与えられた解決可能な計画に関する課題に取り組む市民グループ」(創始者ピーター・C・ディーネル)のこと。70年代に考案され、ここ10年で注目されはじめた。市民派議員らの熱い共感を得て、その日本版ともいうべき「市民討議会」が、千代田区委員会や三鷹市などで実践されはじめている。日本プラーヌンクスツェレ研究会も設立された。
この手法の特徴は、“市民的公共性”とも呼ぶべき合意像を浮かび上がらせる点にある。実施のプロセスは次のとおり。1、解決が必要な、真剣な課題に対して実施する。2、参加者は住民台帳から無作為で抽出する。3、有償で一定期間の参加(4日間が標準)。4、中立的独立機関が実施機関となり、プログラムを決定する。5、ひとつのプラーヌンクスツェレは原則25人で構成し、複数開催する。2人の進行役がつく。6、専門家、利害関係者から情報提供を受ける。7、毎回メンバーチェンジをしながら、約5人の小グループで、参加者のみが討議を繰り返す。8、「市民答申」という形で報告書を作成し、参加した市民が正式な形で委託者に渡す。
この本では、「プラーヌンクスツェレ」とは何か、目的、実施の方法、多様な実例、効果、
意義、日本の現状まで100ページ足らずに分かりやすくまとめられている。著者の報告「地
域社会研究11、12、13号」(別府大学地域社会研究センター発行)も併せて薦めたい。日本での普及の矢先にディーネル氏が急逝されたのは、非常に残念なことであった。
『市民の政治学―討議デモクラシーとは何か』篠原一著
(岩波書店、2004年)
735円(税込)
『公共性』齋藤純一著
(岩波書店、2000年)
1,470円(税込)
『まちづくりと新しい市民参加-ドイツのプラーヌンクスツェレの手法』篠藤明徳著
(イマジン出版、2006年)
1,050円(税込))