脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

体育会の掟が黄金律だと思う奴はズレている

2016-07-09 | Weblog

最近読んだ記事でシャエアウスにいるおやじのことだが、シェアハウスには時々うざいおやじがいてこまるらしい。どういうおやじかと言うと若い人たちが集まって話しているとその中に入ってきて高圧的な態度で海外で放浪したとかたわいもない自慢話をする。こういうおやじが若者の隙につけこんで説教したり、自慢話をするらしいが、はっきり言ってこういうところにいること自体あかんやろと思う。そしてそれは何もシェアハウスだけではなく、場合によっては格闘技のクラブもそういうおやじがあぐらをかいていすわりやすい場であるが、それしかできないような人間が集まるようなクラブでは、たいしたこともないスポーツの実績をかさに着て、自慢話ややんちゃ話や武勇伝、ついでに言うとたいした教養もないのに説教じみたことやわかったことを言うようなおっさんがでかい態度でいれるような場所になりやすいが、そういう場所には絶対にしたくない。うちのクラブは体育会のルールが黄金律であるとは考えていない、程度のひくい集団は体育会のルールが黄金律のように考えているが、しかし今や道徳や常識と言った日本人だけに通用するようなルールなど通用しないし、体育会と言う小さい小さいルールなんて言うのは言語道断、これからはコモンセンスの時代であり、ある程度共通の常識やルールと言うのがあるが、さらに国や文化そしてジェンダーの違いを理解しつつ公平な基準を持って共存していくことが求められる。卑近な例ではうちのようなボクシングクラブは女性が多いのだから裸でトレーニングしないなんて言うのもひとつのコモンセンスであると言ってもいいだろうし、あいさつなんていうのもメンタルのことを考えて配慮する必要もあるだろう。うちのクラブではあいさつは強制ではない、大人がしっかりしているのでその大人があいさつすると子供もあいさつするようになる。何のためにあいさつさせているのかわからないが、あいさつはコミュニケーションの潤滑油のようなものだ、こんにちはとにっこり笑ってあいさつするから気持ちのいい会話ができる。そういうことはヤクザ社会のように強制させてやるよりもこっちからにっこり笑ってあいさつしてやれば、時間がかかってもその子はやがてあいさつできるようになり、そしてさらにそういうことを受けてきた子供はたとえむこうがあいさつしなくても下級生にあいさつするようになる。そういうあいさつのほうが気持ちがいいし、もしあいさつを教えるのであればそういうかたちで教えるほうが教育的あると思うのだが、しかし体育会は下級生が上級生にするのが下級生に対するしつけみたいになっているようだ。私が顧問だったら上級生がまず下級生にあいさつしてやれと言うだろうが、やくざのように力でおさえてその群れを統制するようなやり方は程度がひくすぎるし、そういう集団に集まってくるのはたかだか知れている所謂アウトローやそれしかできない人間だ。この多様性の時代はいろいろなことを考えて群れをとらえていかないといけない。そしてその群れをしっかりととらえて導いていくにはノリや勢いモチヴェーションがどうだとかではなく、幅広い意味でのインテリジェンスが必要で、しっかりと勉強して教養をつんで学問的なものさしを持つことが求められる。うちのクラブはこれだけ人が集まるのに更衣室で物がなくなったとか乱暴なことをされたというような話は一度もない。前に社会人の人がうちのクラブはそれらしき人間がいないと言っていた。それらしきと言うのは想像におまかせするが、少なくともアウトローくさいのが集まったりたかだかボクシングができるぐらいでは大きな顔ができない健全なクラブである。

 

 

 

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