どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

亀の子淵・・埼玉

2021年06月09日 | 昔話(関東)

           埼玉のむかし話/埼玉県国語教育研究会・編/日本標準/1973年

 

 地域に根差した昔話は、そこに住んでいる人にとっては馴染みの地名や場所が出てきて、親しみやすいが、同じ県内でも離れているとそうとも言えない。この話には寄居町鉢形がでてくるが、埼玉の人全てがわかるということでもない。

 左衛門は荒川で魚を取ったり草鞋を作ったりしていて、それを妻が町まで売りに行き、その金でまずしいながらも幸福な毎日をおくっていました。ところがある日妻が「じつは、わたしは海の神さまが住んでいる龍宮の乙姫様の召使で、早く龍宮に帰ってこいという便りがあり、言いつけにしたがわなければなりません。」と、最後の別れの言葉を残して、水音も軽く船釜へとびこんでいきました。

 (船釜は、鉢形城の内堀であった深沢川にある四十八釜のひとつ。)

 ここから先は竜宮伝説。

 妻の後を追った左衛門が水の中を歩いてたどり着いたのはご殿。乙姫様があらわれ、珍しいお酒、料理、そして音楽に合わせておどる川ざかなのおどりにすっかり心を奪われ、召使の中にいる妻のことはだんだんと忘れてしまいます。

 何もしないで、おいしい料理を食べ、美しい踊りをみているだけの生活に飽きてしまった左衛門は、乙姫様がとめても家に帰ることにします。帰り際、乙姫様は阿弥陀様のお姿と水切丸という立派な名剣を左衛門のおくります。

 ご殿から亀の子淵の方に帰ってくると、外に出る道に大きなふたがかぶさっていて、いくらおしても引いてもびくともしません。さんざん考えた左衛門は、水切丸で ふたをめがけてひとつき ついてみました。すると、ふたが のたうつように動いて外の景色が目に飛び込んできました。そこには、龍宮にはない心の安らぎがありました。

 左衛門は、荒川の水をみておどろきました。流れの中で大きな石のようなものが暴れ、流れは赤く染まっていました。よくみるとそれは正覚坊(アオウミガメ)で、左衛門は近所の人に手伝ってもらい正覚坊を退治しました。

 左衛門がいただいいてきた阿弥陀様と名剣は鉢形村保田原のお堂におさめられていましたが、いつのころかお堂が焼けてしまい、水切丸だけが、末野の正竜寺へおさめたという。

 

 しかし寄居町鉢形は海とはだいぶはなれています。寄居町には正龍寺があり、この寺の歴史も興味深いものがあります。