読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

マイクル・コナリーの本

2009年10月16日 | 読書

堕天使は地獄へ飛ぶ」   マイクル・コナリー(Michael Connally)著 古沢嘉通訳 
                                              2001年9月扶桑社刊

  マイクル・コナリー(1956年生)は19992年に第1作「ナイト・ホーク」でMWA(アメリカ探偵作家
 クラブ)エドガー賞最優秀処女長編賞を受賞した。その後最新作「The Overlook」まで13の作品を生
 みだしているが、その大半がアメリカはロス市警の刑事ハリー・ボッシュを主人公とする連作もので
 ある。

  今回読んだ「堕天使は地獄へ飛ぶ(原題:ANGELS FLIGHT)」は第7作目。実は先月読んだ
 「暗く聖なる夜(原題:LOST LIGHT)」(上/下)の方が新しく、何とボッシュがロス市警を退職し、
 私立探偵のライセンスを得た上で、心に懸かっていた未解決事件を一人で解明していこうという話
 だった。どうやらロス市警という組織での仕事に嫌気がさして、チームを組んでいた仲間2人にも
 相談もしないで黙って辞めてしまった様なのだ(「LOST LIGHT」の中では「悪かった」と謝っていた。)。

  そもそもコナリーは、第1作から事件解決を通じてのみならず、主人公ハリー・ボッシュの生い立ち
 やベトナム従軍体験、ロス市警内部での孤立などを踏まえてアイデンティティの確立を図っていくという
 小説手法をとっているので、できるだけ作品発表順に読んでいく方が理解し易いらしい。

  ロスのダウンタウンにあるケーブルカー<Angels Flight>で二つの射殺死体が。被害者は黒人の女性
 (掃除婦)と黒人の男性。これがロス市警を相手にいくつもの訴訟を起こし嫌われている人権派弁護
 士ハワード・エライアス。
  警官にとって宿敵ともいえる人物が被害者となると、真っ先に疑われるのは弁護士に訴訟を起こさ
 れた過激捜査警官。扱いを誤ると黒人の暴動にまで発展する恐れがあり、市警幹部は戦々兢々で
 ある。
  二人の黒人刑事とチームを組むボッシュに捜査が任される。ところが一番の容疑者は、来週訴訟が
 始まる事件の証人となる、かつてタッグを組んで捜査に当たった無二の親友チャーリーなのだ。

  市警幹部は普段犬猿の仲であるFBI に捜査協力を依頼する。捜査を進める中で次第に明るみに
 出てくる意外な真相。誘拐殺人と思われた事件が意外や小児虐待の暗い世界へ迷い込む。信じき
 っていた親友の意外な告白。そして自殺。そしてさらに意外な人物が犯人であることを突き止めた
 ボッシュ。犯人は天の裁きを受け、市警幹部は市警にとって都合の良いストーリーでことの収束を図る。
 そしてボッシュは、不本意ながらも天職の刑事を続けられることを条件にこれを受け入れる。 

  コナリーの作品は人物造形が巧みで、主人公もハードボイルドのヒーローらしくないナイーブなとこ
 ろがあったりして魅力的であるが、「なんだ、アメリカ人にも結構日本人と同じような心の動きがある
 ではないか」といった箇所があちこちにあって興味深い。

  例えば、こんなところ。
  本作品で主人公ハリー・ボッシュの短い結婚生活が破綻を迎える。
  このところ愛する妻のエレノアの挙動がおかしく、仕事をしていても彼女が家を出て帰ってこないの
 ではないかと気が気でなく仕事が手につかない状態が続いている。お互いに愛が薄れたわけではな
 いのに、生活していても一体感が感じられないもどかしさがあって、気持ちがちぐはぐになっているの
 だ。
  ついにエレノアが自分の気持ちを明らかにする。「あなたには刑事というのめりこめる仕事がある。
 新しい事件に取り組む時の高揚感がある。しかし私にはもうそれがない(かつてエレノアもFBIの優
 秀な捜査官であった。)。それに極めて近い感じとしてやっと見つけたのは、フェルト台から5枚のカ
 ードをめくり、どんな手が来たのかを見る時の感じ、そんな時に生きがいを味わっている感じになる。
 私たちはみなジャンキー。単にドラッグが違うだけ。あなたと同じドラッグがあればいいのだけど、私
 にはない」

  そのときのハリーの反応が泣かせる。
 「ボッシュはじっとエレノアを見詰めた。なにかを言えば、声にうっかり現われてしまうやもしれなかっ
 た。ボッシュはドアに向かい、開けてからエレノアを振り返った。いったんドアを通ってから、ふたたび
 戻ってきた。
 『胸が張り裂けそうだ、エレノア。俺はきみにもう一度生きがいを味わわせようとずっと努めてきたの
 に』
  エレノアは目をつむった。今にも泣き出しそうに見えた。
 『ごめんなさい、ハリー』エレノアはささやくように言った。『こんなこと言うんじゃなかった』
  ボッシュは黙ってドアを抜け、後ろ手で閉めた。」

  このあと間もなくエレノアは「探さないで」と言ってラスベガスへと消える。2年ちょっとの結婚生活
 だった。

      

      <暗く聖なる夜>

      
  
     (この項終わり)

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