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『釈尊のさとり』(読書メモ)

増谷文雄『釈尊のさとり』講談社学術文庫

すべてが絶えず変化している世の中において、人間は「生・老・病・死」という四苦から逃れることができない。

では、どのようにして四苦に対応すればよいのか?

その解をブッダは「さとり」すなわち直観によって理解したという。

人間の苦は、「無明(無知)」→「取(執着)」→「」という順番で生じるのであるから、それらを解消すればよい、と増谷先生は言う。

「まず無明をなくすることから始めねばなりません。無明をなくするためには、まず、一切の存在の真相を正しく見ることが必要であります。無知ではなくて、知が必要であります。仏教というものは、まさしく智慧のおしえであります。かくして、まず、その無明がなくなると、こんどは取がなくなるのであります。すべては時の移ろいとともに変化します。つまり、無常なるものに執着することはなくなるのであります。そして、取がなくなればおのずから苦もなくなるのであります」(p.51)

うーむ。理解しただけで苦がなくなれば苦労しないのだが…

と思ったところで、「中道」という考え方が出てきた。中道とは「厳しい修行」でもなく「快楽をむさぼる」ことでもなく、その中間であり、「あるがまま」の生き方である。極端に偏らずにあるがままに生きる。それが、中道であり正道であるという。

運命を受け入れつつ、自分らしさを忘れないという意味では「いき」に通じるものがある。

と同時に、中道を歩むことの難しさも感じた。



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