日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「江戸東京博物館」。「(能力試験)発表の後」。

2012-02-10 09:03:24 | 日本語の授業
 晴れ。昨日と違い、少々薄い雲が所々に見えるものの、快晴です。

 昨日は「江戸東京博物館」へ行ってきました。熱心に見ている学生もいれば、何か「おもしろいこと」(彼らなりに遊べるもの)がないかと、フラフラしている学生もいました。「Aクラス」であれば、一応、20世紀の東京の姿は映像で見せてありますし、江戸時代の生活もいくつかの映像で見ていましたから、他のクラスの学生たちに比べて理解できるところは多かったはずです…が、どうでしょう。

 どうも、「Aクラス」であることに安住していた人が多かったような気がして…これでよかったのかな。しかも、「日本語能力試験」の発表があっての翌日ですから、どうも「不合格ショック」で立ち上がれないまま、やって来た人や、そのまま沈没してしまった人が幾タリか、いたようです。

 中国人(漢族、朝鮮族)の場合は、あっさりしたもので、失敗しても、「だって、(不合格だったのは)勉強が足りなかったから」で終わっていたのです。合格するには、どれほどの量(文法や単語、漢字の読みなど。また文章を読んでおく)をこなさなければならないか、あるいは一日にどれほどの時間を費やしておかねばならないかが、(日本に来る前の高校段階で)わかっていたのしょう。

 つまり、何かに合格するための勉強をきちんとやった経験ががあったので、わかっていたのだと思います。それに、彼らの高校のクラスには、自分より上のレベルの人たちがたくさんいたのでしょう、これは学校の勉強での成績でですが。

 それゆえに、「自分は頑張っても、これくらいの成績しかとれなかった」という経験が事実としてあったので、合格すれば、「あれ、これくらい(あまり勉強していなかった)で合格していいのかな」だったし、不合格でも、ああそうかで終わっていたのでしょう。

 ところが、今回は、それがない。毎日学校に来ていて、それほど勉強しているようには見えなかったのに、「Aクラス」にいて、下のクラスには落ちていなかっただけなのに。もちろん、学校で勉強はしていても、合格するには、勉強したことを復習しておくとか、自分が不得手な部分を見直しておくとかしなければ、なかなか合格できるものではありません。

 「非漢字圏」の学生にとって、「N3」までは、「まじめに学校に来ていたし、学校にいるときは言われるままに教科書も問題集もやった。わかったにせよ、(やってはいても霧の中に佇んでいるように何をしているのかも全く)わからなかったにせよ、ともかく、他の学生たちと一緒に、毎日教科書を読み、書けと言われれば書いていた」状態でも、とにかく、まじめに学校に来ていれば、だいたい一年ほどで皆合格できるようになっているようです。

 ただ(非漢字圏の学生にとって)「N2」は、かなり難しい。教室の外でも勉強しておかねば合格はできないだろうと思われます。それに、「読解力」を問われるものは、本人が母国で、どれほどその力が、培われていたかが問われます。これは毎日本ばかり読んでいたから読解力があるというものでもないのです。が、そうであっても、読解力のある人には、書物に魅力を感じている人が多いのは事実です。ところが、ほとんど本を読む習慣がないのです、学生たちに。

 「N1」や「N2」で、不合格だった学生は、その読解力で、(点数が)低いのです。もちろん、彼らなりに努力しているのは本当でしょう、単語や漢字は覚えていますから。ただ、その本人の能力(読解力)が、それほど高くはないのです。とはいえ、これは、あくまで文字の世界のこと。他の分野での彼らの才能を否定しているわけではないのです。

 それでも、もちろん、合格はしたかったでしょう。非漢字圏の学生は、「N3」に合格できたから、ストレートで「N2」に合格できると思い込み、また「私はAクラスだし」と思ったりもしていたのでしょう。それに、「漢字圏」の学生も(漢字圏とはいえ、彼らの母語は違いますから、やはり漢字交じりの日本語を読むのは、漢族や朝鮮族に比べれば、ずんと大変なはずです)「N2」の次は、「N1」に合格できるに決まっていると思い込んだりしていたのでしょう。

 もっとも、(試験は既に終わり、結果の発表も)終わったことです。大学や大学院へ行く者は、そこで頑張らざるをえないでしょうし、専門学校へ行く者も、日本語能力試験の結果で学費が安くなったり、奨学金が出るところもあるそうですから、がんばらざるをえないでしょう。

 失敗も経験、成功も経験。どちらの経験の方が人を強くするかというと、(その失敗をしっかりと受け止めさえしていれば)失敗という苦汁を飲んだ者の方が、実は、のちのち成功する可能性が高いのです。

 ただ、「私は当然合格するはずだったのに」という思い違いを、いつまでも引きずっていれば、その可能性はどんどんなくなっていく…のも事実でしょう。

日々是好日
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