そらみつ みそら file  ~To Provide You With Unity~

こころとからだについて、気がついたことを書いていきます。
『』の中の言葉は、見えない世界から伝わってきたものです。

痛みの持ち主 3

2023-04-30 12:08:00 | Weblog

そこでの施術は、まず全身の揉みほぐしを受けることから始まる。

そして最後に先生が骨格調整として、亜脱臼している箇所を元に戻してくれるというもの。

僕は問診を受けた際、左親指付け根の問題、それから「今日だけなのだけれど」と前置きして左首の痛みも話しておいた。

「人の痛みを共感して同じところが痛くなる」などという話はややこしくなるのでせずにいた。

自分の痛みとして治るのであれば、それで良いからだ。


施術。

左手首はパキパキっと2回。

左手親指はパキッと1回。

小気味良い音がして、あるべきところに骨がおさまったようだった。

左手親指の亜脱臼の治し方は、

「自分で簡単にできますよ」

とやり方を教えていただいた。

右手の人差し指の第二関節の親指側を左手母指球に押し当てて左手親指の中手骨を浮き上がらせておいて、左手の甲側から右手親指第一関節内側を使って大菱形骨をはめ込む、というものだ。

こちらの整体師さんたちは両手親指を酷使するので、ケアの仕方もわきまえているということだ。


さて、右手首、右鎖骨も調整してもらうと1回ずつ鳴る。

腰などはベッドに座ったまま後ろの先生に体を預けて伸ばす過程でパキパキパキッと入り、とても気持ち良い。

腰の歪みがあって足の左右の長さが違う話はよく聞くが、僕にもその問題があり、ビフォーアフターの画像2枚で納得したのだった。

だが、左首の激痛については変化はなく、先生からの言及もなかった。

先生の目から見て僕の左首に異常はなかったのだろうか。

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痛みの持ち主 2

2023-04-29 10:16:00 | Weblog

しかし昼前にまた僕の首の痛みは倍加して戻ってきた。

食欲が出てこず、サラダとチキンを食べたらライスは胃に入らなかった。

これは僕の痛みなのだろうかと真剣に考え始めた。

その日の午後、評判の良い整体師のところに連れて行ってもらうことになっている。

この痛みは整体を受けて変化するのだろうか。


Kさん(男性)に車で迎えにきてもらい、Kさん共々整体院で施術をしてもらう。

帰ってきて、僕がKさんのセッションを行う。

それがその日の午後のスケジュールだった。

あえてKさんが一日に連続して二つの施術を受けるのは、以前にそうした時の結果が非常に良かったからである。

あらかじめ身体がほぐれていれば、僕がセッションするときにはさらに深いところに作用が届き、メッセージもより降りやすくなるのではないか、という目論見を半年前に試してみたらその通りになり、今回もその流れを作ってみようということになったのだった。

優れた整体師と聞けば僕も興味がある。

以前に自分の左の腋の下に左親指を押し付けて換氣をしながら眠ってしまい、昨夏に左手親指付け根を痛めてしまったことをブログに書いた。

もう大体問題ないのだが、懲りずに同じことをして痛みが走り、後悔することがある。

その話をKさんの奥さんにしたとき、

「そこの先生は簡単にカポっとはめてくれますよ。」

と言われ、機会があれば施術を受けてみたいと考えていた。

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痛みの持ち主 1

2023-04-28 15:00:00 | Weblog

その日の起き抜けは重かった。

前夜の外での飲食が過ぎたのかと思い返すが、それほどでもない。


スマホを確認すると「腰が痛いので」と遠隔セッションの希望が一件、ラインで入っていた。

時間があるなら早いうちにお願いしたいというものだ。

タイミングよく午前に時間が取れるので引き受ける。

そのうちに左首、肩に寝違えたときのような鋭い痛みの差し込みが深く入る。


電話してみると、遠隔セッションの相談者の問題は腰の左側だという。

やはりすでに繋がっていそうだ。

ホテルの6階の大窓からの雲の動きを眺めながら腰と肩の痛みに気持ちを向ける。

電話の向こうの女性が、途中から左の首の痛みが発現してきたことを伝えてくれる。

青空を背景に雲が刻々と流れる様を見ている僕ののんびりした感覚が伝わるといいなと思いながら電話を続ける。

女性の腰の問題はなくなっていき、僕の寝違えも去った。

新年度になって悩まされていた彼女の仕事の問題にも光が差したようだった。

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愛宕山登山 3

2023-04-27 17:55:00 | 旅の記録

神職が一礼をして僕の横を去っていった後、僕は奥宮に進み、神前に立った。

右前方の『気が開く』と伝えてきた。

ガラス越しに見えるその方面は、北東のさらに深い山の中にあたる。


そして、この愛宕山が『白山を模した』、あるいは『擬した』と伝わってくる。

そこで僕は、この山が白山を開いた泰澄による開山であることを思い出した。

本社の主祭神は伊弉冉尊だから、そこに注目すると白山権現と同じということになる。

もちろんそれだけでは白山に模されていることの証にはならない。

泰澄の意図はどのようなところにあったのだろうか。


愛宕神社は本社、若宮社、奥宮社で構成されている。

そこに祀られている全てを合わせて「愛宕神」と呼ぶのであって、単一の神を指すのではない。

今の信仰形態は過去とはもちろん違っていて、室町時代には若宮で天狗の太郎坊が祀られていた時代もあるという。



また、開山当初は神社として名がついていたわけではなく、「神領」と呼ばれていたようである。

単に火伏の神と解釈してしまっては、その実態を見ていくうちに行き詰まるかもしれない。


なお、「山城名勝志」の白雲寺縁起では、<大宝年間(701704)に役小角が泰澄を伴って愛宕山に登り禁裏に奏上して山嶺を開き、朝日峰に神廟を造立>とあるようだ。

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愛宕山登山 2

2023-04-26 15:09:24 | 旅の記録

以前参拝した際の刺すような冷気は肌で心地よく思い出せる一方、神社の構造は曖昧にしか覚えていない。

本社に祀られているのは火の神ではなく、伊弉冉尊を中心として、雅産日命(生産水の神)、埴山姫命(土の神)、天熊人命(稲司の神)、豊受姫神(五穀の神)だった。

火の神である迦具土命を祀るのは若宮社だった。

若宮社には他に雷神、破無神(土の神)が祀られている。

 

若宮社で祈っていると、ポクポクと浅沓が床を叩く音がして、横を神職が通り過ぎていった。

そして奥で祝詞を丁寧に唱え始める。

若宮に本殿があるのかと思ったがそうではなく、若宮の中心からは左側に外れているそこが奥宮だった。

(大国主命以下17柱を祀る。)

奥宮からよく響く声を僕はそのまま若宮の端から聞きながら頭を下げた。

美しい祝詞だった。

と、頭上で家鳴りがして僕は上を見遣った。

格子はしっかりしているがその奥の羽目板が外れている。

もちろんそれは関係ないのだが、そこらで小動物でも駆けているような振動がカタカタカタと長く続く。

正体はわからない。

あるいは祝詞に建物が反応したと言われても納得しそうだ。

そんな、無から有が生まれそうな祝詞だった。

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愛宕山登山 1

2023-04-25 16:41:08 | 旅の記録

京都の愛宕山に呼ばれていた。

 

僕はどこかに呼ばれた際、日にちを指定されない限り、日程にはあまり囚われない。

無理なく動ける時が一番良い時と思って時宜を待つ。

雪に覆われる冬の無音の愛宕山にも惹かれるが、時間を取ることができなかった。

ちょうどよく動ける日として4月4日が浮き上がった。

 

大阪から車を走らせ、京都縦貫道を大原野インターで降り、嵐山の真ん中を通過して愛宕山の麓の清滝へ。

朝7時前だから、桜シーズンでごった返す観光エリアもまだ人はまばらだ。

 

6時半に開く愛宕山登山者用の駐車場には、まだ3台しか停まっていなかった。

そこらの桜は満開。

きりりとした冷気が次第に身体に染み込んでくる。

想定より一枚多く着て出発。

 

二日前の二上山登山では身体の重さに閉口したが、この日はそれが全くない、ストレスフリーの登山だった。

愛宕山に登るのは多分3回目。

一人で登るのは初めてなのではないかと思う。

通常2時間程度とされる登りが、ところどころの標識を読む以外に休むことなく1時間で神社に到着したのだからペースも速かった。

二上山登山の苦しさは体力が落ちていたせいではなかった。

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仕事をスムーズにするために

2023-04-24 17:14:00 | Weblog

仕事をしていて、言いたいことを受け取ってもらえない。

会議で思うことを伝えても否定される。

それ以前に、伝えるのに圧力を感じてしまう。


よく聞く類の話で、目新しくはない。

だが本人にとっては切実な問題だ。


その場でどう振る舞うのが最適かを求めているけれど、問題の所在はそこではない。

普段のコミュニケーションをどの程度積み上げられているか、という話である。

人によってはそれが見えにくく、問題を矮小化してしまうのだろう。


そのように近視眼的になると、仕事の全体像もつかみにくくなる。

自分の仕事が全体の一部であることを忘れ、人が自分のペースに合わせるのが当たり前な気がしてきてしまう。

周りから主張が強く扱いにくい人と思われてしまうとますます仕事がしにくくなる。

まず自分の仕事の位置付けがどこにあるのかを見誤らないようにしたい。


自分だけ仕事が終えられても意味はない。

周りの仕事の優先を認め、待たなければいけない場合があることを忘れないようにすれば、全体に上手に貢献して職場で重宝されることになる。

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『もうすぐ五芒星が降りてくる』

2023-04-23 11:29:00 | 未来の創造

エネルギーが整っていないところに時々導かれる。

その中には来るのを待ち侘びてくれていたところもあり、はじめの息苦しさから、切なさが込み上げてくるように変わりゆく。

解放への経緯に五芒星が関わっているらしく

『もうすぐ五芒星が降りてくる』

だとか

『五芒星に乗りかえる』

などと伝えてくる場所が最近ちらほらとあった。

エネルギーが枯渇して苦しむ神社等で五芒星が救いになっているらしい。


浄化が必要な一般の場所でも同様だ。

事故等多い施設で、わからないよう机の引き出しに五芒星や正五角形を忍ばせておくように出た例が最近あった。

特に浄化の儀式などしなくても、自然に問題は収束していくと伝えられた。


人のエネルギーが整ったしるしとして五芒星のビジョンが見えることも多くなった。

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犯罪者の心境

2023-04-22 12:55:00 | 癒し

人の目が気になる。

非難されている気がする。

そのくらいなら誰にでも起こり得ることだが、自分の行動が常に誰かの目に晒されている、見張られている気がする、となると日常生活に支障が出てくる。

疑心暗鬼になり誰もが自分の敵のような気がしてきてしまう。


何がその人にそのような気持ちを抱かせるのか。

枕元に座って胸の辺りを見ていると、そこに『criminal』と字が浮かんでいる。

「犯罪者」という意味の英単語だ。


つまり、過去世で犯罪者として生きた心理を今の生に持ち越したということだ。

もはや持っている意味がない過去の遺物だ。


「そんなものから離れて今を生きていいんですよ」と語り掛けながら、それがたましいに届くことを願う。

たましいが執着でしがみついている部分を思い切って手放してみれば、きっと感じられるのは自由というのはこんなに簡単なことだ、という単純な発想の転換だろう。


発端は過去世の心理であれ、現在にそれを発生させたのは、自分が周りを信じないという意識に他ならない。

素直に人を信じ、ともに歩むことを選択し続けることが今に課された課題だ。

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反応に見る性格

2023-04-21 13:05:00 | Weblog

セッションにおける反応の違いには個性が出る。

性格が出る。


「楽になりましたよね?」

と尋ねられて

「楽になった」

とすぐに言えない人は、その他のことにおいても慎重で決断が遅めだ。

本当に楽になったのかをよく確かめてから、

「楽になった気がする」

と慎重な物言いをする。


決断が速い人は、尋ねられたときの反応も速い。

すっぱりと断言ができる。

その瞬間ごとの変化にうまくついていっているように思う。


これも鍛錬のしどころだと思うのだ。

大きな価値判断を求められないところで、答えをスッと出すクセをつけるようにしていったらよい。


断定は、その後の道が狭められる気がして敬遠してしまうのだろうと推測する。

だが、実際のところ、断定して道を狭め、選択肢を減らしてしまう場合には正確さが伴われていて、あとをスムーズにすることが多い。

直感はだいたい当たっているものだ。

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