『御用!』と呼ばれた日。
『切り替わり』と伝えられていた日。
その神社で再生したのは僕にご縁の深い神だった。
それが原因だったのか、以来有用に動かされる感が強くなったように感じるのは、数ヶ月経った現在のことだ。
気持ちが軽くスパスパ動けるようになったのは明らかで、気のせいではない。
それに負けない強烈な切り替わりが何だったか、神社での事故の3日後に判明した。
アクシデント前日に大変お世話になった方が逝去されていたことを、ご子息からの電話連絡を受けて知った。
コンサルタントとクライアントという関係で始まった付き合いであったが、人情の懐深く他人との垣根がない方で、僕の方が学ぶ立場だった。
何日か前に、彼が僕の背中にのしかかるようにおぶさり、重さに耐えられず僕も一緒に潰れる夢を見ていて、僕は別れを覚悟していた。
その日は大阪で仲間の神社行に参加していたが、電話を受けて力が抜け放心状態になった。
外界の音は耳を素通りするようになった。
覚悟はしていても、別れは別れと分かるまで別れではなかった。
一人になりたいと願ったが、解散して一人になると胸の堰が切れて噴出した。
二日後、都内で告別式。
山梨も都内も晴れの予報なのに、電車が新宿に着く頃にはしっとりしめやかな雨模様に落ち着いていた。
ゆっくり故人に挨拶して、なんとか踏ん切りがついた。
彼のような温かな力強さを僕も人に向け続けなければいけない、と、ふつふつ自然に湧き上がった。
それ以外に自分の慰めよう、治めようはなかった。
その気持ちそのままに来年を歩みます。
皆様どうぞ、良い年をお迎えください。