そらみつ みそら file  ~To Provide You With Unity~

こころとからだについて、気がついたことを書いていきます。
『』の中の言葉は、見えない世界から伝わってきたものです。

換氣での触り方の強弱

2024-01-25 17:22:00 | 癒しの手法

換氣で自分の身体に触る際に、触れるか触れないか程度の微妙な強さが良いことを何度も書いている。

昨日書いたように

.触れる側にフォーカスするせいで交感神経が優勢になることを防ぐ

.内的感覚の強化に役立つ

というところが理由になる。


一方で、実際に換氣を使うときに、強く触るせいで作用が悪くなるということは、実は無い。

指を肋骨にグッと強めに当てたり、手のひらを腹部の柔らかいところに押し込んでも、触られる側の感受性が高まっていて反応しやすい状態になっていれば、体内の変化は即座に起こる。


最近の僕の場合で言うと、まず寝転がったら首の後ろに手を回して左右から強めに掴む。

または、後ろに回した手指の関節を垂直に曲げ、指先にまっすぐ力がかかるように首を上から預け、頚椎のすぐ横のツボに指がはまるようにする。

結構な刺激であるが、手指がさほど緊張しているわけではないので疲れることはなく、首の反応が素早く立ち上がり、腹が動いて緩み始める。


換氣に慣れた方からも、

「触る側に強さはあっても良いのではないか」

という質問を受ける。

答えとしては、

「強く刺激しても良い」

ということになる。

慣れてきて内的感覚が自動的に反応する場合であれば問題がない。

身体がそれほど固くなっていないという条件下ならば、内的感覚を精妙にしなくても難なく進められる。


考えるべきは、疲労が重なり身体が固くなっていて、ツボが奥の方に引っ込んでいる場合だ。

また、未病を通り越してはっきりとした症状が現れている場合もそうだ。

こうなると、部位をそれなりの強さで刺激したまま内的感覚を研ぎ澄ますか、軽いタッチを使いつつ内的感覚をよくみる、という基本に立ち返るかになる。

そして、繊細な呼吸の大事さを見直すことになるだろう。


要するに、内的感覚は自動的に反応することもあるが、条件次第では意識的にみないといけないと言うことだ。

一本調子に行える手順ではなく、その都度身体の状態に敏感になることが求められる。

そのプロセス一つ一つを丁寧にみていくことが、ヒーリングの上達にもつながることと思う。

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換氣での感覚の取り方をヒーリングに活かす

2024-01-24 16:38:00 | 癒しの手法

換氣において、触れる手ではなく触れられる身体(主に胴体)を意識するように伝えているのは、「触れる手」に力が入ることで交感神経の作用が強くなり、リラックス、癒しにつながらないことを避けるためだった。

手がどうにかしようと頑張ればその分身体も強張る。

身体のどこにも力が入らない状態に導くには、「自分が何かをしている」感覚を外していくのが良い。


一方で、自分相手の換氣から他者向けのヒーリングに対象を拡大していく中で、「同期」の養成方法の問題が出てきた。

どこをケアするかを施術者が主体的に捉えられず、受け手の申告に頼るのは不便だし、非効率的である。

ちょうど先日のヒーリング講習会を通じて、自分の体内感覚が受け手の同じ部位の状態をみるためのアンテナとして有効なことがわかった。

そのアンテナとしての情報収集力、あるいは観察力が、換氣で「触られる側」の状態に積極的に気付こうとすることで養われると思う。


手はものの形や大きさ、熱さなどの状態を探るのに慣れている。

手が何かに触って情報を得ようとすることを我々は当たり前に思っている。

手は多くの場合、情報を得るために主体的に動く。


それ以外の身体の部位はどうか。

胸や腹などは、触られたときに気づく程度であって、積極的に情報を取りに行かないのが通常だ。

それを「体内感覚を観察する」ことによって変え、鍛えていく。

受動的な情報取得ではなく主体的に探る能力を育てていく。

毎日少しずつでも続ければ感受性が強くなる。


ヒーリングとして実践するにあたっては、まずは受け手の特定の部位に照準を合わせることに注力して感覚を磨いてもらいたいが、しだいに相手の一点に意識しないで全体の中からポイントを拾うことができるように、段階を上げられることと思う。

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「受容」を磨く

2024-01-23 14:07:31 | 癒しの手法

「受容」は磨けるか。

ただ受け入れることに進歩というものはあるか。

 

確実にあるし、これも最終到達点が見出せない深い世界だ。

そして、受容を進めることで、どこかで生を一変させる大きな転換点を越えることになると思う。

境界を越えるのは、受容すなわち信頼の賜物ではないだろうか。

受容が進むとは、自分が愛され守られているのを知ることと軌を一にするものだ。

 

「受容」を磨くのはヒーリングを行う場ではなく、日常が主になるだろう。

与えられたもの、いただいたものに是非の判断をつけないことだ。

それが自分にとって一番の贈り物だと知ること。

ごくシンプルだ。

こうして受容を磨くチャンスは毎日莫大な数で訪れる。

 

与えられたこの機会をよく味わいさらに活かすべく、新たな選択をする。

それがギフトだと知っていればこそ、最上の選択ができるのだ。

 

それは積極的な受容になる。

与えられるものが自分にとって最高のものだと知っていれば、怖いものもない。

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「関与」を磨く

2024-01-22 11:57:00 | 癒しの手法

ヒーリングにおける「関与」を技術面で進歩させていくには、精密な呼吸を磨くことが第一だ。

 

吐いている息の行先をみる。

余分な思考が浮かんできたら、心のうちを大きく占めてしまわない内に吐く息とともに流してしまう。

しかし、無関係と思うものが実は見えない世界からのメッセージであり、きちんと取り上げる必要がある場合もあるから注意が必要だ。

「受容」との境界が曖昧になってくる話だが、やってくる感情や気分なども同期による受け手由来であるものも少なくない。

これも経験を積むことが最善策と言えるだろう。

 

小さな願望の成就など求めない。

求めても仕方がない。

人智で測れない広大な、あるいは微細で深遠な世界のはたらきに任せきって、つまらないコントロールなど試みなくて良いのだ。

 

計らいは、関与している間のみに発現するのではない。

人の出会いはお互いの生をどこかで変容させている。

ヒーリングの場で生まれた渦は宇宙の共振を呼び、あらゆる場に息づいて人を新たな選択の機会に導く準備をする。

周りを巻き込む。

 

「関与」の学びは進めても進めても終わりはない。

自分が気づいていないことが常にあるものだ。

そこに注意が向いたなら、発見のときも近づいたことになる。

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「同期」を磨く

2024-01-21 17:00:00 | 癒しの手法
「本来他人由来の感覚」を自分の体内で感じる「同期」。
昨年末のヒーリング講習会では、換氣を工夫し続けた人が身近に接する人の体内のエネルギーの状態を感知し、同期ができるようになることがわかった。
換氣を工夫することは、呼吸を繊細にして力を抜き、その場に任せ切る感覚を養うことと言える。
自分の中が空しくなれば、場を共有する他の存在の状態に敏感になる。
さらにはその状態は自分の中にも流れ込んでいて、鮮明に捉えることができる。
流れ込むという言葉は正確ではない。
瞬時に共鳴するのだ。

僕の伝えるヒーリング手法では、ここまでくればあとは受け手の自己申告なしに自分で同期して関与すべき部位に気づくことが次の段階になる。
同期して相手のものを感知したと思っている感覚が、本当に相手からきているかどうかという問題だ。

これは少しだけ結果の成否が判断しにくい問題である。
同期して「ここだ」とケアを始めても、される側に自覚がない場合があるからだ。
腹痛を訴える人の足首をケアしても、本人は足首に異常を感じないことがある。
となると、同期からの関与を続けて腹痛を静めるところまで至らないと、初めの同期が正確だったことが判断つかないことになる。

これは、自分の感覚を信じて経験を積むより他はない。
たとえ、「それで合ってるよ」と指摘されたところで、自分の中で確信が育たない限り、あやふやなヒーリングになってしまう。
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換氣を使ったヒーリングの実践 3

2024-01-20 13:17:00 | 癒しの手法

受け手が不調と申告する場所に触れながら、自分の同じ部位の内的感覚に気を向けるようアドバイスする。

その結果は想像以上のものだった。


換氣を継続して工夫してきた人たちにとって、自分の内的感覚を捉えることはさほど困難ではない。

そして、ヒーリングしながらその内的感覚を探り当てることは、接している人に同期するべくアンテナを広げる作業でもあることがそこでわかったのだった。


皆に「同期」ができた。

僕に起きることは、参加者全員に起きたのだ。

触っている中で、自分が気にする内的感覚が変化するさまを、その場の全員が観察できたのである。

それは受け手が感じる変化と当然ながら同時進行だ。

ヒーリングする人、される人を交代しても同じだった。

その場の全員が、僕がするタイプのヒーリングを行うことができたのだ。


「ここからあそこへ」と気にすべき部位が次から次へと動くのをすでに捉えている人もいる。

となるとあとはその人の感覚に従って進めるのが正解である。


これを進めれば遠隔でのヒーリングも使えるようになるのだ。

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換氣を使ったヒーリングの実践 2

2024-01-19 10:35:00 | 癒しの手法

まずは参加者に姿勢を正して畳に座った状態で、体内の仮想パイプをイメージした呼吸の確認をしてもらった。

換氣は自分向けだから寝転がって整えれば良いが、ヒーリングは他人に向けてになるから、座った姿勢が基本形になる。

ベッドの有無によって椅子に腰掛けるか、あるいは立って行うことも考えられるので、どの体勢であっても丹田は意識できるようにしておきたい。


次に、5人のうち2人に寝転がってもらった。

残る3人は、二手に分かれて寝ている人の傍に座りヒーリングをする。

その体勢が整ったところで、どこに不調があるかを受け手に自己申告してもらった。

施術者はその場所に軽く触れて息を整える。


さて。

ここで思案することになった。

施術者はどこに意識を持つべきか。

相手の身体に触れる手か?

しばらく考えてから結論した。

ここまで僕の感覚を基にして伝えてきたのだから、ここからもそうすべきだろう。


僕は自分の手から情報を得ることはあまりない。

僕が気にするのは、受け手の問題ある部位と同じ自分自身の部位の、身体の内的感覚だ。

それを思い起こして参加者にもそのようにしてもらうことにした。

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換氣を使ったヒーリングの実践 1

2024-01-17 18:26:00 | 癒しの手法

昨年末、換氣を日々実践している方々に来てもらって、ヒーリングの講習会を行なった。

自分相手の換氣のテクニックをそのまま他者へのヒーリングとして応用してみようというものだ。

だから、参加条件として「換氣を自分で工夫し続けている人」と絞った。


「ヒーリング講習会」の体裁ではあるが、換氣をヒーリングに昇華できるのかという、僕にとって実験の場でもあった。

こんなかたちでヒーリングしてみたらどうか、という提案が、実際にヒーリングとしてどの程度生きるかは未知のことだった。


5人の参加者は全員女性。

半年前に換氣のワークショップに来てもらっており、基本的な使い方は確認済みだ。

疲れにくくなったり、大きく体調を崩すことが減ったりと、それぞれに換氣のメリットを感じてもらっている。

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ヒーリングプロセスの3段階を改めて考える

2024-01-14 17:03:13 | 癒しの手法

換氣からヒーリングへ 3]で、僕はヒーリングのプロセスを「同期」、部位への「働きかけ」、見えない世界による「計らい」の3つに分けた。

一月半ほど経った今、記事を読み返すと、それらがもう一つ実態を捉えておらず、特に「計らい」が言葉として不正確に思える。

施術者としての、施術者の側からの表現としては、

1、「同期」

2、「関与」

3、「受容」

とでもすべきではないだろうか。

計らいは起こるものではあるが期待しない。

究極は、くるものを受け入れるだけだ。

 

感じて関わって受け入れるという単純極まりない行為である。

それをとにかく精密に繊細に。

そしてできるかぎり純粋に。

 

純粋に感じ、純粋に関与し、純粋に受け入れる。

純粋さを高めることが結果を作っていく。

生活のどの場面でも自然にそうあれれば、ヒーリングも変わってくる。

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自分で治す

2024-01-13 17:27:46 | 癒し

昨年末から、今年は「自分で治す」を皆さんに強くお勧めしようと温めていたのだが、あっという間に年が明けて10日以上が過ぎてしまった。

僕としては、「自分で治す」方法をどんどん知ってもらう年にしたいと思っている。

だから、換氣のやり方をセッションで具体的に説明し、実践してもらう機会を最近は多く持つようにしている。

 

一方で、「自分で治すの提案」の中で第一に伝えたいのは技術ではない。

 

そもそも不調は自分で治すものだ。

あるいは治る方向に自分で持っていくことだ。

「自分で治すもの」と明言しておかないと、ここぞと言うときに心が弱くなる。

医者にかかることを軽視すべきではないし、人に施術をしてもらうことも身体を健康に保つ上でどんどん取り入れてもらいたいと思うけれど、そうであるにせよ、最後は自分だと言うことをゆめゆめ忘れてはならない。

そうすれば腹が決まるし、一つ一つの自分の行動に責任を持つようになる。

 

要するに、心構えの問題でもある。

「自分で治す」をテクニックとして備えておく以上に、自分で治すものと意思、覚悟しておくことこそが道を分けるのだ。

人にしてもらって治るのではない。

自然治癒力もさることながら、人間の意志の力、そしてそれにつながる見えない世界の力と温かさを軽んじてはいけない。

導かれることだって、自分で責任を持つことから始まるのだ。

 

こういう本当に大事なことは、口先だけでないことを再確認しておきたい。

言うのは簡単。

それが咄嗟のときにたましいから発出できるかどうかだ。

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