緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

日々の発見と思いのあれこれなど

劇場実験〝蘇るバレエ・リュス〟に行く

2024年01月30日 | お出かけ
なんとも奇妙な劇場体験をしました。
きっかけは前々回の記事「12月の男子新体操演技会 振り返り②」で触れたバレエ鑑賞です。
プログラムと一緒に貰ったチラシの中に「劇場実験 蘇るバレエ・リュス ー薄井憲二バレエ・コレクションの同時代的/創造的探究ー」というのがあったのです。

私がバレエ「くるみ割り人形と秘密の花園」を見に行ったのは、そもそも、ある男子新体操の演技に「これはロシアのバレエの古典だ。振付師は誰か?」というロシア人のコメントがあったからでした。
それで男子新体操の選手が賛助出演しているというバレエ「くるみ割り人形と秘密の花園」を見に行ったのでした。(それでどうだったかは前々回の記事を参照してください。)

ロシアのバレエの古典といえば、「白鳥の湖」とか「眠れる森の美女」が思い浮かぶのですが、日本の男子新体操はそんなものとは似ても似つきません。
ただ「韃靼人の踊り」ならば男性舞踊手の群舞という共通項があります。
そうだとするとロシア人のコメントの〝ロシアのバレエの古典〟は〝バレエ・リュス〟を指すことになるんじゃないかと思えました。

でも私、バレエ・リュスってよく知らないんです。
というかバレエそのものをよく知らないのです。(バレエ自体にあまり興味がない・・💦)

でも私だって西洋文化史の基礎知識は多少ながらあります。
バレエ・リュスがフランス語でロシアのバレエという意味であり、20世紀前半、ロシア人プロデューサーのディアギレフが率いたロシアのバレエ団であり、当時の西洋において、舞踊や舞台デザインのみならず、絵画、音楽、ファッション・文学などの芸術の世界に途方もないセンセーションを引き起こしたということくらいは知っていました。

要するに物凄かったわけです。
そのバレエ団の伝説的なバレエダンサー、ニジンスキーはあまりに有名ですしね。

貰ったチラシを見てみると、1月20日に京都芸術大学でバレエ・リュスをテーマに何かやるらしい。

蘇るバレエ・リュスー薄井憲二バレエ・コレクションの同時代的/創造的探究ー - 京都芸術劇場 春秋座 studio21

京都芸術劇場 春秋座 studio21 - 京都芸術大学内にある劇場

 

入場無料だけど要予約となってました。
午後4時開演で3時間ほどかかるらしいのでした。

京都まで行く? 終了時間は午後7時。帰るの大変とか、色々と考えましたが無料というのに釣られ(!?)予約を入れました。

当日は雨でした。
阪急電車の京都河原町で降り、調べておいたバスに乗り京都芸術大学へ。
道路沿いの大階段を登った大学の中にある劇場「京都芸術劇場 春秋座」で劇場実験は行われました。
劇場 春秋座は歌舞伎上演を前提とした劇場で、花道があり、回り舞台もあります。

映像や講演、コンテンポラリーダンスなど、色んな演目があったのですが、最初と最後の映像と音楽の試みは、私の視力が悪化していることもあってか、よく分かりませんでした。

現在、プロジェクションマッピングもそうですが、映像を使って色んなことをやるのが流行っているのですが、見づらいし訴えるものも分からないし、私は好きではありません。
あれ、芸術でも何でもない万華鏡みたいなものに見えるんです。
(関係者は気になさらないでください。私は花火すら好きじゃない人!)

それ以外は分からないなりに面白かったです。
鈴木晶氏の講演ではバレエ・リュスの意義をより詳しく知ることができました。
バレエ・リュスが無かったら、今のバレエは無かったということです。

鈴木晶氏ははっきりとは語らなかったけれど、20世紀初頭のフランスのバレエは世俗化の一途を辿っていて、社会的にバレリーナ達は高級娼婦という位置付けでした。
翻ってロシアは革命前ですから宮廷の庇護もあり、バレエは芸術として発展していたのです。
芸術としてのバレエを引っ提げてディアギレフはパリにやってきたのでした。

この日の試みではバレエ・リュスの衣装の復元というのもありました。
復元された青い鳥の衣装です。

本物の貴重な一枚はバレエ関係の世界的なコレクターである薄井憲二氏の寄贈を受け、現在は兵庫県立芸術文化センターにあります。

1930年代のセルジュ・リファール着用の写真。

セルジュ・リファールはキーウ生まれでウクライナ・コザック出身のバレエダンサー。後にパリのオペラ座を立て直した人らしい。

当時ですから合成繊維はなく、ほとんど絹で、ディアギレフは衣装制作に金に糸目をつけなかったようです。
青い鳥の衣装が使われた「眠れる森の美女」はディアギレフが興行的に失敗した唯一の演目で、そのために彼は破産したとのことです。

復元された製作者の講演もあり、衣装は実際に着て踊れなくてはならないわけで、そのご苦労など語られました。
復元された衣装を着ての男性バレエダンサーの踊りも見ることができました。

この日の催しは劇場実験というだけあって来場者は座席に座ったままではいられない。
第二部の舞踊「パラード」では客はホワイエに出て並ばされました。
人数に限りがあるというので私もすばやく列に並びました。
連れていかれたのは舞台の上、そこからの舞踊の鑑賞です。

体育座りで座って見ていたのですが、座らされたのは舞台上の回り舞台の上、最後には回り舞台と一緒にグルリと回りました。
井原ではタンブリングマットの上に上がりましたが、今回は回り舞台を1周したわけです。
これで踊らされたら本当にビックリですが、さすがにそれは無し。

でもそれで終わりではなく、次は予約を入れた人だけ2階の座席に移動し、そこからの鑑賞でした。
それは音楽と映像との組み合わせで私には今一つ。
終わってからも劇場前で登壇者・出演者・来場者の懇談の場が設けられていましたが、さすがにそれは遠慮して帰りました。

来場者は200名くらいだったでしょうか。
見るからにバレエ関係の人がいました。
どこかのバレエ団のマダムのような人や、舞踊関係の知識人のような人など。
さすが、バレエ・リュスをテーマにするだけあって、ドラマか映画に出てきそうな雰囲気の人達。
私は自転車に乗ってスーパーに買い物に行くような恰好で来たんですけど。(雨降りだったから💦)

収穫はそれなりにあったように思います。
バレエ・リュスに関する本を一冊読んだような感じですし、男子新体操との関連もなんとなく掴めそうです。

最後に一言、京都の大学は偉い!!
花園大学も偉いし京都芸術大学も偉い!
こんな実のある催しを無料で見させてくれるなんて、市民に開かれた大学の意義、しっかり果たしています。
偏差値で大学を見てはいけないこと、肝に銘じておかなくてはなりません。


陸山会事件

2024年01月25日 | 話題
私にしては珍しく固い政治の話題です。
立憲民主党の小沢一郎議員の陸山会事件のことです。
実はちょっとショックでした。
私は政治家として小沢氏のことは全く好きではありません。
それでもこの事件当時、なんかおかしいという雰囲気はあり、私も注目していたのは記憶しています。

ですがちょうど2011年3月11日、東日本大震災が起こり、陸山会事件のことは私の頭から吹っ飛んでしまいました。
小沢議員は結局検察審査会で強制起訴されながらも無罪になっています。
当時から陸山会事件は、単純な期ずれによる帳簿上のミスと言われていましたので、私はそれで納得でした。

しかし今になって知ったのは、この事件、単純なものではなく、検察による捏造、冤罪事件だったことです。
それを知ったのは、たまに見ている「哲学系ゆーちゅーばーじゅんちゃん」の動画からです。


陸山会事件と松本人志が何の関係があるのかですが、文春を訴えるつもりらしい松本人志が雇った弁護士が、陸山会事件当時、証拠を捏造し、冤罪を作り出そうとした検事だったからです。
ちなみにじゅんちゃんは政治を語るユーチューバーの中でも、常にエビデンスを示し、緻密に語る人で、私は一定の信頼を置いています。

検事が一人の政治家を陥れるために冤罪を作り出す捏造に手を染めるなんて、考えられますか。
この事実、私は全く知らなかった。
3.11でそれどころではなかったということもあります。
この事実、当時ほとんど報道もされなかったのではないかと思います。

これは小沢一郎という政治家が好きか嫌いかとか、彼が政治家としてやってきたことにくみ出来るか出来ないかとかいうこととは全く関係なく、日本という国の政治と司法の根幹にかかわる問題だと思います。
自分達はどんな国に住んでいるのか、もう一度問い直さなくてはならないことです。

陸山会事件については以下のXの記事を参照してください。




松本人志の一件が途方もないものを表に出させたという意味でも驚きですし、色々と考え込むこともあります。



12月の男子新体操演技会 振り返り②

2024年01月23日 | 男子新体操
肝心の花園大学の新体操発表会ですが、そこでも尾上達也選手が大活躍でした。
プログラムの最初は、系列の花園幼稚園の園児達によるミッキーマウスダンスでした。
そこで園児達と一緒にトレードマークの大きな白い手袋をはめて踊っていたのが尾上選手。
『あんた、井原でバラの花を口に咥えて踊ってませんでした?』と思わず言いたくなった。

尾上選手、全日本のスティックの演技では、ほとんど神がかっていて鬼神のようだとさえ評されていたのに、ここでは超可愛い振付のミッキーマウス。
鬼神からバラの花を咥えるところまでは何とか分かりますがミッキーマウスは反則でしょ。
いわゆるギャップ萌えというやつで、婆の私も好きになってしまいそうでした。

花園大学の新体操部は岡山にある倉敷芸術科学大学の男子新体操部と仲良くしていて兄弟みたいな感じです。
一緒に練習したりもするそうですが、オープニングはコラボしての集団演技でした。

白のTシャツが倉敷芸術科学大学で青が花園大学の学生。
このTシャツは花倉コラボTシャツといって、私も白を購入しました。
夏になったらそれ着て新体操見に行きます。

花園大学の集団演技、毎年見事なのですが、今回は少しバラけた印象。
短期間で、場所も京都と岡山という二つの集団を合わせての演技ですので、それでも上手くまとめた方なのかもしれません。

賛助出演では色んな団体や個人が来ていて、細かく書くときりがないです。
男子新体操だけでなく、花園大学の新体操部は女子もいるので女子の新体操もありますし、賛助出演の中には女子で男子新体操をする少女の選手も2名いました。
男子新体操でしたが少女らしさを演出した創作演技でした。

女子の男子新体操に関しては、今は様々な試行錯誤の最中なのでしょうね。

お金の話をすると、井原フェスティバルは500円、花園大学新体操発表会は無料です。

花園大学に行ったのは12月17日だったのですが、23日にはバレエの「くるみ割り人形と秘密の花園」を見に、神戸文化ホールに行きました。
こちらは有料でそこそこの値段。バレエですから。
バレエと男子新体操、何の関係があるのかと思われそうですが、ある意味それが知りたくて見に行ったのです。

きっかけはYouTubeにあった、ある男子新体操の演技に対するロシアの人のコメントでした。
彼は「これはロシアのバレエの古典だ。振付師は誰か?」とコメントしていたのです。
それを読んで、いくら何でもバレエと男子新体操は似ても似つかないだろうと私は思ったのですが、でも人(外国人)によってはそんなふうに思う何かが男子新体操にはあるらしいのです。

そんな時、2名の男子新体操の選手がバレエの舞台に賛助出演すると知り、それが「くるみ割り人形と秘密の花園」だったのでした。
バレエの中に男子新体操はどのように組み込まれているかが知りたかった。

結果は、あの長丁場の舞台で一番観客が拍手していたのは2名の男子新体操の選手が演じていた時でした。(私の後ろの席の人は「凄い」「凄い」を連発してた。)
でもそれは彼ら2名のタンブリング、つまりアクロバットの演技に対する拍手だったのです。
これはちょっと違うなと思いました。

私は男子新体操が本来持つ美しさがそこでは十分に表現されていないと思ったのでした。
振付師の意図が違うというか、単純にアクロバットが期待されていたのかなと感じられたのでした。
もちろん、振付師は男子新体操のアクロバットの芸術性を理解して起用していたと思いますが、それでもアクロバットを重視しての起用だったと思います。
男子新体操出身のダンサーやパフォーマーにはアクロバットが期待されることはよくあることかもしれません。(アクロバットができるから需要があると聞いたことがある。)

翌日のクリスマスイブには、私は「南甲子園体操クラブ発表会」に行きました。
無料です。
場所は兵庫県立尼崎西高校の体育館。
地元も地元、30分超で行ける所です。

地元の尼崎西高校、実は男子新体操が強かったのでした。
南甲子園体操クラブで新体操をやっていた子達が場所的に尼崎西高校に入学することが多かったからみたいです。

開場を待っている人達の話を漏れ聞くと、前日に香川県であった坂出工業高校新体操部の発表会を見て、その日は尼崎西高校に来たという人もいました。(はっきり言って推し活です。)
遠方から見に来る人の場合、坂出市と尼崎市はまとめて行ける場所みたいです。
尼崎市在住の私が香川県まで行くとなると、ちょっと考えますが。

南甲子園体操クラブ発表会の場合、もちろんそこ出身のOB選手の素晴らしい演技も見られるのですが、今クラブにいる小学生達の演技というか、OB選手も含めての縄跳び競争や逆立ち競争も楽しいのでした。

縄跳び競争で競技に特別参加した兵庫県のマスコットキャラクターのはばタン。

はばタンはひよこじゃなくてフェニックス(不死鳥)です。
阪神淡路大震災の炎の中から不死鳥のように蘇る被災地をイメージしてます。

はばタン、でかくて重い着ぐるみの筈なのですが縄跳びしてました。
さすがに自分で縄は回せず、二人の人に回してもらってましたが回す方も大変だったと思う。
ずいぶん縄跳びが続いて『はばタン凄~い』って感じでした。

でも私は見たのでした。
はばタンが縄跳び競争が終わって、見るからにヘロヘロな様子で体育館奥の扉に消えたのを。
後で逆立ち競争の時はさすが参加せず、必死に逆立ちしている選手達にちょっかい出してました。

OB選手の中で、地元でちょっと話題になったのは現在青森大学在学の岩淵緒久斗選手でした。
彼は確か大学2年の時にインカレで優勝し、2023年の全日本では個人総合で2位でした。
そして今年の春からシルクドソレイユに入団します。
彼は高校生の頃から夢はシルクドソレイユで活躍することと言ってましたので夢を叶えるのですね。
才能のある若い人が海外に活躍の場を求めるというのは頭脳系も身体系も同様のようです。

以上、駆け足で12月の男子新体操演技会の報告でした。
12月はあちこちで発表会や演技会があって忙しかったのでした。

12月の男子新体操演技会、振り返り

2024年01月18日 | 男子新体操
昨年12月、男子新体操関係の催しに、近場の4つほど行きました。
遅くなりましたが簡単に振り返りを書いておきます。

男子新体操だけでなく女子の新体操も、12月は試合が終わっていて発表会のシーズンです。
私は試合よりも発表会の演技の方が好きかもしれません。
選手達は伸び伸びと楽しんでいるし、ルールに縛られない創作演技や集団演技も見られるからです。
そして今年は本格的なコロナ明けで、思いの丈の声援、声掛けなども解禁になりました。
皆で楽しもうという雰囲気がありました。

最初に行ったのは12月3日、岡山県井原市で開催された井原フェスティバルです。
人によっては這ってでも行きたいという催しです。

私は体育館のフロアを見下ろす観覧席ではなく、フロアに置かれた席に座りました。
お隣にはやはり一人で見に来た女性達が座っていました。
聞けば一人は名古屋、一人は富山から来たとか。
富山の人は泊まりだったそうです。

井原フェスティバルは、見に行くほとんどの人のお目当ては男子新体操なのですが、女子の新体操の演技も見られます。
それも男子に負けじと2023年に大活躍した一流どころのチームや選手達が招待されていました。
国士舘大学や日ノ本学園高校!! 彼女達の演技も無茶苦茶見応えありました。
もちろん、地元の女子チームも頑張ってました。

写真は禁止なのですが、終了後、選手達との自由な写真タイムがありました。
その時に選手達が演技するタンブリングマットの上に乗っても良いということでした。
そんな機会って滅多にない。

私はタンブリングマットって、どれくらい跳ねるのか自分で確かめるべく、喜んでマットの上に上がり、ピョンピョンしました。
タンブリングマットは跳ねるというより、タンブリングの際に選手の体にかかる衝撃吸収が目的のマットで、ピョンピョンするとボンボンって感じでした。

その時に撮った井原高校の選手達。サービスでI字バランスをしてくれてます。(I字バランスは誰でもできることではありません!)


集合写真


私が一番印象に残ったのは招待されていた花園大学の尾上達也選手の演技でした。
全日本では総合で3位でしたが実力的には1位と変わらない。
実際種目別では4つの種目のうち2つが1位、後の2つが2位。
総合で1位2位の選手よりも良かった。
花園大学、ここ数年団体が元気ないので、個人総合でも花園大学の彼に優勝してほしかった。

尾上選手、井原フェスティバルでは創作演技を見せてくれました。
途中で赤いバラの花を口に咥えて踊り始め、観客一同呆気にとられて見てました。
たぶん、バラの花を咥えて踊った男子新体操の選手は彼が初めてだったんじゃないでしょうか。

演技の途中でバラの花を投げたのですが、演技終了後、スタッフがそれを拾い、井原高校出身で今現在青森大学在学の原田選手に渡したみたい。
そして、なんちゅうファンサービスをしてくれるのでしょうか、原田選手は跪いて尾上選手にバラの花を返した・・・。

写真はOuen Mrg様からお借りしました。こんなベストショットはプロでなければ撮れません。
私は見ていなかったのですが、見ていた女性ファンは騒然となったらしい。
萌え~、ですね。

原田選手、知る人ぞ知る、井原高校の最高傑作と言われている2019年の演技で中心となっていた選手で、国内外で人気があるのですよ。
跪いてバラの花を返した一件は、私はその時は見てなくて気づかず、帰ってからSNSで騒がれていて知りました。



2週間後、私は花園大学新体操部発表会に行きました。
友人も見たいというので二人で行きました。
花園大学は京都の大学です。
ラグビー場のある花園と思われ、東大阪の大学と勘違いする人がいるらしい。
京都の臨済宗の大学で、座禅のカリキュラムもあるとのことです。

私が花園大学の発表会に行ったのは2度目でした。
今回は新体操とは関係なく、ちょっと特別な体験をしました。
というのも、私は極度の方向音痴で、前に行った時は何がなんだか分からない内に発表会が行われる花園大学の体育館前の門に着いていたのですが、今回は友人と一緒だったのでスマホのナビを利用したのでした。
それが良くなかった。

前に行った時とはまるで違う道だなと思ったのですが、とにかくナビの通りに歩いていくと花園大学に着いたのは着いたのです。
でも、花園大学のキャンパスってだだっ広くて色んな建物がある。
着いたのはたぶん正門だったのだと思います。
そこから体育館に行く経路が分からなかったのです。

そこでちょうど大学から出てきた中年男性に体育館の場所を訪ねてみました。
するとその人は「僕は大学の関係者ではありませんが」といいつつ、引き返して大学の受付まで案内してくれました。

その先でも、体育館に着いたものの変な場所から入ったので観覧席に行けずにいると、通りがかった新体操部員の若い女性がやはり付き添って案内してくれました。
観覧席で、私は前年にフロア席から見て見辛かったので体育館上部のキャットウォークに行く方法を別の新体操部員に聞くと、やはり付き添って案内してくれたのでした。
どの人もとても親切で、そこまでしてくれなくて良いのになぜか付き添って案内してくれる。
その親切な振る舞いが全く自然で、なんか申し訳ないくらい。

そして帰り道、行きと異なる門から出たのでバス停までの道が分からない。
犬を連れたお爺さんが歩いていたのでバス停の場所を聞くと、お爺さんの分かる範囲ながら丁寧に教えてくれ「分からなくなったら歩いている人に聞いてください。誰でも親切に教えますから」とのこと。
私、自宅周辺で人に道を聞かれたら、そりゃあ自分は教えはするけれども、自信を持って自分が住む町の住人が「誰でも親切に教える」とはよう言えない。

その先はお爺さんの教えてくれた通りに行くつもりだったのですが友人は不安だったらしくコンビニを見つけると「コンビニでもう一度聞いてみよう」と言い出しました。
私は内心『コンビニの店員に聞くなんて迷惑じゃん』と思いましたが友人が不安そうなので仕方なくコンビニに入りました。

すると20歳前後のお兄ちゃん店員がしゃがみこんでレジ前の棚に品出しの最中。
私が遠慮がちに道を尋ねると了解って感じで立ち上がって店の外に出て詳しく道を教えてくれたのでした。
そこには、ほんのわずかのめんどくさそうなそぶりもなく、全く自然に親切が示された感じ。
爽やかというか何というか。

この日、私が花園大学とその周辺で出会った人達は、誰もかれもが異様に親切だったのでした。
人には親切にすべしというローカルルールが花園大学周辺にはあるのでしょうか。
「誰でも親切に教える」というお爺さんの言葉からすると単なる偶然とも思えなかったのでした。

長くなったのでここで一旦切ります。


電気がつかない・・・

2024年01月14日 | 日記
昨日のこと、午後の7時過ぎに急にブレーカーが落ちました。
家の中、真っ暗です。

我が家、よくブレーカーが落ちるのですが、原因は分かっていてティファールの電気ケトル使った時なんです。
あれ、すごく電気を食うんです。
で、すぐにブレーカーを入れなおして直します。

そういう時は電気系統が違っているので、電子レンジが使えなくなったり、一部のエアコンは止まるのですが、灯りまで消えることはないのです。
今回は真っ暗になった。

真っ暗な中、懐中電灯を探し出し、ブレーカーを入れ直すべく、落ちたブレーカーを探したけれど見つからない。
兄は文句を言うばかりで役に立たない。(そういう複雑なことはできなくなっている・・)

仕方ないので、真っ暗な中、いつもの街の電気屋さんやら、関西電気保安協会やらに電話して直してもらおうと思ったけれど、どちらももう本日は終了でした。
翌日回しするしかない状態。

家の中、調べてみると、よくブレーカーが落ちて使えなくなる電気系統は使えるみたいでした。
トイレ・洗面所・お風呂の電気は使えるけれど、台所の灯りはつかない。
冷蔵庫・電子レンジは使える。

ブレーカーが落ちた原因は私には分かっていました。
最近、兄は家電の買い物に凝っていて、ヨドバシカメラで色々と買い込んでいたのです。
中でも、自室に置く小さな冷蔵庫はヤバそうでした。
それ以外にも加湿器にエアコンもつけたらブレーカーが落ちてもおかしくない。
それを言うと「そんなことはない」と躍起になって否定。

その日は、とにかくお風呂は使えたのでお風呂に入って寝ました。
それにしても電気がつかない。灯りがないってどんだけ不便か。
廊下も部屋も真っ暗です。
能登の被災地の方々、元旦から何日電気のない生活を送っていることか。
気の毒すぎます。

翌日、9時に電気屋さんに電話して手配を終え、私は用事があったのでお出かけです。
兄に原因は兄の自室の冷蔵庫と再び言っておくと「そうかもしれない」となぜか受け入れたのでした。
「そのこと電気屋さんにも説明してね」と言うと「分電してもらう」とかなんとか。

家に帰ると電気は元通りに直ってました。
電気工事は火曜日に来るそうです。