緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

日々の発見と思いのあれこれなど

疲れました。

2020年11月02日 | HSP
久しぶりにド疲れ致しました。
今更ながら自分のHSP特性を思い知らされた感じ。
HSPの人はパーティや宴会に最後まで付き合うことが辛いのです。
疲れる理由は、そういう場では刺激というか、訳の分からない情報が多過ぎて処理しきれず、結果、ド疲れして帰りたくなるのです。

実は短大時代の同窓会でランチの会食がありました。
私が行っていた短大は4年制の芸大の短期大学部で、芸大への編入目的で男子学生も多かったのです。
だから同窓会も5人集まったのですが、その内3人は男性です。
コロナを考えて最初から多人数は止めようという約束でした。

にしても、とにかく疲れました。
あまりにも疲れたので、以前と異なりHSPの特性も知ったことだし、なぜこんなにも疲れるのか考えてみました。
以下、考察。

最初に行ったランチではそんなに疲れませんでした。
問題はその後、喫茶店に場所を移した後。

一つにはランチの店とは異なり、騒音が酷かったこと。
私は騒音の中で人の声を聞き分けることが苦手です。
以前にも書いた(ココ)ように、カクテルパーティー効果が能力として低い人なのです。

人の声に限らず、すべての音がトータルかつフラット、加えて細部まで聞こえてしまうのです。
そんな中で人の言葉を聞き分けようとしたので、物凄いエネルギーを必要としたこと。

二つ目は、話の内容です。
語りたい要点がはっきりとした話ならそんなに疲れません。
聞いていて疲れてしまうのは、長時間のダラダラとした自分語り、とりとめのない言い訳めいた思いをそのまま言葉にして語り続けるような話です。
今回はそういうタイプでした。

でも、そういう話をお互いにし合うのが好きな人達もいて、徹夜で話をしたなんて聞いたこともあります。
それがストレス発散になるみたいですが、私にとってはストレスmaxです。
それが原因で一つのボランティアグループを抜けたことさえあります。
相手が一人であれ複数であれ、そんな話を聞くのは私にとっては拷問以外のなにものでもないです。

別のパターンとして、ひと頃のトンネルズのような、ふざけ合いの場に同席するのもしんどいです。
機関銃のようにしゃべりながらも10秒前に自分が何を言ったか忘れているタイプの人と話すのも疲れます。
そんなの誰でも疲れると思われるかもしれませんが、実際にはそういう人達は面白い人として人気があったりします。
(何度もそういう言葉を耳にしました!)

思い出すと、短大時代の同じ科の人達は上記のようなタイプが多く、若い頃もつき合うのに疲れ果てていました。
自分一人楽しめず、疲れて、面白くなさそうな顔をしたり、早く帰ろうとするのも罪悪感にかられることでした。

まともに話なんか聞かず、ケラケラと笑ってスルーすればいいのでしょうが、HSPの特性として、相手を受け止めてしまう(というか勝手に自分の中に流入してくる感じ)ので、その結果、情報過多になり、処理できず疲労困憊してしまうみたいです。

今回のように、言葉がよく聞き取れなくても、醸し出す雰囲気のようなものが情報として流入してくるのです。
それをシャットダウンしようとして失感情状態におちいることもHSPにはよくあることのようです。

HSPの研究は欧米が主ですので、パーティーという言い回しを使うことになりますが、日本では会食や宴会の場ということになります。
HSPの人も最初のうちは楽しんでいるのですが、宴もたけなわとなると早々に退散したくなり、しかもそのことに罪悪感を感じているというのは、洋の東西を問わないことのようです。
普通の人が一番楽しい時に、その場にいることに疲れ果てるのがHSPだからです。

では疲れないパーティーはあるかですが、あります。
まず一つに、相手のダラダラ語りを一方的に受け止めるだけでなく、自分からも発信し、対話するような形にすることです。
でもそんなパーティーは、お酒の力も借り、意識状態をユルユル状態にしてストレスを発散したい人には面白くないと思います。

また最初に近況報告として順番に話をしてもらい、最初から最後まで一部の人だけが話をするような形を取らないという方法も今までにはありました。
その後に自由に歓談してもらう方法です。
相手の状況を知って話題も豊富になり、意外と良い方法です。
今回は本当に一方的で、私はほとんど話をしなかった(できなかった)のでした。
でも、これも人の話は聞きたくない、自分だけが話したい人には、自分が話す時間が取られ、面白くない方法です。

こういうことを書くと、みどりさんは真面目な話がしたい真面目な人なんだと思われそうですが、実際には自分も冗談を言うし、人の冗談も好きです。
自分が話す時には聞き手を笑わせるよう心がけています。
そもそも、相手が心を閉ざしていない限り、だいたい誰とでも話をするタイプなんです。

問題は、混沌とした訳の分からない状況や話し方なんだと思います。
でも大方の人はそういうのが好きなんです。
何のためにお酒を飲むかというとその為なんです。
私も少しお酒を飲んで気持ちを緩ませるのは好きなのですが、複数の人がいる場ではダメです。

というわけで今後の事を考えました。
そもそも参加は控える。
私がそこそこ楽しめるのは1時間半、耐えられるのは2時間と考え、最初に2時間だけで帰るとか、途中で帰ると言っておく。
この二つですね。

HSPであるという事情を話しておくことも考えましたが、今までも騒がしい場所が苦手といっても理解されないことが多いので無理でしょう。

以上、自分の為の覚書でした。




むさらくさら

2019年08月01日 | HSP
タイトルの「むさらくさら」ですが、動作が鈍い様子を指します。
今では使う人がいない言葉です。私は父から聞きました。
検索してみると仙台の方言では「もさらくさら」で使われているようです。
父は石川県の人でした。

どういう場面で使われたかというと、私が子供だった頃のことです。
母が私のやることの遅いことを「何をやらしても遅い。グズや」と罵ったりした時、父が「むさらくさらも十五さら、ななさらやさらも十五さら」ととりなしていました。
意味は、見たところ、いかにもどん臭い仕事ぶりでも、逆にテキパキやっていても、実際には違いは無いということだったようです。

父がそう言っても、母はまったく聞かぬふりで、私の動作の遅いことを「イライラする」と怒っていました。
実際私は、特に手のかかる子供ではなかったと思いますが、何かやらせるとトロトロとして、やたら遅いのでした。
それで、母からだけでなく学校でも、先生やクラスメートから「パッとしない子」扱いを受けていたのでした。

父の言っていた「むさらくさらも十五さら、ななさらやさらも十五さら」という言い回しは、昔は子育ての場面でよく使われていたようです。
色々と調べてみるとこんなブログを見つけました。⇒ここ
父の言っていたのと全く同じ意味合いです。

ところで、私のやる事為すこと遅かったのは、どうやら私がHSPだったからのようです。
HSPの特性の内「深く処理する」というのがありますが、その特性が「やる事為すこと遅い」に繋がっていたようです。

最近は、私自身が意識しだしたせいか、テレビや新聞でHSPもしくはHSCについての番組や記事を見かけることが増えました。
(HSPについての詳しいことは前の記事を読んで下さい。⇒ここ)
HSPは “Highly Sensitive Person” の略ですが、HSCは “Highly Sensitive Child” の略です。
要するにHSPの子供です。
そういう子供達がいるのだということは親や教師は知っておいた方が良いと思います。
(自分は知らないので知りたいという人はこちらを読んで下さい。⇒ここ)
子供のHSP、つまりHSCは、往々にして発達障害を疑われたり、ストレスで不登校に陥ったりしているようですので。

私がHSPについて知ったのは最近のことですが、自分が人とは異なる問題の向き合い方をすることは30歳の時に気づいていました。 
30歳の時、私は有利な転職をする為に職業訓練校に半年間通いました。
その時の経験です。

その職業訓練校は婦人高等職業訓練校という名称で、生徒は女性のみ、事務科と給食科と家政科がありました。
事務科は主に簿記を学び、経理関係の知識と資格を取得することが目的でした。
私は事務科に入学しました。

私はそれまで簿記を学んだことがありませんでした。
簿記を学んだことのある人は知っていると思いますが、3級の資格はそれほど難しくないのです。
2級以上が少し難しくなります。

首尾よく3級に合格して、2級の勉強をしている時、先生はいつも問題を一つ出して、答えが出たら自分のところに持ってくるように言いました。
すると、たいてい同じ人なのですが、私が思わず『えっ?!』という程早く、答えを持って行く人がいました。
先生は教壇にいて、答えを見て、間違っていると「ブー」と言い、正解だと「ピンポーン」と言います。
最初に持って行った人はいつも「ブー」と言われていました。

生徒の半数以上が答えを持って行っては「ブー」と言われ、同じ人が2度も3度も行くのですがなかなか正解が出ないのです。
その間、私はひたすら問題を解いています。
ようやく、何人かの人が「ピンポーン」と言われ始めた頃、私もやっと問題を解く事ができるのでした。
そして持って行くと「ピンポーン」と言われます。

私が「ピンポーン」と言われた頃から、答えを持って行った人の大半が「ピンポーン」と言われるのでした。
私が正解を出すのは、いつもクラスで5番目くらいだったと思います。

こういうことが、まるでパターンのように何度も繰り返されました。
それで私は気が付いたのです。
私は答えを持って行くのがいつも人より遅い、でもいつも一発で正解を出す、と。
全体からみて正解を導き出すのが特に遅いわけではない、だったらこれで良いのではないかと。

今から思えば、これこそ「むさらくさらも十五さら、ななさらやさらも十五さら」だったのです。
私が答えを出すのが遅かったのはHSPの特性の一つ「深く処理」していたからだったのです。
当時、HSPのことは知らないまま(当時はHSPの概念も無かった)、そういう自分の特性を知って、私はちょっと自分に自信を持ったのでした。

それ以降、私は相変わらず「トロそうな人」扱いを受けてきましたが、あまり気にしなくなりました。
決して間違っているわけではない、私には私のやり方があるのですから。

「むさらくさらも十五さら、ななさらやさらも十五さら」という言い回しは、昔の人はそういう人や子供の存在をよく知っていたという証だったと思われるのです。