銅版画制作の日々

ゆっくりと更新して行きます。TB・コメントのお返しが遅くなると思いますが、宜しくお願い致します。

チェ★39歳の別れの手紙レビュー

2009-02-25 | 映画:シネコン

 CHE PARTIE 2

いよいよ後半です。ベニチオ・デル・トロ、益々ゲバラに近づいていくような気がします。パート2は、ボリビアでのチェ・ゲバラの活動が描かれています。後半の作品の方が何かしら食い入るように観てしまいました。タイトルからも分かるように、彼の最期がこのような感じだったのですね。それにしても39歳で散って行くのはあまりにも忍びないよなあ・・・・。

チェ語録

革命とは、戦うことだけではない。読み書きを学び、知識を持たずして、革命は成り立たない。そういい続けたチェ・ゲバラは革命家であると同時に、詩や文学を愛する文化人だった。ゲリラ活動中も常に書物を持ち歩き、そして自ら多くの詩や手紙を記した。

「もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう、そのとおりだ、と」

「革命においては、勝利か、さもなければ死しかない」

「酒は飲まない。タバコは吸う。女を好きにならないくらいなら、男をやめる。
だからといって、あるいはどんな理由であっても、革命家としての任務を最後までまっとうできないならば、僕は革命家であることをやめる」

「勝利まで、いつまでも前進を。祖国をさもなければ死を。革命家としての熱き思いをこめて、せいいっぱいきみを抱きしめよう」

「甘ったるいと思われるかもしれないが、言わせてほしい。ほんとうの革命家は大いなる愛情に導かれている。愛のない本物の革命家なんて、考えられない」

どこまでも、見果てぬ夢と理想に突き進んだ吟遊詩人的なゲバラだったのかもしれませんね。革命家として全うした本物の革命家なのでしょう。勝利か?死か?なんて覚悟しなきゃ、ここまで言えないよね。わあ~!!凄い~~。

物語

1965年10月3日、カストロ率いるキューバ社会主義革命一党がキューバ共産党へと改組しその発足式の日、本来ならば当然中央委員席に座っている筈のチェの姿は会場のどこにもなかった。既にその年の3月、ゲバラはサトウキビ農場の視察に行くと告げて出かけたまま行方不明となっていた。噂では、カストロとの不仲説まで取りざたされる始末。高まる説明を求める声に応えて、カストロは4月1日付のカストロ宛のゲバラのを読み上げた。

フィデル

私は今 多くを思い出している

マリアの家で君と出会ったこと
革命戦争に誘われたこと
準備期間の あの緊張の日々
死んだ時は誰に連絡するかと聞かれた時ーーーー
死の現実を突きつけられ慄然とした
後に それは真実だと知った
真の革命であれば
勝利か死しかないのだ

私はキューバ革命でーーー
私に課せられた義務の一部は果たしたと思う

だから別れを告げる
同志と 君の人民に

私は党指導部での地位を正式に放棄する
大臣の地位も
司令官の地位も
キューバの市民権も

今 世界の他の国々がーーーー
私の ささやかな助力を求めている
君はキューバの責任者だからできないが
私にはできる

別れの時が来たのだ

もし私が異国の空の下で死を迎えてもーーー
最後の想いはキューバ人民に向かうだろう
とりわけ君に

1965年10月3日キューバ共産党発足式でカストロに読み上げたれたチェ・ゲバラの手紙

新たな戦場へ旅立とうするゲバラの決意をキューバへの溢れるばかりの愛情とともに吐露した内容だった。かってコンゴや南米の圧政を指弾したゲバラは、今またその言葉を実戦して証明しようとしていた。

66年、コンゴでの闘争から撤退したゲバラは、密かにキューバに一時帰国し、変装してラモンと名乗って妻のアレイダや4人の子どもたちと再会した。それがゲバラが過ごした家族との最後の時間となった。


11月3日、ゲバラはOAS(米州機構)の特使と偽り、ボリビアのラ・パス空港に降り立った。何とカツラをつけたおっちゃんに変装していた。

彼はゲリラたちを一人前の革命戦士にするための訓練という腹づもりだった。拠点となる農家は先んじて手配してあったが、ゲリラ戦士の志願者たちは指揮官がゲバラと知って感激した!既にゲバラは伝説的な存在になっていたのだ。

ところが早々にゲバラの目論見は崩れ始めた。支援を当てにしていたボリビア共産党の第一書記モンへ(ルー・ダイアモンド・フィリップス )が武装闘争路線に及び腰になっており、モンへは外国人のゲバラは、民衆の支持は得られないと主張。

 モンへ

ボリビアの建国者シモン・ボリバルも外国人だとゲバラは指摘したが、ソ連の意向故か?個人的な野心の故なのか?モンへは頑に武装闘争を拒否続けた。

共産党の支援が得られないまま、ゲバラは訓練を開始した。厳しい訓練に耐えかね脱走するものも現れ、彼らから政府軍にゲリラ部隊の情報が漏れていった。

ゲバラは一隊を率いて南に行軍を開始、ゲバラは都市での工作のため送り込んでいた諜報員のタニア(フランカ・ポテンテ )やフランス人、レジス・ドブレがゲバラの隊に加わった。ゲバラはドブレにボリビア解放運動への国際的支援網を組織するように、バートランド・ラッセルやジャン=ポール・サルトルの名を挙げて頼んだ。だが、ドブレは帰途政府軍に逮捕・抑留され、ボリビア政府は世界中から非難されることになる。

 タニア

3月、まだ訓練中だったゲバラの部隊は政府軍と遭遇、大勝利をおさめることになった。だがこの勝利は結果的にゲバラの悲劇を招く遠因となった。次第に力をつけていくゲリラ軍の実力を見せつけられたバリエントス政権は、アメリカの全面的支援のもと、軍の対ゲリラ態勢を急速に充実させていったのだ。アメリカは爆撃機等の兵器のみならず、ベトナムでゲリラ戦のノウハウを身につけた軍事顧問団を派遣し、ボリビア軍内部に対ゲリラ用特殊部隊の育成を進めた。

 バリエントス大統領(ヨアキム・デ・アルメイダ

キューバ革命の成功を他の国で許してはならない!それはアメリカの世界戦略であり、バティスタの失敗はカストロを殺せるときに殺さなかったことだとうそぶくバリエントス政権の至上命題でもあった。


一方、第二、第三のベトナムを!のスローガンを掲げたゲバラは、緒戦の勝利にも関わらず、山中で苦闘を続けていた。食料や医薬品の不足は兵士たちの士気を次第に蝕み、ゲバラ自身も喘息に苦しめられていた。

頼みの住民たちは悲惨な状況におかれながら、バリエントス政権の政策に甘んじ、ゲリラ部隊によそよそしい態度を崩さなかった。

また悪いことにゲバラたちはホアキンを指揮官とする隊と離れ離れになり、連絡の取れないまま分断状況におかれてしまった。員数の少ないゲリラ部隊に取ってこれは致命的だった。

政府軍は攻勢に転じた。ゲバラは炭坑労働者たちとの共闘も視野にいれていたが、政府軍はストに立ちはだかったシグロ・ペインテ鉱山の労働者に対して武力を投入、容赦なく虐殺を行った。さらにゲバラ隊との合流を目指してリオ・グランデ川に到着したホアキン隊に襲いかかり、タニアを含む全員を殲滅した。

今や、ゲバラ隊は孤立無援の状態に陥っていた。負傷兵や病人を抱え、その歩も遅々としたものになっていた。

1967年10月8日、ユロ渓谷でゲバラ隊は政府軍の攻撃を受けた。ゲバラは足に銃弾を受けながらなお、抗戦を続けたが、遂に囚われの身となってしまい、イゲラ村へと運ばれた。そして翌9日、最高司令部からの命令でゲバラの処刑が決まった。

 囚われの身となったゲバラの姿。死を覚悟はしていたのだろう。

ボリビアへ潜入してから341日目、チェ・ゲバラは革命に殉じ、その39歳の生涯を閉じた・・・・。

 

ソダーバーグ監督とデル・トロ。撮影での打ち合わせ風景

 

そしてゲバラは4人のこどもたちにこのような手紙を送っている。

この手紙を読まねばならないとき、
お父さんはそばにいられないでしょう。
世界のどこかで誰かが不正な目にあっているとき、
いたみを感じることができるようになりなさい。
これが革命家において、最も美しい資質です。
子供たちよ、いつまでもお前たちに会いたいと思っている。
だが今は、大きなキスを送り、抱きしめよう。

お父さんより

(チェ・ゲバラ 1965年 子供たちへの最後の手紙)

 

ゲバラとボリビアの子供たち。父としてのゲバラの優しさが見えているようだ。革命家であり、詩人であり、4人の子供たちを愛する大きな人だった。そして最後まで戦った勇敢な戦士なんだね。

アメリカという国は罪深き国ですよね。そんなアメリカ生まれのソダーバーグ監督が製作したこの作品。忠実にありのまま再現したこの「CHEシリーズ」、どこかアメリカという国への政治的メッセージなのかも・・・・・。

 

 スティーヴン・ソダーバーグ監督、そうですか?

 

皆さん勢ぞろいです。

 

オフィシャル・サイト
http://che.gyao.jp/

※友情出演で、マット・デイモンが出演。ほんの少しだけですが・・・・。

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
Comment (1)   Trackbacks (55)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 28th MINI PRINT INTERNATI... | TOP | ディファイアンス◇◆DEFIAN... »
最近の画像もっと見る

1 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
アメリカの (sakurai)
2009-02-25 15:17:13
共産主義に対するアレルギーと言うのは、半端じゃなかったですからね。
知り合いになったアメリカ人が「コミュニストはだめ、とにかくだめ」と繰り返すもので、「コミュニストの何がだめなの?」って聞いたら、コミュニスト、共産主義の中身は何も知りませんでした。
とにかくこれはだめなもの!と頭ごなしで、「中身はこういうことだ」と教えたら、「えーー!」とびっくりしてましたね。
何かやっつけるもの、国をひとつにまとめる恐怖の総和が共産主義・・・だと思い込んでたときの象徴だったのかもしれませんね。
そして、うまく利用されたのかもです。
今も生きてたら、今の世界をどう思うのか、聞きたいところです。

post a comment


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

Related Topics

55 Trackbacks

Trackback  Ping-URL
Che: Part Two (2008) (アヤは観た。)
邦題:チェ 39歳 別れの手紙 監督:スティーヴン・ソダーバーグ 出演:ベニチオ・デル・トロ、ベンジャミン・ブラット、フランカ・ポテンテ、ルー・ダイアモンド・フィリップス、カリル・メンデス、ジュリア・オーモンド、エドガー・ラミレス、カタリーナ・サンディノ・...
チェ 39歳別れの手紙 (迷宮映画館)
あくまで淡々と、彼の選んだ荊の道をたどる
劇場鑑賞「チェ39歳別れの手紙」 (日々“是”精進!)
 「チェ39歳別れの手紙」を鑑賞してきました「トラフィック」のスティーヴン・ソダーバーグ監督とベニチオ・デル・トロが再びタッグを組み、孤高の革命家エルネスト・“チェ”・ゲバラの半生とその人間像に迫る伝記ドラマ2部作の後編。本作では、ゲバラがカストロと袂...
*チェ 39歳 別れの手紙* (Cartouche)
{{{   ***STORY*** 1965年3月、チェ・ゲバラは忽然と姿を消した。様々な憶測が飛び交う中、カストロはキューバ共産党中央委員会の場で、ゲバラの手紙を公表する―。彼は再び、革命の旅を始めた。変装したゲバラは、1966年11月ボリビアに入国する。そこは大...
『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳別れの手紙』 (ラムの大通り)
(Che El Argentino/Guerrilla) -----えっ、2本一緒にしゃべっちゃうの。 それって無謀じゃニャい? 「う~ん。だけどこの映画、 もともと、プロデューサーのローラ・ビッグフォードは 第2部『39歳別れの手紙』のパート、 一般的にあまり知られていない チェ・ゲバラのボ...
「チェ 39歳 別れの手紙」みた。 (たいむのひとりごと)
「チェと共に革命を体験すること」に徹底的にこだわったソダーバーグ監督というが、どちらかといえば、PART2である『39歳別れの手紙』のほうが、より「チェ・ゲバラ、革命の旅」の追体験であり、また、未だに
『チェ 39歳別れの手紙』 (めでぃあみっくす)
エルネスト・チェ・ゲバラ。キューバ革命を成功させた伝説的英雄。しかし決して英雄視してばかりではいけない真の革命家。スティーブン・ソダバーグ監督が『28歳の革命』よりも伝えたい要素を詰め込んだというこの作品は、チェ・ゲバラの内面に客観的に迫る一方で、彼が残...
チェ 39歳 別れの手紙 (映画1ヵ月フリーパスポートもらうぞ~)
評価:★★★[3/5] ジェイソン・ボーンとマリーの再会(?)ち、ちがうって。
映画 【チェ 39歳別れの手紙】 (ミチの雑記帳)
映画館にて「チェ 39歳別れの手紙」 チェ・ゲバラを描いた歴史ドラマ二部作の後編。 おはなし:1959年にキューバ革命に成功した後、国際的な名声を得たチェ・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)。しかし、彼は変装した姿で家族と会い、最後の食事を済ませると、急に姿を消...
チェ 39歳別れの手紙 (LOVE Cinemas 調布)
前作『チェ 28歳の革命』でキューバ革命成功までを描き、本作ではその後、チェ・ゲバラがボリビアに渡り反政府ゲリラの指導者として処刑されるまでを描いている。主演と監督ははもちろん前作同様ベネチオ・デル・トロとスティーブン・ソダーバーグ。注目の後編です。
「チェ 39歳 別れの手紙」あまりにも冗長 (ももたろうサブライ)
監督 スティーヴン・ソダーバーグ「チェ28歳の革命」の続編。 ゲバラが突然行方不明になった1965年からボリビアで銃殺されるまでを描いている。感想 淡々と史実を追いかけるような描き方(血みどろのシーンが少ないのは歓迎)は前編と同様で、まるで「その時歴史が動い...
「チェ 39歳 別れの手紙」そして彼は、“英雄”になった。 (シネマ親父の“日々是妄言”)
[チェ・ゲバラ] ブログ村キーワード  『2009年は、「チェ」と「チェ」で始まる…』という予告編でもお馴染み、“2つのチェ”の2つ目、前作「チェ 28歳の革命」に続く2部作の終章。「チェ 39歳 別れの手紙」(ギャガ・コミュニケーションズ/日活)。39歳で、その生...
チェ 39歳 別れの手紙 (いつか深夜特急に乗って)
製作年:2008年 製作国:フランス/スペイン 監 督:ステ
「チェ28歳の革命」「チェ39歳別れの手紙」スティーヴン・ソダーバーグ (Mani_Mani)
「チェ28歳の革命」「チェ39歳別れの手紙」 チェ 28歳の革命 CHE: PART ONE THE ARGENTINE 2008アメリカ/フランス/スペイン 監督:スティーヴン・ソダーバーグ 脚本:ピーター・バックマン 撮影:ピーター・アンドリュース 出演:ベニチオ・デル・トロ、デ...
チェ39歳別れの手紙 (ぷち てんてん)
サクサク行きます。☆チェ39歳別れの手紙☆(2008)スティーヴン・ソダーバーグ監督ベニチオ・デル・トロストーリー 1965年、キューバ革命に多大な功績を残したゲバラだったが、キューバでの地位や市民権を放棄し、忽然と姿を消す。やがて、キューバの新たな指導者となる...
チェ 39歳 別れの手紙 (だらだら無気力ブログ)
フィデル・カストロとともにキューバ革命を成し遂げたチェ・ゲバラの 半生をスティーヴン・ソダーバーグ監督がベニチオ・デル・トロ主演で 描いた伝記ドラマ2部作のうちの第2作。 キューバ革命後、ボリビアでの革命運動を起こしてから戦い敗れて、死に 至る過程を描く...
チェ 28歳の革命 |チェ 39歳別れの手紙 (我想一個人映画美的女人blog)
この時期毎年参加している、小学館の年末忘年会パーティ (美味しいものいっぱい食べ放題{/m_0050/})と重なってしまってどうしようかと思ったけど そこは映画ファンのわたくし やっぱ生デルトロでしょう! ってことで行って来ました ベニチオ・デル・トロ&ソダーバー...
「チェ 39歳別れの手紙」民衆の支持と支援を得られず散った革命家の革命に生きた戦い (オールマイティにコメンテート)
「チェ 39歳別れの手紙」はチェ28歳の革命の続編でキューバ革命に成功したチェ・ゲバラは1965年にキューバを離れボリビアで革命ゲリラ活動を開始するが、ボリビアの内部から支援を得られず、内部から脱落者や逃亡者などが続出して苦戦の連続の中でついに捕まり処刑さ...
チェ 39歳 別れの手紙/CHE PART2 (いい加減社長の映画日記)
先週公開の映画の中で、最後に残った「チェ 39歳 別れの手紙」。 月曜日に、溜まっていたポイントで観てきました。 「UCとしまえん」は、平日だと普通なのかな。 「チェ 39歳 別れの手紙」は、中くらいのスクリーンで、1割か。 【ストーリー】 1959年にキューバ革命...
映画「チェ 39歳 別れの手紙」(2008年、西・仏・米) (富久亭日乗)
     ★★★★☆  キューバ革命の英雄Che Guevara の一生を描いた 伝記ドラマの後編。監督はSteven Soderbergh 。 原題は「Che: Part Two 」。        キューバ革命の立役者Che Guevara( Benicio Del Toro )は、 1965年3月、突然姿を消した。 Fidel Ca...
「チェ 39歳 別れの手紙」 Che Guerrilla (俺の明日はどっちだ)
何とも切ない映画だ。 2部作となった前作「チェ 28歳の革命」は、志しを持って異郷の地に赴き革命を成就さるというある意味「空気の入る」サクセスストーリーであったのに対し、本作では思い届かずやがて孤立無援となり、敗残兵のごとくひたすら追い詰められて最終的に...
チェ 39歳別れの手紙 (映画鑑賞★日記・・・)
原題:CHE: PART TWO/GUERRILLA公開:2009/01/31製作国・年度:フランス/スペイン、2008年上映時間:133分鑑賞日:2009/02/01監督:スティーヴン・ソダーバーグ出演:ベニチオ・デル・トロ、カルロス・バルデム、デミアン・ビチル、ヨアキム・デ・アルメイダ、エルビラ・...
チェ 39歳 別れの手紙 (えいがの感想文)
2008年/フランス=スペイン=アメリカ 監督:スティーヴン・ソダーバーグ 出演:ベニチオ・デル・トロ    カルロス・バルデム    デミアン・ビチル 二部作の後編。 キューバ革命後、ボリビアでの革命に身を投じるゲバラ。 前編と相変わらず地道な戦...
チェ 39歳 別れの手紙 (Akira's VOICE)
目を閉じないで,見届けよう。  
チェ 39歳 別れの手紙 (花ごよみ)
『チェ 28歳の革命』の続編。 試写会で観てきました。 キューバ革命を成し終え、 家族と最後の食事をした後、姿を消す。 次に足を運んだ新たな地は、 独裁政権下のボリビア。 この地で平等な社会への変革を果たそうと ボリビアの政府軍と戦うが…。 革命へと突き進む...
チェ39歳別れの手紙 (いとしこいし)
チェ39歳別れの手紙 2/4(水)TOHOシネマズ 冒頭でカストロが読み上げるゲバラの手紙にぐっとくる。 続編公開になってから2本イッキ観しようかとも思ってたけど、やっぱ前編を見終わったあの自分のテンションのままでこの冒頭のシーンに入りたかった。 前編は淡
辛過ぎる後編。『チェ 39歳 別れの手紙』 (水曜日のシネマ日記)
伝説のカリスマ的革命家チェ・ゲバラを描いた歴史ドラマ2部作の後編です。
2009-26『チェ 39歳 別れの手紙』を鑑賞しました。 (はっしぃの映画三昧!)
映画を鑑賞しました。秊 2009-26『チェ 39歳 別れの手紙』(更新:2009/02/02) * 評価:★★★☆☆(★★★★☆との間) 前半の話と異なり窮地におかれるるゲバラ。 ボリビア政府の情報戦略により味方になるはずの貧困民衆が敵...
「チェ 39歳別れの手紙」 (てんびんthe LIFE)
「チェ 39歳別れの手紙」ユナイテッドシネマ豊洲で鑑賞 とりあえずみておこうと思って。 28歳は撃沈しました。 しかしながら、キューバ革命が既に終了していて、ついでに別れの手紙も冒頭で読まれちゃったし、この人いったいどうするの? といった興味、こうな...
「チェ 39歳別れの手紙」 (☆ EL JARDIN SECRETO ☆)
誇り高き敗走。前作「チェ 28歳の革命」が革命達成の直前という華々しい場面でエンディングを迎えたのとは対照的に、本作はボリビアでの壮絶な散り際が描かれる。場所や時代は違えど、ゲバラの信念とアプローチは変わらない。しかし同じことが再び成功を見なかったのは、....
チェ 39歳の別れの手紙 (ももママの心のblog)
カンヌでは1本だった映画を、あまりに長いのでパート1と2に分けた、そのパート2。キューバ革命成功直前で終わった1だが、2はその成功物語からいきなり、ボリビアを目指すチェを描く。この辺りが、予備知識なしでは少々辛いですが・・・
[映画『チェ 39歳 別れの手紙』を観た] (『甘噛み^^ 天才バカ板!』)
☆ケレンはないし、けしてドラマチックに描いた作品でないことは、『チェ 28歳の革命』(クリック!)を既に観ていたので分かっていた。  故に、どうにも先ず観るロードショー作品は娯楽作優先になり、『チェ 39歳 別れの手紙』は公開から観るのが遅れていたのだが...
チェ 39歳 別れの手紙・・・・・評価額1700円 (ノラネコの呑んで観るシネマ)
革命家、チェ・ゲバラの半生を描いた二部作の後編。 前作「チェ 28歳の革命」では、主にキューバでの革命戦争を通して青年ゲバラの姿が描か...
チェ 39歳 別れの手紙 (佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン)
公式サイト。原題:Che Guerrilla。スティーヴン・ソダーバーグ監督、ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル、フランカ・ポテンテ、カタリーナ・サンディノ・モレノ、ジュリア・オーモンド、ロドリゴ・サントロ。「チェ 28歳の革命」の後編。ボリビアでのゲリラ活動を描...
映画「チェ 39歳 別れの手紙」 (FREE TIME)
映画「チェ 39歳 別れの手紙」 を鑑賞。
チェ 39歳別れの手紙 (悠雅的生活)
わたしは 人間を信じる
チェ 39歳 別れの手紙 (ネタバレ映画館)
ヅラ?
チェ 39歳 別れの手紙  (今宵、サムソン・マスマスラーオの映画座で)
    = 『チェ 39歳 別れの手紙』  (2008) = 1959年にキューバ革命に成功した後、国際的な名声を得たチェ・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)。 しかし、チェ・ゲバラは変装した姿で家族と会い、最後の食事を済ませると、急に姿を消してしまう。 そして...
チェ 39歳 別れの手紙 (映画通信シネマッシモ☆プロの映画ライターが贈る映画評)
信念を持って戦うゲバラの姿に胸が熱くなる2部作の後編。困難を乗り越えてキューバ革命を達成する前編が希望に満ちていたのに比べ、死へと向かう本作はあまりに悲痛だ。1965年、ゲバラは変装してボリビアに潜入、独裁政権を倒すべくゲリラ活動を開始するが、彼の理想は厳...
チェ 28歳の革命/チェ 39歳別れの手紙 ジャパンプレミア (メルブロ)
チェ 28歳の革命/チェ 39歳別れの手紙 236,7本目 2008-42,3 上映時間 2時間12分 2時間13分 監督 スティーブン・ソダーバーグ 出演 ベニチオ・デル・トロ デミアン・ビチル エドガー・ラミレス カタリーナ・サンディノ・モレノ マット・デイモン 会場 T...
『チェ39歳 別れの手紙』 (マガジンひとり)
Che Part Two@有楽町・日劇PLEX, スティーヴン・ソダーバーグ監督(2008年スペイン=フランス=アメリカ) 「キューバ革命」を奇跡的成功へ導いたチェ・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)は、1965年3月、忽然とその姿を消した。突然の失踪にさまざまな憶測が飛び交う中、盟...
チェ 39歳別れの手紙 (花のように …美術・音楽・映画鑑賞日記…)
「チェ 39歳別れの手紙」を観に行きました。
チェ 39歳別れの手紙 (パピ子と一緒にケ・セ・ラ・セラ)
「今、世界のどこかに私のささやかな助力を求めている人々がいる。別れの時が来たのだ」 人間の価値観が新たな変化を求める現代に最も知るべき男、チェ・ゲバラ。 その最期の341日間には、未来への計り知れない希望がある。 物語:「キューバ革命」を奇跡的成功...
チェ 39歳 別れの手紙 う~ん・・・民衆って・・・ (労組書記長社労士のブログ)
【 8 -1-】 観ようか観まいか・・・けっこう悩んだんやけど、時間ができて、今日はTOHOシネマズの会員は1300円の日だし、そしてこれしか観る映画ないしで、消極的な選択(汗) 1965年3月、チェ・ゲバラは忽然と姿を消した。様々な憶測が飛び交う中、カストロはキューバ...
★チェ 39歳別れの手紙(2008)★ (CinemaCollection)
CHE:PARTTWOGUERRILLA信念は、死なない。映時間133分製作国フランス/スペイン公開情報劇場公開(ギャガ・コミュニケーションズ=日活)初公開年月2009/01/31ジャンルドラマ/伝記【解説】「トラフィック」のスティーヴン・ソダーバーグ監督とベニチオ・デル・トロが再びタ....
チェ39歳別れの手紙★★★☆+劇場26本目:2部作で是非観て欲し... (kaoritalyたる所以)
『チェ28歳の革命』の続編です。2作続けて見るべき映画だと思ってたので、1日で観れる時間帯を選んで観に行きました。1作目はよく知られたキューバ革命の成功のお話ですが、その後どうして、彼が39歳で処刑されるに至ったか・・が描かれています。ほとんど知らないス...
「チェ 39歳別れの手紙」 ドキュメンタリー以上に乾いた視線 (はらやんの映画徒然草)
やっぱりソダーバーグ監督とは相性が良くないというのを再確認したという感じがします
映画 「チェ 39歳別れの手紙」 (ちょっとひとことええでっかぁ―♪)
映画が千円で観れる1st Dayが珍しく日曜だったので本日も映画館へ。 つい先日、前編を観ているので忘れないうちに続きを観て来ました。
実録・革命戦士 (宇宙のめいぐると)
「チェ 39歳 別れの手紙」
チェ39歳 別れの手紙 (ダイターンクラッシュ!!)
2月15日(日) 18:50~ 新宿ピカデリー9 料金:1250円(新宿の金券屋で前売りを購入) パンフレット:500円(買っていない) 『チェ39歳 別れの手紙』公式サイト ウルトラ地味で淡々としていた第一部「チェ 28歳の革命」。 さて本作は? より一層地味で淡々として...
コンゴのこと (コンゴのこと)
とにかく自然がたくさんあります(≧艸≦)
チェ 39歳 別れの手紙 ▲18 (レザボアCATs)
ドラマティックに成功を収めたキューバ革命は終わった。革命の理想が体現されたかのように。だがチェ・ゲバラにとっては、この地で彼の成すべきことは終わったと、カストロに別れを告げる。革命終了、新政府樹立の際に、ゲバラがそこに居ないことについての人々の声が大き...
チェ 39歳 別れの手紙 ▲18 (レザボアCATs)
ドラマティックに成功を収めたキューバ革命は終わった。革命の理想が体現されたかのように。だがチェ・ゲバラにとっては、この地で彼の成すべきことは終わったと、カストロに別れを告げる。革命終了、新政府樹立の際に、ゲバラがそこに居ないことについての人々の声が大き...
自分に喝を入れたい時に 「チェ 39歳 別れの手紙」 (ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋)
「チェ 39歳 別れの手紙」 ゲバラの革命追体験     【原題】CHE: PART TWO 【公開年】2008年  【制作国】仏・西・米  【時間】13...
チェ 39歳別れの手紙 (☆彡映画鑑賞日記☆彡)
 『信念は、死なない』  コチラの「チェ 39歳別れの手紙」は、「チェ 28歳の革命」の続編となるバイオグラフィー映画、”チェ2部作”の後編です。いきなりハゲヅラのゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)?何があったのぉ?と早速置いてけぼりですw  映画の中のセリフにも...