京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

たゆまぬ精進

2023年07月31日 | 日々の暮らしの中で

参拝者は少ない。いつだって解放されていて、「ようお参り」と迎えてくれる東本願寺さん。
ほんのひととき静かに座っているだけで気持ちは整えられるし、安らぎも覚える。今日恵まれたこの機会に、ご縁に感謝して合掌。

隣の阿弥陀堂に移ると、高齢の女性が椅子に座っていた。
「この金箔、本物かなあ」って私に(みたいだった)。
エーッ!?

 

加齢とともに一日のエネルギー量は減るのに、タンパク質の推奨量は変わらないという。
「毎朝、豆腐ばかり食うようになった」とは安岡章太郎(短編集『酒屋へ三里、豆腐屋へ二里』の表題作に)。
「冷奴で食うのが一番いい」。そんな暑さが続く。

なんだ、まだ豆腐屋の話をするのか?と思われるだろうか。
が、やはり松下豆腐店(『豆腐屋の四季 ある青春の記録』)に登場いただけば、梅雨が明けてカラリとした晴天が続くと豆腐もよく売れるようになるという。お客さんには新しい豆腐を売るために、夜明け前、午前、午後、夕べと、小分けして豆腐作りに励む。
かといって炎暑続きでも売れ行きは下降するらしく、「ある日は大不足で、ある日はたくさん廃棄となる」。
機械化を嫌い、手作りにこだわる店主の気持ちはざわつく。
「いったい、人が豆腐を食べようという気になる条件は何なのか?」
「昨日はあんなに豆腐を欲しがったくせに、今日はサッパリ食べようとしねえ!」

一年間の、豆腐屋の四季。
寝る前に読み継いで三週間。「五本のマッチ」の火よりもっとぬくく、温かく心を灯してくれた一冊だった。


いい豆腐は、ゆでても崩れない。「どんなことがあっても崩れた狂言はするな」という教えも込めて「お豆腐狂言」の家訓を掲げる狂言の茂山家。
竜一兄ちゃんの奮闘も負けてはいない、豆腐作りに、歌に、随筆に。

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まあいいか?

2023年07月28日 | 日々の暮らしの中で
本代より高くなる電車賃をかけて、わざわざ交換を申しでに行くか否か。

一週間前、映画を見たあと近くの書店に入った。いつもならパラパラパラパラッと前から後ろから、埃も飛ばせとページを繰るのにしなかった。
120ページほどの薄い文庫本、ペラペラッとめくって見落としたみたいだ。


私は本のページを折ることはしない。それだけに気分が悪い。新刊本だし尚更だ。

私の書架には一冊、〈福耳〉を切り落とした文庫本が収まっている。

あるページだけ紙面の左下の端が大きくて、小口をはみ出した部分が折りたたまれていたことがあった。新刊だったがそれを開いて、ハサミで切りそろえたことがある。
これは「傷」どころか、古本屋用語では「福耳」というもので縁起物だと知ったのは、出久根達郎氏が『人様の迷惑』の中で書いていたのを読んだときだから、すでに何年も経ったあとのことだった。


【人生の大切な問いのさまざまに、『これ』という答えなど実はない。どのように向き合えばよいのか。南直哉さんが『老人と少年』で用意した答えは、繊細で深い含蓄に富んでいる。 - 茂木健一郎】
【老師のおっしゃることはすぐに理解できることではないかもしれないが、(中略)よく考えて生きなければ虚しくて堪えられない。 - みうらじゅん】

珍しくこうした本を手にしたと思ったら…。この暑い中をメンドクサイな。
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大べら坊に暑さかな

2023年07月26日 | 日々の暮らしの中で
7月というに本日は〈大べら坊に暑さかな〉、38.9度を記録したという。
朝から梢をゆするかのように鳴きたてる、いや〈鳴きすだく〉蝉の声は、まったくもってすさまじい。

 

暑さで色素をなくしたわけではないけれど、枯葉色のバッタ。
早々に寿命を終えたものもいる。
如雨露で水遣りを始めると、ハゼランの密生した葉陰から土黒い、そら豆ほどの蛙が飛び出す。ここに住み着いているのだ、こやつは。

運勢欄に「誕生月の大吉日」とあった昨日が明けて、一つ歳を重ねた一日目が酷暑だった。

「一日不作一日不食」(一日作(な)さざれば一日食らわず)。
「その日の務めを果たさずに、腹を満たす食事を受けることはできない」。
これは中国の唐の時代の百丈禅師の言葉で、禅者の謙虚な自戒の心が説かれていると建仁寺の小堀泰巌官長が書かれた小さなコラムを、偶然だったが目にしたので読み返した。
ひたすら暑さを避けることに知恵を働かせ、それでいて精でもつけましょうとご馳走にあやかるはバチアタリかと心苦しくなるが…。

一日の務めを終えて、汗を流し、疲れを癒す。
「よし、今日はよくやった」。よく生きた!と
明日からは、納得できる日を一日でも多く積み重ねていかなくちゃ、と思うことにした。


      紅蜀葵真向き横向ききはやかに 鈴木花蓑

この暑さに大きな赤い花をつけるけれど、暑苦しさはない。
暑くてもすっきりと立っていられたら…。
意外と好きなモミジアオイに誓おうか。明日から、明日から…。
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こくと香りの深みに

2023年07月24日 | こんな本も読んでみた

向田邦子さんの食べ物のエッセイに「もったいぶって手順を書くのがきまり悪いほどの単純なもの」という一節がありましたが、これも同様で、ソルダム酒を作りました。
材料は
  ソルダム 1kg
  レモン  4個
  氷砂糖  400g
  ホワイトリカー 1.8 ℓ

ソルダムは縦に2カ所の切り込みを入れ、氷砂糖、皮をむいて半分にしたレモン、ホワイトリカーを瓶に入れて漬け込みます。約3ヵ月で熟成。果実はこの時点でのぞきます。


『豆腐屋の四季 ある青春の記録』を読みながら、三浦しをん『月魚』を読み終えて、
思いを強くすることがある。
『豆腐屋の四季…』が書庫に収まってしまっていることがとても惜しい、ということだ。
書棚に並んでいても、縁なく終わる本は山とあるわけだが、書庫には良い本がたくさん眠っているんだろうなあと日頃思っている。


古書店「無窮堂」3代目当主・本田真志喜(24)と、幼いころから兄弟のように育った同業界に身を置く瀬名垣太一(25)。
35000冊の蔵書の査定依頼を受けた瀬名垣と真志喜。寄贈か売るかでもめる遺族に、
真志喜は言う。

「図書館に入ってしまったら本は死んでしまう。流通の経路に乗って、欲しい人の間を渡り歩ける本を、生きている本というんだ」
「図書館の蔵書になったらカバーも函も捨てられ、無粋な印を押され、書棚に並べられればまだよいが、下手をするとずっと書庫に収められたままですよ。チャリティーバザーのときにただも同然で売りさばかれるのです」
「ろくに目録もつくらず、バザーや廃品回収業者に安く払い下げられ、そういう本が古書市場に流れてくる」

文章に作品に、色気がある。キャラクターが魅力だ。
心情に葛藤あり、融和ありのドラマがあって、自分を見つめ、相手を思い、官能の色も濃く? 想像の余地があって余韻が残る。
しをんさんの世界だろう。
二人の間におきたある出来事、それによる二人の関係の展開。本当はどうだったんだろう…なんて。

大きな事件も場面転換もないけれど何度か読み返したくなる、こくと香りの深みにはまる。
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エコな涼しさ

2023年07月22日 | 日々の暮らしの中で
雑木林の上にもくもくとした雲が立ち上がり、ああ、夏!って感じで、猛暑日だった。
大屋根の瓦や境内の砂利の照り返しも眩しい。
午後から“寺子屋エッセイ教室”開催で、いつものように場所を提供した。老若男女たくさんの参加者が集えて、嬉しい賑わいだった。

エアコンの魅力には勝てそうもないが、本堂は屋根が大きく奥が深いので、三方を開け放ち、扇風機を回すことで案外心地よい空間を体感できる。
そりゃあ現実は暑い! 暑いけれど、現実を直視しないで、頭の中に「涼しさ」を去来させて、このいっときを過ごす。
やせ我慢、というほどには実際苦しくない。風が通り抜ける心地よさは、暑い中を歩いてやって来ての昼下がりに眠気を催すほどのものよ。
ところが、仲間の作品の合評で盛り上がる。


〈最後の一文っていちばん遊べる部分でもあるので、いろいろな工夫がやりがいのあるところ〉
〈言い切ってしまえるのがエッセイの面白さなので、たとえ間違っていても鋭い方が読み物としては面白いと思う〉
師から酒井順子さんの言葉がいくつか紹介された中で、今日記憶にとどめたふたっつ。



孫のTylerが4泊5日のキャンプを終えて元気に帰宅したのを知って一安心した。
日曜日は頭が痛いと言って食事もとらず寝てしまったらしいが、翌朝は機嫌よく出たという。
緊張感からだろう。ときどき似たようなことを聞かされる。
今日はサッカーのクラブ練習に参加。タフなことだ。それでいて…。

きっとこれを機にまた一つ大きくなるに違いない。(ワタシも?だったらいいのになあ…。)
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「寄り道してくれない?」

2023年07月20日 | 映画・観劇
パリのタクシー運転手シャルルは、92歳の女性マドレーヌをパリとは反対側にある施設まで乗せることになった。
マドレーヌの持ち物は、小さなスーツケース一個だった。
先方との約束の時間には間に合わない。
シャルルを相手に思い出が語られ、彼女の願いに添って寄り道をして回り、最後は二人でディナーを愉しんだから…。


パリで過ごした多くの時間。思い出の風景、場所に別れを告げる胸の内を思うと切ないが、
それにしてもの壮絶な人生の回想に、しばしば息を呑んだ。
「そういう時代だったのよ」と言うだけで身の上嘆きはしないが、厳しい人生であったことは確かだ。でも同時に甘美な思い出を持ち合わす。

どの場面であったか。いとしい者たちの写真をみていれば、良い想い出をよみがえらせることができる、とマドレーヌ。
 ひとつ怒れば一つ歳をとる。
 笑うとひとつ若返るのよ。

タクシー料金は未払いのまま、再会を約束した。
シャルルは妻を彼女に合わせたいとも思い、娘と3人で訪問する。が、…思わぬことが待っていた。

「袖振り合って縁をも活かす」というようだけれど、血のつながりがなくても、また、時間の多少にかかわらず、心が触れ合うなら何かが起こるかもしれない。偶然ながらも訪れる、人の世の縁の大切さをやはり覚えておこう。

― 意識しないような短い時間が絶え間なく経過して、たちまち最期は来る
とは清川妙さんだった。
知らずしらず背負い込んだ積年のお荷物は棚卸しに努め、身辺こざっぱりと暮らす。そしたら最後の持ち物はスーツケース一つの量にまとめられるものかしら…?
人生、「寄り道」だけは多い方がいいのかもな。

さてと、映画のテーマはどう考えればいいのかな…。 
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「知」のつまみ食い

2023年07月18日 | こんな本も読んでみた
「暑いときはショッピングセンターに限るよ」という娘の言葉を聞いたあと家を出たが、向かう先は書店ぐらいのものだった。
文庫本棚の前で、小学校入学前らしい二人の子を連れた女性と隣り合わせた。やがて「これにしよっ」のひと言があって、離れていった。

我が子がこのぐらいのとき、私はどんな本を読んでいたのだったか。
長女は入学までの数年間、頻繁に病院の入退院を繰り返した。彼女に付き添う合間に読んだという一冊さえ思い出すものがない。読書そのものが途切れていたとは思えないが、記憶は飛んでしまっている。


作家や詩人たちの個人全集には、刊行に当たって各出版社が販売促進と予約を募る目的で発行される宣伝用のパンフレットがある。それを「内容見本」というが、「作家による作家の魅力的な推薦文の宴のような趣がある」と中村氏は言われる。
〈名文の宝庫〉であるのに積極的な保存対象ではなく、古書店でも手に入りにくいのだそうで、ほとんど処分されたに等しいらしい。
たまたま「内容見本」を収集してきたという中村邦生氏によって、『推薦文、作家による作家の』が刊行された。

推薦文の書き手と推薦される文学者との組み合わせ、つながりに目を見開かされたり、書き手の像そのものが立ち上がるようであったりと、名のみで作品を読んでいなくても、文章を味う楽しさも与えられた。
思えば、中村氏のご苦労なしに私たちの目に触れえない貴重な一冊である。
図書館で借りたあと、再読のためにこれをわずか677円で買った。


「膨大な努力と時間を費やして考察した先人の思想をわずかな対価と引き換えに、ひょいとつまみ食いする」ことに感じる「うしろめたさ」を、永田和宏氏が記している。
先人への敬意と尊敬、それを受け取ることへの慎みの思いがなければ、その「知」を自分のものにすることは決してないはずのものだと説かれた。
どんな値段もつけられないものを与えられているのだ。「『知』の値段」と題されていたが、〈「知」のつまみ食い〉と置き換えてでも覚えておきたい。

書店では、『本を守ろうとする猫の話』との出会いがあった。

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平凡な人の生の壮絶さ

2023年07月15日 | こんな本も読んでみた
一茶の故郷、柏原では風呂を沸かせば近所の人を呼んで入らせる習いがあった。次から次と貰い風呂に人々がやってきて、ついでに炉ばたで茶を飲んで話の花を咲かせる。
そんな場に、〈人誹(そし)る会が立つなり冬籠〉の句が添えられていた。

心やすいものが寄り合うと、うわさ話に花が咲くことは体験する。悪しざまにけなすようなことは耳にしないが、冗談や皮肉であっても、心を切り裂くような毒を盛ってはなるまい。

一茶も“壮絶な人生”を生きた。積極的に知ろうとしてこなかった一茶について、
“田辺一茶”(『ひねくれ一茶』)が多くのことを教えてくれた。


「全ての人生は、壮絶である」
ずいぶん以前になるが、京都大教授の小倉紀蔵氏が書かれていた。
【特別な人の人生だけが壮絶なのではない。どんな平凡な人の生も、それぞれに壮絶なのである。一生誰にも知られずに汗して働いた人や、長い間病気の人や、その人を忍耐強く看護・介護する人も、すべて、すべて、壮絶なのである。
日本人はそのことをよく知っている。だから、短歌や俳句を作って、日常の中に「平凡な壮絶さ」を探そうとする。その壮絶さは〈いのち〉となって永遠に生きていく】などと。

金曜日の夜、お豆腐屋さんのラッパの音が聞こえると『豆腐屋の四季 ある青春の記録』が思い出され、読みたくなる。で、図書館で借りることにした。


【作者、松下竜一は九州のある小都市で豆腐屋を営む青年である。いつのころからか、朝日新聞西部板の歌壇に豆腐作りの歌だけを作る、素朴な、まるで指を折って数えながらつづるような作品が私の記憶にとどまるようになった。稚拙といえばこれほど稚拙な歌はなかろう。だが、ここには歌わなければならない彼ひとりの生活がある】(抜粋)
選者だった近藤芳美が雑誌に書き留めたという文章が引かれている。

豆腐作りの釜さえ買い替えられない貧しさ。泥のように惨めな生活。25歳の私のやり場のない怒り。眠る前に、どうか明日は…と日記に書き込む。そして歌が生まれる。

 〈父切りし豆腐はいびつにゆがみいて父の籠れる怒りを知りし〉
 〈豆腐いたく出来そこないておろおろと迎うる夜明を雪降りしきる〉
 〈出来ざりし豆腐捨てんと父眠る未明ひそかに河口まで来つ〉

私30歳になり、妻は19歳。一年間の日々を文と歌で書き継いで、二人だけの青春記として本にしようと思い立った。
タイトルも浮かんだ。発行できるかどうか。多分だめだろう。だが書いてみよう。
平凡な市民の日々は華やぎに遠く、黙々と働くのみだが、「一生懸命節約して貯めようよと妻がいう」。

=どんな平凡な人の生も、それぞれに壮絶なのである。日本人はそのことをよく知っている。だから、短歌や俳句を作って、日常の中に「平凡な壮絶さ」を探そうとする。その壮絶さは〈いのち〉となって永遠に生きていく=


 

若いタレントさんが自ら命を断ったのを知った孫娘が、海の向こうから思いを寄せてきた。
なにかとても哀しい出来事だ。
人にはさまざまな生き方がある。それを理解できなくても共感できなくてもかまわない。ただ、よく知りもしない他人の生き方を、偏った信条でとやかく言うべきではない。
ね、っと。
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背中の手の温み

2023年07月12日 | 日々の暮らしの中で

短い文章だった。
おおよそのところを思い出しているが、さらに小さくなってしまう。けれど、その文章のかけらにも書き手の姿が刻まれている。

【 春分の日に九十歳になった。
「九十歳の風景ってどんな?」と人は軽く問いかけてくるけれど、自分には重いものがある。
けれど私は自分の歩幅で歩いている。
書斎を歩く歩幅は小さくなったけれど、心のほうは変わらない。そして、日々の暮らしの中で見つけた素材を、棚田で早苗を育てるようにして随筆を書いている。】

【 傘寿を迎えた。
毎年誕生日の前に自分で白いフリージアの花を買う。
その横に小さな鉢植えも置いてあって、窓辺で陽光を浴びてつぼみが輝くようにふくらんでいる。】

読み流してしまえなかった。

したいことを持ち、できることをするよろこび。
フリージアの花を買い、自分の今を、自分の満足する状態にしていこうとする、心の豊かさ。
まだまだお二人に及ばないなあ。
自分が何を大切にして生きるのかを問いかけられた。

  
  ちゃんと知っていて下さる。
  人は誰かに見守られていることで
  安らぎと自信とが持てるようになる。
  自分の背中を支えてくれる見えない手の温みを感じると、
  私たちは涙をふり払って前進できるのです。
                南原一繁(元東大総長)『母』
                

動く葉もなく、頭上を覆う。その対生の葉が作る天蓋の美しさに気づいた。
蝉が鳴きだしていた。
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「人間とは思い出の器」

2023年07月10日 | 日々の暮らしの中で
古いスクラップをめくっていると、福島泰樹さんが現れた。


記事が書かれた2018年ごろと思われる、東京・下谷にある法華宗の古刹の自坊で、くつろいだふうに顔をほころばせて話をされている写真と、もう一枚の小さいのは、ワイシャツを着て麦わら帽子をかぶった若き姿だ。
説明文は「静岡・愛鷹山麓の寺で暮らした時代の福島泰樹さん 1971年ごろ」。


福島さんは1943年生まれで、大学で「早稲田短歌会」に入り、作歌を始められたという。
名曲喫茶で一人読書にふける青春が、大学当局を相手にした闘争にのめり込んでいくことに。
「時代」だった。が、卒業後は僧侶の道を進まれた。
「ひとびとがスクラムを組んで連帯する時代はもうこないだろうという予感があった」なかで第一歌集『バリケード・1966年2月』が生まれた。

高校生のときから学生運動に走った弟だったが、福島さんの『絶叫』が好きだったことを、
亡きあと当時の友人の一人から教えられた。私が福島泰樹に関心を抱くきっかけになる。
そして後年、この小さなほうの写真に驚かされた。

葬儀屋さんが遺影の写真を変えたほうがよくないかと義妹に声をかけた。
が、義妹は譲らなかったのだ。
麦わら帽子を背に、涼し気なシャツを着て、ちょっと照れたような笑みをうかべている。
俗気が抜けたような穏やかな笑顔が遺された。
弟は家で原稿を書く時間が多かったので、合間には畑仕事を楽しむようになっていた。
義妹にとって想い出深い一枚だったのだろう。

人間とは思い出の器だ、と福島さんは言われている。「だから大切に葬ってあげなくてはいけないんです」。
人を豊かにするのは「悲しみ」という感情。大学生に短歌を教えていて「すごいなと思う子の歌には悲しみがある」。
「一人称詩型である短歌は小説よりも深く、様々な『私』に人格を与えることができる」と。

お盆には早いのに、なぜか弟が人と引き合わせてくれるようなここんところ…。

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17音の先に

2023年07月08日 | こんな本も読んでみた

江戸の春の大火で巻き添えを食った犬や猫、鳥を憐れむ一茶。その夜、蛙が鳴いていた。
というところで引用されていたのが、〈蕗の葉を引きかぶりつつ鳴く蛙〉。

継っこ育ちの一茶。父親の遺言書を手に、「遺産を半分貰わないではおかない。見てろ、おさつに専六。なめるなよ、おれを」
と継母と異母弟に迫り続けるが、「忌めましい業つく張りがまだ、たんごろ巻いていやがる。図太て野郎だえ」とおさつに罵られ、いっこうに取り立てられない。祖母の33回忌の折にようやく取極め一札の証文を得た。
けれどそれでも終わりとせず、過去7年間分…、30両を払えと言い出す一茶。
どうなるこの一件…(『ひねくれ一茶』)。

ある席で(『北越雪譜』で知られる)鈴木牧之と知り合う場面があって、そこにこんな言葉があった。「私が数十行を費やして書いたのより、一茶さんの句のほうがぴったりだ」

原稿用紙10枚より31文字で、とか言われていたのは道浦母都子さんではなかったか。
気になって、切り抜き探しが始まった。

  
早大に入学してまもなく学生運動にのめり込んだ道浦さん。「純粋に反戦や平和を願う気持ちから出発したはずなのに…」と理想が社会と乖離していったことを語っておられたのを読み返し、やはり学生運動に走った弟のことが念頭にのぼった。
「純粋に反戦や平和を願う気持ちから出発した」、…そうだったんだろうなあ。

〈炎あげ地に舞い落ちる赤旗にわが青春の落日を見ゆ〉
  東大安田講堂“落城”の日に「生まれた」一首が歌人として立つきっかけだったという。
〈「始めの一歩」踏みはずしてより辻褄の合わぬ人生たぶんこのまま〉
〈明るい国いえ死んでいる国なのかシュプレヒコール聞こえてこない〉

「原稿用紙千枚分を三十一文字で表現するような一首ができるかもしれない」と記されていたから、桁違いの思い込みだった。

生きものにやさしい、暖かくほっこりした心を素直に、息するように次々と詠む才のある一茶。
けど、そればかりじゃない。知らなかった一茶の姿が膨らんでいく。


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ランドセルは通路だけど

2023年07月06日 | 日々の暮らしの中で
書店の通路にランドセルがあおむけに放り出されていた。そばには青色の水筒が置いてある。

下校時、通学路にある小川のふちに、二つ、三つのランドセルが置いてあるのは見かけるが、店内というのは初見で思わずふふふと笑いが漏れる。
「ごめんなさーい」とやってきて背負うと、本棚へ突進。趣味の本のコーナーだった。

オーストラリアへの帰国を控え、日本での小学校生活最後となった2021年6月1日。孫のTylerは、最後のものを残すだけになった部屋に、こうしてちょんと、しかも逆さまに置いて、やっぱり遊びに飛び出して行った。


この1枚を思い出させてくれた少年が手にした本のカバーには、メダカの写真が見えた。

本に見入っては顔をあげてお母さんと言葉を交わし、満足そうでした。
買うのかな? ためつすがめつの段階かな? 
どんな本でも、連れてくる情報がある。
邪魔しないで、辛抱強く待ってあげたい。
立ち読みをいさめる店内アナウンスなんて流さないでほしい。

そんなことを思いながら、私は先日来見つけておいた『等伯』を買って帰った。

ランドセルを放り出してまで書棚に走った少年が、なんだかとてもかわいらしく思えました。
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夏の台所に

2023年07月04日 | 日々の暮らしの中で
さて、七月は何を喰ったらいいだろう。

― と私が思ったわけではなく、水上勉さんは何を喰ったんだろうと『土を喰う日々』の七月の章を開いてみると、冒頭からこう書き出されていたというわけ。

氏の場合は畑との相談で料理が決まる。
素材は茄子、夏大根、みょうが、それに山椒やとうがらしなど。
「朝飯をうまく楽しむため」に山椒の実と葉を一緒に煮つけたり、秋がくる前に早く食べたくて、やはり実と葉とでとうがらしを甘辛煮にもしている。
夏大根を葉ももろともよく刻んで塩をふりかけて重しの下に。「朝これをよくしぼって、醤油をかけて喰っている」。


夏場にやって来るアルバイトの女子大生二人に、「夏の台所になくてはならぬものは、こまめにつくる一夜漬けだ」ということにしても、
大根の塩漬けぐらいでは料理の中へ入らぬらしく、分厚い料理本を開いて、しきりと頭を悩ませているふう。
「本に書いてあることより、一夜漬けをつけたまえ。そこに滋味が生じる」と水上さん。
けど二人は、ふふふふと笑っていると書いてある。


35度を超える猛暑日に逃げ場もなくて、今日は初めてエアコンをつけた。
夏場は白飯を食す量が落ちる。若い頃は今以上に一年を通してもお米を食べなかったので、義母が「食べろ食べろ」と口うるさく、内心こっそりムカッ腹を立てるという食事時でもあった。

残っていた白菜に人参、きゅうり、みょうがにショウガを刻んだ一夜漬けをいただいたところ。酢を加える法を教えてもらい、レモン酢で試したりもしている。
「一夜漬けをきらって、どうして夏の料理の門が入れよう」

料理には五味(甘、鹹(かん)、酸、苦、渋)にもうひと味、「後味」、つまり「たべたあとまたたべたくなるあと味」の六味がそろってこそ完全だと、中村幸平氏の『日本料理の奥義』からの引用がなされていた。なあるほどね。


人の体は食べたもんで出来ている。働く体を作るのは、たまに食べるご馳走じゃなく、毎日食べるおまんまが、白い飯と汁とちょっとのおかずが大事なんだよ、とは『一膳めし屋丸九』さんでの言葉だったかな。
きっと義母のように長生きできますな。


5/18に出した船便が届いたと、きのう娘から連絡があった。『一膳めし屋・・』は海を渡って娘のもとに。
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川に遊ぶ日ぞ

2023年07月02日 | 日々の暮らしの中で
雨があるから晴れがまぶしい、と言っていいかしら。

     梅雨晴れ間 「人間川に遊ぶ日ぞ」


 
 

昼からオタマジャクシを見に出ることにした。
そして運動不足解消に、周辺をちょっとひと歩き。暑いこと!



いるいる、うじょうじょいたが、これすべてが蛙になったらさぞや見事なカエルの歌が聞こえることだろう。足音にいっせいに身を隠す賢さだ。
この近くの田んぼでカブトガニを見つけたことがあったが、今は中途半端な畑になって、草が茂っている。

 〈七月の大べら坊に暑さかな〉 一茶
『ひねくれ一茶』(田辺聖子)を超がつくほどスローなペースで読んでいる。
「おどろくべき多作家」「吐く息、吸う息に作る男」、一茶。
 前出の〈人間川に遊ぶ日ぞ〉も、一茶の句よりの拝借になる。

生涯を通して、現存しているすべてを合算した数を、次のように聞いたことがある。
  一茶 35000句
  蕪村  4000句
  芭蕉  1000句

次々と見事に引用しながら田辺さんは物語を進める。
「兜を脱いだ。読み終えたときの心境がまさにそれだった」と五木寛之さんが書かれていたことが、遅まきながらだが購入の決め手となった。
読み始めてかれこれひと月にはなるのに、まだ4分の1だわ。


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