京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

なるほど!

2022年02月28日 | 日々の暮らしの中で

陽差しに恵まれて、あたたかな二月の終わり。
ああ、いいおてんき!! そんな喜びの裏で、娘家族が住むブリスベンでは、火曜日(22日)から降り続く雨で甚大な被害が出ていることが頭をかすめる。

ブリスベン川の桟橋が流され、クリーク(細い川)があちこちで氾濫して道路が冠水。屋根しか見えない家々。子供たちは明日も休校が続く。夫も職場から帰宅をと指示が出たという。止まない激しい雨。車で5分ほどのマーケットに行くのも怖くて、夫の運転で冷蔵庫の空っぽを満たすべく出かけていた。
明日は着くだろうと勝手に日数を数えていた郵便物だが、道路事情が悪くて無理かもしれない。

こちらではもったいないほどの青い空が広がった。
背に陽を受けて松林を見ながら腰を掛けていると、雀より小ぶりな鳥がしきりに動き回るのが視界に入った。
白っぽい筋が見えることもあり、木肌を上下するし、幹回りを移動し、窪みに姿を隠した。雀の動きとは異なる。松葉で姿は見えないが、上の方ではカツカツカツカツ音を立てている。
ギィー、ギィーって鳴いて。これほど特徴をつかんでいるのに、悲しいかな名前がわからない。

そこへ、「良いお天気ですねぇ」と声をかけてくるご婦人が現れた。双眼鏡を取り出し、私と同じ方向を覗き始めた。リュックを背負い、バードウオッチングのベテランさん風情だ。
「なんという鳥ですか」と尋ねてみれば「コゲラ」と返ってきた。「キツツキ科で、一番小さい鳥です」とか教えられた。
ああ、これがコゲラ! 繰り返し木を突っつく音がしていた訳が分かって、「なるほど!」と合点、得心の瞬間だ。

「なるほど」は少し遅れてやってくる、とどなたかが言われていたっけな。
85歳には見えない若々しさで、それから1時間の日向ぼっことお喋りを共にした。
公園の主みたいなお方だった。いろいろ教えていただいたお礼とともに、「またお会いしたいですわ」と言って別れた。好い日でした。
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私を生かしておる力というもの

2022年02月26日 | 日々の暮らしの中で

本堂のお花を立て替えて三人を迎えた。
二月も終わるというのに手のかじかむ寒さだったが、今日は春がほんそこまできたという陽気に一変。

名付けて“寺子屋エッセイサロン”に参加の仲間で、一年間に綴ってきた作品をまとめようという時期になり提出作品の校正に携わることになった。本人さんが何度見直しても見落とす箇所はあるもので、他人の目が入る意味は大きい。四人で意見を交わし、今一度本人さんに戻してみて、最終の段階へと詰める。

「元気」と「勇気」と「やる気」を“三気”と言うらしいが、こうして健康で、指名にものおじせず気力を点せるのも、役に立てる喜びがあればこそ。そして私自身が、師やたくさんの仲間に育てていただいたおかげで今があると気づかせてもらえることも役得と言えそうだ。
日常の小さな折節に、おかげさまに気づかせていただくことが「私を生かしておる力というもの」に当たるかもしれない。

自分可愛さゆえ、ともすると勝ち負けや、優劣、できるかできないかといった価値観に囚われて生きている。
「わが身をたのみ わが力をたのみ 頑張っている毎日 仏はそれを 永劫うかばれぬ 地獄の道と おさとしくださる」
主催する他寺のご住職を交え、こんな言葉を教えてていただいた。念仏者・浅田正作さんのものという。
周囲に心をひらき、耳を傾け、はかり知れない恩徳を賜っていることに日々気づいていきたいものだ。

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雛のハレの日

2022年02月24日 | 日々の暮らしの中で
暖房もなかなか部屋を暖めてくれない。やけに寒い一日だった。

私自身の雛人形は持っていないが、孫の初節句に親元から贈られたものを、何度かスルーした年があるが、大切に飾ってきた。
玄関を入ってこられた客人の目に触れるよう、出の間とを仕切る襖をあけ放して、お内仏の間を占領させてもらう。この時季だけは雛のハレの日だから、仏さまには後方から見守っていただくのだ。飾り台を組みあげて真っ赤な毛氈で覆うと、それだけで仏間は華やかな座敷に一変する。

雪洞を灯しただけの夕暮れどき、雛のお顔はいよいよ白く気高い。物音さえしない、深々とした仏間に、「きれいやなあ」と義母の声が聞こえてきそうだ。


少し前髪が長すぎたな、と仕上がってみれば思えることだった。思い切った柄で髪に利用したので、ちょっと重たくなった感もある。
まあいいや。案外かわいい少女ができたと自己満足しているのだから。
おシャンポの時、これまではポケットに入れていたカメラと小銭くらいを入れて持ち歩くとしよう。


あまりの寒さで今日のデビューはお預け。

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目覚めの悪さに気分を変えて

2022年02月21日 | 日々の暮らしの中で
待たれた作家の9年ぶりの新作だという書評を読んで購入してみた『残月記』。3つの中短編からなり、いずれにも「月」が大きく関わっている。昨夜はいつまでも寝付けずに、一度閉じたのだったが、再度開いて読み始めたりした。


満月が振り返って、餅をつく兎も見えない裏側の世界をさらした。と、大学教授だった高志の人生も一瞬で反転してしまう1話。月景石という石を枕の下に入れて、月に行った夢を見る。月世界最大の都市ジャホールには百万を超える人が住んでいる。枯れた大月桂樹、神樹聖教、胸に抱くイシダキと言う人たち等々。
夜は2話の終末部分から読み継いでいたのだが…。3話目は、救国党による一党独裁政権下で、警察国家化が進む22世紀の日本。月昴(げっこう)と言う感染症にかかった27歳の宇野冬芽は、隔離施設に拘束される。患者となると、月齢によって生死が翻弄される。養護施設で育った彼の生い立ちなど読んでいて、…いつか眠りについた。

雪化粧の朝。寝不足でもあり、目覚めが悪く頭が重い。

          
久しぶりに刺繍糸とフェルトなどを手にした。
確か体育館シューズを入れるためにと頼まれて、孫Tのためにありあわせの布で袋状にした程度のものを、私用に少し手を加えることにした。赤いTの頭文字に合わせ紐も変え、片サイドを切り開き巾着型に。このあとここに、倒した切り株に腰掛けた、本を読む少年(か少女)が姿を現す。楽しい時間だ。

寝る前に読む本は考えないといけない。
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神の色 フクジュソウのような眼

2022年02月19日 | こんな本も読んでみた
ある方のブログで、デイサービス通所施設の一角に咲いたというフクジュソウを拝見した。春を呼び、幸福を呼び込むような暖かで鮮やかな色。どこか志の高さを見る思いもする。(写真はかつて植物園で見たフクジュソウ)


毒を持つと知ったのは『ふたり女房』(澤田瞳子)でだったが、その後、【アイヌのひとたちは、福寿草の花の鮮やかな黄色に「神の色」を見た。立松和平さんによると、心の底を射貫く強い目を「フクジュソウのような眼」とアイヌの人たちは呼ぶそうだ】と新聞のコラム欄で目にしたことがあった。

折しも、「今から半世紀前の1973年、京都生まれの女性が十勝のアイヌの農家に20日間ほど泊まり込み、アイヌ語を筆録した際の体験をまとめた」『アイヌの世界に生きる』(茅辺かのう)を読み進めていた。


福島県相馬に近い農村で生まれ、十勝に入植した開拓農家の子供だったトキさんは、生後1年足らずでアイヌの養子になった。食べるものも間に合わないひどい暮らしに、子守りをしていた異父兄の男の子によって川に放り投げられ、頭に傷を負ったが生き延びた。「いくら小さくても、生きて魂のある人間を捨てるなどとんでもない」と引き取ったのが養母だった。
出生を巡る事情とその後の人生。養母との心の通じ合い。17歳で結婚するまでの暮らしで身につけたアイヌ語を土台に、70歳近い今までを生きることができた、と語る口調にはアイヌの誇りが滲む。

時代は変わる。トキさんは自分が受け継いだアイヌに関わるあらゆる伝説や教訓や習慣や言葉などを、自分の子供たち(12人生んで9人が健在だった)には伝えなかったという。その必要もなくなり、拘っていては生きられない社会になっていたからだと。
ただ、喋る人がいなくなれば消えてしまう文字のない文化。開けるのが遅くて外の言葉が混ざっていない、ばあちゃん(養母)の言葉、十勝の本別のアイヌ語を残して、後の世の誰かの役に立てたいと願った。

同化政策。差別に偏見、誤解。厳しい自然。アイヌを取り巻く環境の中で、直観と経験で物事を捉え、善悪や直接的利害で判断して身につけた鋭い感覚と自立心。それらは現実を生き抜く生活の底力だと著者は記す。

本名は梅沢トメノ。「ネウサルモンの娘トキ、明治39年5月23日生まれ」。戸籍ではなく本当の名前を、書き終えた最後のところに書いておいてくれと付け加えた。ネウサルモンとは養母の名前だった。


聞き書きを終えて著者が帰る日、バス停まで送ると言ってトキさんは一緒に町へ出た。待合室に入ることなく別れたが、どこかで待ちながらバスの発車を待った。姿に気づいて合図する著者に笑顔で何度もうなづき、ちょっと片手をあげて、遠ざかったという。
                          
どんな人生も楽ではない。が遅まきながらも、新しい考えや世の中の動きを吸収しながら視野を広げ、アイヌの一人として真摯に人生を生きた女性の姿を知った。
バスを見送るトキさんの姿が目に浮かんでくる。

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第2弾

2022年02月16日 | 日々の暮らしの中で

3枚それぞれに書いて、まとめて封筒に入れた。
厳しい寒さに雪がちらつきだした中を歩いて郵便局へ。切手代は110円。わずかなことでいっとき喜んでもらえるのだからおやすいことだ。
ただ、2週間黙っているのが辛い。

Tylerは5年生なのに、先日「4年生」に進級などと記す誤りをしてしまった。姉とは6つ違いで、「うちが高校を卒業するときにタイラーは小学校卒業するんやな」と口にしていたことを思いだし、オカシイと気づいた。彼と5つ違いの弟は、登校後、始業のベルが鳴るまで兄の学年の子たちの中に入れてもらって遊んだという。
体力もあるし、動き回れることは彼にとって何よりのこと。
一日、一日と慣れ親しんでいけますように。

たのしみは思いがけずに自分宛の便りを手にするとき
「葉書出したからねー」と口を滑らさないようにしなくっちゃ。

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ちょっと話を

2022年02月14日 | 日々の暮らしの中で

東京の“大雪”を心配したが、明けてみれば思うほどのこともなく安堵した。昨夜、息子に「変わりない?」と連絡をとると、「明日は6時から撮影だわー」と返ってきたものだから。いつもなら「気を付けて」で終わるところを、「最近なにか本読んだ?」とたずねてみた。

仕事関係が多いかなと思い出すように言い、まず挙がったのが『20代で得た知見』だった。「匿名の少し年下の人が書いているんだけど、ちょっとセンチメンタルな感じでね。文章が瑞々しいというところも含めて好みだなと思うので、パラパラ見返している」と言う。
季節の話をまじえて原稿を書くとき、『日本の七十二侯を楽しむ』が意外と役に立っている、とも。「日本の文化や言葉を知らな過ぎると思ってね」

「ここ最近はアートとか勉強したりするために読んだ本もあるよ」とか言うので、「ふーん、アートは苦手」と言いつつのちょっと知ったかぶり、世田谷美術館館長・酒井忠康さんの『展覧会の挨拶』を紹介してみた。「たくさん観ることよー」なんておまけをつけて。
無知に気づいて、そこから新しい世界がひろがる。そんな経験は自慢したいほど?豊富にあるわ。


養父との出会いで、戦争孤児として浮浪から救われた神木久志(『あの春がゆき この夏がきて』)。彼は芸大を出ると画家になる夢はあきらめて出版社のデザイン室に勤めた。

カバーに本体の表紙、扉に目次に参考文献、紙の選択から栞の色まで、デザイナーの仕事だった。編集者の意向に従うので、不満を溜め込むことになる。
書店では目を引くが、家では見ていたくない本。目障りで書類の重しにもならない本。売るために美を捨てる本。
神木は言う。〈美的感覚は人それぞれだが、まれに誰もが美しいと思うものがある。一冊の本をテーブルに置いてそのままにしておきたくなるようなら、それは間違いなく美しい〉と。
〈思わずさすりたくなるような親しみ〉を感じる美しい一冊。
手元にあっただろうか。

似たような?仕事に携わる息子に薦めてみようか。幸運に恵まれて命を拾い、胸底に理想の本をもって「神木久志」を生きる姿を読んでみてほしくなった。久しぶりに話をしたせいかな…。
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見守り隊

2022年02月12日 | HALL家の話
2週間遅れとなって7日、オーストラリアに住む孫たち3人の新年度の学校生活が始まった。
5歳児Lukasはプレップ入学だが、日本的な入学「式」は行われない。何度か通ったキンディでの顔見知り、プレイグループでお世話になった先生もいるというのは、心強い部分ではあるのだろうか。親にとって? 上2人も5年生と11年(高2)生にそれぞれに進級した。


プレップでの担任は“評判の良い”先生でよかった、と母親は言う。いつの世も、どこの国でも、保護者には似たような話題があるものだ。送りの母親にニコニコとバイバイするには数日かかった様子で、この週末のLukasの解放感に思いを馳せる。


Tylerも一番の仲良しと同クラスで親子でバンザイ。クラスわけにはおそらく配慮もあった事だろう。
休み時間になるとプレップの教室近くまで、兄のTylerか彼の友達が、毎日Lukasをチェックしに行っていたという。初日には「一人でランチ食べてた」と報告があり、「今日はこけて膝をケガしていた」「今日は頭を打ってアイスパックしてもらってた」とか、「休み時間は友達と遊んでいたのが見えたから、そのまま声かけなかった」などなど。たくさんのお兄ちゃんがいてくれて、見守り隊もちゃんと気配りできるしで、やさしさに感謝となるのかな。

どうしても言葉の壁に思いが行くが、姉が日本で8ヵ月を過ごし、すっかり英語を忘れての帰国後のキンディでも、特別問題なく過ごしていたことを思い出しもする。一朝一夕には解決しないこと。気長に、「言葉」を越えた子供の適応力を信じようと、さほどの不安感は私にもないのだが…。

ずいぶん以前のことになるが、ブラジルやペルー、中国から親が日本に働きに来た子供たちの放課後を支える活動に、立ち上げ時から参加していたことがあった。日本語を全く解さない子供は多くいて、当時はまだ小学校でのサポートも不十分なまま、授業中は座り続けて一日が終わるのを待つ子供たちだった。
母国語で会話し、バスケットリンクの周りでひたすら仲間と身体を動かしていた。ここでは日本語をあえて教えようなどとはしなかった。そのうち、一人、二人と姿が消えた。
親の事情に振り回される子供たち。宿題を広げる子は恵まれていたのだ。そうそう、名前はキーちゃんだった。帰国後、中国から何度か手紙が届いていたのを思い出す。

私は彼らの国の言葉を話せないので、もっぱら一緒に遊んだり、片隅では若い女性たち数人がテキストを広げて日本語の勉強をしてもいたので、ちょっとお手伝いさせていただくくらいだった。

環境、条件は異なる。思いが伝わらないもどかしさを抱えながらも、二人とも笑顔が絶えない日々であってとだけは願っている。
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ふらふらと

2022年02月10日 | こんな本も読んでみた
注文しておいた本が入荷したという連絡をSMSで受け取ったので、羽生選手のフリーの演技を見てから出かけることにした。

本はMARUZENか大垣書店のどちらかで購入することが多いが、そうするとうまくポイントに反映せず、この頃は支店の多い大垣書店でと絞っている。その結果、ポイントによって100円のサービス券を受け取る機会が増えた。私には4店舗の利用があるが、どこででも使えるので100円とは言え、ありがたい。
一番好きな八条側にある店舗に向かった。京都駅の向こう、南側だ。ところが注文したのは四条の本店の方だった。
全くの思い込み。伊勢の赤福餅を買うことで無駄足の悔しさを収め、再び来た道を引き返し四条へ出るのだが、地下鉄の運賃が高いのだ。赤福、買わなきゃよかったな、なんてみみっちいことを思った。


乙川優三郎著『あの春がゆき この夏が来て』。読み始めの一文が70字を超えるのに驚いたが、ふと保坂和志氏の作品を読んだときの文章のわかりずらさを思い出した。句読点のリズムが合わず、メンドクサイ文章だと思ったことがあった。確か「小鳥」の文字がタイトルにあったような。

「死なないために今日を生きているような子供」、戦災孤児だった主人公の神木。
運命を受け入れながら、人生を見失ったり、空虚さ、不安に沈み、「ふらふらと生きる」。「なんにでも都合よく理由をつけて生きてきた」。しかし「流れて終わるのもつまらない」。己の生きてきた道の狭さを思うも、美しいものを求めてきた自分でもあった事を忘れないでいる。
その心の変遷が抑えた文章、文体で綴られて、好ましかった。嘆かず、怒らず、辛抱強く生きていくしかない。生きるって大変だ…。哀しいようで、重くもあるが、しみじみと心に収まった。


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みみずに教えられた

2022年02月08日 | 日々の暮らしの中で

「春は空からさうして土から微かに動く」(『土』長塚節)。そんな午前中だった。朝から日差したっぷり。身体もほぐれ、お掃除ラクラク。
107年前の今日は、どのような空模様だったのだろう。2月8日、節忌。

「冬季の間にはぐったりと地に附いて居た凡ての雑草」。枯草もろとも地表近くの小さな草を、この日差しの中で引き抜けば、見た目の美化はすすむ。けど、ちょっとテレビの前に座りたい…。嫌々やるくらいならハナからやるな、なんて声が聞こえてくれば、それもそうかとなる。する気は不十分ってことかもしれない。

みみずに教えられた。
「手には畑の草をとりつつ、心に心田の草をとる。心が畑か、畑が心か。兎角に草が生え易い。
・・・草を除ろうよ。草を除ろうよ。」
自分の心の中の汚れた草。「一本また一本。一本除れば一本減るのだ」よ、って。
『みみずのたわごと』。ありがたいおたわむれの言葉。

もうちょっとしてから。やるときは一生懸命するかな。
                 (色味を増した馬酔木のつぼみ。真っ白な花が咲く)
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こういうの、こういうの!

2022年02月07日 | こんな本も読んでみた
思わぬところで見初めた。

2月6日は句仏忌だった。東本願寺の23代法主・大谷光演は句仏という俳号を持っておられた。
〈もったいなや祖師は紙衣(かみこ)の九十年〉 
もう少し知りたいとネットを検索の最中に、アマゾンの画面に現れたのだ。いつもなら、ご親切なオススメだ。が、今回ばかりは言うたらオミチビキだったか。即、図書館で借りて読み進めてきた。


探してた、こういう内容の奈良の本。何冊かは抱えているが、違う。 
奈良の寺社、歴史の中の人々、年中行事、博物館での展覧会、催し事等々を通して、奈良の深い魅力が語られる。新聞の奈良版に連載されてきたエッセイがまとめられたものだった。

著者は奈良国立博物館で学芸部長を勤められた西山厚氏。
奈良には、精一杯人生を送った人々が生み出した、たくさんの物語がある。聖武天皇の苦しみが大仏を生み、光明皇后の悲しみが正倉院宝物を生んだ。そして、言われる。「歴史は終わってしまったものではなく、今につながり、私につながり、明日につながっていく」と。
語りかけてくれるものに、わくわくと反応する自分。そこに生きた人たちの姿がうかがえる。足跡を訪ねてみたくもなる。彼らと一緒に生きてみようか。

直観が見初めた、この出会い。手離したくないので書店に注文しました。句仏さん、あなたのことはまた改めて。ごめんなさいね。
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こころが刻まれる

2022年02月05日 | 日々の暮らしの中で


今日から奈良国立博物館で、「国宝 聖林寺十一面観音~三輪山信仰のみほとけ」特別展が始まった(~3/27)。
聖林寺は桜井市にある。この十一面観音は、明治の廃仏毀釈の時に三輪の神宮寺から聖林寺に移されたという。神宮寺の縁の下に捨てられていたのをフェノロサが発見したのだとか。

天平仏は乾漆像で、生身の人間の血肉を思わせるやわらかさがあると『運慶』でも描写されていた。だが、この聖林寺の十一面観音の豊かさをもってしても、山田寺の「仏頭」に残る、満々とした晴れやかさには及んでいないと前田秀樹氏(『日本人の信仰心』)。 

仏教が伝来した飛鳥、白鳳時代の宗教的情熱の高ぶり、仏師たちの自然への信仰を託す喜びの心の爆発。それに比べて次代の天平の諸仏には、もうすでにわずかでも仏教的学問に対する内省の陰りが現れている、と言われるのだ。うーん、フーン…。情報や知識に邪魔をされない新鮮な感動でお会いしたいものだ。

桜井市に住む友人と、「どうしてる、変わりない?」と言葉を交わした。
行きたい、行きたい。会いたいなあ。けれど今、しり込み無用と飛び出すわけにはいかない。
時折こまかい霰がぱらついた。時折差す陽は、十分過ぎるほどに背中を温めてくれた。隠れていても太陽はちゃんと西に沈んでいくのだ。一日の終わりに薄茜色に染まった空を望んで、そんなことを思っていた。

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春は土から微かに動く

2022年02月04日 | 日々の暮らしの中で

青空が広がっているわけではないが、東の空の灰色の雲のふちを輝かせて差す陽の明るさに「春立つ日」のめでたさを重ねてみる。旧暦でのことだが、一年の始まり。元日である。

「春は空からさうして土から微かに動く」
この大好きな一節は、『土』の中だ。もう15年ほど前になるが、夫と榊莫山の書展に行った帰り道にでた話題だった。その莫山氏は、〈「土」という漢字のタテに下ろす垂線は、逆に下から上に突き上げるようにして書かなければつまらない〉と、独特の思いを持たれている。
地上の一切の草や木、森林は土の中から芽生え、土の表面を突き破って成長し、枝葉を茂らせ、花を咲かせる、という道理だ。

根から得る滋養のおかげにある。そして、顔を見せた緑の小さな芽に気づき、土の中で蠢く(春に虫ふたつ、の字がまたいい)、うごごと、はっきりではなく、わずかだが絶えず動く力のほとばしりに、見えないながら目を凝らし、驚嘆する自分がいる。

立春を迎える頃、決まって長塚節によるこの一文を思い出す。そうして立春を迎えると、そろそろお雛さまを出すころだなと思うのだ。
季節は巡る。それとともに人の心も折々の習いにのっていきたいと思える。嬉しいことだ。一つ一つを大切にしなくては。
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おまかせして鬼は外!

2022年02月03日 | 日々の暮らしの中で

今夜は明日の立春を前にした「節分」、つなぎ目の夜となる。新しい年の神が入れ替わる、そのすきを狙ってつけ込もうとする邪悪な鬼どもを追い払わなくてはならない。旧暦では、その朝廷の儀式が追儺と呼ばれ、「おにやらい」とも言われた。柊の枝に鰯の頭を挿すことはしないが、豆だけはまこう。鬼は外!

どの人の心にも鬼は棲むという。仏面に言葉巧みに騙されて、酷い仕打ちに泣くこともあれば、鬼面ながら心根の優しさに打たれる場合もあるだろう。仏面鬼心、鬼面仏心。

もし自分に痴呆の症状が出たとき、周囲にどのような態度で接するだろうかと不安視される方がおられた。そしてさらには、臨終の際の自分の死に顔にまで不安は飛ぶ。穏やかか、眼は? 鬼の形相か、とか。誰の心にも鬼がひそめば仏心も宿る。仏心が勝ちたい。
昔、天が崩れ落ちはしないかと心配で、夜も寝られず食事もとれない人がいた。無用の心配だ。
考えてもどうしようもないことは、おまかせするしかない。

乳がんの手術、転移、摘出、また転移、散弾銃を打ち込んだように広がって手術不可能となって、「何一つ自力なし 我がつくる善にはあらず 悪にはあらず」と綴って還浄された47歳の坊守さんは、清沢満之師の「天命に安んじて人事を尽くす」という言葉を味わい、「どうにもならないことはどうにもならないまま」に、すべき事をなし、賜った命を精一杯に生きていこうと努められた。

一意専心と言ってよいのだろう。容易じゃない「おまかせ」だけれど、彼女の言葉に憧れもある。生じる迷いや葛藤を経つつ、私も生きているのだと思う。鬼は外!                                                                                   
(小林良正さんのほほえみ地蔵)
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花は花だから咲く

2022年02月01日 | 日々の暮らしの中で

二月には「初花月」という異名があることを教えていただいた。

年の初めには雀にも晴れ着を着せてやり、「初雀」と言祝ぐ季語がある。
寒明けが近いが、実際にはまだまだ寒さは続く。そこに春を待つ花、水仙が蝋梅が咲き、椿にマンサクもと花を咲かせ始める。梅便りなど耳にすると寒さを忘れて観梅に足が向く。私たちは寒風の中に咲きそむる花を愛で、健気さや美しさを賞賛する。褒めたたえる気持ちを込めて、二月を「初花月」と呼ばせるのだろうか。

けれどそんな思いはみな人間側のこと。花は花だから咲くのだと言う。高田敏子さんの詩の一節に〈花は咲く 誰が見ていなくても 花の命を美しく咲くために 人は人である ・・〉とある(「あなたに」)。
ここに、47歳で癌のために還浄された坊守さんの手紙の文面(一部)がふと重なってくる。
  したい したいが 
  こころが走るが できない
  これもナンマンダブツ
  何一つ 自力なしと
  お礼いえぬ身が 教えてくれた
  我がつくる善にはあらず 悪にはあらず
  これ一色の 四十七年でした

手紙を通して学ぶ自然法爾の世界…。知識でも教養でもない。それで得るような信心ではない。一生をかけて聞法し、果たしてそれで?…、が私か。あれこれの思いに、ちょっと理屈っぽくなった。
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