1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第1期30点の14枚目です。
【日本盤規格番号】CRCB-6024
【曲目】ベートーヴェン:『エグモント』序曲 作品84
:『プロメテウスの創造物』序曲 作品43
:交響曲第6番《田園》作品68
:ロマンス第2番 作品50
【演奏】エイドリアン・ボールト指揮BBC交響楽団
ヒュー・ビーン(vn)
【録音日】1972年8月1日、1969年8月11日
■このCDの演奏についてのメモ
1889年に生まれ、1983年にイギリス指揮界の重鎮と言われながら世を去ったエードリアン・ボールトは、イギリスの近代作品の紹介に尽力する一方で、若き日にライプチッヒ音楽院やニキッシュに学んだ幅広いレパートリーを持ち、ドイツ古典派から後期ロマン派の作品まで、多くの作品を取り上げてイギリスの聴衆に愛された。このCDは、そうしたボールトのベートーヴェン作品のライヴ録音を収録したもの。オーケストラは、彼が1930年の創立に加わり、以来1950年まで首席指揮者の地位にあったBBC交響楽団だ。
このライヴ演奏ではボールトの豊かな音楽性が、息の長いフレージングのゆるやかな流動性の中で、一気に歌い込まれているのを聴くことが出来る。特に「田園」の第2楽章、第3楽章それぞれの、ひと息で楽々と進む早めのテンポの表情の柔らかさは、正に田園詩人のごとき美しさだ。第5楽章で、それは最高潮を迎える。聴く者を1枚の風景画の中に遊ばせるような、自然の息づかいと同化した境地に聴く者を誘い込んでいく演奏が展開される。
音楽を〈愛する〉ということでは人後に落ちないボールトの、晩年の心境をここに聴くことができるように思う。
なお「ロマンス」での独奏ヴァイオリンを弾いているヒュー・ビーンは、1929年にイギリスのバッキンガムに生まれた。フィルハーモニア管弦楽団(途中ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と改称)のコンサート・マスターとして57年から67年まで活躍、その後BBC響に移った。エルガーのヴァイオリン・ソナタなど、イギリス作品を中心とした録音がある。 (1995.7.23 執筆)