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マーラー『大地の歌』の個性的な演奏(レッパード/BBCノーザン響、ジャネット・ベイカーほか)を聴く

2010年04月28日 00時52分38秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の20枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6030
【曲目】マーラー・交響曲「大地の歌」
【演奏】レイモンド・レッパード指揮BBCノーザン交響楽団
    ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)
    ジョン・ミッチンソン(テノール)
【録音日】1977年2月22日    

■このCDの演奏についてのメモ
 第1楽章を聴き始めてすぐに気付くことだが、これは、聴き慣れたマーラー演奏とかなり異なり、きびきびした音楽の運びで、ロマン的情緒に耽溺することなく進んで行く演奏だ。こうしたスタイルが上滑りにならないのは、管弦楽各部の旋律線がどこまでも明瞭に捉え切れていて、そのくっきりとしたラインに沿って、歌手の方も明るく乾いた感触で軽々と歌い継がれて行くからだろう。
 こうした印象は第2楽章に入ってからも、それほど変わらない。極めて個性的な演奏で、必ずしもこの曲の標準を示すものではないが、こうした演奏が、イギリスの演奏家と聴衆との間で成立していたという事実には、興味深いものがある。第4楽章の細やかで軽やかな表現など、この作品の魅力に新しい視点を提示している。
 この特異なマーラー演奏を指揮しているレイモンド・レパードは、1927年にロンドンに生まれ、主として17、18世紀音楽の指揮者、チェンバロ奏者として活躍している。59年にはヘンデルの「サムソン」で王立歌劇場(コヴェントガーデン)にデビュー。60年以降イギリス室内管弦楽団の指揮者としても活躍し、73年から80年までは、BBCノーザン交響楽団の首席指揮者でもあった。モンテヴェルディ作品の校訂者としても高く評価されている。
 テノールのジョン・ミッチンソンは1933年生まれのイギリス人。この「大地の歌」やワグナーの「トリスタン」、ストラヴィンスキーの「エディプス王」などを得意にしているという。
 メゾ・ソプラノのジャネット・ベイカーも1933年生まれのイギリスの歌手だが、62年にクレンペラー指揮によるマーラーの「交響曲第2番《復活》」で評価されて以来、マーラー歌手としても高く評価されている。 (1995.7.30 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
この演奏の「個性」については、もっと詳しく書かなければならないと思いながら、未だに果たせていません。今回の再掲載を機会に、ゆっくり聴き直そうと思っていたのですが、私事で恐縮ですが本日より1週間ほど、ゆっくりと音楽を聴ける環境でなくなるので、とりあえず、このブログアップだけ行います。ブログの更新も、1週間ほど休止せざるを得ないかもしれません。しばらくお待ちください。(実は、この連休を機会に、私の厖大なコレクションの山の、抜本的な分類、再整理作業に入るのです。言うなれば、本気で、「晩年の仕事」の準備を開始するのです。)

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イギリスのめずらしい管弦楽曲を聴くCD(フィンジのクラリネット協奏曲ほか)

2010年04月27日 14時26分31秒 | BBC-RADIOクラシックス





 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の19枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6029
【アルバムタイトル】「イギリス音楽名曲集」
【曲目】バターワース:青柳の堤~管弦楽のための牧歌
    V=ウイリアムズ:タリスの主題による幻想曲
    W・リー:ハープシコード協奏曲
    P・ウォーロック:カプリオル組曲
    フィンジ:クラリネット協奏曲
    フィンジ:イントロイト~Vnと管弦楽のための
【演奏】エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
    エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団
    レナード・ハーシュ指揮ハーシュ・チェンバー・プレイヤーズ
    ブライデン・トムソン指揮BBCノーザン交響楽団
    ジョージ・マルコム(ハープシコード)
    ジャネット・ヒルトン(クラリネット)
    ジェラルド・ジャーヴィス(ヴァイオリン)
【録音日】1969年11月26日、1972年7月7日、1972年9月7日、1965年2月18日、1978年9月27日
■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、演奏者も録音時期もばらばらで、一見とりとめがないが、イギリスの北国的な自然を彷彿とさせる田園詩風、あるいは牧歌風といった美しい作品を収めたCD。比較的めずらしい作品が多いが、イギリス音楽の一面の傾向がコンパクトに凝縮されている。
 エードリアン・ボールトは1889年に生まれ、1983年に、イギリス指揮界の重鎮と言われながら94歳の高齢で世を去った。イギリスの近代作品の紹介に尽力する一方で、若き日にライプチッヒ音楽院やニキッシュに学んだ幅広いレパートリーを持ち、ドイツ古典派から後期ロマン派の作品まで、多くの作品を取り上げてイギリスの聴衆に愛された。
 ネヴィル・マリナーは1924年にイギリス東部のリンカーンに生まれた。オーケストラのヴァイオリン奏者として活動した後、アカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セントマーチン・イン・ザ・フィールズ)を結成した。チェンバロで共演しているジョージ・マルコムは、1917年生まれのイギリスの指揮者、チェンバロ奏者。1947年から59まではウェストミンスター大聖堂楽長を務めた。
 レナード・ハーシュは、1902年にアイルランドの州都ダブリンに生まれたヴァイオリニスト、指揮者。ハレ管弦楽団の奏者を経て自らの室内アンサンブル、ハーシュ・チェンバー・プレイヤーズを組織した。また、ハーシュ弦楽四重奏団も結成した。BBCトレイニング・オーケストラの初代音楽監督にも就任し、王立音楽学校の教授として後進の指導に当たるなど、教育方面でも活躍している。
 ブライデン・トムソンは、1928年にスコットランド南西部の港湾都市エアーに生まれた指揮者。BBCスコティッシュ交響楽団、オスロ、ストックホルムなど北欧のオペラハウスの指揮者を経て、68年から73年までBBCノーザン交響楽団、79年から88年までBBCウェールズ交響楽団の首席指揮者を歴任し、88年からスコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席指揮者となったが、91年に世を去った。イギリス近代の作品や北欧音楽の指揮では定評があった。(1995.9.23 執筆)

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ダグ・ウィレン『弦楽セレナード』が隠れた名曲だと知ったCDのこと。

2010年04月20日 13時00分44秒 | BBC-RADIOクラシックス





 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の18枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6028
【アルバムタイトル】「北欧音楽名曲集」
【曲目】シベリウス:交響詩「フィンランディア」
          交響詩「トゥオネラの白鳥」
    ニールセン:序曲「ヘリオス」
    グリーグ:「過ぎし春」
        :組曲「ホルベアの時代から」
    ダグ・ウィレン:弦楽セレナード 作品11
【演奏】モーリス・ハンドフォード指揮BBCスコティッシュ交響楽団
    チャールズ・グローヴズ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
    ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
    レナード・ハーシュ指揮ハーシュ・チェンバー・プレイヤーズ
【録音日】1981年12月11日、1973年2月19日、1979年11月19日、1965年2月19日、1978年12月12日    

■このCDの演奏についてのメモ
 イギリスの音楽ファンが大好きな北欧音楽を集めたCD。演奏者の顔触れがかなり入り組んでいるが、いずれもそれぞれの音楽の勘どころをよくとらえた演奏で、とくにレナード・ハーシュが自身の室内アンサンブルを指揮したグリーグとダグ・ウィレンの演奏は、彼らイギリス人にとって北の国の音楽が、どのような響きを理想としているのかを聴く思いがする。厳しくも温かい、澄み切った美しさがここにある。
 レナード・ハーシュは、1902年にアイルランドの州都ダブリンに生まれたヴァイオリニスト、指揮者。ハレ管弦楽団の奏者を経て自らの室内アンサンブル、ハーシュ・チェンバー・プレイヤーズを組織した。また、ハーシュ弦楽四重奏団も結成した。BBCトレイニング・オーケストラの初代音楽監督にも就任し、王立音楽学校の教授として後進の指導に当たるなど、教育方面でも活躍している。
 ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは1931年生まれの旧ソ連の名指揮者。1978年から82年まで、このCDで共演している BBC交響楽団の音楽監督に就任していた。
 チャールズ・グローヴズは1915年にロンドンに生まれ、92年にロンドンで急性心不全により急逝したイギリスの指揮者。このCDで共演しているロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団とは、63年から77年まで首席指揮者として活躍していた。
 モーリス・ハンドフォードは1929年に生まれ86年に世を去ったイギリスの指揮者。シベリウスを得意にしていた名指揮者ジョン・バルビローリの下で、49年から61年までハレ管弦楽団の副指揮者を務めたのち、バーミンガム市交響楽団の指揮者陣に加わり、71年から75年までカルガリー・フィルハーモニック管弦楽団の首席指揮者を務めていた。(1995.7.30 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 レナード・ハーシュによるダグ・ウィレンの作品は、確かジョージ・ウェルドンが録音しているのを、この原稿執筆直後に知って聴いたようにも記憶しています。いずれにしても、私自身は、このBBCのCDで初めて知りました。とても印象的な曲です。
 レナード・ハーシュという人については、当時の私の原稿のフロッピー・データでは「レオナード・ヒルシュ(名前の発音が不明なので、とりあえず、こう表記する)」となっています。今回、ブログに再掲載するにあたって、発売されたときのパンフレットを見たところ「レナード・ハーシュ」となっていたので、それに従いました。かなり昔のことなので記憶があいまいですが、CDの発売までに、なんらかの根拠によって表記を決定したものと思います。


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ロンドンの聴衆を震撼させたロジェストヴェンスキー/レニングラード・フィルの1971年「幻想」ライヴ

2010年04月16日 07時52分56秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の17枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6027
【曲目】ベルリオーズ:「幻想交響曲」
     :「べンヴェヌート・チェルリーニ」序曲
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
    ローレンス・フォスター指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1971年9月9日、1970年11月29日    


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDで「幻想交響曲」を指揮しているゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは、1931年生まれの旧ソ連の名指揮者だが、イギリスにとっては縁の深い指揮者のひとりだ。このCDでの演奏もそうだが、たびたびのロンドン訪問で、その実力の程をロンドンの聴衆に示していたロジェストヴェンスキーは、ルドルフ・ケンペが就任後1年たらずで急逝して後任に困っていた BBC交響楽団の首席指揮者に、1978年から82年までの間、就任していた。もっと長く続くはずだった BBC響との関係は、当時のソ連政府の強引な引き戻し策により4年間で終わってしまったが、その充実した時代の演奏は、このBBC-RADIO・クラシックスのシリーズでも聴くことができるはずだ。
 ところでこの「幻想」の名演は、そのロジェストヴェンスキーがロンドンの聴衆の心を捉えたロイヤル・アルバート・ホールでの、1971年9月の演奏会のライヴ録音だ。オーケストラが当時のソ連を代表していたレニングラード・フィルハーモニック。ロジェストヴェンスキーの抜群の棒さばきで、精緻な音のひだを織り上げていく色彩感、豊かなダイナミズムを補完するメリハリのはっきりしたリズムの切れなどが、豊かな感興にあふれてくりひろげられて行く。終楽章でのあけすけな金管群の大音響は、ロシア系の音楽家が率直に音楽するときに、しばしば聴かれるものだ。彼らをここまで燃え上がらせたものが、ロイヤル・アルバート・ホールの大観衆の熱気だったと信じさせる拍手と歓声まで、後半は一気に聴かせてしまう推進力がある。貴重なライヴ盤の登場だ。(1995.7.30 執筆)


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ラヴェル:「死せる王女のためのパヴァーヌ」の名盤

2010年04月14日 01時04分13秒 | 私の「名曲名盤選」



 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第41回」です。


◎ラヴェル:「死せる王女のためのパヴァーヌ」
 この作品はピアノ独奏の原曲を、ラヴェル自身が管弦楽用に編曲しており、どちらの版もよく演奏される。
 ラヴェル自らの録音でも明らかなように、ピアノ独奏版での作曲者の意図は極めてモノトナスな世界の表出にあったと思われる。作曲者から直接手ほどきを受けたペルルミュテールやフェブリエの演奏は、そうした側面を忠実に表現したものだ。ただ、前者が早めのテンポの淡泊な表現に徹しており、タッチは柔らかいのに対して、後者は、まさに古代舞曲風のゆったりとしたフレージングでしっかりと弾き、気分の沈潜を引き出した演奏となっている。どちらもモノトナスな響きを守りながらも、陰影の濃い演奏だ。
 ロジェも繊細な感覚で、この曲の落ち着いた気分を表出している。フランソワは、反対に色彩感豊かな変幻自在なピアノで少々落ち着かないが、この曲でこうした演奏も可能だということを示し得た個性的演奏だ。
 管弦楽版では、恐らく作曲者自身も発想を全く一新してしまったと思われるが、モントゥーはそのことを強く感じさせる演奏に徹している。主旋律を管に委ねて弦がピチカートを刻むときと、弦が主旋律を奏で始めてからの大きなレガートのうねりとの対比など見事な描き分けだ。
 クリュイタンスは、遅目のインテンポで、たとえばフェブリエがピアノで描いたような世界を表現することに主眼をおいた演奏。この小品の多面性を再認識するこの二つの演奏は、いずれも代表盤といえる。
 音色的にふくよかな豊かさの魅力ではミュンシュ/パリ管盤、反対に禁欲的な旋律線による古代世界風の仕上りが独特のたたずまいのライナー/シカゴ響盤、ふところの深い音楽の大きな呼吸が雄大な世界を広げているスーストロ/ロワール・フィルも聴き逃せない。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 私自身が、この旧稿を読み返して、思わず唸ってしまった。難しい曲である。未だに、この曲の「姿」がどのあたりにあるのか、わからない。永遠の謎かもしれないと思う。つまり、その日の気分で、いかようにも印象が変わってしまう。だから、その意味では、ここに掲げたそれぞれの演奏のそれぞれの特徴は、そのまま、この曲の多様性を物語っている。
 特にピアノ版のペルルミュテールとフェブリエ、管弦楽版のモントゥとクリュイタンスは、各々が一方の代表盤であることは、未だに変わっていない。






 
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20代ピーター・ドノホーの、若々しい「パガニーニ変奏曲」ライヴ録音を聴く

2010年04月13日 11時41分44秒 | BBC-RADIOクラシックス







 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の16枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6026
【曲目】ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
    チャイコフスキー:ワルツ~バレエ「白鳥の湖」第1幕より
            :幻想序曲「ロメオとジュリエット」
    ボロディン:ダッタン人の踊り~歌劇「イーゴリ公」第4幕より
【演奏】ピーター・ドノホー(pf)
    セルジュ・コミッショーナ指揮バーミンガム市交響楽団、同合唱団
    ギュンター・ヘルヴィッヒ指揮BBCノーザン交響楽団
【録音日】1978年1月14日、1981年7月17日    


■このCDの演奏についてのメモ
 セルジュ・コミッショーナ指揮バーミンガム市交響楽団によるロシア音楽の演奏会からの3曲に、ギュンター・ヘルヴィッヒ指揮BBCノーザン交響楽団による1曲を加えたCD。演奏者の経歴からも感じられることだが、二人とも東欧出身でありながら、ロシア的でもなければ、生粋のイギリス趣味で描かれたロシア的ノスタルジーの表出とも異なる、インターナショナルな感覚の演奏が聴きとれる。
 コミッショーナは、1928年にルーマニアのブカレストに生まれた指揮者。56年にブザンソン国際青年指揮者コンクールで2位となった後、59年にイスラエルに移住した。イギリスの音楽界とは62年から66年までロンドンの王立歌劇場(コヴェントガーデン)のバレエ指揮者を務めた時代が一番関係が深く、この頃はロンドン・フィルの演奏会にも登場していたようだ。だが、66年にスウェーデンのエーテボリ交響楽団の音楽監督に就任した後、69年にはアメリカに渡り、84年までボルティモア交響楽団の音楽監督、84年から88年まではヒューストン交響楽団の音楽監督をしている。その間、76年にはアメリカの市民権を得ている。90年からはスウェーデンのヘルシンキ・フィルハーモニーの音楽監督として活躍している。
 ピアノで共演しているピーター・ドノホーは、1953年にイギリスのマンチェスターで生まれた。最近は、現在のバーミンガム市響の音楽監督サイモン・ラトルとのコンビでの録音が多いが、これはドノホーがまだ20歳代の録音。最近売り出し中のピアニストの若き日の貴重な記録だ。
 ヘルビッヒは、1931年にチェコスロヴァキアに生まれ、72年から77年までドレスデン・フィル、77年から83年までベルリン響、と当時の東ドイツの音楽監督、首席指揮者を歴任した。その後アメリカへと活動の場を移してダラス響、デトロイト響を経て、カナダのトロント響の音楽監督に就任した。なお、このCDでヘルビッヒと演奏している BBCノーザン交響楽団は、マンチェスターを本拠地とする BBC傘下のオーケストラのひとつ。83年にBBCフィルハーモニック管弦楽団と改称した。(1995.7.21 執筆)



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イギリスの「ランチタイム・コンサート」の魅力と、トミー・ライリーのハーモニカの妙技が聴ける稀少盤

2010年04月11日 18時02分01秒 | BBC-RADIOクラシックス







 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の15枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6025
【アルバム・タイトル】イングリッシュ・ランチタイム・コンサート
【曲目】
 W.ウォルトン:戴冠式行進曲「宝珠と笏」
 M.アーノルド:4つのコーンウォール舞曲
 T.ダンカン:コルシカの娘
 T.ライリー:無伴奏ハーモニカのためのセレナード
 G.ヴィンタ―:ヴェールの婦人のためのセレナード
 R.ファーノン:コルディッツ・マーチ
 R.ベネット-R.ドッカー編曲:オリエント急行殺人事件
 R.ドッカー:モダンなワルツ
 R.ビンジ:エリザベス朝のセレナード
 R.ファーノン:「サウンズ・ファミリア」~ウエストミンスター・ワルツ
 E.コーツ:ダム・バスター・マーチ
【演奏】ロバート・ファーノン指揮BBCノーザン交響楽団
    トミー・ライリー(ハーモニカ)
    ロバート・ドッカー(pf)
【録音日】1977年7月7日    


■このCDの演奏についてのメモ
 1977年7月7日に行われたイギリスのライトミュージック・フェスティバルは、同年8月5日にイギリス国営放送(BBC)の第3チャンネル「ランチ・タイム・コンサート」で放送された。このCDは、その放送をCD化したもので、曲目解説の項にもあるように、BBC放送の番組のための音楽や映画のための作品を中心に、イギリスのライト・ミュージックの魅力が一望できる盛りだくさんな内容となっている。
 こんな素晴らしいランチ・タイムが過ごせるとは、イギリス人は世界で最も贅沢な人々かも知れない。彼らの自然で気取らない、ウィットに富んだ音楽との付き合い方は、ほんとうに楽しい。この1枚のCDからあふれでてくるのは、まさしく〈音楽の泉〉だ。
 イギリス人たちの生活の中に溶けこんだ〈音楽の匂い〉が、どのようなものかは、例えば、ダンカンの「コルシカの娘」や、ヴィンターの「セレナード」のストリングスの調べや、トミー・ライリーのハーモニカの音色からでも容易に理解できるだろう。また、指揮のロバート・ファーノン自身が、映画音楽やテレビ番組から編曲したメドレー「サウンズ・ファミリア」では、ディズニー・ランドばりのパレードが展開し、ドッカーが弾くピアノからは、ごきげんなムード・ジャズが流れでてくる。フィナーレのエリック・コーツの「ダム・バスター行進曲」も元気いっぱいの音楽だ。
 この1枚のCDからは、理屈ではなく、身体の中に音楽をまるごと抱えている〈普段着のイギリス人〉たちの姿が見えてくる。ジャンルにこだわりなく音楽を愛する人々に、音楽の楽しさの原点のひとつとして、ぜひとも聴いていただきたいアルバムだ。(1995.8.8 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
このCD解説では詳しく触れませんでした(当時の私の知識が足りなかったのです)が、このCDは、ハーモニカ界でその名を知らない人はいないとまで言われる「トミー・ライリー」のハーモニカ・ライヴが聴ける珍しいCDということで、ハーモニカ・ファンの間でかなり話題となったCDでした。


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ボールト/BBC響のベートーヴェン「田園」に聴く英国的風景画に似た美しさ

2010年04月09日 10時26分05秒 | BBC-RADIOクラシックス







 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の14枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6024
【曲目】ベートーヴェン:『エグモント』序曲 作品84
     :『プロメテウスの創造物』序曲 作品43
     :交響曲第6番《田園》作品68
     :ロマンス第2番 作品50
【演奏】エイドリアン・ボールト指揮BBC交響楽団
    ヒュー・ビーン(vn)
【録音日】1972年8月1日、1969年8月11日    

■このCDの演奏についてのメモ
 1889年に生まれ、1983年にイギリス指揮界の重鎮と言われながら世を去ったエードリアン・ボールトは、イギリスの近代作品の紹介に尽力する一方で、若き日にライプチッヒ音楽院やニキッシュに学んだ幅広いレパートリーを持ち、ドイツ古典派から後期ロマン派の作品まで、多くの作品を取り上げてイギリスの聴衆に愛された。このCDは、そうしたボールトのベートーヴェン作品のライヴ録音を収録したもの。オーケストラは、彼が1930年の創立に加わり、以来1950年まで首席指揮者の地位にあったBBC交響楽団だ。
 このライヴ演奏ではボールトの豊かな音楽性が、息の長いフレージングのゆるやかな流動性の中で、一気に歌い込まれているのを聴くことが出来る。特に「田園」の第2楽章、第3楽章それぞれの、ひと息で楽々と進む早めのテンポの表情の柔らかさは、正に田園詩人のごとき美しさだ。第5楽章で、それは最高潮を迎える。聴く者を1枚の風景画の中に遊ばせるような、自然の息づかいと同化した境地に聴く者を誘い込んでいく演奏が展開される。
 音楽を〈愛する〉ということでは人後に落ちないボールトの、晩年の心境をここに聴くことができるように思う。
 なお「ロマンス」での独奏ヴァイオリンを弾いているヒュー・ビーンは、1929年にイギリスのバッキンガムに生まれた。フィルハーモニア管弦楽団(途中ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と改称)のコンサート・マスターとして57年から67年まで活躍、その後BBC響に移った。エルガーのヴァイオリン・ソナタなど、イギリス作品を中心とした録音がある。 (1995.7.23 執筆)

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ドビュッシー:交響詩(交響的素描)『海』の名盤

2010年04月02日 12時17分40秒 | 私の「名曲名盤選」




 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第40回」です。

◎ドビュッシー:「海」
 この曲では緻密で模範的な演奏はいくつもあるが、今ひとつの魅力に欠けるものが多い。その点、マルク・スーストロ/ロワール・フィル盤は、少々粗削りながら、この曲の多面的な音構成を、分析的ではなく〈体温〉の感じられる距離で表現したユニークさが面白い。堂々と臆面もなく鳴り響くドビュッシーだが力みすぎてはいない。この曲の豊かなイメージを実によく表現している。くっきりとした旋律線を鳴らしながらポリフォニックで、かつ、ポリリズム的な、棒のよく振れた演奏だ。堂々と鳴り響かせながら力まずに、フワリとまろやかな音が出せるオケも好ましい。
 ポール・パレー/デトロイト響盤は自然な無理のない音楽の運びに、しばしば即興的なニュアンスに富んだ名人芸的自在さが紛れ込んできて、はっとさせられる。もう、こういう洒落っ気のある演奏ができる指揮者も、それに応えられるオーケストラも見当らなくなった。
 もっと行儀のよい演奏では、バルビローリ/パリ管盤の個性は、説得力がある。弦楽器群を前面に出して、スコアに書込まれた旋律をよく歌わせた演奏。異常に遅いテンポだが、それを支えるパリ管の音は、あくまでも甘くソフト。色彩感に乏しい棒さばきが少々退屈なので、最初に聴く演奏ではないが、この曲の旋律に馴んでから聴くと新たな発見がある。
 一般に模範的な演奏と言えばマルティノン/フランス国立放送管盤だろう。緻密で、しかも響きがよく摘まれ、突出した所のない美しく洗練された演奏だ。しかし、その分だけ音楽がまとまりすぎている。むしろ、ドビュッシーの作曲の発想源である葛飾北斎のデフォルメされた〈版画〉の世界のように、輪郭も鮮やかに大きな身振りで劇性を強調しているブーレーズ/ニュー・フィルハーモニア管こそが本当の模範だと思う。この曲は輪郭の曖昧な水彩画ではないのだ。


《ブログへの掲載にあたっての追記》
 この私自身が15年ほど前に執筆した「名盤選」のブログへの再掲載も、今回で40曲目となりましたが、初めて、全面改稿したくなる原稿に出くわしてしまいました。
 最近、友人から、『牧神の午後』はクリヴィヌが最も納得できる演奏だと言っているドビュッシーマニアがいる、と聞かされて、クリヴィヌ/リヨン管弦楽団のドビュッシーを集中して聴く機会を作りました。実は、『牧神』も、そして前回の曲目『夜想曲』も、「最近の録音では」と但し書きを付けての「すばらしい演奏」だと思ったのですが、今回の『海』では、すっかり考え込んでしまいました。私が15年前にうすうす気づいていたことが、このクリヴィヌ盤で達成されているのかもしれないと思ったのです。
 今思い出すと、当時の私は、おそらく、『海』という音楽が持っている「壮大な交響的性格」は、ドイツ・ロマン派的なものではなく、まったく別の地平へと向かいつつあったのだということを、どうしたら「音」として表現できるかについて、模索していたのです。
 クリヴィヌの演奏から聞こえてくる音の断片から、ずいぶん様々な発見がありました。そのうち、ゆっくりと考え直さなくてはならないテーマが出来ました。それはとりもなおさず、この曲が、西欧の音楽史上の一時期に大書されるべき「革新的な」音楽の代表だということの確認でもありました。
 「名盤選」に本気で取り組むと、たった1曲のために数ヵ月を費やしてしまうものなのですが、(いつも書いているように、そこのところを、お手軽に現行カタログから、世評の高いものを順にチョイスして無難に並べてしまう人もたくさん居ますが)、じっくりと腰を据えて、取り組んでみようかと思いました。こうした思いは久しぶりのことです。今は、例の「大正・昭和初期の日本人の西欧音楽受容史」の研究など、他に私自身のテーマが山積されているので、かなり時間がかかりそうですが、いつか必ず「ご報告」します。


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ドビュッシー:『夜想曲』の名盤

2010年04月01日 18時37分40秒 | 私の「名曲名盤選」




 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第39回」です。

◎ドビュッシー:「夜想曲」
 ドビュッシーにとって最初の本格的な管弦楽作品であるこの曲は、水彩画風の独特の響きの魅力を持っている。この曲の演奏では、生々しい表現は一貫して慎まなければならず、そして、いわゆるドビュッシー的な〈曖昧さ〉を保ちながら、射し込む光のような鮮やかさを全体の中に溶かし込まなくてはならないのが大原則だ。
 それを実現するのは極めて困難なことだが、バルビローリが発足後間もないパリ管と残した録音は、そのなかで、最も納得のいく演奏だ。「雲」では、この指揮者が弦楽合奏に見せるカンタービレの美しさという特質が所を得て、鮮やかで雄弁な表情が穏やかに暗示される。「祭」も、決して派手すぎず賑やかすぎず、遅めのテンポで落着いた雰囲気を確保して進む。中間部の行進のところでは一音一音ゆっくりと聴かせて距離感を表現し、あくまでも目前に迫るものではなく遠い光景として、大きすぎる音が出ないように注意深く奏して終曲「シレーヌ」へと繋いでいる。
 ティルソン・トーマス盤は、響きのよく整理された丁寧な運びで一瞬も混濁させない「雲」や、多彩な音色で躍動する「祭」での羽のような軽やかさなど、この曲の水彩画風の味わいを守りながら輪郭をくっきりさせている。曖昧なドビュッシー像からの脱却を、ドビュッシーの語法に沿って達成することに成功した数少ない例だ。
 ロザンタール/パリ国立歌劇場管盤は、何の遠慮もなく色彩感がぐいぐいと前面にせりだしてくる演奏だ。その目の覚めるような堂々たる表現を、いとも簡単にやってのけているように聴かされると、やはり、この指揮者は只者ではなかったと改めて感心する。全三曲とも、いたるところでバランスの崩れる反則だらけの演奏だが、聴き手にドビュッシー的な物へのこだわりを捨てさせるだけの力を持っている。とにかく刺激的で面白いこと、この上ない演奏だ。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 ここで私が言及している演奏は、この曲の「三態」とでもいうべきもので、いずれも個性的な演奏の部類に入るかも知れません。しかし、ドビュッシーの管弦楽曲としても特異な位置を占める(と私は思っています)この作品は、ある種の「デフォルメ」と聴き映えとが表裏一体になっているという面は否定できません。弦楽合奏を主体にした「第1曲」、管楽合奏が主体の「第2曲」、そして女声合唱を効果的かつ、オーケストラの一部のように用いる「第3曲」と、どこを採っても「響きによるオブジェ」で、しかも、全合奏によるフォルテッシモを注意深く避けて構築されています。
 この世界を彼らの後の世代で十全に表現し得たのは、エマニュエル・クリヴィヌ/リヨン管弦楽団でしょう。ただ、、この演奏、やはり少々「第2曲」がせり出し過ぎかもしれません。もう少しテンポも音量も抑えた方が、ニュアンスの変化が深まったかもしれません。しかし、「第3曲」の細やかさは特筆ものです。最近のこの曲で、これほど感心した演奏はありません。
 古いカタログを眺めていたら、「夜想曲」にはベイヌム/コンセルトヘボウ管盤、パレー/デトロイト響盤、モントゥ/ロンドン響盤など、それぞれ貴重な録音だったのを思い出しましたが、この原稿を書いた当時の私自身の心情がどうでしたでしょう。結局、選から外したということは、上記3者の「夜想曲」ほどには魅力を感じなかったということだったのでしょう。確かに、この10年以上、これらをじっくりと聴いた記憶がありません。それぞれ別件の原稿執筆で、彼らを論ずる機会はあったのですが…。 




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