goo

METライブビューイング2015-16のビゼー『真珠採り』は、新たなスタンダード!(音盤派のオペラ鑑賞記)

2016年02月12日 15時03分29秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 先日、東京・東銀座の東劇で「METライブビューイング2015-2016」のビゼー『真珠採り』を観てきた。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でエンリコ・カルーソーがナディール役を歌って以来、新演出での100年ぶりメト再演だという。その初日、1月16日の公演を収録したものを、わずか2、3週間後、東京に居ながらにして字幕スーパー付きで観ることができるのだからありがたい。キャスト、スタッフは以下のとおり。

 

レイラ:ディアナ・ダムロウ(ソプラノ)
ナディール:マシュー・ポレンザーニ(テノール)
ズルガ:マリウシュ・クヴィエチェン(バリトン)
高僧ヌーラバット:ニコラ・テステ(バスバリトン)

(指揮)ジャナンドレア・ノセダ
(演出)ペニー・ウールコック

 

 オペラ『真珠採り』はビゼーの若書き、25歳の作品だが、美しく魅惑的な旋律と、異国趣味あふれる力強いエネルギーに満ちた傑作だと20年くらい前には思うようになったが、決して広く親しまれている作品ではないと思う。だが、そうは言っても、メトで100年ぶり、というのも極端な話だ。音盤派の私の感覚では、少なくともフランスに於いては相当に人気があるようで、モノラル時代のクリュイタンス指揮パリ・オペラコミーク盤から、フルネ盤、デルヴォー盤といった具合でフランス系の録音だけは目白押し。デルヴォー盤が特に人気が高く、LPレコード時代にはフランスでも何度も、パッケージ・デザインを変えて登場している。

 だが、じつは、私が最初に『真珠採り』に親しんだのは、恥ずかしながら、リカルド・サントス楽団が演奏する『真珠採りのタンゴ』なのだ。第1幕の有名なナディールの夢見るようなアリア「耳に残るは君の歌声」のメロディをそのまま使ったもので、この楽団の最大ヒットでもあるはずだ。まだ私が小学校の高学年か中学生になり立ての昭和36、37年(1960年代初頭)、フルトヴェングラーに夢中だったころで、フランス物と言えば、ミュンシュの『幻想交響曲』をレコードが擦り切れるほど繰り返し聴き、オーマンディ、フィラデルフィア管のビゼー『アルルの女』を、グリーグ『ペール・ギュント』のB面で聴いていた時期である。『真珠採りのタンゴ』は、舞踊家だった父が振付をして使用するつもりで買って帰ってきたもののひとつだった。父は同じリカルド・サントス楽団の『オレ・ガッパ』が使い易かったようで、私の記憶に『真珠採りのタンゴ』の振付が抜けているが、音楽は私のお気に入りになって、何度も聴いた。解説でビゼーのオペラの中のアリアのメロディだと知っていたから、その時からオペラ全曲を、いつの日か聴きたいものだと思っていた。

 たぶん、デルヴォーの全曲盤(東芝EMI)を私が初めて聴いたのは、1980年代になってからだったと思う。その後に、フィリップスのフルネ盤や、仏パテのクリュタンス盤などモノラル盤の存在を知ったが、日本ではようやくデルヴォー盤が70年代に発売されたままだったような記憶がある。日本では殆ど聴かれない作品だった。そうした事情は、アメリカも似ていただろう。二重唱の名曲が多いこのオペラは、アメリカでは古くから『真珠採り』のデュエット・アルバムは発売されても、全曲盤はなかなか作られなかったようだ。メトの100年ぶり再演というのも、それなりに理由のあることなのだ。

 

 写真はフルネ盤CD初出と思われる90年代初頭の欧州盤。この時期に日本ではたくさんのフルネのフィリップス録音が発売されたが、このアイテムは日本では発売されなかったと思う。

 ひょっとすると国内で発売された唯一のLPレコードがデルヴォー盤だが、CDの国内盤は欧州にかなり遅れた。1987年に仏EMIから発売されたが、私は買いそびれていて、写真のものはその後90年代になってからのCD。英EMIが「HMV CLASSIC」というロゴを用いて、いくつかのめずらしいアイテムを発売した中に、このデルヴォーによる「真珠採り」全曲が含まれていた。

 

 そして、私自身も、『真珠採り』というオペラの真価にほんとうに耳を洗われたのは、デルヴォー盤を耳にした時より更に遅く、プレートル指揮パリ・オペラ座盤を90年代になって偶然聴いてからのことだ。レイラ役をコトルバスが歌っているEMIの仏パテ録音である。
 プレートルという指揮者とビゼーの輪郭のくっきりとした音楽との相性の良さについては、別のところ(RCAのプレートル「ビゼー曲集」CD解説。第二評論集に収載)で詳しく言及しているので、ここでは繰り返さないが、私は、このプレートル盤が理想的な演奏だと思っている。それほどに、プレートル盤は私の中に、このオペラ像をしっかりと築き上げた。CD化された英EMI盤が、今でも比較的簡単に入手できるので、お勧めである。


 プレートル盤は、仏パテからLP発売後、英EMIでCDが2、3回発売されている。写真は英EMI系の廉価盤「クラシック・フォー・プレジャー」シリーズのCD。何と、デルヴォー盤と同じ16世紀の画家の「真珠採り」という絵を使用している。ちょっと調べてみたら、ルネサンス後期マニエリスム期のイタリアで代表的な画家のひとりアレッサンドロ・アローリの「真珠採り」という有名な絵だった。

 

           *
 例によって前置きが長くなってしまったが、今回のメトの『真珠採り』は、じつに素晴らしかった。それは、まず、ジャナンドレア・ノセダの、スコアを丹念に読み込んだ確信にあふれた指揮の成果を挙げなくてはならない。それがあってこそ、それぞれの歌手たちが、伸び伸びと歌うことができる。ノセダは、幕間のインタビューで、このビゼーの創り上げたオペラ世界をヴェルディ、プッチーニへと連なる傑作と絶賛しつつ、詳細な検証の末に、このオペラが、恍惚とした魅惑の夢の第一幕から、大きくうねりにうねる海の波の音楽へと移行し、やがて終幕で炎の音楽へと昇華して行くのだというようなことを述べていたが、そうしたビゼー音楽ならではの大きな振幅のあるドラマを、求心力を持ってまとめ上げた手腕は、正に、私がプレートル盤で感じて以来のもの、いや、それ以上と言ってよい。この音楽のダイナミズムこそが、ビゼーの真骨頂なのだ。
 だが、それを更に確実なものにしているのが、粒揃いの歌手陣と、しなやかさと底力を兼ね備えたメト伝統の合唱の力だ。特にダムロウが凄い。第一幕での〈祈り〉から、〈慈しみ〉、〈燃え上がる愛〉と、さまざまの場面の女心を演じ分けてしっかりと聴かせる。第二幕のアリアは本当に美しかった。豊かで美しく、しかも力づよい。思わず聞き惚れてしまった。聞くところによると、ダムロウは既にヨーロッパのオペラハウスでこの役を歌って好評を得ているそうだが、今回のメトからの出演交渉に際して、メト総裁に直談判して、今回の100年ぶりの再演決定に持ち込んだという。彼女にとっても、このレイラ役は、今後、大切に育てて行く役柄になるものと思われる。一方、彼女を取り合う二人の男たちは、二人とも若い頃からメトで鍛えられ育てられた歌手だという。息もぴったり合っており、レイラを交えてさまざまに組み合わせが変わりながらの二重唱が多用されるこのオペラのアンサンブル・オペラとしての醍醐味を満喫できるものとなっている。
 演出は、オーソドックスな面を大事にしながらも、斬新で大胆なもので、音楽の変化と場面転換がうまく連動し、このオペラハウスの良さが随所に現われたものとなっていた。私は、今回の『真珠採り』を観て、「メトに新しいスタンダード作品が誕生した」と思った。『カルメン』と並ぶビゼーの人気演目に成長するのではないかと思ったのである。「ライブビューイング2016」の『真珠採り』は、これから、要チェックである。

 

【付け足し】 

 この項を書き終えてから、どうしてももう一度ゆっくりと聴き比べをしたくなって、クリュイタンスのCDをネット検索していたら、タワーレコードで発売しているクリュタンスの56枚物BOXセットに収録されているのを発見した。何の解説書もない同じデザインの紙ジャケに1枚ずつ収まっているだけの素っ気無いものだったが、このVENIASというレーベルの「Andre Cluytens The Collection」第3集は、クリュイタンスが残したオペラ全曲盤ばかりをそろえたもので、グノー、ビゼーはもちろん、ムソルグスキー、ワグナーまで網羅され、しかも、EMI系の正規盤だけではなく、放送録音も収めているという稀少アルバム。どれも音は自然で、かなりいい。EMIでモノラル、ステレオの2回制作されたものは、両方とも収録するという念の入れようだ。1枚あたり200円程度という超廉価盤なので思わずクリックしてしまったが、これは、いい買い物だった。

 そして、これが到着した時に、私のCD棚のフランス物のあたりを眺めていて発見したのが、下の写真のマニュエル・ロザンタール指揮の「真珠採り」だ。すっかり忘れていたが、この良好な放送録音も、このオペラ演奏史を語る上で、重要なはずだ。いずれ、ゆっくりと聴き返さなくてならないが、それをする前に、メトが、今年よりももっとすばらしい「真珠採り」を上演するかも知れない、とも期待している。

 

 (3月7日追記、同8日一部修正)


 

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。