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ティーレマン/ミュンヘン・フィルは「壮大なまがいもの」という、もっともな意見から思ったことなど。

2010年03月29日 11時35分49秒 | 雑文



 昨晩、友人のK氏から、私の携帯にメールが届きました。横浜で行われたティーレマン指揮ミュンヘン・フィルのコンサートを聴き終えてすぐ、送信してきたものでした。以下が、その全文の無修正引用です。(本人に了解をもらっていませんが、プライベートな内容ではないので、勘弁してもらいましょう。)

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みなとみらいでティーレマン-ミュンヘン・フィルのブルックナー8を聴いてきました。ダメ。全くダメで呆れました。ベニヤ板でできた大神殿のような、構えばかりむやみに立派で中身がカラッポの、ホロビッツを評した吉田秀和流に言うなら、壮大なまがい物。虚仮威(こけおど)しだけの、言葉の最も悪い意味で大衆的な音楽。こんなものを支持するなら、ミュンヘンもドレスデンの聴衆も耳が悪いとの謗(そし)りは免れ得ない。

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 「( )」内のひらがな読みは、私が補いました。ふだん、私が使わない字だからです。
 かなり怒りが伝わってきます。絵文字を多用する人なら、「パンチ」がいくつ付いたことかと思いますが、聴いていない私が言うのもヘンですが、まったく同感。そのとおり(のはず)です。招待券をもらっても、私は絶対に行きません。その程度の音楽しか出来ない「フェイク」だということは、デビュー時から一連のCDを聴いていればわかります。あれが、最近のクラシック音楽ビジネスの、どうしようもない堕落を象徴するひとつだと、ずっと思っていましたから、やっぱり、そうだったかと、彼のメールを読んで、改めて思いました。
 もっとも、彼が私にいつも言う「生演奏を聴かずに、CDだけで評価をするな」という苦言が、また聞こえてきそうです。彼は、身銭を切って、バカバカしさを確認しに行ったのです。私にはマネのできないことです。

 それはさておき、こうした愚演が繰り返し再生産される時代は、早く終わりになって欲しいと思っています。それには、ン万枚売れなければ企画が通らないなどという業界体質と、生産・流通システム、価格体系を、根底から覆すしかないと思っています。インディーズのレーベルが300~500枚のプレスで成り立つようなシステムを、可能にしなければなりません。
 音楽CDほどにはコストがかからない書籍の世界は、そろそろ、かなりの少量・注文生産を軌道に乗せる方法論が生まれつつあります。(その一方で、読んだら捨てる、という使い捨て文化の「まがいもの書籍」も横行していますが…)。インターネット時代を、どうやってうまく活用できるようにするかがカギでしょう。
 実は、古書、中古レコード・CD探しも、私がコレクションを始めた1960年代から、すっかり様変わりしました。足を棒にして都内を訪ねまわって、たった1冊の本を見つけた日の、あの、たとえようもない感動が、懐かしく思い出されますが、便利な時代になりました。この便利なツールに騙されず、うまく活用し続けたいものです。




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プリッチャード/BBC響のブラームス「交響曲第2番」は奇跡的な名演の記録だと思う。

2010年03月26日 20時21分24秒 | BBC-RADIOクラシックス







 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の13枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6023
【曲目】ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73
          悲劇的序曲 作品81
          大学祝典序曲 作品80
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1981年9月3日、1983年5月19日、1983年3月22日    

■このCDの演奏についてのメモ
 プリッチャード指揮、BBC交響楽団によるブラームスの「交響曲第2番」は、奇跡的と呼んでも差し支えないほどの充実した演奏だ。こうした演奏について語らねばならない時は、本当に言葉の無力さを感じてしまう。まずは、ともかく、このCDを聴いていただきたいと思う。おそらく最初のフレーズから、この音楽の深く大きなふところに優しく抱かれる感覚に包まれるに違いない。思わせぶりなところが何ひとつない自然な息づかいで、のびのびと、しなやかに聴こえるブラームスが心に沁みてくるはずだ。
 このプリッチャードの演奏は、この上もなく幸福な田園詩として、理想的な歌心とテンポ感を持っている。これほどの名演奏の行われたその日、ロイヤル・アルバート・ホールに居合わせた聴衆は、さぞかし幸福だったろう。終楽章のフィナーレ、最後の1音が鳴り終わらない内に沸き上がる拍手に込められているのは、音楽を聴く喜びに対する、率直な感謝の表明であるだろう。私も今、CDとなってこの演奏に接することが出来たことに感謝している。たくさんのCDのなかには、時に、こうした〈空前絶後〉といって良い演奏があるのだ。
 この演奏が、ブラームスの悔渋な精神から自由に羽ばたいて、なおかつ全体の構成原理の安定感を見失わないのは、イギリスの演奏家や聴衆が育んできた音楽の、極めて良質な部分の成果だと思うし、また、プリッチャードのオペラ・ハウスでの長い経験も生きているだろう。日本での知名度はあまり高くないプリッチャードだが、戦後に登場した世代では、イギリスで最も愛されていた指揮者だというのも頷ける。
 1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、47年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。BBC響の首席指揮者には、このブラームスの第2交響曲の演奏会の翌年の1982年から、1989年の死の年まで着任している。(1995.7.22 執筆)
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倉本裕基で聴く「あの頃」の音楽の暖かさ・優しさ

2010年03月25日 15時59分36秒 | エッセイ(邦楽&ポップス)





 昨年、2009年6月24日と26日の当ブログに、いわゆる「癒し系ピアノ」の第一人者と目されている倉本裕基の音楽について書いたものを掲載した。少々の縁があって、推薦文のようなものを執筆して以来、彼のコンサートはしばしば聴いており、CDの担当ディレクター氏からも、倉本の新譜が発売されるたびにサンプル盤を戴くようになって、もう何年も経っている。生来のコレクター癖から、戴くようになる以前の倉本のCDもネットでチェックして買い集めてしまい、廃盤になっているテレビドラマの音楽集まで含めて、私のCD棚の一隅を、ジャンル違いながらも占領している。
 倉本は、1970年代にラジオの人気番組「ジェット・ストリーム」の音楽担当者として、表面には名前の出ない裏方としてキャリアを積み始めた音楽家で、本質的には作曲家であって、ピアニストではないかもしれないが、ピアノを弾くことが何よりも好きな音楽家であることは間違いない。彼がソロで弾く自作のアルバムは、さながら自問自答の世界のような集中力だが、「音楽に浸る」という幸福な時間を感じさせるものになっている。
 最も、倉本がそうした世界を実現してきたのは、ここ数年のことである。業界の裏話めいたことを声高に言うのは控えたいが、私の感じではそれはやはり、レコード会社での担当ディレクターの変更が要因のひとつではあったろうと思う。2002年秋の新譜『Pure Piano(ピュア・ピアノ)』から、そうした倉本ワールドの深化が少しずつだが着実に進んできたと思っている。
 先日、4月7日発売予定の倉本裕基のニュー・アルバム『マイ・フェイバリット・ソングⅣ~時の過ぎゆくまま』の試聴盤が送られてきたので、早速聴いてみた。以下は、それに対しての「個人的な」感想である。

 倉本裕基の今回のアルバムは、まず、その選曲のユニークさが特徴だ。列記してみよう。

1. 時の過ぎ行くまま(映画「カサブランカ」より)
2. ワンス・アポンナ・サマータイム(リラのワルツ)
3. ブルーレディに赤いバラ
4. やさしく歌って(ロバ―タ・フラックのヒット曲)
5. 煙が目にしみる
6. ラ・ボエーム(シャルル・アズナブール)
7. ブルース様式での三連符 Jazz Solalより
8. プレリュード第12番(バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」より)
9. マホガニーのテーマ(ダイアナ・ロス)
10. 愁桜~バルカローレ(倉本裕基の新作)
11. 君に捧げるメロディー(ミシェル・ルグラン)
12. さくら横ちょう(中田喜直)
13. 夜想曲第2番 変ホ長調(ショパン)

 一見とりとめがないように見えるが、前半は私などには懐かしい「スタンダード・ナンバー」である。ひと昔前にはどこの喫茶店でも流れていたし、私が長年にわたって通っているホテルのラウンジ・バーでは、今でも生演奏で聴くことができる名曲ばかりだ。だが、倉本によるアレンジはどれもかなり凝っていて、隅々に工夫の跡が聴かれるものになっている。耳慣れたメロディが、実に豊かな表情の変化をもって1台のピアノから聞こえてくる。
 ある程度、高度なテクニックを要するアレンジである。私がしばしば耳にするBGM風の演奏とはかなり違う。だから、敢えて言えば、現在の倉本の指の動きが、そうした自身の意欲的な編曲に、万全の状態で応えられてはいない。だが、そうしたマイナスを補って余りあるのが、倉本の音楽に対する誠実な姿勢だ。音楽は、決して人を裏切らない。倉本の心情は、しっかりと伝わってくる。彼は、この歳になって尚、自身が信じる「癒しのピアノ」を、妥協せずに最高度にまで高めた編曲で弾いているのだ。これは、ピアノを愛する倉本ファンに、ぜひとも聴いていただきたいアルバムである。いわば、倉本にとって、その生涯の終盤に向けての、大いなる決意の表明ともいうべき、無謀とも言える第一歩だ。
 そしてその無謀さは、後半ではさらに拍車がかかる。7曲目、突然のジャズ的イディオムの端的な挿入、そしてバッハの密やかな世界の出現。どちらも「ピアノ」という楽器の魅力を、ひとつも飾らずにピュアに、そして手短かに聴かせる絶妙の選曲。少年時代からピアノを弾いていたという倉本らしい、初心に回帰するような瞬間が美しい。
 後半は、様々に揺れ動くピアノ音楽の世界である。中でも、かつて西欧でロマン派音楽の時代に流行った「バルカローレ(=舟歌)」を模倣した倉本の新作は、古風な日本の旋法にこだわり、日本的な郷愁を誘う独特の音楽となっている。そして、若いころに倉本が師事していた作曲家、中田喜直の歌曲「さくら横ちょう」へと導いてゆく。中田は「日本のシューベルト」の異名を持つほどの歌曲作家だが、その中田も、そして倉本も若き日に影響を受けたショパンによる名曲が、このアルバムの終わりに置かれている。無謀さの極みである。
 これはショパンを聴くというよりは、倉本裕基という音楽家が歩んできたピアノ音楽の世界への、想いの深さを伝えるものとなっていると言ってよい。もっと器用にショパンを弾く子は、たくさんいる。だが、ピアノという楽器への慈しみ、愛情を、どれほど伝えてくれるだろう。
 倉本のコンサートに行くといつも思うことだが、ピアノが好きだということがすぐにそれとわかる若い女性の聴衆が多い。スコアを持っている子を見かけることもある。倉本は、そういうファンに支えられている部分が大きい。それは、国際的な演奏家が開く演奏会に集まってくるクラシック音楽の聴衆とは、かなり雰囲気が違う。いわば、毎日の暮らしの中に音楽があるといった身近さだと言うと、誤解されるだろうか。うまく表現できないが、かしこまって鑑賞するのではなく、「この子は、自分でも友達の前で弾いているんだろうな」と思ってしまうような、そんなふうにピアノ音楽に親しんでいるようなノリの子が多い気がする。
 そうした若い倉本ファンにとっては、このアルバム前半は、私や倉本の世代と異なり、決してスタンダード・ナンバーではないだろう。初めて聴く曲かも知れないし、曲名だけは聞いたことがある、と言うかもしれない。だが、今どき、こうした時代の音楽を、本気で取り組んで聴かせようとする人は少ない。そこにこそ、倉本のこだわりがあり、そうした精神のルーツを辿るのが、アルバム後半なのだと思う。
 1960年代から70年代、80年代にかけては、音楽がとても豊かに響き、幸福に満ちていたと思う。ここに聴くかつての時代のスタンダード・ナンバーは、その意味で、「音楽は、こんなにも豊かな喜びにあふれていたんだよ」と、おじさん世代が伝えたいことを、倉本が代弁してくれているといった趣きがある。「あの頃」を伝える、今最も新しいアルバムであると同時に、団塊の世代からの、団塊世代ジュニアへのメッセージでもある。このアルバムによって、若い世代が、この時代の音楽の暖かさ・優しさに気付いてくれることを望んでいる。


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20代のマイケル・ロールとの協奏曲もあるプリッチャ―ド/BBC響によるモーツァルトの秀演

2010年03月22日 12時06分37秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の12枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6022
【曲目】モーツァルト:「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」k.525
           ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 k.482
           交響曲第40番 ト短調 k.550
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
    マイケル・ロール(pf)
【録音日】1980年1月10日、1971年8月14日、1981年9月3日    

■このCDの演奏についてのメモ
 このBBC-RADIOクラシックスのシリーズには、当CDと同じプリッチャード指揮、BBC交響楽団によるブラームスの「交響曲第2番」の、奇跡的と呼んでも差し支えないほどの充実した名演奏がある。そこでも感じられたことだが、当CDでのプリッチャードの指揮にも、バランスのよくとれた歌心とテンポ感によって確保される広々とした世界の魅力がある。それは山あり谷ありのごつごつした劇性ではなく、どこまでも緑が続く山裾のようななだらかさと言ってよいだろう。こうした均衡感のある抑制に導き出される自由で伸びやかな音楽に、イギリス人たちの美意識の一端がひそんでいるように思う。スマートで澄ましたモーツァルトなのだが、その上品なたたずまいから、自在でチャーミングな音楽がにじみ出てくるのが、プリッチャードの音楽性の豊かさの証明だろう。
 1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、47年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。当CDで共演しているBBC交響楽団の首席指揮者に1982年から着任した。戦後に登場した世代では、イギリスで最も愛された指揮者だと言われているが、1989年に惜しまれつつ亡くなっている。
 「ピアノ協奏曲」で共演しているイギリスのピアニスト、マイケル・ロールはレコードもなく、日本ではほとんど知られていないが、12歳の時にサージェントの指揮でロイヤル・フェスティバル・ホールでデビューしたという経歴を持ち、1963年の第1回リーズ国際ピアノ・コンクールで優勝した時は、まだ17歳だったという。当CDはその8年後の25歳前後の演奏。この年齢で既にリリカルな自身のスタイルが確立しているように思うが、その後の消息は手元の資料ではわからなかった。(1995.7.28 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 冒頭に書いてある「ブラームスの交響曲第2番」は、次回のこのブログに登場する規格番号CRCB-6023です。お楽しみに!
 マイケル・ロールに関して、執筆当時は、まったく情報が見当たらなかったのですが、今では、日本でもすっかり知られるようになりました。カントロフ、ウォフィッシュと組んだベートーヴェンの「三重協奏曲」も収録された「ベートーヴェンピアノ協奏曲全集」は注目盤でしょう。




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ボスコフスキーのウィーン音楽にも「珍盤」がある?

2010年03月19日 07時17分28秒 | エッセイ(クラシック音楽)




 以下の原稿の出所については、昨日の当ブログをお読みください。「ガラクタLP・CD漫遊記」の第2回というわけです。

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 長い間にわたってウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮を続けて人気のあったウィリー・ボスコフスキーの珍盤を見つけた。演奏はボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団でヴァイオリン独奏はもちろんボスコフスキー自身だ。
 例によって400円と捨値処分のような山の中からの掘出し物だが、レコード番号が変わっている。キングレコードのロンドンF-10というもので、「非売品」と記されている。この種の非売品は、ほとんどが全集のような高額アルバムの特典盤か、シリーズのキャンペーンで帯に付いたシールを何枚か集めると貰えるといったもののはずだが、記載がなく、記憶を辿ってみても、何の特典盤だったか思い出せない。いずれにしても、見かけたことのない曲目だったので、あわてて買ったという次第。
 収録曲目はすべてベートーヴェンで、『12のコントルダンスop.141』、『ロマンス第2番op.50』、『12のドイツ舞曲op.140』より2、3、8番、『ロマンス第1番op.40』、『11のウィーン舞曲』(メートリング編曲)となっている。マトリクス番号から見て、英デッカの原盤と同内容だろうと思う。家に帰ってから古いカタログで調べてみたら、1979年12月新譜の限定盤でもLP発売されていた。GT-9320という番号で、これは当時1300円の廉価盤だから、この番号のものを見つけても、おそらく数百円で売られているだろう。
 演奏しているウィーン・モーツァルト合奏団は、解説によればウィーン・フィルのピックアップ・メンバーで、ボスコフスキー自身、ウィーン・フィルのコンサート・マスターを長年やっていたから、演奏は、ウィーン風の古風な舞曲を演奏するにはぴったりといった雰囲気に仕上っている。少しも力みのない自然な音楽の流れがとても心地よい。加えて、ベートーヴェンにしては甘い幸せな気分の漂う2つの『ロマンス』では、ボスコフスキーの独奏ヴァイオリンと伴奏との掛け合いが和やかで、この音楽から、しなやかな優しさを十分に引き出している。ゆったりとしたテンポで演奏されているが、この曲をこのテンポで魅力的に演奏された例を、私は他に知らない。加えて、管楽器の響きが、ウィーン特有の柔らかさで、これは、他の舞曲全体にも言えることだ。ボスコフスキーは、指揮者としては決して優れた人ではなかったと思うことが多いが、こうした物での身体から滲み出てくるような音楽センスでは、傑出していた人だったのだと、改めて思った。
 ところで、ボスコフスキーには、米ヴァンガードに録音した《BONBONS AUS WIEN》(ウィーンのボンボン)というLPが1950年代の終わり頃にある。これは、演奏団体が「ボスコフスキー合奏団」となっているが、これもウィーン・フィルの首席メンバーによる、と明記されており、演奏のニュアンスは、先に紹介した英デッカ=ロンドン盤に極めてよく似ている。
 こちらは曲目がモーツァルト《コントルダンスk.462》から1番、6番、5番、モーツァルト《ドイツ舞曲k.586/600/605》から4曲抜粋、シューベルト《ワルツとレントラー》から8曲抜粋、その他、ヨゼフ・ランナーやヨハン・シュトラウス1世、2世の舞曲となっている。この《ウィーンのボンボン》は、私の手元にあるのは米オリジナル盤なので、そんなに廉価ではなかったが、今回の原稿執筆を機会に古いカタログを調べてみたら、先の国内廉価盤と同時に、GT-9315で《ボスコフスキー/シャンペン・ギャロップ》と改題されて、キングレコードの廉価盤が発売されていた。
 思えば、1979年12月という時期は、明けて80年元旦には前年のボスコフスキー引退を受けて、最初のマゼール/ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートが行なわれた。ボスコフスキーの引退記念の意味合いで、彼の廉価盤シリーズが発売されていたことを思いだした。






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ピエール・デルヴォーの魅力と、パリの喧騒

2010年03月18日 19時07分41秒 | エッセイ(クラシック音楽)


 10年ほど前のちょうど西暦2000年頃、中古レコード店の店先で、100円、200円で中古LPレコードが投げ売りされ始めたのを、覚えておられるでしょうか。そのころ、ある雑誌の編集者と話していて、「こんな連載はどうだろう」ということになって書いた試作原稿が、古いフロッピーの中から見つかりました。
 酒席での勢いもあって「面白いかな」と思って2本分書いてみたのですが、ちょうどそのころ、「黎明期の日本ギター曲集」の解説を済ませていて、すっかり大正・昭和初期の西欧文化受容史に関心を持ってしまったこともあって、「こんなことに時間を費やすのはもったいないなぁ」と思ってしまったこともあって、結局、「あの話はやめましょう。あんまりおもしろくならないから」と言って、そのまま破棄してしまった原稿です。当時、レコード・コレクターの友人に話したら、「そんな原稿を雑誌に載せられたら、せっかく捨て値でおもしろい演奏が買えるようになったのがダメになるから、余計なことは書かないでくれ」と言われたことも、やる気が失せてしまった理由だったように記憶しています。
 けれど、久しぶりに読み返したら、後に同じような見方でべつの原稿に書いているように思う部分もあり、私自身の趣味趣向が、素直に出ている面もあり、それなりに意味があるかなとも思いました。このところ私事でちょっと忙しくしていて、ゆっくりと「ブログへの再掲載に際しての付記」などと、丁寧に考える時間もありませんので、「名盤選」も「BBC」もお休みして、その原稿2本を順に掲載します。

 尚、その原稿の試作時に付けていた連載用の仮タイトルは「ガラクタLP・CD漫遊記」です。なんとダサいタイトルでしょうか。お恥ずかしいことです。
 以下が、その連載第1回用の原稿です。

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 CDがすっかり普及したおかげで、ごく一部のものを除いて中古LPの値段が大暴落している。1枚100円、200円というものまで、量販店にはゴロゴロと転がっているのだから、うれしい話だ。最近はイコライザー内蔵の1万円前後のレコードプレイヤーが各社から発売されているから、LPに縁のなかった人もそれらを気軽にラジカセの外部入力端子につないで、LPレコード本来の豊かな音で聴くことができる。
 音楽は、手当たり次第に聴きまくり、その中から自分に合ったものに偶然出会った時が一番楽しい。この欄では、お金はたくさんかけられないけれど、山ほどある音楽との様々な出会いを体験したいという方と、一緒に音楽の世界を旅して行きたいと思っている。
 二束三文のガラクタLP・CD漫遊記だが、犬も歩けば……ではなくて、ここ掘れワンワンとばかりに、とんでもない掘出し物に出くわすこともある。水戸黄門よろしく、正義の鉄槌を振り下ろしたくなる駄盤も現われるだろう。読者の皆さんと、音楽を聴くフィールドを際限なく旅して行きたいと思っている。
          *
 今回は、フランスの指揮者ピエール・デルヴォーを紹介しよう。
 デルヴォーは1937年に生まれ、1992年に75歳で世を去ったフランスの指揮者。第2次世界大戦後、パリのオペラ・コミック座の指揮者となり、以来、パリの下町独特(と私は思っている)と言ってよい、お洒落だけれど、ちょっと野暮くさくてドンチャカと騒々しくも華麗な雰囲気を保ち続けた人だ。
 1950年代にフランスのデュクレテ・トムソンというレーベルにコロンヌ管弦楽団を振った録音がかなりあったが、その後の録音はEMI系の仏パテで行なわれており、日本では東芝のエンジェル・レコードから発売された。
 パテ録音は、フランスの名門パリ音楽院管弦楽団を指揮したものがほとんどで、演奏の仕上りに、そのアカデミズムが微妙に影響している。デルヴォーの特徴を「洗練された味」と表現する人が多いのは、その時代の録音から作られた印象だと思う。この指揮者の持ち味は、もっと大都会の喧燥にも似た華やかさであって、それはロートレックの絵を思い出させるレヴュー音楽のような賑やかさや温かさ、あるいは、聴いていて自然にお尻がピコピコと揺れて来るような軽やかさなのだ。
 そこで、お薦めの1枚。1960年頃にコロンヌ管弦楽団とで録音した《フランス管弦楽曲集》(日本では62年11月に東芝エンジェル:ASC-5191が初発売?)で、その75年12月発売の廉価盤LP(東芝セラフィム:EAC-30028)が、しばしば100~200円くらいで中古店に出回っている。グリーンの統一ジャケットのもので、よく見かけるシリーズだ。
 曲目はデュカ『魔法使いの弟子』、シャブリエ『狂詩曲《スペイン》』、ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』、ラヴェル『ボレロ』、サン=サーンス『死の舞踏』の5曲。シャブリエとサン=サーンスは、後にパリ音楽院、パリ管で再録音があるが、それらに比べても、ずっとノリがいい。特にシャブリエは絶対に、このデルヴォー/コロンヌ盤がイチ押し。一種の〈はずし技〉の魅力が横溢している。CD化されたパリ音楽院盤(シャブリエ管弦楽曲集)でもその味わいは聴けるから、余裕のある方は両方聴いていただきたい。コロンヌとの旧盤の微妙な、だけどとても大切な違いに気付いていただけるだろう。(このパリ音楽院とのシャブリエ集も東芝セラフィムの同じシリーズで出ていたから、これも中古LPを見つければ数百円で手に入る。)
 そのほかデルヴォーでは、数年前にコロンヌ管とのドヴォルザーク『新世界』/シューベルト『未完成』の組合せの東芝盤LPを700円で見つけた。オール・フランス勢による『新世界』は珍しい。これについては別の機会に紹介しよう。




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ドビュッシー:『牧神の午後への前奏曲』の名盤

2010年03月12日 17時37分00秒 | 私の「名曲名盤選」




 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第38回」です。

◎ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
 この曲は、まどろみながらも前へ前へと、ひた押しに進む方向性が大切だ。ワグナーを思わせる唐草模様のような旋律のつながりがそれを実現するわけだが、ジャン・フルネ/コンセルトヘボウ管盤は、遅めのテンポで間合いを充分とりながら進行する音楽で、そうした流れを精妙に描いた演奏だ。まどろみ、ゆらめき、大きくうねる音楽を、表情豊かに刻明にたどる演奏は、無限の彼方への流れを感じさせる。この時代のコンセルトヘボウ管の管楽器セクションの音色の魅力にも助けられた名演だ。
 ミュンシュ/フランス国立放送管盤はミュンシュ最晩年の、コンサートホール・ソサエティへの録音で、初出LPは追悼盤として発売された。この曲の演奏に求められる鋭敏な色彩感覚を充分に発揮しながらも、それを、前進してゆく推進力のうねりの中に大きく包み込んでいる。細部には頓着しないが、要所での細心さは確保されている。これは、ミュンシュがボストン時代に獲得した、推進力のある音楽の〈幸福な豊かさ〉というものだ。ミュンシュにはボストン響との盤もあり、こちらの方が入手しやすいが、いくらか速めのテンポでの前進性が生々しい分だけ、透明な静寂さが導き出す広々とした感覚が不足している。
 フルネとミュンシュに共通点があるとすれば、それは全体のふっくらとした印象、春風のような暖かさだ。ところがアバド/ロンドン響盤になると、音楽がずっと痩身のすらりとしたプロポーションになる。弦楽の絡みは繊細で傷つきやすい世界の美しさだ。秋風が静かに吹くような感覚をこの曲に持込んで成功した個性的な演奏だ。
 そのほか、くっきりとした輪郭の中に、官能の不安定な揺れ動きが確保されているプレヴィン/ロンドン響盤、パリ管が創設直後の時期に、ジャン=ピエール・ジャキャの指揮で録音した、色彩感に溢れる充実した響きの演奏が、それぞれ魅力がある。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 この原稿を書いた当時や、それ以降に発売された有名な演奏では、マルティノン/フランス国立管やブーレーズ/クリーヴランド管には魅力を感じなかった記憶があります。私が考えているこの曲の旋律の連続性を実現している演奏として、カラヤン/ベルリン・フィル盤は、見事な演奏でした。もう一度、聴き直さなければならないかとも、記憶を辿りながら思っています。エマニュエル・クリヴィヌ/リヨン管、バレンボイム/パリ管は、聴かなくてはと思いながら、まだ聴いていません。おそらく、なんらかのインパクトは感じるだろうという予感があります。
 私の推奨盤がどれも入手しにくいものなのは残念です。最近の状況を調べていませんが、フルネは都響との録音もありますが、コンセルトヘボウ盤はフィリップス初期のステレオ録音。CDは、インバルのドビュッシーの付録に付いているのを持っていますが、その後のCD化は調べていません。この原稿の元稿がレコード芸術誌に掲載されたころ、既に輸入盤でも廃盤でした。
 ミュンシュのコンサートホール盤も、日本メールオーダー社のCDでも持っていますが、もとのLPに比べてかなり貧弱な音です。いずれにしてもとっくに廃盤。現在はどうなっているでしょう。
 ジャキャ/パリ管盤は、パリ管創設時のおひろめとして制作された『ラ・マルセイエーズ』という小品集の1曲です。LPで日・仏・米の3種を持っていますが、仏盤が収録曲が1曲異なります。15年ほど前に仏EMIでCD化されましたが、現在はどうでしょう。これは、バレンボイム/パリ管盤でもソロ・フルートを吹いているミシェル・デボストもすばらしいですが、当時ミュンシュに大抜擢されて、この国家的プロジェクトとしてスタートしたオーケストラの副指揮者に就任したジャキャが、とても才能のある指揮者であったことを証明する1枚です。





 
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原曲と合わせて聴くブリテン「青少年のための管弦楽入門」と、ネルソヴァが弾くエルガー「チェロ協奏曲」

2010年03月10日 07時37分55秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の11枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6021
【曲目】エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 作品85(*1)
    ヴォーン・ウィリアムズ:「沼沢地方にて」(*2)
    パーセル:「アブデラザール」組曲(*3)
    ブリテン:「青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)」(*4)
【演奏】ザーラ・ネルソヴァ(チェロ)(*1)
    チャールズ・グローヴズ指揮(*1、2、4)
    マルコム・アーノルド指揮(*3)
    BBC交響楽団(*1、2、3)
    ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団(*4)
【録音日】1969年8月28日、1969年8月16日、1977年7月23日    

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDでは、ブリテンの作品が最もよく知られているだろうが、このグローヴズの指揮は、最もプロムス的な華やかさと楽しさにあふれた演奏ではないかと思う。この曲の直前に、この曲が主題として拝借しているヘンリー・パーセルの原曲が収められているので、余計に比較が容易だが、ブリテンのオーケストレーションの金管の壮麗さや打楽器の軍楽隊的な用法、それらを総合する華やかな楽しさは、間違いなくロンドンっ子たちを沸かせるプロムスの世界と同一のものだろう。この曲のそうした本質を実感できるだけでも、この演奏には価値がある。
 エルガーの「チェロ協奏曲」もよく知られている作品。当CDでのネルソヴァの演奏は、一聴して気付くように、比較的控え目で浅い呼吸の端正な演奏。この曲の決定的名盤と言われるジャクリーヌ・デュ・プレの演奏のような魂の揺さぶられる大きな抑揚が押えられているが、演奏後の聴衆の熱狂的な反応からも感じられるように、おそらくこのネルソヴァのような演奏が、この作品の日常的な姿なのだろうと推察できる。味わいのある自然体の演奏だ。
 チャールズ・グローヴズは1915年にロンドンに生まれ、92年にロンドンで心不全により急逝したイギリスの指揮者。その温かく、のびやかな音楽が愛されたロンドンの名物指揮者のひとり。チェロのザーラ・ネルソヴァは1917年にカナダに生まれた女流。ロンドンで学んだあと、カザルス、フォイアマン、ピアテゴルスキーらにもレッスンを受けている。12歳のデビューの時の伴奏がサージェント指揮ロンドン響というから、ロンドンの聴衆とは縁が深い。62年からは、ジュリアード音楽院で後進の指導にあたっている。マルコム・アーノルドは1921年にノーザンプトンに生まれた作曲家、トランペット奏者、指揮者。その学究的な活動で古典作品の指揮で定評がある。(1995.7.23 執筆)


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若き日のピーター・ドノホーとノーマン・デル・マーによるベートーヴェン「皇帝」ほか

2010年03月08日 12時21分01秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の10枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6020
【曲目】ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
            ピアノ協奏曲第4番
【演奏】ピーター・ドノホー(pf)
    アンソニー・ゴールドストーン(pf)
    ノーマン・デル・マー指揮
    BBC交響楽団
    ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1982年8月2日、1981年7月18日    


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、ベテラン指揮者と2人の若手ピアニストによる、ベートーヴェンの有名協奏曲を収めたアルバム。溌溂としたピアノと、それを温かく包むオーケストラとのライヴ感覚の対話が魅力と言えるだろう。
 指揮のノーマン・デル・マーは1919年に生まれたイギリスのホルン奏者、指揮者。王立音楽学校を卒業後、名指揮者トーマス・ビーチャムに見いだされ、ロイヤル・フィルのホルン奏者をしながら、やがて指揮者となった。夭折の天才ホルン奏者として有名なデニス・ブレインは親友だったという。BBCスコティッシュ交響楽団などで活躍し、後期ロマン派、特にリヒャルト・シュトラウスを得意としていたが、1994年には世を去った。90年録音でシュトラウスの交響詩「マクベス」、交響的幻想曲「イタリアから」がASVレーベル(日本クラウン発売)にあるほか、安定感のある伴奏のレコードがいくつか印象に残っている指揮者だ。
 ピーター・ドノホーは1953年にイギリスのマンチェスターで生まれた。サイモン・ラトルとのコンビで、最近ガーシュインの音楽集などを出しているので、ベートーヴェンのような基本的で地味なレパートリーには無縁な人かと思っていたが、そんなことはないようだ。まだ20歳代のこの録音では、すらりとした生きの良い演奏に、1本筋の通ったさわやかな知性の発露が聞ける。最近売り出し中のピアニストの若き日の貴重な記録だ。
 アンソニー・ゴールドストーンは1944年にイギリスの港町リバプールに生まれた。65年21歳の時、バルビローリ指揮の協奏曲でデビューしたが、どちらかというと室内楽活動が多い。ピアノ・トリオを結成していたこともあるが、現在は妻であるキャロライン・クレモウとのピアノ・デュオで活躍している。(1995.7.21 執筆)


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プロムスの「ウィーン音楽の夕べ」を聴く

2010年03月03日 11時41分06秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の9枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6019
【アルバムタイトル】「プロムス」のウインナワルツ・コンサート
【曲目】ヨハン・シュトラウス:爆発ポルカ
    ヨハン&ヨゼフ・シュトラウス:ピチカート・ポルカ
    ホイベルガー:ご一緒に別室へ(「オペラ舞踏会」より)
    ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「おしゃべりなかわいい口」
    ヨハン・シュトラウス:ポルカ「百発百中」
    ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」
    レハール:「あなたは私の太陽」(「ジュディッタ」より)
    レハール:「ヴィリアの歌」(「メリー・ウィドウ」より)
    ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は愛と喜び」
    ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「鍛冶屋」
    ヨハン・シュトラウス:チャルダッシュ(「騎士パズマン」より)
    ヨハン・シュトラウス:皇帝円舞曲
    ヨハン・シュトラウス:ワルツ「美しく青きドナウ」
【演奏】ジョン・プリッチャード指揮BBC交響楽団
    キャスリーン・ウィルソン(メゾ・ソプラノ)
    スチュワート・バロウズ(テノール)
【録音日】1971年8月14日、1972年8月12日    

■このCDの演奏についてのメモ
 「《プロムス》でのウィーンの夕べ」と題されたこのCDは、ロンドンの夏の風物詩としてすっかり定着している《プロムナード・コンサート》(略称プロムス)での、ヨハン・シュトラウスの音楽を中心とした、いわゆるウィーン音楽のコンサートを、ジョン・プリッチャードが指揮した1971年と72年の演奏で再構成したアルバム。このCDは、ただ単なるウィーン音楽集ではなく、イギリスの音楽好きたちが、自分たちのものとして心からウィーン音楽を楽しんでいる雰囲気が、そのまま伝って来るところが、何よりの魅力であり、驚きだ。顧みるに、私たち日本人は、まだ、このようにウィーン音楽を自分流に楽しむということに慣れていない。
 第2曲の「ピチカート・ポルカ」では、シュトラウスの原曲にない音を加えて楽員たちが遊んでいる事に、すぐに気付かれると思う。そして聴衆の笑い。フェスティバルのムードは一気に盛り上がっていく。第3曲に選ばれたホイベルガーのオペレッタからの二重唱の美しい旋律は、クライスラーがヴァイオリンの小品「真夜中の鐘」に編曲しているもので、ロンドンっ子のお気にいりのひとつ。そして第4曲のポルカ「おしゃべり」。これも、原曲から大きく離れて、正にプロムス風に染め上げられているが、この快活さ、自由さにはわくわくさせられる。最後の1曲まで聴く者の心をつかんで離さないのは、こうしたスタイルの演奏が、その場の思いつきではなく、音楽を愛する聴衆との長い歴史の中で育てられ、しっかりと根付いているからに違いない。ふだん着姿のロンドンが、どれほど豊かな音楽の喜びに満ちあふれているのかを知る、恰好のCDだ。「ウインナ・ワルツはウィーン・フィルでなければ」としか言えない《本場もの》主義の空しさを、このCDから確信できるのは、私だけではないはずだ。
 指揮のプリッチャードは、戦後に登場した世代では、イギリスで最も愛されていた指揮者と言われている。1921年にロンドンに生まれ、グラインドボーン音楽祭音楽監督、ケルン歌劇場首席指揮者などを歴任した後、1982年にBBC交響楽団の首席指揮者に就任。1989年の死の年まで着任している。(1995.9.23執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 このBBCラジオのシリーズの個性に大きく気づかされた最初の1枚だったように思います。先日、久しぶりに聴き直す機会があったのですが、この執筆時の感慨は少しも変わりませんでした。この原稿を書いてから数年後に、小澤征爾の「ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」が行われたわけですが、当時、あの小澤の「借りてきた猫」のような奇妙なウィーン音楽を、冷静に分析していた人はほとんどいませんでした。そして、ふだんニューイヤーコンサートに関心を持たない人々をも巻き込んで、空前の量のCDが売れました。「日本人の快挙」に沸いたのです。
 私は、日本人の西洋音楽演奏が成熟するのは、これからだと思っています。ヘンデルやハイドンを招聘したイギリスに遅れること数百年の時間差があるのですし、さらに日本とイギリスとでは、ヨーロッパ本土の音楽との文化的背景にも大きな差があるのですから、たいへんです。が、その「大きな差」こそが武器になるのが、21世紀の音楽の可能性でもあるでしょう。
 なお、そうした「日本人と西欧音楽」との問題に関わる小澤征爾や若杉弘については、昨年10月に青弓社から発行された『クラシック・スナイパー/第5集』所収の「クラシック音楽《迷演奏家》列伝」でも触れています。ご興味のある方は、ぜひお読みください。ついでながら、『同/第6集』は4月に刊行予定のようですが、そこで私は、上記の問題のルーツともいうべき事柄を、演奏史の流れのなかから導き出すことに着手したことを示唆しています。お楽しみに!




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ジョン・オグドンの弾くリスト「ピアノ協奏曲」「ピアノ・ソナタ」

2010年03月01日 15時04分43秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の8枚目です。



【日本盤規格番号】CRCB-6018
【曲目】リスト:ピアノ協奏曲第1番
    リスト:ピアノ協奏曲第2番
    リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
【演奏】ジョン・オグドン(ピアノ)
    ジョージ・ハースト指揮BBCスコティッシュ交響楽団
    コリン・デーヴィス指揮BBC交響楽団
【録音日】1983年9月7日、1971年9月18日、1987年10月1日    

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、戦後のイギリスが生んだロマン派ピアノ曲の名手、ジョン・オグドンによるリストの代表作の演奏が収められている。
 オグドンは1937年にイギリスのマンチェスターに生まれた。モーツァルト、ベートーヴェンの権威として知られるデニス・マシューズと、無類のヴィルトーゾ的ピアニストのひとりエゴン・ペトリに学んでいる。1962年のチャイコフスキー・コンクールで、ウラジーミル・アシュケナージと二人同時優勝という、コンクール史上でもめずらしい経歴を持っている。チャイコフスキー、リスト、ラフマニノフなどを得意としており、力強い、芯のしっかりしたロマンティシズムに特徴のあるピアニストだったが、89年に52歳という、まだこれからという時期に惜しくも世を去った。
 2つの協奏曲は、録音時期も、指揮者、オーケストラも異なるが、「第2番」のコーリン・デイヴィスは、現在ではいわゆる巨匠のひとりとして広く知られている。1927年にイギリスのウェイブリッジに生まれ、この録音が行われた頃は、ここで演奏しているBBC響の首席指揮者だったが、後にはドイツの代表的なオーケストラ、バイエルン放送交響楽団の音楽監督に就任している。
 「第1番」で伴奏指揮を担当しているジョージ・ハーストは、1926年にイギリスのエジンバラに生まれた。指揮を、今世紀を代表する指揮者のひとりピエール・モントゥに学んだ。BBCノーザン交響楽団の首席指揮者を58年から68年まで務め、その後はボーンマス・シンフォニエッタの音楽顧問兼指揮者を78年まで続けたが、現在はフリー。(1995.7.22執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 上記の文章があまりにも素っ気ないので、ひとこと。(このシリーズの解説のあり方についても、この時期はまだ試行錯誤をしていた記憶があります。)
 文中でも触れているように、オグドンは早逝の演奏家の部類に入る人だと思います。昨年だったか、英EMIから、未発売のままだった音源も含めた5、6枚組の「オグドン名演集」が発売され、彼の自作の協奏曲や独奏曲まで入っているのに驚いて、あわてて買いました。久しぶりにオグドンの演奏を聴きましたが、チャイコフスキーの協奏曲第1番など、感情の大きな抑揚に、しっかりとした芯の通った演奏で、やはり、惜しい人を早くに失ったと改めて思いました。今回の付記を書くにあたって、このBBC盤は改めて聴き直していませんが、演奏会記録の放送録音ならではの自然な音楽の運びが、この人のピアノのタッチと曲想にマッチしていて、生き生きとした切れのよい音楽を堪能した記憶があります。




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