1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の13枚目です。
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【日本盤規格番号】CRCB−6088
【曲目】ウォルトン:交響曲第1番 変ロ短調
:「ヒンデミットの主題による変奏曲」
【演奏】エードリアン・ボールト指揮BBC交響楽団
ウィリアム・ウォルトン指揮ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
【録音日】1975年12月3日、1963年3月8日
■このCDの演奏についてのメモ
このCDには今世紀のイギリス音楽を代表する作曲家のひとりであるウィリアム・ウォルトンの重要な管弦楽作品が2曲収められている。そしてこの2曲の録音はおそらく、演奏解釈の上でも重要な記録として将来に残るものだろう。
まず、後半に収められた「ヒンデミットの主題による変奏曲」だが、これは、作曲者自身の指揮というだけでなく、当CDの演奏が、初演当日の記録であるという点でも、歴史的に意義が大きい。ドイツの作曲家であるヒンデミットとウォルトンは、かなり親密だったことが知られているが、ヒンデミットは、このウォルトンの「変奏曲」を気に入り、指揮者としても実績のあったヒンデミットは、自らも指揮をする構想を持ったようだ。だが、結局果せないまま、数ヵ月後には世を去ってしまった。残念ながら主題を提供したヒンデミットの指揮する演奏は実現しなかったが、作曲者の初演の記録は、こうして今日、聴くことができる。
ウォルトンの指揮は、演奏スタイルとしては、かなり感情表現の幅を大きくとったスケールの大きなもので、同時に、色彩感が豊かでニュアンスが細かく、くっきりとして引き締まった造形も聴かせる。かなり達者な指揮ぶりだ。この曲の真価を問うにふさわしい演奏と言えるだろう。
ところで、ウォルトンは、わずか19歳の時に作曲した作品「ファサード」で〈恐るべき子供〉として驚嘆され。一躍、世界の作曲界に躍り出た。それはジャズの手法を大胆に取り入れた斬新な作品だった。そのため、モダニストのイメージが強いが、その後の「交響曲」や3曲の「協奏曲」などで聴かせるウォルトンの、大きな感情の振幅を表現する〈抒情性〉を忘れてはならない。
そうしたウォルトンの音楽が内包する〈劇〉が自作の指揮から聴きとれるのだが、それは、ボールト指揮の「交響曲第1番」にも表われている。
ドイツ・ロマン派との接点を色濃く持つイギリス指揮界の長老であるボールトにとって、ウォルトンは明らかに、若い世代に属する作曲家だ。そのため、ボールトのこの演奏からは、作品を支える時代精神が、ロマン主義の屈折の過程のあったということを、むしろ分かりやすく表現する結果となっている。そうした演奏が可能な指揮者は、(作曲者の残した自演盤を除けば)おそらくボールトを置いて他にいないだろう。そして、ウォルトンとヒンデミットを結び付ける絆も、そこにあったはずだ。当CDは、この作品の初期のイメージを伝える貴重な演奏と言ってよいだろう。(1996.7.28 執筆)
【ブログへの再掲載に際しての付記】
特に付け加えることはほとんどありませんが、文中の「交響曲第1番」の作曲者指揮による録音は、英HMV原盤のLPのことです。また、その「作曲者の残した自演盤を除けば」とわざわざ言っているのは、サイモン・ラトルによるウォルトン盤を意識しているからだったと記憶しています。ラトル盤はなかなかの名演で、しかも、新しいアプローチで問題提起をしています。そのことは、私自身が、東芝EMIからの国内盤ライナーノートに書きました。(このブログ内を検索していただければ読めます。掲載済みです。)
