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第2次大戦中のBBC放送の果敢な活動と大指揮者ボールトに思いを馳せるヴォーン・ウイリアムズの2作品

2011年03月31日 14時42分56秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の1枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6076
【曲目】ヴォーン・ウイリアムズ:仮面舞踏劇「ヨブ」
      :「天路歴程」放送劇のための劇音楽による組曲
【演奏】ヴァーノン・ハンドリー指揮/BBCノーザン交響楽団
    グローヴズ指揮BBCノーザン交響楽団
     デリス・ジョーンズ(ソプラノ)
     エルザ・ケンダル(コントラルト)
     ロビン・レガーテ(テノール)
     BBCノーザン・シンガーズ
【録音日】1976年10月26日、1975年10月16日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、イギリス近代の作曲家ヴォーン・ウイリアムズの、めずらしい作品が2曲収録されているが、この内、前半に収められた舞踊劇のための作品「ヨブ」の演奏については、エードリアン・ボールトのことに触れないわけにはいかない。
 ボールトは「ヴォーン・ウィリアムズ交響曲全集」をいち早く録音したことでも知られている指揮者で、この作曲家の良き理解者として貢献している。この作品も、演奏会形式での初演は作曲者自身の指揮で行われたが、舞踊公演としての初演の指揮は、ボールトに委ねられている。この作品が、ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場のレパートリーとして定着した背景にも、ボールトの尽力があったようだ。1889年生まれのボールトは、戦後もイギリス指揮界の重鎮として活躍を続けていたものの、1979年には現役を引退した。彼の最後のプロムナード(プロムス)出演となった77年には、BBCノーザン交響楽団とで、この作品「ヨブ」が演奏されている。この作品とボールトの関係は、これほどに深いものなのだ。
 当CDは、そのボールトのラスト・プロムスの1年前の録音で、オーケストラはそれと同じBBCノーザン響。おそらくはBBC放送局が将来ための記録保存のひとつとして収録したものと思われるが、指揮を担当しているのは、初演以来この作品に関わってきたボールトではなく、ヴァーノン・ハンドリーだ。この作品が初演された1930年に生まれたハンドリーは、60年代半ば以降、高齢のボールトの助手を務めていた指揮者なので、当CDの演奏も、ボールトの意を受けてのものと考えてよいだろう。古代趣味的な音楽に、モダンな響きを持ち込んだ個性的作品だけに、その味わいに精通していたボールトの意を受けていると思われるハンドリーの録音は、ひとつの規範となる演奏と言ってよいだろう。
 後半の「天路歴程」もボールトによって初演されている。これは正に、BBC放送局との縁の深い作品で、ラジオ・ドラマの付随音楽として作曲されたこの作品の1943年9月の初演とは、そのドラマのBBCでの放送のことだ。1943年と言えば、第2次世界大戦の最中だ。この作品が、そうした時期に全英に放送されたドラマのためのものであることは、記憶にとどめておきたい。
 BBCは戦後30年を機に、この作品の最新録音での再放送を企画し、初演当時のディレクターを呼び戻したりしての再現を試みたという。それが当CDの録音だ。ただ、指揮は、ボールトではなくチャールズ・マッケラスが担当している(1996.7.26 執筆)


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「ボストン・ポップス」のフィードラーがBBCのオケを指揮したコンサートは「異文化交流的な面白さ」?

2011年03月25日 17時19分35秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の15枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6075
【アルバムタイトル】「ロンドンのアーサー・フィードラー」
【曲目】チャイコフスキー:ポロネーズ
    ハチャトゥリアン:バレエ「ガイーヌ」より
     (ばらの乙女たちの踊り/子守歌/剣の舞)
    リトルフ:スケルツォ~交響的協奏曲第4番より
    リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調
    チャイコフスキー:スラヴ行進曲
    オッフェンバック:バレエ「パリの喜び」より
    レノン/マッカートニー:ヘイ・ジュ―ド~イエスタデイ
【演奏】アーサー・フィードラー指揮/BBCコンサート管弦楽団
     ムーラ・リンパ二―(ピアノ)
【録音日】1970年9月(日付未詳)


■このCDの演奏についてのメモ
 アメリカにおけるクラシック音楽のライト・コンサートの草分け、アーサー・フィードラー(1894~1979)が、ロンドンに客演した時のライヴ収録のアルバム。オーケストラは、BBC放送局のライト・コンサート用のオーケストラ、BBCコンサート管弦楽団だ。数日にわたるものの再編集かもしれないが、1枚のCDとしての仕上りは尻上がりのノリを持っている。実に多彩なプログラムだが、ピアノ独奏にベテラン、ムーラ・リンパニーが加わっているのも豪華な顔ぶれだ。
 実際の演奏会ではどうであったかわからないが、このCDの収録曲目にフィードラーの得意曲ガーシュインやルロイ・アンダーソンの作品がないのは、やはり、自身が育てたボストン・ポップス・オーケストラとは違うレパートリーを意識していたからだろうか? 代って、リトルフの「スケルツォ」はロンドンのコンサートには欠かせない人気曲。こうした曲目が演奏されているところにも、フィードラーのサービス精神が表われているようだ。続くリストの「ピアノ協奏曲」は、いつになくリラックスして弾きくずすリンパニーのテンポの揺れに、フィードラーが大きな身振りの表情付けで、しっとりと歌い上げる。くつろいだ雰囲気の中での歌い上げがムードたっぷりで、ロマンス映画の場面が連続していくような、豊かな映像的イマジネーションが広がりる演奏だ。こうしたスタイルの演奏はフィードラーの独壇場だ。冒頭の「ポロネーズ」や「ガイーヌ」では多少とも他流試合的な硬さが聴かれるが、このリストは実に楽しく、自由闊達な音楽が展開している。
 「スラヴ行進曲」では、生まじめにリズムを刻み、それでいてゴージャスなサウンドを開放する、いつものフィードラー節が聞かれる。一方、「パリの喜び」では、ロンドン・スタイルがオーケストラ側に確立しているのか、いつものフィードラーと少し肌合いが違うようだ。このあたり、手兵ボストン・ポップス盤と聴き比べてみると面白いが、ロンドンのコンサートにすっかり同化したフィードラーは、それなりに絶好調だ。
 コンサートのクライマックスは、フィードラー自身のアレンジによる「ビートルズ・ナンバー」をひっさげての登場。大オーケストラを駆使したフィードラー・サウンドが満喫できる。(1996.6.30 執筆)





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不世出のチェロ奏者・ワレフスカの昨年の来日公演が、ついにCDで発売されます。

2011年03月17日 14時28分32秒 | ワレフスカ来日公演の周辺
 きのう、かなり長文になってしまったライナーノートを書き終えました。昨年、30数年ぶりの来日で話題になったワレフスカのリサイタルを記録したCDが、いよいよ発売されます。ワレフスカの来日リサイタルの実行委員会の渡辺一騎氏が、石橋メモリアルホールでの公演を収録放送したNHKから音源を借り出して制作に踏み切ったもので、一般市販はコロムビアを発売元としている「日本ウエストミンスター」を通して行います。規格番号は「JXCC-1069」、価格は「2600円+税」、タイトルは「クリスティーヌ・ワレフスカ・チェロ・リサイタル」の予定です。
昨年末に70年代のフィリップス録音の全てを5枚組BOXセット「ワレフスカ名演集」で発売したタワー・レコードでも予約受け付けを開始、アマゾンなど全ての通販サイトでも予約できます。

 本日、以下に、書き終えたばかりのライナーノートの一部を掲載しますので、ご覧ください。私としてはこのCDの発売は「ついに念願が叶った」といった気持ちです。ぜひお買い求めください。ほんとうに素晴らしい演奏ですし、21世紀の演奏の方向性を嗅ぎ取るヒントがあります。別の言い方をすれば、20世紀の後半から私たちが失いかけていたものは何だったか、ということに思いが向かう演奏です。

 発売日は4月27日を予定しています。事前の発表と収録曲が少しだけ入れ替わったので、既にネット上にあるものと異なっているかもしれませんが、このブログ後半の「曲目解説」原稿にあるものが最終決定です。

 以下、ライナーノートの一部抜粋です。

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 終わったはずの事を、もう一度掘り起こすという作業は、むずかしいものである。例えば、昨年2010年6月5日に東京の上野学園・石橋メモリアルホールで行われた「クリスティーヌ・ワレフスカ チェロ・リサイタル」も、そのひとつだ。私にとって、このコンサート、及び、その日に至るまでの様々の出来事は特別のものだった。だから、その濃密さの故に、それが終わった後の充実した感覚は忘れられない思い出となって、私の記憶の底に大切にしまいこまれた。その日のすばらしい音楽を、「記憶」ではなく、繰り返し聴くことが出来るCDにしようというのは、もともと私の発案だったかもしれないが、それがこうして現実となりつつある今、あの日の感動の記憶を掘り起こして文章にすることのむずかしさを、私は改めて感じている。
 ご承知の方も多いと思うが、このCDアルバムは、クリスティーヌ・ワレフスカという不世出のチェリストの音楽に魅せられたひとりのファンが、仕事で訪れたアメリカの一都市で、日本ではほとんど忘れられていたワレフスカの名をコンサート案内の中に見出したことに始まる。そうして、「まだ現役で活動していた!」という驚きから現地のコンサートを聴き、あまりの感動から楽屋を訪ね、やがて、個人の力で日本への「招聘コンサート」を企画してその実行委員会の活動が実を結んでの、奇跡と言っても良いようなコンサートを記録したものが今回のCDアルバムである。
(中略)
 このCDアルバムは期せずして、1970年代以降のグローバルな――その分だけ無個性的な――音楽ビジネスから身を引いて孤塁を守って来たワレフスカの個性あふれる音楽の成果、そうしたワレフスカの「今」を伝え、後世に残す貴重な記録となった。フィリップスからの正式デビュー以前に録音されたプライベート録音を除けば、70年代に協奏曲録音しか残さなかったワレフスカの30数年ぶりの、しかも、初の室内楽録音であり、初のライヴ録音である。

【演奏曲目について】

1)J. S. バッハ:チェロとピアノのための「アリオーソ」
ヨハン・セバスチャン・バッハの作曲した「カンタータ第156番」による。しばしば「バッハのアリオーソ」としてチェロ奏者に愛奏されている。

2)ブラームス:チェロ・ソナタ第1番 ホ短調 作品38
ブラームスは生涯に2曲のチェロ・ソナタを残している。この第1番は1862年に作曲に着手され、大作『ドイツ・レクイエム』と並行して1865年の夏までの歳月が費やされたと伝えられている。
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ、ソナタ形式
第2楽章 アレグレット・クワジ・メヌエット、三部形式
第3楽章 アレグロ、バッハのフーガの技法から引用した自由なフーガ

3)ボロニーニ:チェロの祈り
エニオ・ボロニーニは1893年ブエノスアイレスに生まれたチェロ奏者、指揮者、作曲家。ブエノスアイレス時代にピアニストのA. ルービンシュタイン、ギタリストのA. セゴビアの二人とアパートを共同で借りていて、その間に二人からピアノとギターを学び、特にセゴビアからは、その驚異的なピチカート奏法を習得したと言われている。ブエノスアイレスを訪れた作曲者サン=サーンスの前で『白鳥』を弾き、その演奏に感激したサン=サーンスが涙を流したという伝説的なチェロ奏者。80歳の時、ワレフスカの才能を認め、唯一の後継者として「他の誰にも見せずに、お前だけが弾くように」と全ての楽譜を彼女に託している。未だにその作曲作品は、すべて未出版である。1979年没。この『チェロの祈り』は、亡き父の思い出に捧げられた曲とされている。

4)ピアソラ(ブラガード編曲):アディオス・ノニーノ
1921年にイタリア系移民の子としてアルゼンチンに生まれ、4歳の時に家族と共にニューヨークに移り住んだアストル・ピアソラは、独特のリズムとメロディを持つタンゴに、バロック音楽のフーガの技法や、ジャズのエッセンスなどを自由に融合させ、バンドネオン奏者として独自の演奏形態を創出した作曲家として知られる。1992年没。「ノニーノ」はピアソラの父親ビセンテの愛称。最初に音楽に目覚めさせてくれ、バンドネオンを買い与え、手ほどきをしたという父親に捧げられた作品。
編曲のホセ・ブラガードはピアソラと同じくイタリア系。1915年にイタリアで生まれアルゼンチンで育った作曲家、チェロ奏者。1954年からピアソラ率いるブエノスアイレス八重奏団に参加、ピアソラの右腕とまで言われた。この『アディオス・ノニーノ』は、ワレフスカのチェロに感激したブラガードが、彼女のために編曲した版である。

5)ショパン:序奏と華麗なるポロネーズ 作品3
チェロ奏者としての華々しいデビューから数年後、輝かしいキャリアに封印をして一時期アルゼンチンに移り住んでいたワレフスカにとって、上記の2曲が「第二の故郷」の音楽だとすれば、ポーランド系の子としてアメリカに生まれたらしいワレフスカにとって、故国ポーランドの地を離れざるを得なかったショパンの音楽は、「心のふるさと」なのだろうか。『序奏と華麗なるポロネーズ』は1829年、ショパンがまだ20歳になる前に作曲に着手されており、ポーランドの民族舞曲のリズムが若々しい作品である。ピアノの華麗さに比してチェロの動きが単純なので、多くのチェロ奏者がチェロのパートに独自の編曲を施すのが半ば慣例となっていて、フォイヤマン、ピアティゴルスキー、ジャンドロンなどの編曲が広く知られている。ここでは、そうしたものを参照し、ワレフスカ本人によるアレンジが加えられた形で演奏されている。

6)ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 作品65
1846年に作曲されたショパンの唯一のチェロ・ソナタ。全4楽章から成る大作で、ピアノとチェロが対等に渡り合い、融合しながら登り詰めてゆく様子は、デュオの醍醐味と言えるだろう。
  第1楽章 アレグロ・モデラート、ソナタ形式
  第2楽章 スケルツォ、アレグロ・コン・ブリオ
  第3楽章 ラルゴ
  第4楽章 フィナーレ、アレグロ、ロンド形式を組み込んだソナタ形式


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この度の巨大地震に際して

2011年03月12日 06時31分28秒 | Weblog
私も家族も、そして、今のところ、LPコレクション、資料類とも無事です。ただ、CD棚だけ一部が崩れて、ご覧のように足の踏み場もない状態になってしまったので、その推定約8000枚分のCDの再整理の手順を考えて、茫然としています。最近、執筆の都度出し入れしている部分で、演奏家別など、テーマ別に収納していたものが中心なのです。
何人かの方々から、ご心配の連絡をいただきました。ありがとうございました。ひとまず、ご報告いたします。この程度の被害で済んだのだと、自分に言い聞かせています。



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ボールトの十八番、ヴォーン・ウイリアムズの交響曲をBBCのライヴ収録で聴く。

2011年03月08日 14時08分16秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の14枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6074
【曲目】ヴォーン・ウイリアムズ:「交響曲第6番」
             :「田園交響曲」(交響曲第3番) 
【演奏】エイドリアン・ボールト指揮/BBC交響楽団
【録音日】1972年8月16日、1966年12月12日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDで指揮をしているエードリアン・ボールトは、1889年に生まれ、1983年にイギリス指揮界の重鎮と言われながら94歳の高齢で世を去った。ボールトは、イギリスの近代作品の紹介に尽力したが、特にエルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ホルストなどの作品を積極的に取り上げた。中でもヴォーン・ウィリアムズは、数々の初演の指揮を行い、また9曲の交響曲すべてを2回ずつ録音しているほど得意にしていた。
 参考までにボールトの「ヴォーン・ウィリアムズ交響曲」の録音記録の概略を紹介しよう。ボールトは1952年から53年にかけて英デッカにモノラルで「第1番」から「第7番」までを一気に録音し(当時は、これが全集だった)、その後1955年に作曲された「第8番」を翌1956年に英デッカにステレオで録音、さらに1958年作曲の最後の交響曲「第9番」の初演セッションによる録音が米エベレストに残されている。オーケストラはいずれもロンドン・フィルハーモニー。
 その後1967年から71年にかけて、英EMIにステレオによる全9曲の全集が録音され、これは、オーケストラが1、2、5、7、8、9番がロンドン・フィル、3、4、6番がニュー・フィルハーモニア管となっている。
 以上のそれぞれ2度ずつの録音の他、「第6番」に英HMVのSPレコード初出のロンドン交響楽団による録音がある。
 今回のCDは、こうした一連の録音を補完するもの。ボールトによるヴォーン・ウィリアムズの交響曲録音が、このBBC-RADIOクラシックスシリーズでは1枚もリリースされないのが不思議だったが、今回、初めて「第6番」と「第3番」が登場したわけだ。オーケストラは、ボールトによるヴォーン・ウィリアムズの交響曲録音では初登場のBBC交響楽団。しかもライヴ収録だ。
 それだけでなく、「第6番」に関しては、初演者ボールトの、初演の際と同じBBC交響楽団による、初演の会場ロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ収録ということでも、興味のつきない記録と言えるだろう。
 ボールトのヴォーン・ウィリアムズ作品の演奏は、この作曲家の均衡のとれた近代的抒情精神から、力強い歌の積極的な流れを掴みとることにある。あふれ出る心象表現は、一見なだらかで穏やかな音楽の中にも、起伏の大きな世界を宿していることが感じとれるのだ。(1996.6.29 執筆)



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「近代人の抒情精神」の在り様を、ボールト指揮のイギリス20世紀音楽から感じとる

2011年03月04日 11時08分04秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の13枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6073
【アルバムタイトル】「ボールト/イギリス音楽秘曲集」
【曲目】モ―ラン:「シンフォニエッタ」
    ロースソーン:「弦楽オーケストラのための協奏曲」
    ブリス:弦楽合奏のための音楽
【演奏】エイドリアン・ボールト指揮/フィルハーモニア管弦楽団/
      BBC交響楽団/ロンドン交響楽団
【録音日】1963年3月18日、1966年(日付不明、スタジオ録音)、1971年8月2日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、オーケストラも録音時期もばらばらだが、いずれも、エードリアン・ボールトの指揮によるイギリス近代の弦楽合奏を主体にした作品が収録されている。日本の音楽ファンにはめずらしい作品ばかりだが、イギリスの音楽趣味の、良い意味での保守的な抒情性を、モダンな響きの中で花開かせた佳品が、ボールトの好演で聴ける1枚だ。
 エードリアン・ボールトは1889年に生まれ、1983年に、イギリス指揮界の重鎮と言われながら94歳の高齢で世を去った。イギリスの近代作品の紹介に尽力する一方で、若き日にライプチッヒ音楽院やニキッシュに学んだ幅広いレパートリーを持ち、ドイツ古典派から後期ロマン派の作品まで、多くの作品を取り上げてイギリスの聴衆に愛された。
 ボールトのレパートリーは、イギリス近代作品では、特にエルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ホルストなどの作品を積極的に取り上げた。そのことからも感じられるように、抒情的なメロディ・ラインの抑揚を、近代精神のなかで力強く歌い上げることが得意だったようだ。そうしたボールトの特質が、このCDに収録された作品では、特に美しい成果をあげているように感じられる。
 中でも、ロースソーンの「弦楽オーケストラのための協奏曲」は、スタジオ収録による鮮明さもあって、第1楽章での低弦の力強さと高域の悲痛な音色とのバランスの取れた歌い上げなどに、特に、ボールトの演奏の魅力が現われている。
 また、ブリスの「弦楽合奏のための音楽」は、1935年のザルツブルクでの世界初演を、ウィーン・フィルを振って指揮したのがボールトだった。このCDには、1971年の「ブリス生誕80年記念コンサート」でのライヴが収録されている。ここでは、ライヴ録音特有の、曲想の盛り上がりに自然に追随するテンポの速まりを誘っていて、思いがけなくも、ボールトの親しげなまなざしを感じる。ボールトにとって、これは、自身の内から込み上げる音楽のひとつだったのだろう。彼らイギリス人たちの抒情精神の魅力が凝縮された世界の、最良の演奏のひとつにちがいない。(1996.6.29 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 これは、私の好きなCDのひとつ。文中にもあるように、馴染みのない曲ばかりなので、ビックネームと多額の広告宣伝費にしか反応しない人たちから冷淡に扱われて、まったく話題にならなかったCDですが、再三書いているように、こうした貴重な音源をリリースしたことにこそ、このシリーズの意義も価値もあるのです。豊かな音楽体験の芽を、自ら摘んでしまうような日本の、貧しい新譜紹介ビジネスから覚醒した音楽ファンを、もっともっと増やさなければならないと思うことしきりです。



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『唱歌・童謡100の真実』の「ちょうちょう」に関する追加情報があります。

2011年03月02日 11時17分11秒 | 「大正・昭和初期研究」関連


 長くお付き合いしている帝塚山学院大学教授をしている山田俊幸氏から、携帯にメールがありました。山田氏は、昨年の春から、一部の授業に、私の『唱歌・童謡100の真実』(ヤマハミュージックメディア刊)を教科書として採用してくれていて、その都合で「精読」するため(これ、皮肉ではありません。念のため。)、私の記述の問題点もいくつかの指摘をしてくれました。それらの中で、必要と思われるものは既に当ブログでも、訂正や補足説明として公開してきました。
 彼のおかげで、少しずつ、継続して私の記述が磨かれていくのはうれしいことです。もちろん、私自身も調査を続けていますが、先日彼に指摘されたように、「明治」という時代に息づいていた「国学者たちの一般的教養」に関して、私の素養不足から、配慮が不十分だったと反省しきりです。
 昨年の授業がおもしろかったようで、今春からの授業にも受講希望者がいるとかで、私の本は、またまた「精読」「査読」という光栄に浴するわけです。今年は、更にまた、どのような指摘があることかと、今から覚悟しています。
 さて、その前触れと言うか、さっそく、メールが届いたというわけです。以下、そのまま転載します。

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河竹黙阿弥の人情本『真情春雨衣』に「蝶々とまれや菜の葉へとまれ、菜の葉いやなら芦の先へとまれ」の一節ありと、出久根達郎『漱石を売る』文春文庫181ページ「読書寸刻」にあり。

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 ご覧になって一目瞭然。『小学唱歌集 初編』(明治14年)の「ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉にとまれ 菜の葉にあいたら 桜にとまれ」の原型でしょう。これは、知りませんでした。私の本での記述は、以下の通りです。

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 明治7年に野村秋足によって歌詞の原型が、愛知県尾張地方のわらべ歌から採集されたが、それは「蝶々とまれ、菜の葉にとまれ。菜の葉がいやなら、この葉にとまれ」という程度のものだったらしい。歌の採集を依頼したのは、黎明期の「唱歌」の推進に大きな役割を果たした文部省の伊沢修二だった

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 これは「定説」なのです。私も随分調べましたが、どの文献にも出ているので「鵜呑み」してしまったのですが、少々疑わしくなりました。野村秋足は国学者、歌人で、伊沢からの依頼で、様々の伝承歌を採集していたことは間違いないようですが、そうした伝承に、さらに元ネタがあったものか、それとも、そうした民間伝承から黙阿弥が発想したものか、あるいは、誰もが似たような発想をしていたという偶然の一致に過ぎないのか、少なくとも、何らかの書き直しが必要だと思っています。山田氏も、「たぶん元ネタは違うところにあるだろうと思っていたが、黙阿弥とは意外だった」と、今しがたの電話のやりとりで言っていました。
 ちなみに、以前、山田氏が指摘していたことですが、「さくら」に収れんさせている「唱歌版の歌詞」に、明治政府の国家意識があるはずだという指摘も、私には大きな刺激になっています。たったひとつの唱歌だけで、様々な思いが巡ってきます。真実を探る旅路は、永遠に続きそうです。


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