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ヘルマン・シェルヘンを聴く

2008年10月30日 20時03分03秒 | クラシック音楽演奏家論

 


 今回は、先週掲載したものと同じ、過去に放送されていたCSラジオ番組《竹内貴久雄の銘盤・廃盤事典》の第34回放送分のメモ書きです。LPレコードのコレクターズ・アイテムとして有名だったウエストミンスターの特集をした時のひとつです。もちろん10年以上前の放送で、例の、MCAビクター石川英子さんの「奇跡的なマスターテープ発見」というセンセーショナルな事件直後です。先週掲載したものと違って、今回分は、1曲ごとに私の感想が文章化されていました。当時の詳細は忘れてしまいましたが、残っている文書の書き方からすると、いずれ、1曲づつのコメント集にでもするつもりでメモしたものかも知れません。
 以下は、当時のフロッピーデータの内容そのままです。


●タイトル
「ウェストミンスターのオーケストラ録音を聴く(1)」
〈ヘルマン・シェルヘンの世界〉

●前口上
 このところ復刻盤CDが大量にリリースされて注目されているウェストミンスター・レ ーベルだが、復刻がウィーン系のアーティストの室内楽に偏りがちなのは、このレーベルの既に出来上がったイメージからして仕方のないことではあるだろう。しかし、このレーベルのオーケストラ録音にも個性的な魅力を持つものは多い。第34回は、ウェストミンスターで活躍した指揮者で最大のコレクターズ・アイテムとされるヘルマン・シェルヘンの残した演奏を聴き、その独特の表現の面白さと魅力に触れる。
 ヘルマン・シェルヘンは1891年にベルリンで生まれ、1966にスイスで死んだ指揮者。ほとんど独学で音楽を学び、シェーンベルクと知り合い、「月に憑かれたピエロ」のドイツでの初演の指揮もしている。1921年にはベルリン音楽大学で現代音楽講座を担当するなど、今世紀前半からの現代音楽の発展に、大きな貢献をしている。
 アンチ・ロマン派の人、いわゆる表現主義的なデフォルメの演奏スタイルの元祖的指揮者と言ってもよいだろう。

●オンエア内容
(1)リスト:「ハンガリア狂詩曲第3番」
 ウェストミンスター・レコードは、1950年代、60年代のウィーンの香りを伝えるレーベ ルとして、すっかりイメージが定着してしまったが、この会社が、当時、世界経済の中で 、ひときわその強さを誇っていた「ドル」の力を背景に、ウィーンに乗込んだアメリカ資本の会社だったということを忘れてはならない。
 この作品での、各パートの動きを刻明にとらえる近接マイクの集音で、分離の鮮明な録音のやり方は、やはりアメリカのオーディオ・マニアの趣味が色濃く出ている。シェルヘンの演奏は、それをさらに強調するように、遅めのテンポでしっかりと聴かせる。左右の分離の良い録音なので、木管パートのソロなどは、左のスピーカーから、こぼれ落ちそう。今の時代に聴くと、一種の〈妙ちきりんな世界〉と言えるかも知れない。

(2)デュカ:交響詩「魔法つかいの弟子」
 これも、遅めのテンポで丹念に音楽を舐めて行く演奏。細部をデフォルメ(誇張)することで、遅いテンポ設定から来る〈間伸び〉を避けるといった演奏スタイルの、〈元祖〉の面目躍如といったところ。もちろんそれぞれに個性はあるが、シェルヘンの後の世代では、チェリビダッケ、インバル、最近ではワレリー・ゲルギエフなどが、この系列に入るかも知れない。マゼールも一時期そうだったが、彼は、そこを70年代に一端通り抜けて、 もう一度、もっと内面的な世界の延長としてのデフォルメ世界に戻ってきたように思う。

(3)ラヴェル:「ボレロ」
 ここでは、ラヴェルの書込んだスコアの構造の見事さをそのまま生かすことで、一貫したリズムの流麗な流れを実現している。いわゆる余分な誇張などはほとんど行なっていないが、逆に、これほど率直な演奏も、この時代では、むしろめずらしい。シェルヘンの眼 力、というか見識の的確さを感じる。

(4)ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」
 シェルヘンの的確な見識の〈巾の広さ〉を改めて感じる演奏。この曲から、西欧的なくっきりしたリズム構造ではなく、ロシア的なズンドコ・リズムを、よく捉えている。この曲は西欧的な合理精神を身に付けたリムスキー=コルサコフによって改作された作品だが 、そうしたリムスキー=コルサコフ的な洗練を施しても、なおゴマ化しきれなかったムソルグスキー自身の音楽のドロドロしたムード(これは、最近では、この曲のリムスキー= コルサコフが手を加える以前の「原典版」による録音が聴けるようになって、より明らかになったが、)を引き摺り出した傑作な演奏だ。夜明けの後の木管パートのソロの旋律の節回しなども独特の味わいを聴かせる。

(5)バッハ:「管弦楽組曲第2番 ロ短調」から
 時間の都合で、第1曲「序曲」を省略して第2曲から第7曲(終曲)までを聴く。
 各パート相互の動きや関わり方がくっきりと聴こえてくる、彫りの深い立体的な演奏は、いかにもシェルヘンらしい。オーケストラが遅いテンポを守りきれなくなって、しばしばズレや乱れをひきおこしているが、そうしたことにはかまわず、こだわらずに演奏を進めている。シェルヘンには、案外ラフな面もあったようだ。力強い音楽の骨太の流れが、 堂々としている。

(6)ハイドン:交響曲第45番「告別」 
 この作品は、最後の楽章で少しずつ演奏者が減って行く。舞台から、ひとり去り、ふたり去り、といった演出が行なわれることも多いが、このレコードのように「アウフヴィーダゼーン(さようなら)」と声をかけながらという録音は、めずらしいし、おもしろい。 こんなところにも、シェルヘンの、常識に囚われない自由な発想がある。

●オンエア・リスト
  いずれもヘルマン・シェルヘン指揮/ウィーン国立歌劇場管弦楽団

(1)リスト:「ハンガリア狂詩曲第3番」(8分27秒)
 [米ウエストミンスター/WST-14101]
(2)デュカ:交響詩「魔法つかいの弟子」(13分30秒)
 [米ウエストミンスター/WST-14032]
(3)ラヴェル:「ボレロ」(14分45秒)
 [米ウエストミンスター/WST-14032]
(4)ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」(10分38秒)
 [ウエストミンスター/GT-1020]
(5)バッハ:「管弦楽組曲第2番 ロ短調」から(16分45秒)
  ~第1曲「序曲」を省略して第2曲から第7曲(終曲)まで
 [ウエストミンスター/GT-1019]
(6)ハイドン:交響曲第45番「告別」(22分10秒)
 [米ウエストミンスター/WST-14044]



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若杉弘の「田園」と、岩城宏之の「悲愴」

2008年10月23日 17時05分01秒 | クラシック音楽演奏家論

 
 面白いものがフロッピーデータで見つかりました。「カラヤン」について触れた7月 23日付のブログにもある、以前放送していたCS放送の番組で、私がおしゃべりする内容を 、あらかじめメモしておいたデータです。いきなり本番だと支離滅裂になるのを避けるため、あらかじめ話したいことを整理して書いておいて、聴き手の女性アナウンサーが、私が話しやすいように振ってくれるという仕掛けでした。毎月1回(再放送1回)というペースでの40回目のこの日が「最終回」でした。3年以上もやっていたのですね。改めて思い出 しました。でも、この日にしゃべった内容は、すっかり忘れていました。やっぱり、こう いう形でフロッピーデータが残っているのはありがたいですね。7月31日付のこのブログで、岩城宏之について書かなければならないと宣言しながら、まだ果たせていませんが、 この放送用のメモを見ていて、何を書きたいのかが、少し見えてきたように感じています 。「カラヤン」のときの放送台本を元に整えたものと異なり、今回分は、ほんとのメモ書きのままですが、とりあえずお読みくだされば幸いです。
 なお、このフロッピーのデータの日付によれば、最終更新が1996年6月27日15時16分と して「シャープ書院」データから「新松」にコンバートされています。(申し訳ありません。このブログ、私自身のアーカイヴでもあるので、メモ書きさせていただきます。)


■CS放送ラジオ番組 放送台本
《竹内貴久雄の銘盤・廃盤事典》第40回「日本人演奏家の遺産(2)」


(前ふり)
 きょうは、前回に引き続いて、私たち日本人の演奏家が、いわゆる西洋音楽の演奏を、 模倣の学習から踏み出して、私たち日本人独自の感性を堂々と世界に発信するようになっ ていった1960年代から70年代にかけての録音を聴く。

(聴き手、合いの手)

 日本人演奏で、お聴かせしたいレコードは、他にもたくさんあるのだが、きょうは、若 杉弘と岩城宏之の二人の指揮者が、若き日に、日本のオーケストラと録音した演奏を聴く ことにした。前回もお話したが、こうした日本人演奏による西洋クラシック音楽のレコー ドは、当時買う人が少なかったこともあって、ほんとに中古市場で見付けるのがむずかし い。きょう聴くレコードは2枚とも、10年以上、中古レコード店の店頭で、見かけたこと がない。

(聴き手、合いの手)

 さて、前回は潮田益子のヴァイオリンを好サポートする小沢征爾指揮、日本フィルハー モニーの演奏を最後に聴いたが、この小沢征爾が1935年生まれ。そして、きょう聴く岩城 宏之が3つ上の1932年生まれ。もうひとりの若杉弘が小沢と同じ1935年生まれ。私は、こ のほぼ同世代の3人が、日本人の独自の感性を堂々と世界に披露した最初の世代だと思っ ている。
 先日、彼らが生まれた頃の1935年に録音された「山田耕作指揮/新交響楽団」によるベートーヴェンの「運命」を聴いたのだが、このベルリン・フィルも指揮したことのある我々の世代の大先輩にあたる山田のベートーヴェンは、「今、ここで自分たちはベートーヴェンというドイツの偉大な作曲家の作品を体験しているのだ」といった、演奏者たちの感動が伝わってくるような演奏。この後、様々な人たちが西洋音楽に取り組んできたわけだが(例えば、近衛秀磨、斎藤秀雄といった人など)、それは、西洋人の方法論をなぞりながら、彼らの音楽美学を会得して来た歴史だ。その中にしばしば顔を覗かせる日本的な情緒の流れが、居心地悪そうに、けれども、私たちにとっては、ほほえましいほどに愛らし く響いている。
 いずれにしても、そうした長い「学習」の期間を経て、岩城、小沢、若杉たちの新しい世代が登場したのだ。

                *

 それでは、まず、若杉弘指揮、読売日本交響楽団の演奏で、ベートーヴェン作曲「交響曲第6番《田園》」を聴いてみよう。これは、録音が1970年8月16日17日に行われている 。これは、若杉の、初めての西洋古典音楽のレコーディングとされている。まだ、若杉が 35歳だった時のものだ。

     (レコード演奏/37分53秒)

 このしなやかで、息の長いフレージング、音楽がどこまでも、横へ横へとつながって行く感覚は、ドイツ系の演奏に慣れていた耳には、とても個性的で魅力的に聞こえた。これが、僕等のベートーヴェンだ、と拍手かっさいしたのを覚えている。

                *

 さて、きょうの2枚目は、岩城宏之指揮NHK交響楽団によるチャイコフスキー作曲「交響曲第6番《悲愴》」。岩城は1968年から69年にかけて、「ベートーヴェン交響曲全集」をNHK交響楽団と録音していて、これが、日本人初の「ベートーヴェン交響曲全集」 だったが、これはCD化されている。今から聴くチャイコフスキーの「悲愴」は、1967年 6月15日16日に録音が行われている。

     (レコード演奏/45分55秒)

 抒情的な旋律の歌い方が、とても優しく、柔らかく聞こえる。そして、思い切り熱っぽく迫る嵐のような怒涛の情熱。岩城宏之、35歳の年の録音だ。

                *

(まとめ)
 きょうは、若杉、岩城と、小沢と並んで、日本の指揮者の戦後世代をリードしてきた人たちの、若き日の録音を聴いたわけだが、これは、同時に、日本の西洋音楽受容の歴史が 、青春時代から、成熟期に入り始めた時代の記録でもある。彼らの若々しい演奏に共通し ていたのは、音楽のひた押しな畳みかけが、西洋的な積み上げ、昇り詰めていくものではなく、連続的に押し出していくような感覚への、全面的な信頼、自信の確かさだと思う。 そうした構造は、東洋的な感性の産物で、例えば、最近では、韓国出身の指揮者チョン・ ミュンフンも、そうした音楽語法を持っている。
 例えて言えば、ゴシック建築、天を突き刺すように建つ西洋建築の美学と、桂離宮のような横への広がりとの違いとでも言うか? 五重搭でさえ、屋根が柔らかな弧を描いて、裾へ裾へと折重なっている。あれが、東洋の美学で、それは、西洋と東洋それぞれの、文 化そのものの違いなのだ。
 クラシック音楽を演奏する上で、西洋をお手本にする時代は、いつの間にか通り過ぎて 、ドイツの伝統とは違う立場での新しい解釈が、フレッシュな魅力を持つようになり始め たのが1960年代。それから、更に30年ほど経って、今では、もっと若い世代が積極的に斬新な解釈を聴かせるようになった。だが、何時までも忘れて欲しくないのは、自分自身の感性のルーツだ。これは、詰め込まれた知識などによって押し出され、消えてしまうよう なものではないはずだが、ルーツを見失うような、頭でっかちの知識だけに頼るようなことも、やめてほしい。 これは、演奏を聴く私たちにも言える。音楽の鑑賞に、こうでなくてはならないという ものは、ひとつもないし、権威のある演奏などといった、偉そうなものもどこにもない。 それぞれの演奏家が、自分の感性、自分の解釈に自信を持って演奏している、そういった 力強さに、素直になりたいと思う。

(最終回のあいさつ)
 きょうが最終回となってしまったこの番組、「名盤・廃盤事典」では、三年間、40回も の間、たくさんの廃盤LPによる演奏をお聴かせしてきました。それは、私にとって、文 章で書いて読んでいただくだけではなく、直接、それぞれの演奏を皆さんに聴いていただいて、「なるほど、ほんとにいい演奏だ」と感じたり、「なんだ、幻の名演と言われていたけど、この程度か」といったように、ひとりひとりの方に自分の耳で感じていただきたいと思って始めた番組でした。 その意味では、言葉でご紹介したものを、実際に聴いていただくという責任は、それな りに果たしてきたと思っています。これからも、機会あるごとに、なかなか知られる機会 の少ない、魅力的演奏を、なんらかの方法で、音楽ファンのために紹介し続けたいと思っ ています。

■オンエア・レコードリスト
○ベートーヴェン:「交響曲第6番 ヘ長調《田園》」作品68
 若杉弘指揮/読売日本交響楽団
 [日本ビクター/SJX-1025](37分53秒)

○チャイコフスキー:「交響曲第6番 ロ短調《悲愴》」作品74
 岩城宏之指揮/NHK交響楽団
 [日本コロムビア/OS-10017-JC](45分55秒)

*当ブログへの掲載にあたっての付記
上記の「悲愴」はコロムビアから復刻CDが発売された。



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音楽に民主主義はいらない?

2008年10月16日 11時31分36秒 | エッセイ(クラシック音楽)

 以下の一文は、洋泉社ムック『指揮者120人のコレを聴け!』(1998年6月発行/絶版)に掲載したものの再録です。ページの右・左を調整するための「埋め草コラム」でしたが、私の持論を好き勝手に書かせてもらいました。
 もう、これを書いてから10年も経ってしまったのですね。感慨無量です。これを書いた頃に既に感じていたCDの制作現場に押し寄せている「いやな感じ」が、もう抜き差しならない所にまで来てしまいました。ここで書いているEMIのレッグ、RCAのジョン・ファイファー、DGのオットー・ゲルデス、デッカのカルショー、そうそう、忘れてはならないのが、「ようがす、やりやしょう」のキングレコード長田暁二さん。この人がいたからこの録音ができた、残された……。そうした仕事が、今、メジャーレーベルの中からどれほど生まれているでしょうか?
 そうです。「音楽ビジネスにこそ、独裁者の出現が必要」なのです。インディーズ、マイナーレーベル、頑張れ! です。
 そういえば、詩誌『孔雀船』に寄稿している半年ごとの「新譜雑感」が、そろそろ次回の原稿執筆の時期になりました。この私のブログでも何回か再掲載しているので、お読みいただいているかも知れませんが、どうしても、復刻モノやマイナーレーベルが多くなっています。次回原稿のために、そろそろ本腰を入れてネタさがしをしなくてはなりません。書き終えましたら、なるべく早く、このブログにもUPしますのでお待ちください。


●音楽に民主主義はいらない?
 EMIのプロデューサーとして名高いウォルター・レッグの残した言葉に、こんな名言がある。「芸術の創造に民主主義はいらない。ひとりの偉大な独裁者がいればいい。」 これは、自信家のレッグのことだから、おそらく、レコード制作の現場での自分自身のことを、半分以上言っているに違いないが、指揮者とオーケストラの関係で言った場合にも、この言葉は当てはまるのではないだろうか。少なくとも、かつてはそうだった。癇癪持ちのトスカニーニがオーケストラの楽員と行なったやりとりは、しばしば暴君にさえも喩えられていた。
 だが、とくに日本では戦後民主主義の蔓延するなかで、最近は「よい演奏」とされているものを賞賛するときに、「オーケストラの自発性がある」という言葉がキーワードになってきた。そして、和気あいあいとリハーサルをする気配り指揮者もずいぶん増えてきた。
 もちろん、自発性があることが悪いと言っているのではない。しかし、自発的に演奏できるということは、独裁者ではなく、話のわかるアニキのような人が指揮台に立っているということなのだろうか? 楽団員が、それぞれ自発的に好きなことができれば、それで演奏が生き生きとしてくるというのだろうか? それは、おそらく大ウソだ。例えば、件の大トスカニーニが死んだ後、残された彼のために創設されたNBC交響楽団のメンバーたちが、シンフォニー・オブ・ジ・エアと名前を変えて活動した。「指揮者なし」と記載された録音に《新世界》や《くるみ割り人形》などがあるが、暴君のいなくなったそれらの演奏に、果たしてどれほどの「自発性」があり、素晴らしい演奏になっているというのだろう。実際には、強い意志の明確な方向性を欠いた、魅力に乏しい演奏でしかなかった。
 かつてベルリン・フィルが来日したときに、楽団員たちの指揮者評が雑誌に紹介されたことがある。確かポスト・カラヤンが話題になっていた頃だったと思う。大勢の指揮者がその俎上に乗ったが、憶えているのは残念ながら二人だけだ。
 ひとりはマゼール。「彼は凄い指揮者だ、われわれは感心している。だが、彼はわれわれのためにではなく、自分のために指揮している」。
 もうひとりは小澤征爾。「彼はとってもいい奴だ、われわれはみんなオザワが大好きだ。だが、彼の音楽は底が浅い」。このふたつの下馬評、指揮者とオーケストラの関係の取り方のむずかしさを象徴しているように思う。
 もうひとつ、来日オケの団員の言葉で印象に残っているものがある。今は亡きミュンシュがボストン響と来日したときのものだ。「僕らのミュンシュ先生は大きな音が好きだから、僕らは一生懸命に大きい音を出すのです」。その結果が、日比谷公会堂をブルブルと震わせた、戦後の来日オーケストラ史に残る演奏会になったのだ。
 オーケストラの自発性とは、おそらくそうしたなかから生まれるのだと思う。愛する独裁者のために、自らの意志で全員が一丸となる。「こいつは凄い」という演奏は、やはり、偉大な独裁者なしには生まれ得ないのだ。


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チェクナヴォリアンの「個性」とは?

2008年10月09日 15時48分06秒 | 「指揮者120人のコレを聴け!」より


 以下の一文は、『指揮者120人のコレを聴け!』(洋泉社ムック/絶版)に掲載したものの再録です。執筆してから10年近い歳月が経ってしまいました。この文章を書いてからしばらくしてキングインターナショナル系で井上喜惟~アルメニア・フィルのCDがかなり発売されたり、チェクナヴォリアンのRCA時代のめずらしい録音が、タワーレコードの復刻シリーズで発売されるなど、かなり状況に変化が出てきましたが、もちろん、私が以下の文章で展開していることには何の変更も加える必要はないでしょう。
 このブログの「7月28日」掲載分は、この小文より後に書かれたもので、チェクナヴォリアンに関する部分は、言わば「補説」となります。改めて合わせてお読みいただければ幸いです。私としては、その補説でも少々触れている、いわゆる西洋音楽の拍節感覚との違いについて、もっと掘り下げてみたいと思っているのですが、まだ果たせていません。これは日本人演奏の多くに聴かれる特徴を解く鍵でもあります。

■ロリス・チェクナヴォリアン Loris Tjeknavorian (1937~ )

略歴:1937年にイランに生まれたアルメニア人の指揮者、兼、作曲家。54年にウィーン音楽アカデミーでスワロフスキーに指揮法を学んだが、それ以前は、ほとんど独学でヴァイオリン、ピアノ、作曲を勉強、16歳で、テヘランで合唱団を組織したといわれている。イギリスを活動の本拠にしていたが、近年アルメニア・フィルの芸術監督にも就任して、このオーケストラの再建に尽力した。

 チェクナヴォリアンは、アルメニア・フィルハーモニーを振るアルメニア人ということもあって、アルメニア物のスペシャリストと目されがちだ。オーケストラの強烈な個性に関心が寄せられ、そのためにチェクナヴォリアンに対しては誤解されている部分も多い。チェクナヴォリアンは、必ずしも一般的に言われているような〈野生味〉一辺倒ではないように思う。例えば、作曲家でもある彼自身の作品を聴くと、アルメニア・フィルのハチャトリアン演奏で話題になった骨太の力強さよりは、むしろ、おおらかな歌や、中東的な執拗な反復と自在な衝動性との融合に、チェクナヴォリアンの最大の特徴が潜んでいるように感じられる。
 これはアルメニア人とは言え、イランに生まれ、その首都テヘランで音楽家としての修業を積んだチェクナヴォリアンの音楽性のルーツに関わることかも知れない。彼の感性の源泉は、ハチャトリアンの故郷アルメニアのコーカサス山脈よりもずっと南下したあたりにあるのだ。
 例えば、英EMI盤で自作自演している演奏時間50分を越える大作、交響組曲《オテロ》にそうした特質が顕著に表れている。
 もともとチェクナヴォリアンのレパートリーは、ハチャトリアンに集中していたわけではなく、過去にはベートーヴェン《運命》、チャイコフスキー《悲愴》《第4》、ボロディン《第2》などの録音もヴァレーズ・サラバンドというレーベルにあり、中でも80年7月録音の《運命》の独特の執拗な拍節感が、西欧の構築的な語法にとらわれずに音楽を聴かせるチェクナヴォリアンの個性を表出していた。とても、明るく、軽やかなベートーヴェンだが、この演奏では、特に第3楽章にチェクナヴォリアンの特徴がでている。全体に対しても言えることだが、旋律を縦のラインできちっと仕切らずに、連鎖させていくのは、いかにも中東音楽的だった。
 英ASVレーベルでのアルメニア・フィルを起用してのチェクナヴォリアンのCDでは、プロコフィエフ《ロメオとジュリエット》に、チェクナヴォリアンの個性が現れている。特にいくつかの曲目でのテンポ設定には、耳を洗われるような新鮮な発見がある。第1組曲第6曲〈バルコニーの情景〉では異常にゆったりとしたテンポでの歌い上げが実に効果的で、中東から東洋にかけての、我々の感性に近いものを聴きとることができる。そう言えば、このあたりのテンポ感はマゼール盤やサロネン盤がチェクナヴォリアン盤から遠く、最も近いのがチョン・ミュンフン盤だというのも偶然ではないだろう。
 第2組曲第1曲の〈モンターギュ家とキャピュレット家〉などでも、反復音型を強調した輪郭の太々とした音楽の、地に根差したような足取りが、オケの音色の特質と重なり合って、このプロコフィエフの作品のモダニズムの陰にあるゴツゴツした手触りを明らかにしている。
 このチェクナヴォリアンの演奏の特徴を表す白眉は、終曲〈ジュリエットの死〉だろう。ここでもチェクナヴォリアンは、ゆったりとしたテンポで旋律を豊かに朗々と鳴りわたらせる。深い呼吸で、あくまでも堂々たる響きで押して行く。ここには、神経質で傷つきやすい精神ではなく、広々とした大地の大きな包容力にあふれた精神の胎動が聞こえている。
 ハチャトゥリアンの『ピアノ協奏曲』の2種ある録音では、ロンドン響との旧録音は、安定した見通しに支えられた演奏で、リズム・アクセントの配分もテンポの揺れも、全体の中での位置付けが明快で、論理的に構築された演奏となっていた。それは、この作品の構造を客観的に提示した演奏として貴重なものだったが、アルメニア・フィルとの新録音は、それを踏まえて、豊かな肉付けを施した演奏。いずれも安易にアルメニア的体臭に寄り掛かる結果にはなっていないところが、チェクナヴォリアンだ。 
 ハチャトゥリアンの有名曲『ガイーヌ』も、ASVとのアルメニア・フィル盤以前にRCAにナショナル響との旧録音がある。これはサウンドの細部がかなり透けて聞こえる演奏。アルメニア・フィルはそれに血肉を加えた骨太の演奏といった感じ。旧録は「アイシェの目覚めと踊り」に代表される薄くへらへらとして奇妙に音楽が持続する感覚に、〈中東〉が聞こえる。
 だが、勘違いしてはならないのは、チェクノヴォリアンは、決してヨーロッパのローカル指揮者ではないということだ。彼の感性に中東的なものがあるのは間違いないが、それと、彼が修得した西欧の合理精神とが、奇妙に重なり合っているのが、この人のユニークさだ。

【チェクナヴォリアンを聴く3枚のCD】

○プロコフィエフ:《ロミオとジュリエット》第1、第2、第3組曲/アルメニアpo.
[Cr-ASV:CRCB209]1993年録音

○ハチャトゥリアン:ピアノ協奏曲他/ロンドンso.,ポルトゥゲイズ(pf)
[Cr-ASV:CRCB121]1986年録音

○ハチャトゥリアン:バレエ曲《ガイーヌ》全曲/ナショナルpo.
[BV-RCA:BVCC8905~6]1976年録音



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音楽にとって「異国趣味」とは何か?

2008年10月02日 19時09分48秒 | エッセイ(クラシック音楽)
 以下は、1997年春に発行された『クラシック音楽の聴き方が変わる本』(洋泉社ムック/絶版)に掲載した原稿の再録です。このブログの前々回、9月17日の「演奏家の晩年を考える」を掲載したのと同じムックです。執筆完了も同じく1996年11月23日です。構成も同様で、ムック全体は各テーマごと原稿全体の半分くらいを占める総論的まえがき2ページ分と、それを受けて後半は具体的にCDを掲げて書く各論2ページという構成でした。

 9月17日のブログでは、掲載原稿の前に、「演奏家のラストコンサートについて、ある友人に問われて思い出した」原稿だと書きましたが、その友人とは、気谷誠氏。がんが転移しているのが発見されたが、もう手の打ちようがないとわかったという報を聞いて訪ね、彼と会話して帰ってきた直後のブログでした。まもなくやってくる自分の死をじっと引き受けていた彼との、ブルーノ・ワルターの最後の録音である「モーツァルト集」を聴きながらの会話を、私は生涯、忘れないだろうと思います。気谷誠氏は、その数日後、先月の22日に帰らぬ人となりました。
 私の手元には、彼が自身の所有していたSPレコードから私的に作成した、二ノン・ヴァランが歌うショパンの『別れの曲』を録音したCD-Rがあります。徹底した文献研究家だった彼らしい説明の言葉を聞きながら、その日、そのCD-Rを一緒に聴き、借用して帰りました。
 「すぐ返してね」「もちろん」――。彼にもう時間が残されていないことは十分承知してのやりとりでした。私は、ダビングを終えた二ノン・ヴァランを、彼に送ってあげると約束したケンプの弾くブラームス晩年の「小品集」のCDと一緒に、その日の夕方、大急ぎで宅急便で送り返しました。別れ際に、「ひとつ楽しみができた。」そう言っていた彼の笑みを思い出しながら、間に合ってほしい、と思って発送しました。
 気谷氏からは、コレクターは自分のコレクションについて語る義務がある、ということを教わりました。(私の本の「あとがき」で、このことはずいぶん昔に書きました。)彼の心の安らかならんことを、願っています。
 なお、今回再掲載する《異国趣味とは何か》で紹介している「喜波貞子」のCDの存在は、気谷氏に教えてもらったことです。

■音楽とエキゾチシズム
 この項のテーマは、西洋音楽における「異国趣味」ということだが、そもそも、異国趣味とはなんだろう。辞書を引くと、大雑把には「外国の変った風物を好む趣味」と定義されているが、それが芸術表現の上では「外国の情景や事物を取り入れて、異国的な雰囲気を出そうとする傾向」ということになり、別名を「エキゾチシズム」と言う、とある。この言い方、わかったようでいて、わからない。「外国の情景や事物で異国的な雰囲気を出す」というのが曲者で、ここでは「外国」と「異国」とどう違うかが、まず大事なのだ。「異国」の定義は「風俗、習慣などが異なる国」。つまり、単によその国ならば外国だけれども、「あっ、ちがう所に来ちゃったな」という気分にさせてくれる場所が異国なのだ。東京育ちの私が「ラディシオーン・シルブプレ」なんて言いながら、パリの中古LP店で初期盤を買い漁ったり、「ツァーレン・ビッテ」と叫んでウィーンのHMVでバーゲンCDを買うのは、ただの外国でのお話。むしろ、北海道バス旅行で、キタキツネに遭遇するほうが、よっぽど「異国趣味」に近かったりして……。
 非日常的な場所への移動から刺激を受けようとするのが「異国趣味」なのだ。だから、西欧の秩序だった音楽から自由になるための便利な「装置」として「異国趣味」はとてもよく機能した。 けれど、西洋人にとっての「異国」と、私たち日本人にとっての「異国」では、最近になるまでは随分とニュアンスが異なっていた。
 私の高校生時代、1960年代の終わり頃、わが妹の愛読誌『少女フレンド』の新連載マンガのキャッチフレーズに「どこか知らないステキな外国の少女のお話よ!」というのがあった。この年頃の記憶というのはおそろしいもので、私は未だに、この言い回しが忘れられないし、この時以来、この美学こそが「少女マンガ」やタカラヅカの本質だ、と信じてしまった。
 この「どこか知らない外国」という匿名性は、ヨーロッパのタカラヅカ歌劇(でもないか?)、オペレッタでもよく登場し、知らない国の王女様や、知らない国の大富豪がやたらといる。だが、われら日本人が「ステキな外国」とあがめ奉ったのと違って、文明の発達で数歩先んじたという自信に満ちたヨーロッパの人々の「知らない外国」は、不可思議で神秘的で、時として未開の国なのだ。それは、オペレッタから発展したアメリカ製ミュージカル『南太平洋』や『王様と私』を観ても同じこと。この自国優位の思想が、彼らの「異国趣味」の底流だということは、しっかりと記憶しておこう。だったら、かつてのように憧れのまなざしでパリやニューヨークを見ていた時代から、見事に脱却してきた今日の金満日本ならば、クラシック音楽の「異国趣味」のスタンスがわかるかも知れない。

●《ザンパ》序曲(エロールド)

○ポール・パレー指揮デトロイトso.
[Ma-マーキュリー:PHCP10224]1960
△アルベール・ヴォルフ指揮パリ音楽院o.
[英DECCA:425739-2XN]a.1960

 ほとんどこの1曲だけで名前が残ったエロールドのオペラ《ザンパ》は、「異国趣味」の定番、海賊が主人公の物語。華やかでド派手な接続曲だが、世界の海を股にかける海賊だけあって、なんとなくさまざまな国が思い出される国籍不明の旋律が次々に登場する。いろいろな国の好みの響きやリズムが目まぐるしく入れ替わるのが何と言っても楽しいし、やたらチンチンと鳴るトライアングルもいい。正調本格和食割烹でひとり静かに幻の名酒を味わうのとは違う。渋谷あたりの、韓国とインドとタイとイタリアが同居した怪しげな居酒屋で仲間と飲んでいるような面白さだ。ワイワイと騒ぎまくるに限る。
 快速テンポでまとめながら、ニュアンスの変化に敏感な名人、パレー盤がダントツ。さまざまな音楽のスタイルを身に付けた人のうまさが光るアラカルトだ。一方、ヴォルフ盤は、レヴュー音楽的雰囲気一色に塗り込めてしまってチャンコ鍋状態だけど、案外これがフツーの人の口には合ったりして……。

●交響組曲《寄港地》(イベール)

○レオポルド・ストコフスキー指揮フランス国立放送o.
[To-キャピトル:TOCE8854]1959
△シャルル・ミュンシュ指揮ボストンso.
[BM-RCA:BVCC9368]1956

 地中海各地の港をローマから、シチリア島、北アフリカ、スペインと、時計回りに航海する。いかにもチョット立ち寄っただけの人の作品ですといった気楽さがいい。ストコフスキー盤で聴く第2曲、北アフリカの場面は滑稽なほどの傑作。蛇使いのようなおどろおどろしい雰囲気をことさら強調していて、西洋人にとっての、不可解な世界の類型的イメージを代表しているようだけれど、「蛇使いの音楽のようだ」と言ってしまう私の中にある類型的イメージって何だろうと、思わず反省もしてしまった。だけど、アラビアン・ナイトに出てくる蛇使いが北アフリカに現われるのは、中東的な雰囲気が地中海の周辺をエジプトからチュニスまで巡っているからで、ストコフスキーの北アフリカが、私のアラビアと結びあうのも正解というわけだ。
 初演者パレーの演奏も相当にアラビアンだが、ミュンシュ盤で聴くと何やら南フランスのたそがれのようにも思えてしまう。拍節がきっちりしていて合理精神で割り切れているからだ。

●イベリア(ドビュッシー)

○アタウルフォ・アルヘンタ指揮スイス・ロマンドo.
[Po-ロンドン:POCL9707]1957
△ピエール・モントゥ指揮ロンドンso.
[Ma-フィリップス/PHCP2034]1963

 ドビュッシーはかなりの日本趣味を持っていたが、ここではスペイン趣味の作品について。ドビュッシーに限らず、フランス人のスペイン好きはかなりなものだ。フランスでは途方もなく大げさなホラ話を「スペインの城のようだ」というらしいが、とにかく彼らの描くスペインはおおむね南国的なおおらかさ、開放感にあふれている。イギリス人は北の方へとその憧憬の触手を伸ばした人が多いが、フランス人は南へと、暖かい土地へと向かっていった。もっとも、地球儀で地中海あたりから同じ緯度でたどると、日本では「津軽海峡冬景色」とほとんど同じ。それだけ、ヨーロッパは日本よりも寒いのだ。
 〈イベリア〉は《管弦楽のための映像》の中の1曲。充実した書法でイメージ豊かな作品だが、スペインの名指揮者アルヘンタの手にかかると、ほんとにスペインの音楽になって、力強くアタックしてくる。原色塗りたくりのスペクタクルだ。こまやかな音彩を快適リズムで味わうのならば、モントゥ/ロンドン響だ。

●マダガスカル島民の歌(ラヴェル)

○マドレーヌ・グレイ(s)、モーリス・ラヴェル指揮アンサンブル
[To-EMIクラシックス:TOCE8573]1932
△ジェシー・ノーマン(s)、ミシェル・デボスト(fl)、ルノー・フォンタナローザ(vc)、ダルトン・ボールドウィン(pf)
[英EMI:627-565-526-2]1983

 ラヴェルにとって「異国趣味」は、西洋の慣習化され、標準化された書法から離れて自由になる方便として、特に重要だった。それは、初期の傑作歌曲《シェエラザード》に聴かれる東洋趣味にも結実しているが、この《マダガスカル島民の歌》はフルート、チェロ、ピアノの伴奏という限られた編成の伴奏によって、より先鋭化されている。第2曲〈アウアー〉の冒頭。叩きつけるピアノの不協和音は、西欧的秩序を打ち壊そうとするが、それを「マダガスカル」という反文明的イメージを言い訳にしているところが、西欧的気取りのポーズを守り通したラヴェルのズルいところ。
 ラヴェルに指揮された(と言われている)3人のアンサンブルを伴奏にマドレーヌ・グレイが歌った盤は、作曲者自身に理想の歌唱とされている。だから、一応、これが表盤。
 ノーマンの旧盤はうまい! この曲をしっかり西欧のドラマ秩序に収めて、近代歌曲史の中での、この曲の役割を定位させている。

●歌劇《蝶々夫人》(プッチーニ)

○林康子(s)他、ロリン・マゼール指揮ミラノ・スカラ座o.、演出:浅利慶太
[Pa-パイオニアLDC:PICL2010]1986,L(LD)
△喜波貞子(s),ミラノ・スカラ座o.
[Vi-アートヴィレッジ:VXCD1001]a.1938

 プッチーニほど異国趣味を興行としてのオペラに盛り込んで傑作を残した人はいない。《西部の娘》《トゥーランドット》もそうだ。
 ところで、《蝶々夫人》。これは日本が舞台になっているというけれど、そこは彼ら西洋人にとって「小高い丘の上」の異文化の世界、中空に浮いた別天地といった、どこにもない国なのだ。そこのところを見事に様式化して見せたのが浅利慶太の演出。珍妙な日本まがいの舞台が多いなかで、日本を西洋人の架空世界として抽象化されたものとしてとらえかえし、提供したのが日本人というのもおもしろい。
 戦前から彼らのエキゾチシズムを満足させた日本人ソプラノとして三浦環がいるが、今聴いてみると、名声ほどではない。むしろ、今日あまり話題にする人はいないが、明治35年生まれの喜波貞子(きわ・ていこ)。これは本格的オペラ歌手だ。数奇な運命を辿った人だが、『忘れないで私を』と題する〈ある晴れた日に〉を含む1枚のCDだけが残されている。

●日本組曲(ホルスト)

○エイドリアン・ボールト指揮ロンドンso.
[英LYRITA:SRCD222]1971

 組曲《惑星》で有名な作曲家の作品に、われらが日本をテーマにした音楽があるとは! さぞかし日本への憧憬の深い人だったのかと思いきや、実は、この作品、日本の舞踊家に依頼されて書いた作品なのだ。ご本人は「日本のことなどわからん」と言うので、この依頼主が手とり足とり、日本的な旋律をレクチャーして仕上げたものだという。作曲されたのが1915年だから、ちょうど《惑星》を書いている最中だ。〈城ケ島の雨〉みたいな暗い雰囲気で始まり、〈お江戸日本橋〉まがいの旋律が登場し、終わりの方では、「ぼーやわぁ、良い子だぁ、ねんねしなー」が、木管の受け渡しで尺八のように鳴りながら、ストリングスがからむ。なかなか泣かせてくれます。異国を素材に自身の表現意欲を昇華させたラヴェルなんかと違って、しっかりと商業主義の手際よさで極東の国「日本」を、“そのまんま東”してしまったケッサク。私は、このボールト盤しか知らないけど、この他の録音を知っている人いたら、教えて!

●バレエ音楽《くるみ割り人形》(チャイコフスキー)

○フェルディナント・ライトナー指揮ベルリンpo.
[独DG:427219-2]1959?
△マルク・エルムレル指揮コヴェントガーデンo.
[BV-コニファー・クラシックス/BVCO7303]1988?

 チャイコフスキーの3大バレエは、パリの宮廷バレエの流れを受けているだけに、王子や王女が登場し、架空の国や異国からの来賓ありと、エキゾチシズムには事欠かない。《くるみ割り人形》は、夢のなかでお菓子の国の城に到着した少女クララを歓迎するバレエ場面。コーヒー(アラビア)、お茶(中国)などの踊りに、チャイコフスキーの異国のイメージが聞こえる。 イタリア旅行で刺激を受けたチャイコフスキーはイタリアを描くとき、この人には珍しいほど開放的で明るい陽光がさんさんと注ぐような旋律を書いて、どれも目の前に光景が迫ってくる。だが、バレエ曲では《くるみ割り人形》が少女クララの夢の中であるように、どれも作曲者の想像の産物としてのソフト・フォーカス的甘さが漂う。
 そうした幻想の世界をドイツ的な情感で描いたライトナー盤は、ロマンティックな演奏の代表。やっぱりドイツの森はファンタジーのふるさとだ。一方、エルムレル盤は明瞭なラインで、単純にバレエ音楽している。

●劇音楽《ペール・ギュント》(グリーグ)

○ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリso.
[Po-グラモフォン:POCG7093](抜粋盤)1987
△ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィアo.
[BV-RCA:BVCC9353]1972~75

 花嫁を放り出して旅する放蕩無頼の男ペールの物語だから、これも異国情緒たっぷり。有名な〈朝の気分〉という曲。あれはモロッコ海岸の夜明けなのだが、作曲者も、鑑賞者も、「ああ、これがモロッコ海岸の夜明けなんだなぁ」と空想に浸るわけ。〈アラビアの踊り〉も名作。中東的な音楽の常識ともいうべきトライアングルとタンバリンでチンチンシャンシャンと鳴らしてそれらしい雰囲気にするあたり、ノルウェーのグリーグもしっかり勉強している。西洋音楽の教養というものは、たいしたものだと思う。
 ヤルヴィ盤が俗に言う「本場物」の演奏。作曲者と同じ北欧の指揮者が北欧のオーケストラで演奏しているからだけれど、そのために、サウンドがみんな北欧的などんよりした薄曇りになっていてモロッコにならないし、アラビアの踊りはノルウェー産がバレてしまう。グリーグとしては一貫性のあるいい演奏だけれど……。オーマンディ盤は無国籍的に世界航海が疑似体験できる。

●交響組曲《シェエラザード》(R=コルサコフ)

○フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送so.
[Po-グラモフォン:POCG3090]1959
△ロリン・マゼール指揮ベルリンpo.
[Po-グラモフォン:POCG4142]1985

 洋の東西を問わず、異国趣味の定番中の定番「アラビアン・ナイト」の世界をテーマにした作品は多いが、その中でもこの作品は特に人気がある。だが、その人気の半分は、華麗な近代管弦楽法の成果。作曲者自身の内面に異国趣味が強くあったというわけでもなさそうだし、華麗なオーケストレーションを聴くだけで充分に楽しめる手際のよい作品。万人向きの(インターナショナルな)とても音響的な作品だから、名人オーケストラの名録音のデモンストレーションとして、しばしば利用されてきたのももっともなことだ。だけど、この曲がそれだけで終わらないのは、「どこか知らない遠い昔の国」風のノスタルジーをかきたてる要素で全曲が大きく包まれているからだ。
 だから機能一点張りのマゼール盤はつまらない。ひと昔前のフリッチャイ盤が、国籍不明だけど悩ましい魅力でダントツ。あの時代はまだ怪しげなお姉さんの魅力が街に生きづいていたっけ。最近の合理精神にからめとられたチョン盤にはない面白さだ。


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