goo

「オーディオファイル・ファン」???

2013年06月27日 10時30分10秒 | 雑文
 先日(6月21日)の「ストコフスキーの芸術」第3集に関しての「蛇足」の蛇足です。
 ブログのUPで、最初、文中に「オーディオ・ファイル・ファン」という表現を使ったところ、友人からメールで苦言が舞い込みました。
 「オーディオファイル、だけでオーディオ愛好家、という意味なので、みっともないから訂正されたほうが良いかも。」
――というものでした。「みっともない」と言われてしまって、私としては、「みっともない、と思うひとがいるのはまずいなァ」と思って、昨晩、訂正したのです。そのくだり、

 ストコフスキー・ファン、初期LP復刻CDファン、オーディオファイル・ファンの方々が購入するCD

――という部分ですが、その問題個所を「オーディオ愛好家」にしてから考え直し、結局「オーディオ・マニア」に直してしまったのですが、どうしても釈然としません。昨晩、私のブログのその個所をご覧になった方は、ご記憶があるかもしれません。でも、私が言いたいニュアンスから、どんどん離れてしまったのです。
 オーディオ愛好家、という人々は、私がレコードを集め始めた中学生時代から居ました。録音が優秀なレコードならば、どんなにヘボでイライラするような演奏でも感動できる人たちでした。たぶん、音楽ではなく、装置から再生される「ハイファイ音」に感動していたのでしょう。
 私が「オーディオファイル・ファン」と言ったのは、海外の中古レコードの目録などに、20年くらい前に忽然と現れたカテゴリー「オーディオファイル」に掲載されるアイテムにしか目が行かないような人たちのことを言いたかったのです。「ミクロコスモス」さんあたりのカタログだったように思います。「指揮者」「ピアニスト」「ヴァイオリニスト」別のページや、「RCA」「DECCA」「EMI」などレーベル別のページよりも前に陣取って、「オーディオファイル」というカテゴリーが作られ、そこでは、「犬が居る」「犬が居ない」「影付きの犬」「白い犬」(これ、マニアの方なら、すぐわかります)、「6個の目玉」「2個の目玉」(これも!)、そうしたことが細かく表示されていました。そんなことを気にして購入する人が増えてきたからだったわけですが、この「オーディオファイル」のカテゴリーに入るアイテム(盤)のファン、というのも、この時、間違いなく形成されてしまったのです。
 幸いなことに、長い間、エヴェレストはこのコーナーに入ってきませんでしたから(コマンドもそうでした)、5ドルから7ドルくらいでよく出回っていました。もっと安かったかも知れません。

 ――というわけで、私が伝えたかったニュアンスを生かすために、もういちど、指摘された部分を書き直しました。「オーディオファイル」アイテムのファン、です。みなさんのまわりにも、居るのではありませんか? 

【6月28日追記】
更に、更に熟考しました。「オーディオファイル・マニア」にしました。
結局、「オーディオファイル・ファン」に始まって、「~マニア」に落ち着いたわけです。
やっぱり、何かと問題がある、というか、からかわれる対象は「~マニア」になるということでしょうか?
「コレクターとマニアは大違い」をテーマにしたこともありますが……
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

イギリスの弦楽演奏の伝統を感じるロースソーン作品を聴く

2013年06月26日 13時01分27秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの96枚目。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6107
【曲目】ロースソン:ヴァイオリン協奏曲第1番
     :ヴァイオリン協奏曲第2番
     :コンスタント・ランバートの主題による即興曲
     :ディベルティメント
【演奏】テオ・オロフ(vn)
    エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    マヌー・パリキアン(vn)
    ルドルフ・シュワルツ指揮BBC交響楽団
    フランク・シップウェイ指揮BBCコンサート管弦楽団
    ブライデン・トムソン指揮BBCノーザン交響楽団
【録音日】1972年7月7日、1968年9月29日
     1979年6月7日、1979年11月29日

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスのシリーズでは初めて、アラン・ロースソーンの作品だけで構成されたアルバム。演奏者も録音日もまちまちで、いかにも豊富なBBC放送局のライブラリーから選りすぐった「ロースソーン選集」といった仕上りになっている。そのあたりにも、このシリーズを一貫している明確なコンセプトづくりの精神が息づいている。
 収録曲は弦楽を主体にした作品ばかりだが、もともとロースソーンには、弦楽のための作品が多い。新古典主義の影響をうけたロースソーンだが、その本質は、イギリスの弦楽合奏の伝統の中にあったということではないだろうか。イギリスの弦楽アンサンブルの極めて純度の高い充実した響きには、しばしば驚かされるし、そうした演奏の美点を生かした作品が数多く生まれているのがイギリスの音楽界だ。ロースソーンの作品も、そうした演奏伝統に根差したものが多いのは、偶然ではないだろう。2つの「ヴァイオリン協奏曲」の後に収録された「即興曲」と「ディヴェルティメント」を聴くと、そのことを強く感じる。どちらの演奏も、機知に富み、美しく研ぎ澄まされたロースソーンの世界を、十全に表現している。
 一方、それ以前に書かれた2つの「ヴァイオリン協奏曲」では、凝縮されたロースソーンの晩年の世界を育んできたものが、拡大された中で四方に放射している。この暗闇に光るスペクトル光のような、緊張にあふれた豊かな色彩感を、それぞれの演奏が美しく表現している。こまやかなニュアンスにあふれた演奏は、この作品を鑑賞するにふさわしい。
 「ヴァイオリン協奏曲第1番」の独奏者、テオ・オロフは、1924年生まれのオランダのヴァイオリニスト。ロースソーンのこの作品の初演者であるだけでなく、ブリテン、マデルナなど、現代作品の演奏で定評がある。1971年まで20年間、ハーグ・レジデンティ管弦楽団のコンサート・マスター、74年から85年まで、コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート・マスターを務めた。
 「ヴァイオリン協奏曲第2番」の独奏者、マヌー・パリアキンはアルメニア系のヴァイオリニスト。1930年代にはイギリスに渡り、リヴァプール・フィル、フィルハーモニア管弦楽団で弾いた後、1957年から、ソロ及び室内楽の活動を開始した。イギリス系のロマン派的作品の演奏を得意にしているという。
 エードリアン・ボールトはイギリス指揮界の重鎮として有名な指揮者。ルドルフ・シュワルツは1905年ウィーン生まれ。第2次大戦後イギリスに渡った。バーミンガム市響を経てノーザン・シンフォニアの指揮者を1973年に引退するまで10年間続けた。94年1月没。(1997.8.19 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての追記】
 執筆当時、情報が充分ではなかったので割愛した二人の指揮者について、加筆する。
 フランク・シップウェイは、最近、話題に上るようになったイギリスの指揮者だが、おそらく1955年あたりの生まれで、ロンドンの王立音楽大学を1970年代半ば過ぎに卒業しているはずだから、この録音時には20代半ばの青年だったと思われる。マルケヴィチ、バルビローリに師事した後、カラヤンの助手も経験し、1985年からドイツ、ベルギーなどのオーケストラの首席客演指揮者を歴任した後、イタリア国立放送交響楽団の初代首席指揮者を1994年から2001年までつとめた。1996年から2000年までベルギーBRT放送フィルハーモニー管弦楽団(現フランドル放送管弦楽団)の首席指揮者、2000年からはザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者として活動しているという。
 ブライデン・トムソンは、1928年スコットランド出身のイギリスの指揮者。シャンドスからヴォーン・ウィリアムズやアーノルド・バックスの交響曲全集を出すなど、イギリス音楽の演奏で大きな足跡を残したが、1991年に世を去っている。1977年から1985年まで、BBCノーザン交響楽団、BBCウェールズ交響楽団、アルスター管弦楽団などイギリス国内のオーケストラを指揮しているほか、ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団の首席指揮者にも一時期就任。1984年から1987年まではアイルランド国立交響楽団の首席指揮者に就任した。研究家的なアプローチを生涯にわたって貫き、その収集した楽譜は、新進指揮者を支援するためのブライデン・トムソン財団に遺贈されている。



goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

『ピーターと狼』日本語バージョン史とストコフスキー――蛇足篇

2013年06月21日 11時33分33秒 | ディスコグラフィ的な話題
 本日、とってもコアな話題です。ごめんなさい。
 昨日の『ストコフスキーの芸術』第3集のライナーノートの原稿に、「瀕死の若様」を名乗る方からコメントが投稿されました。面白かったので、皆様にも読んでいただこうと公開扱いとしましたのでお読みください。
追記:コメント欄をわざわざ開かずにお読みいただけるよう、下記に引用しました。

 =================
Unknown (瀕死の若様) 2013-06-20 20:29:50
「ピーターと狼」のナレーション史、大変興味深く読ませていただきました。自分が当時購入(正確には父に買ってもらった)したのは、やはり芥川也寸志の語りで指揮はロジェストヴェンスキー、新世界レコードの25センチLP(1500円盤)。番号は忘れましたが、プリフィックスは確かPLVだったような。そういえば「ピーター」ではなく「ペーター」の表記でした。オーマンディ盤とどちらが先の発売かは不明です。
 尚、当然ご存知だとは思いますがカウントダウン・メディア社の音源提供によるエヴェレストのCDは数年前に米Classic Records Inc.より10点ほど発売になっております。

ナレーターの訂正 (瀕死の若様) 2013-06-20 21:10:31
 先程のロジェベン指揮の「ペーターと狼」の新世界盤の語り手は勿論、芥川比呂志が正解です。
 =================


 「瀕死の若様」は、私とほぼ同世代の方のようですね。昭和30年代に小学生だったのでしょうか? 芥川のナレーション版の「ピーターと狼」を聴いて育った方のようです。この方のロジェストヴェンスキー盤は、確か同じ芥川のナレーションのオーマンディ盤の数ヵ月後の発売だったはずです。今度のライナーノート執筆のために調べたときに気がつきましたが、今度確認しておきます。
 じつは、今回の日本ウエストミンスターさんにお渡しした私の原稿は、ストコフスキー・ファン、初期LP復刻CDファン、オーディオファイル・マニアの方々が購入するCDだと思っていましたから、ピーターと狼の日本盤の歴史にスポットを当てて調べ、かなり詳しく紹介するつもりでいたのです。時間があれば、学校の教育現場の再生装置がステレオ・プレーヤーが当たり前になったのはいつごろか(つまり、音楽鑑賞教材レコードのステレオ発売はいつからだったのか? 児童舞踊家だった私の父親のところに各社から届いていたサンプル盤の記憶では、わりと遅いのです。)などにも言及したかったのですが、果たせませんでした。発売の日本ウエストミンスターさんの意向です。「昔のレコードの話は簡単でいいから、曲目解説を入れて欲しい」という要望でした。
 復刻盤CDを発売している側が、復刻の意義に理解が行き届かないのは困ったことですが、それも、昨今の不況の影響でしょう。復刻に価値を見出す人だけに売るのではなく、新たな購入者(今度のCDの場合は、「わかりやすい発音の英語バージョン」を児童の英語教育の現場に生かせないか、ということ)を獲得するために、曲目解説(楽器編成や物語のあらすじなど)を入れたいということだったようです。
 ――というわけで、ロジェヴェン盤の発売もわかっていたのですが、字数オーバーするので、割愛してしまったのです。「瀕死の若様」、ごめんなさい。ほかにも、いろいろわかったことがありましたが、それらはいずれ、別の機会にしましょう。書きかけていた調査メモのままで、まだ文章にまとめていないのです。読者の方からの「思い出話」のコメントも歓迎しますが、このブログのノリではないでしょうね。

 さて、そのボツになった原稿をテスト版段階でお見せしたレコード・コレクター仲間の今村享氏が、昨日の私のブログに掲載した最終原稿を読んで、以下のようなメールをくれました。これもなかなか面白い内容なので、彼に個人的なご返事をするのをやめて、ブログ上での公開とします。今村さん、いいですよね。

 ===================
曲目解説の部分を随分加筆されましたね!
だいぶ竹内さん流に情報を入れながら面白く纏められましたが、初稿でも充分だったように思います(こんなマニアックなCDを初心者は買わないでしょうし…)。
ところで、カラヤンの『ピーターと狼』を‘疑似’ステレオと書かれたのは、何故でしょう?
『ピーター~』とL.モーツァルト(当時は未だハイドン!?)の『オモチャの交響曲』はオリジナルのステレオ録音で、ナレーターはピーター・ユスチノフが務め、日本でも全く同じジャケットでコロンビア盤が発売されました。
英コロンビアの契約先が東芝に移ってからは、ご指摘の通り、坂本九のナレーションと付属の絵本でベストセラーを記録しましたが、この時追加された『アイネ・クライネ~』が疑似ステレオだったので、全体が疑似ステレオと勘違いされたのではないでしょうか?
 ===================

 以上が、今村氏からのメールです。
 私がカラヤン版を擬似ステレオと書いたのは、当時中学生だった私が、学校の音楽室で見たレコードに記載されていたという記憶からのことです。「東芝」独自の技術でステレオ的プレゼンスを加えた、というような表現も記憶しています。この時期以降、廉価盤17センチのクラシックシリーズなどでも、同じような表記を見た記憶があります。ステレオ音源に後から日本語ナレーションを被せるのが技術的に難しかったのか、モノラル音源に日本語ナレーションを加えて、ステレオ的な音の広がりだけ加えたのか、と思った記憶もあります。この時期、「ナレーションのみモノラル録音」と記載した学校劇レコードなんかも見た記憶があります。声の音像の定位に苦労したのでしょうか? 録音に詳しくないのでわかりません。
 この東芝盤の「擬似ステレオ説」は、私の少年時代の記憶だけが根拠ですので、何かまったく別の出来事との混同をしている可能性は否定できません。せっかくの今村さんからのご指摘ですので、しばらくお時間を頂いて、調査したいと思っています。
 何はともあれ、7月24日発売予定の『ストコフスキーの芸術・第3集』をお買い求めください。今、レコード・CD会社は、世界中、どこも苦しいのです。おもしろい仕事をしているレーベルは、その会社のCDを購入することでしか「応援」することができません。コピーして他人にあげるなど、論外です。今回のCDでは、『シンデレラ』が演奏もさることながら、音質の改善が、一番成果を上げていますし、この3曲でのアルバム化は初めてだと思います。収録時間的には、同じプロコフィエフの『みにくいアヒルの子』も入れてしまってよかったと思ったのですが、私に相談してきた時には、既に曲目が決まって、様々な手続きが進行してしまっていました。ライナーノートの文中にもあるように、ドイツのライセンス会社、カウントダウンメディア社の技術者はオリジナルLP「3108」に『子供の領分』が収録されていることを知らなかったようですから、『アヒル』にも気づかなかったかも知れません。『子供の領分』の音が、どちらの段階のテープの音なのかもわかっていません。ただ、聴いた感じでは『子供の領分』だけ、少々音質が異なるようにも思います。いずれにしても、カウントダウンメディアは若い技術者が情熱的に先人の遺産を扱っているようですから、昔の事は知らないのでしょう。当時の事を知らないもの同士で、日・独を行きつ戻りつする時代になってきたわけですから、私も、これまで以上に慎重に調査しなければ、と思っています。

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

米エヴェレスト原盤『ストコフスキーの芸術』第3弾は『ピーターと狼』『シンデレラ』『子供の領分』

2013年06月20日 10時08分20秒 | ライナーノート(ウエストミンスター/編)
 以下は、7月24日発売のCDのために書いたライナーノートです。日本ウエストミンスター発売(日本コロムビアの販売)です。写真は解説書の表紙およびウラ表紙です。ウラ表紙は、オリジナルLP4種のジャケットです。新しいオリジナル・マスターテープにまで遡った大幅に音質が改善されたCDによるものとしては初発売となるものです。ライセンスその他については、詳しくは当ブログの『ストコフスキー』シリーズ第1弾、第2弾を参照してください。(今年の1月、2月頃に、このカテゴリー「ライナーノート(ウエストミンスター/編)」に掲載しました。)

■20世紀に生まれた「こどものための音楽」
 米エヴェレスト原盤による「ストコフスキーの芸術」第3弾は、以下の「こどものための音楽」3曲で再編成したものとなった。
●プロコフィエフ『交響的物語《ピーターと狼》』
 20世紀の代表的な作曲家のひとりセルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は、現在はウクライナ共和国となっているロシア帝国内に生まれた。ロシア革命後にアメリカに渡り、その後パリに行き、その間の20年ほどの海外生活で近代のモダンな作風を確立した作曲家だったが、そのプロコフィエフが望郷の念の高まりから、革命後のロシア、すなわちソビエト社会主義連邦(ソ連)への帰国を決意したのが1933年だった。『ピーターと狼』は、こうして故郷に帰り着き、折からの音楽芸術に対する社会主義リアリズム礼賛と大衆化路線の波に遭遇した作曲家が、「わかりやすい音楽」を目指していた時期の作品。1936年に作曲されている。ロシア民話をベースにしているが、音楽の進行に合わせて語られる台本は、作曲者自身によって書かれており、物語に登場するキャラクターが、以下のオーケストラそれぞれの楽器に割り当てられている。
 少年ピーター(弦楽合奏)、小鳥(フルート)、アヒル(オーボエ)、ネコ(クラリネット)、ピーターのおじいさん(ファゴット)、オオカミ(ホルン3本)、狩人(ティンパニ+大太鼓)
 最初、各キャラクターの紹介から。それが終わると、次のように物語が始まる。
 ――ある朝のこと、ピーターが外へ出掛けると、良い天気に小鳥たちがはしゃいでいる。やがて、ピーターが閉め忘れた門からアヒルが外へ逃げ出す。泳げない小鳥と飛べないアヒルとのケンカ。そこへネコが登場。小鳥を捕まえようとするが、とっさに逃げる小鳥。おじいさんが現れて、オオカミが来たらどうするんだと叱って家に帰らせる。置いてけぼりのアヒルを狙ってオオカミが登場。ネコは逃げるが、足の遅いアヒルがオオカミに呑み込まれてしまう。それを見ていたピーターが、小鳥たちに協力してもらいオオカミの気を引いて捕まえようとする。狩人たちも鉄砲を持って応援に駆けつける。こうして生け捕りにしたオオカミを連れての勝利の行進。すると、呑み込まれていたアヒルがオオカミの口から、無事に飛び出す――。
●プロコフィエフ『バレエ曲《シンデレラ》』
 『ピーターと狼』が作曲された8年後の1944年の作品。誰でも知っているフランスの童話作家シャルル・ペローの『シンデレラ』に基づくバレエで、バレエの初演が1945年11月、第2次世界大戦終結の直後に行なわれている。バレエ曲は全3幕50曲から成るものだが、そこから作曲者自身によって3種の異なる組曲が編まれている。このCDでは組曲版と全曲版から、以下のようにストコフスキーによる独自の構成で抜粋され演奏されている。( )内が出典であるが、それぞれ、接続個所を中心に、ストコフスキーの改変が見られる。特に第1組曲第7曲、第8曲に、それが著しい。
 「春の精と夏の精」(第2組曲第3曲)~「舞踏会へ行くシンデレラ」(第1組曲第6曲)~「宮廷のシンデレラ」(第2組曲第5曲)~「シンデレラと王子」(全曲版)~「シンデレラのワルツ」(第1組曲第7曲)と「真夜中」(第1組曲第8曲)~「大団円とフィナーレ」(全曲版)
●ドビュッシー『組曲《子供の領分》』
 ドビュッシーが、当時3歳だった愛娘のエマ(愛称:シュシュ)に聴かせるために作曲したピアノのための組曲。1908年の作品。全6曲を作曲者の友人の作曲家アンドレ・カプレが管弦楽に編曲した。しかし、ここでもストコフスキーは独自の考えで第2曲「ジャンボ(象)の子守歌」、第5曲「小さな羊飼い」、第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」のみが演奏されている。ベースにあるのはカプレの編曲版だが、これも、ストコフスキーによって改作が施されている。

■「ピーターと狼」のナレーション史
 今では日本語によるナレーションが学校教育の現場では当たり前になってしまった『ピーターと狼』だが、じつは、録音・編集技術の制約もあったためか、LP最初期の昭和30年代前半には英語版のままでの発売が通常だった。文部省の必修教材になったこともあって、日本語版が登場したのは昭和33年11月新譜の芥川比呂志(オーマンディ指揮)の日本コロムビア盤あたりからのはずだ。続いてドイツ・グラモフォンの中村メイ子(フリッツ・レーマン指揮)が話題になったと記憶している。どちらもモノラル盤である。団塊の世代が学校で聴いていたのはほとんど坂本九(カラヤン/フィルハーモニア)の擬似ステレオ盤だが、黒柳徹子(マゼール)がステレオ盤で登場して主役の座を競い始めた。このマゼール盤は、初出LP時から、英、独、仏、日、それぞれが各国語で発売された。その後は日本語吹き替えが主流となり、日本で英語版は、バーンスタイン自身の「振り語り」盤、プレヴィンとミア・ファーロー、バレンボイムとデュ=プレの夫婦盤、ベームとカール=ハインツ・ベームによる親子盤や、ショーン・コネリー、デビット・ボウイなど人気俳優盤に限られる時期が続いた。
 当CDのストコフスキー盤は、日本でもキャプテン・カンガルーによる英語版が昭和40年代に日本コロムビアからLPで発売されたが、日本語版全盛の陰に追いやられてしまった感があり、堺正章による日本語ナレーション・バージョンに差し替えられてしまった。1975年のことだ。
 今回のキャプテン・カンガルーによる英語版の国内盤登場は久々のものだが、時代の風潮はすっかり一変してしまった。もはや、日本の児童教育はグローバル化が叫ばれ、英語教育の早期化は、社会的な要請ともなっている。そうしたことを踏まえてこのCDを聴くと、オリジナル録音のままの発売が当たり前となった今日に於いても、キャプテン・カンガルーの聞き取り易く親しみ易い英語は、最も理想的なものに思えてくる。

■「キャプテン・カンガルー」のナレーションと、ストコフスキーの見識
 「キャプテン・カンガルー」とは、アメリカの三大テレビ・ネットワークのひとつCBSの、子供向け人気番組の名称。この番組のホスト役を務めたボブ・キーシャンが、大きなポケットの付いた上着を着込んで登場したため、彼自身をキャプテン・カンガルーと呼ぶようになったという。1955年に放映されて以来1984年まで30年も続いた名物番組で、1977年にエミー賞を初受賞した後、80年から83年まで4年連続受賞をしている。この番組は日本では放送されなかったが、アメリカではこのストコフスキー盤が録音・発売された1959年~60頃に、すっかり子供の人気者だった。キャプテン・カンガルーの起用は、ストコフスキー自身の発案ではなかったかも知れないが、エヴェレストレコードとしては大きなセールス・ポイントであったに違いない。
 ジャケット記載のストコフスキー自身のメッセージでは、『ピーターと狼』という1936年に発表されてまだ〈間もない〉と言える作品の、響きの斬新さを指摘することにかなりの字数が費やされている。それは時としてフランスの近代音楽をも引き合いに出すほどのもので、このあたりにも、プロコフィエフという20世紀の作曲家の音楽的素養が、パリ時代のモダニズムの洗礼にあることを看破したストコフスキーの優れた見識が窺えるものとなっている。そしてオリジナルLPのB面には、ナレーションを省いた録音が収録されている。もともとナレーションが音楽の進行をガイドする役割を担っている作品だけに、音楽のみで聴くと、それは時として少々唐突だったり間延びしたりもするのだが、純粋にプロコフィエフが書いたサウンドを聴くことが出来る貴重な機会ともなっている。(これは1990年代の米オメガ(ヴァンガード)によるCD化では聴くことが出来る。)

■ストコフスキーと収録作品
 ストコフスキーは、20世紀という西洋音楽演奏の大転換期を代表する指揮者の一人だった。音楽はレコード、放送、映画を通じて、貴族や支配階級から開放され、大衆のものへとなっていったが、その先頭に立って音楽の普及に努めていたのがストコフスキーだったと言っても過言ではない。ストコフスキーは「啓蒙の人」だった。ストコフスキーによって解釈され指揮された音楽は、いつも、その音楽が持っている本質をわかり易く提示したものだったと言える。『ピーターと狼』のすっきりとして明瞭な響きにも、それは現れている。バレエ曲『シンデレラ』では、通常の「組曲版」や「全曲版」といった枠を取り払ったストーリー展開に合わせた構成で、戦後のプロコフィエフ作品の斬新な響きのエッセンスが聴けるわけだが、終盤の12時へと向かう時計のカウントダウンと、愛の成就の場面は圧巻だ。この流れで全編がコンパクトにまとめられているのは、この演奏しかない。
 ドビュッシー『子供の領分』抜粋も、ストコフスキーの独自の考えで構成されている。原則としてカプレの編曲版を尊重して、よく言われているほどには恣意的な改変をしないのがストコフスキーの見識だ。こうした抜粋方式はストコフスキーの得意技でもあって、最晩年にはビゼー『アルルの女』で見事な「つまみ食い」を聴かせている。

■米エヴェレストのオリジナルLPについて
 今回収録の3曲は《ストコフスキーの芸術(3)》のために編成されたもので、米エヴェレストのオリジナルLPの初出は、以下の通りであった。(カッコ内はカップリング曲)
*SDBR-3043/『ピーターと狼』(B面にはナレーションを入れる前の録音を、そのまま収録)
*SDBR-3016/『シンデレラ』(ヴィラ=ロボス『ウィラプルー』『モディーニャ』)
*SDBR-3108/『子供の領分』(プロコフィエフ『シンデレラ』『みにくいあひるの子』)
 この内、SDBR-3108は、既発売の「ストコフスキーの芸術(1)、(2) 」で詳しく触れたエヴェレストレコード末期のリリースの故か、『シンデレラ』が重複していること、表紙に『子供の領分』の記載がないなど、不可思議な登場となっていた。しかも、そのためか、ライセンス元が『子供の領分』の初出を、後年発売の「3327」としている可能性がある。「3327」は、「ストコフスキーの芸術(2)」と、「同(1)」で述べたように経営陣の総入れ替え後のリリースなので、ひょっとすると、LP時代から『子供の領分』を未発売音源と思い込んでいたのかも知れない。
 ちなみに「3327」は、エヴェレストの一連の録音プロジェクトとはかかわりのない若い作曲家ポール・チハラの新作「ウィンド・ソング」発表の場がA面で、B面にヴォーン=ウィリアムズ『すずめ蜂』と『子供の領分』が付されている。この2曲が、ストコフスキー指揮ニューヨーク・スタジアム交響楽団による未発表音源とされての登場と思われるが、『子供の領分』は先に述べたように再登場。『すずめ蜂』のみ初出音源だが、ストコフスキーではなく、エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルの演奏と思われる。おそらくSDBR-3006のヴォーン=ウィリアムズ『交響曲第9番』録音(これは作曲者の立会いが予定されていたが、録音当日の朝、作曲者は急逝したと伝えられている)の際に、追悼の思いから追加録音されたまま未発売となっていたものではないかと推測される。これら4点のオリジナルLPジャケットをウラ表紙に掲載した。
 なお、ストコフスキーが指揮しているニューヨーク・スタジアム交響楽団は、アメリカの名門ニューヨーク・フィルハーモニーが契約の関係で米CBS(現SONY)にしか録音できないために用いていた変名である。当時のニューヨーク・フィルは、ミトロプーロスが引退し、若きバーンスタインが音楽監督に就任したばかりだった。
goo | コメント ( 3 ) | トラックバック ( 0 )

エドムンド・ラッブラの代表作を、ヴァーノン・ハンドリー指揮の作曲者立会い録音で聴く

2013年06月10日 15時24分29秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、第二次大戦後のイギリスの音楽状況の流れをトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの95枚目。

  ========================

【日本盤規格番号】CRCB-6106
【曲目】ラッブラ:交響曲第4番 作品53
      :ピアノ協奏曲 作品85
      :チェロと管弦楽のための「ソリロキー」
【演奏】ヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン交響楽団
    マルコム・ビンス(ピアノ)
    ラファエル・ソマー(チェロ)
【録音日】1976年2月24日(マイダ・ヴェイルBBC第1スタジオ)

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIO クラシックスに初登場の、エドムンド・ラッブラの作品集。録音は1976年2月24日の1日で行われているが、これは、BBC放送によるラッブラの75歳の誕生日を祝う行事の一環として、彼の作品を放送するためのものだった。録音にあたっては作曲者自身が立合ったと記録されている。その意味では、このCDはラッブラの作品を後世に伝える正統的な演奏ということができるだろう。
 「交響曲第4番」には、ノーマン・デル・マー指揮フィルハーモニア管弦楽団による90年頃録音の英リリータ盤や、リチャード・ヒコックス指揮BBCウェールズ交響楽団による93年録音の英シャンドス盤などがあり、演奏比較をすることができる。
 当CDのヴァーノン・ハンドリーの指揮は、その深く大きな呼吸の、確信にあふれた息づかいが特徴的だ。それは、この作品のなだらかな進行を、共感をもって引っ張って行く大きな力となっている。音型が大きくえぐるように動く力強さは、作曲者直伝のものかも知れない。どちらかというと硬質な音楽が持ち味のハンドリーが、いつになく逞しい音楽で突き進む第1楽章は、この作品の代表盤のひとつと言うに相応しい演奏となっている。バランスのよい響きで、安定した大らかな動きが底光りするヒコックス盤と好対照だ。
         *
 ヴァーノン・ハンドリーは、1930年生まれのイギリスの指揮者。長年にわたり名指揮者エードリアン・ボールトの助手を務めており、ボールトが得意にしていたヴォーン=ウィリアムズやエルガーなど、イギリスのロマン的作品の演奏には定評がある。現在はロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニーの首席客演指揮者の他、西オーストラリア交響楽団の芸術監督兼常任指揮者を務めている。
 ピアノのマルコム・ビンスは1936年生まれのイギリスのピアニスト。ロンドンの王立音楽院出身。イギリスのピアノ音楽に造詣が深く、ロースソーンの他、ブリテン、スタンフォード、ハミルトン・ハーティ、アイアランド、ロドニー・ベネットなど、イギリス系の作曲家の広範なレパートリーを持っている。
 チェロのラファエル・ソマーは、1937年チェコのプラハに生まれ、イスラエルで学んだ後、パリで名チェリスト、ポール・トゥルトゥリエの指導を受けた。61年にはカザルス国際コンクールに入賞。その後、イギリスに渡り、72年以降はマンチェスターのノーザン王立音楽院で20年以上も教鞭をとる一方で、現代チェコを代表する作曲家マルティヌーのチェロとピアノのための作品全集の録音をBBC放送に残すなど、意欲的な演奏活動も続けている。(1997.8.17 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての追記】
 この交響曲の他の演奏との聴き比べの部分、たった2行程度の文章を完成させるために、2枚のCDを購入して、何時間もかけて聴いてみたことを思い出します。そこまで私をムキにさせるだけの魅力が、このハンドリー盤にはあったからだと思っています。
 「ソリロキー」というタイトルは、担当ディレクター氏と押し問答になったような記憶があります。あるいは、曲目解説担当の山田治生氏との間だったかも知れません。原題をカタカナにしただけですが、無理に日本語にすると「ひとりごと」になってしまいますが、その言葉から日本人的にイメージする寂しさとかの感情的な感覚が出てくると間違ってしまいそうです。でも「独白」はピンと来ませんし、かと言って「一人芝居」もおかしい。つまり「モノローグ」とのニュアンスの違いをうまく表現する日本語が思いつかなかったのです。私は、日本人に対する日本語のタイトルなら「チェロと管弦楽のための《モノローグ》」でいいじゃないか、とさえ思ったのですが、なまじ原題が「monologue」ではなく「soliloquy」でしたので、あまり聞き慣れないカタカナ語で逃げることになってしまったのです。今にして思えば、「チェロと管弦楽のための《独白劇》」のほうが、かっこよかったかな、と思っています。でも、その場合も「モノローグ」との相違が問題になるかと……。


goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

青弓社の新刊『クラシック知性主義』『クラシック野獣主義』に関連して、様々な推薦図書

2013年06月05日 16時14分00秒 | 雑文


 昨日のこのブログで、青弓社の今月の新刊『クラシック知性主義』と『クラシック野獣主義』についてご紹介しましたが、その最終ゲラ校正に併せて「執筆者のみなさまへ」として、面白い依頼がありました。
 この姉妹篇2点を出版したら、書店で関連書のフェアを展開するように各書店と交渉中、とかで、書店にプレゼンするために、「これは読んでおくべきだ」という推薦図書を少なくとも5点、できれば10点くらいあげてください、というものでした。もちろん出版社不問、和書・翻訳書不問、自著を入れてもかまわない、ということでした。

 このご依頼に、私は以下のような回答をしました。

 ===============

きょうの気分で思い付いたものに過ぎません。ちょっとこだわっているテーマにからんでいるだけです。「知」は「考察の基礎資料的な本」。「野」は「発想のヒントになる本」が私の基準。


《「知性主義」向け推奨図書》
●団伊玖磨『私の日本音楽史――異文化との出会い』(NHK出版)
●竹内貴久雄『ギターと出会った日本人たち――近代日本の西洋音楽受容史』(ヤマハミュージックメディア)
●小泉文夫『音のなかの文化』(青土社)
●佐川吉男『チェコの音楽』(芸術現代社)
●芳賀直子『バレエ・リュス――その魅力のすべて』(国書刊行会)

《「野獣主義」向け推奨図書》
●岩田誠『脳と音楽』(メディカル・ビュー社)
●チャールズ・ローゼン『ピアノ・ノート』(みすず書房)
●レッグ&シュワルツコップ回想録『レコードうらおもて』(音楽之友社)
●ロバート・チェスターマン『マエストロたちとの対話』(洋泉社)
●菅野沖彦『新・レコード演奏家論』(ステレオサウンド)
●竹内貴久雄『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア)
●シャルル・ミュンシュ『指揮者という仕事』(春秋社)
●吉田秀和『批評草子』(音楽之友社)
●山本茂『神童』(文芸春秋)
●和田旦『音と言葉のはざまで』(芸立出版)

 =================

 以上のように、軽く流しただけだったのですが、友人の喜多見慧氏(彼は『知性主義』に一本寄稿しています。)が割と真面目にお相手しています。私の著書も入れてくれたので、「読んでね」とメールしてきたものです。面白かったので、彼の了解を得て、私のブログに掲載します。

 =================

◎「知性主義」および「野獣主義」への共通推薦図書

1.雑誌「アルテス」(アルテスパブリッシング)創刊号における高橋悠治の「震災後の音楽などない」発言≪高橋悠治の真骨頂。胸のすく、あまりにもまっとうな発言。どうしてどうして彼の胸の激しい炎は消えていない≫

2.永井荷風の「ふらんす物語」(岩波文庫他)の、特に「付録」の音楽に関する記述≪畢竟、異文化との対峙、という視点で、日本の音楽評論は結局これを越えていない。海外での生演奏の体験回数を誇るだけの最近の書き手の楽天主義への、はるか過去からの大いなる皮肉≫

3.村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」(講談社文庫)における「トロイメライ」に関する記述≪音楽が先入観によってしかなりたたない、という、音楽関係者が誰一人指摘し得なかった驚くべき鋭い指摘。もう一人の世界的に受けに入っている村上某の自分だけ判っているつもりのクラシック音楽に関するくだらない記述とは別次元。ジャズに対するブラジル音楽の優位についての文章でも判るように、この人はそうとう音楽の本質に肉薄していると思う。小説は漫画的だが≫

4.吉田秀和「たとえ世界が不条理だったとしても――新・音楽展望2000‐2004 」(朝日新聞社 )および「永遠の故郷」4部作(集英社)≪必ずしも吉田の著作の全てを肯定するものではないが、書けなくなった自分と、出発点に戻った方法論の再構築への真摯さ。音楽評論とは自らを語ることという意味で≫

5.長岡鉄男「ディスク漫談2 キメラの時代」≪私はオーディオでは決して長岡信者ではありません。が、「音楽については素人」を公言した彼の耳の確かさは大したものだと思います≫

6.竹内貴久雄「ギターと出会った日本人たち―近代日本の西洋音楽受容史」(ヤマハミュージックメディア)≪文献に対する徹底した視点と、一方、持論を展開するときの牽強付会を恐れぬ大胆さと勇気≫

 ===============

 青弓社さん。書店さんの関心が高まって、関連書フェアが開催されるといいですね。

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

潮田益子のブルッフ「協奏曲」ロイヤル・クラシクス盤についての訂正。そして青弓社の今月の新刊のこと。

2013年06月04日 10時32分59秒 | クラシック音楽演奏家論
以下、昨日の訂正ですが、直接、潮田/小澤に関係することではありません。カップリング曲に関することです。
昨日、カップリングされているグリーグ『ピアノ協奏曲』(ピアノ:ジーナ・バッカウアー)の伴奏の指揮者をシルヴェストリと書きましたが、それは、別のロイヤル・クラシクスに収録されているフランクの「交響的変奏曲」との混同です。記憶で書くのは、やはり、怖いですね。申し訳ありませんでした。グリーグの協奏曲は「ジョージ・ウェルドン指揮」です。これも、数年前に東芝から発売された、ウェルドンの北欧管弦楽曲集、第1集、第2集のどちらにも入っていない稀少録音です。最近、バッカウアーについてちょっと調べていたので、混同してしまいました。(もちろん、既に昨日の当該部分は修正済みです。)
       *
このバッカウアーについては、今月末に青弓社から発行される『クラシック野獣主義』という不可思議なタイトルの本(『クラシック知性主義』という本と同時発売ですから、ますます不可思議です)の編者である鈴木淳史氏に依頼された原稿で少し書きました。彼からの「お題」は「忘れられた名盤を聴き直す」と「演奏家の自己愛を堪能する」でした。かなりおもしろく書けたと思っています。発売されたら、ぜひ、お読みください。
ちなみに、私が「不可思議」と言ってしまったのは、、「野獣主義」(どうやら、感性とか、直感を大切にすることらしい)と「知性主義」(こちらは、知識や教養で得た事柄をベースにして鑑賞するということらしい)の二つが、しっかりとバランスよく同居していなければ、聴こえる音楽も聴こえてこない、というのが私の持論だし、それこそ、一千年以上むかしからある真理なのだと思っているからです。「知性主義」の編者は許光俊氏です。つまり、「クラシック・スナイパー」というシリーズ8冊を共同で編集していた二人が、分離独立したわけです。この編集会議、「スナイパー第8集」の打ち上げ直後にあって、その時にこのタイトルについて打診がありましたし、「それはおもしろいね」と私も言いましたから、規定路線である事は承知しています。私は、この二つの「主義」の交錯することがおもしろかったのですが、若い二人の発想は、やっぱり「セパレート」、なのですね。とてもデジタル的だと思いました。2冊が同時発売でないとインパクトがない、というのは、その時の共通認識でしたが、ファジーなものを駆逐してしまうわけです。その良否はともかくとして、その意味で、二人の住み分けの成果が楽しみです。
       *
つい、おしゃべりが長くなってしまいました。今、その「野獣主義」のゲラを校正中です。前宣伝のつもりで書きました。

【6月26日の追記】
ゲラ校正で、大幅な加筆を依頼されてしまったので、いろいろと考えているうちに、バッカウアーについては書きそびれてしまいました。先ほど、「本を買ったが、バッカウアーについて触れていない」とメールを下さった方の指摘で思い出しました。申し訳ありませんでした。バッカウアーについては、いずれ機会を作って、言及したいと思っています。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

潮田益子の訃報に接して――私が、日本人が「西洋音楽」を演奏することの意味、を考え始めたころのこと

2013年06月03日 17時17分42秒 | クラシック音楽演奏家論


 「ヴァイオリニストの潮田益子の訃報が出た」と、友人からメールをもらったのは先週の金曜日、5月31日のことです。その時、私はすぐさま、「彼女には格別の思いがあるので、さまざまな感慨が過ぎていく。淋しい」と返信したのですが、それ以上のことは何もせず、そのままにしていました。すると、つい先ほど、「追悼」を書かないのか、と言われてしまったので、とりあえず、これまの数十年の間に私が書いたことを振り返ってみることにしました。私はもともと、何か事が起こるたびに短文を書く、という趣味も技もありませんが、私の「格別の思い」の一端をメモ書きしておく必要はあるかな、と思いましたので、とりあえず、以下にいくつかの文章を再録しながら、「自註」を試みます。いずれ、もっとまとまった文章を書かなくてはならないと思っていますが、本日は、そのための整理ということでお読みいただければ幸いです。

【自註①】
 思えば、潮田益子のヴァイオリンは、日本人が西洋音楽を演奏することの意味について、私が考え始めた最初の演奏家のひとりでした。そして、そのことがうまくまとめられた、と思っている文章が、以下のものです。もう20年以上昔のものですから、文中の「20年前」は「40年前」になるわけですが、もう、この当時の感慨を表現することは出来ません。そのくらい、現在は私自身が、日本人が西洋音楽を演奏することが当たり前の時代に慣れてしまっているのです。しかし、そのことによって忘れてしまったことが、この古い文章では表現されています。
1994年発行の拙著『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』(洋泉社)に収録されたものです。
 
 ====================

■小澤征爾と潮田益子、そして日本人の「西洋音楽演奏」
 潮田益子と小澤征爾/日本フィルハーモニーによるシベリウスとブルッフの「ヴァイオリン協奏曲」のレコードは、いわゆる通常の意味での国内制作盤ではない。世界のメジャーレーベルの手による日本国内でのレコーディングとして、おそらく最初のものだろうと思う。この盤は、英EMIからプロデューサーとしてピーター・アンドリーが来日し、ミキサーもカーソン・タイラーがおなじく来日して直接行っている。録音会場は、当時頻繁に録音用に使われていた東京・荻窪の杉並公会堂だ。当時既に小澤征爾は、「世界のセイジ・オザワ」として活躍しており、「幻想交響曲」(トロント響)、「運命」「未完成」、「シェエラザード」、「春の祭典」(いずれもシカゴ響)、「火の鳥」/「ペトルーシュカ」(ボストン響)、といった具合で、世界をマーケットにしたレコードを次々と送り出していた頃だ。EMIとも、パリ管を振ってのチャイコフスキーの「交響曲第四番」が前年に録音されている。
 この二つの協奏曲録音は、小澤が「日本のオーケストラとの録音を行いたい」と強く希望して、試験的に行われたものだと言われている。オケは分裂前の「日本フィル」だ。ソロを弾いているのは小澤の桐朋学園時代からの後輩である潮田益子で、この二人は既にニューヨーク・フィルを舞台にして、バルトークの協奏曲での協演で成功を収めるなど、再三にわたりコンビを組んでいた。潮田の朗々とした造形感の確かな熱っぽい音楽は、特にブルッフの協奏曲では、聴き手の前面に大きく迫って来るスケールの大きな演奏となっている。ソリストと、指揮者とオーケストラが一体となっての豊かで充実したこの演奏には、一種のこぶしを効かせるといった趣きさえあって、疑いもなく〈日本人の感性〉が息づいており、それを自分達のものとして、世界に向けて強くアピールしてゆく確信に満ちた、自在で自発性あふれる演奏に私は共感を覚えた。もう二〇年ほど前のことだ。
        *
 数年前から小澤は、国際的な活動のかたわら、桐朋学園での恩師斎藤秀雄を記念して同窓生が毎年集うフェスティバル的なサイトウ・キネン・オーケストラを指揮して、長野県松本市でコンサートを行っている。最近ではこのオーケストラの活動そのものも録音活動も含めて国際的になってきた。この活動については様々な見方があるようだが、私は、小澤の行動の基本は、前記のEMI録音以来、一貫して大切にしているものが変っていないと思っている。
 第二次大戦後、音楽は急速に国際化し、かつて録音を通じてさえ感じることが出来たそれぞれの国や都市が育んできた音楽の個性というものが失われつつある。今日、ほとんどのヨーロッパのオーケストラが、ローカルな持ち味を減退させ、インターナショナルな均質化された響きに傾きがちなのは、誰もが認めることだろう。
 しかし、それでもなおかつ、それぞれの「らしさ」は、決してなくなってはいない。フランス人はドイツ人の真似はしないし、イギリス人はフランス人の真似をしない。メンバーが多少国際色を増しても、音楽監督を自分たちの中から出せなくても、変らない部分はある。それが歴史と伝統というものなのだ。
 私たち日本人が、西洋の音楽を聴くようになって一〇〇年余の年月が経った。その間、演奏にあたって、私たちの先人は、おそらく大変な苦労をして学び、模倣してきたに違いない。それが、私たち日本人の感性を堂々と打ち出し、世界にその真価を問うようになったのは、一九六〇年代からのことだろう。指揮者で言えば、岩城宏之、若杉弘、小澤らの世代からだ。
 それぞれが長い歴史を持ったヨーロッパ社会と異なり、私たちの歴史はまだ浅い。今私たちは、やっと、私たちなりの西洋音楽の世界を築きつつあるのだ。小澤/サイトウ・キネンの活動もそのひとつだ。
 小澤/サイトウ・キネンには、ウィーン・フィルやスカラ座管が未だに持っているような〈感性の同一性〉があると言ったら言い過ぎだろうか? これは音楽にとって幸福なことだ。彼らの演奏を〈馴れ合い〉と批判するのは、クレメンス・クラウス/ウィーン・フィルや、フルトヴェングラー/ベルリン・フィルを同じ言葉で批判するのと、本質的には何ら変らない。日本人による西洋音楽は、演奏史の流れの中で、そうした段階にあるということだ。
 サイトウ・キネンがTOKYOという奇妙な国際都市での演奏を拒否しているのは、その意味で正しいと思う。私にとって実はこれは、今年一九九四年、L特急に飛び乗り、新宿駅をあとに山間を走り続けて一路松本までたどり着いての実感だ。「ここはサントリー・ホールでも東京文化でもない!」。お祭りイベント特有のスノッブな雰囲気で差引かれても、大いに価値のある空間移動だった。
 松本文化会館は、まぎれもなく日本の風土の中に建っていた。そしてコンサートの開始。オーケストラの中にはもちろん、この日のために帰国した潮田益子の姿があった。
 
  =======================

【自註②】
 文中の「杉並公会堂」は、「旧館」です。現在同じ場所に同じ名称で建っている「杉並公会堂」とは違います。この潮田/小澤の「協奏曲」のLPは、もちろん当時、英EMIにより海外仕様でも発売されています。(潮田益子の表記が「MUSUKO USHIODA」と誤記されていた。)数年前に「山野楽器+新星堂+タワーレコード」の共同企画の復刻CDが限定発売されましたが、その際に表紙に使われていた写真は英盤と同じもので、東芝盤LPでは「ウラ表紙」に使われていました。ブルッフのみは、「英ロイヤル・クラシックス」がEMIのライセンスを得てCD化したことがあります。これはカップリングはジョージ・ウェルドン指揮、ジーナ・バッカウアーのピアノによるグリーグの協奏曲で、こちらがメイン曲扱い。これはコンチェルトなので、以前2枚のCDが発売された東芝EMIの「ウェルドン北欧音楽集」にも収録されていません。
 文中の「馴れ合い」は、この原稿執筆当時の音楽評論家仲間Y氏の発言。この頃、小澤/サイトウキネンは、決して好意的に迎えられていたわけではなかったのです。「松本」以外での演奏をせず、もちろん、東京公演もなかったことも、何かと非難されていました。


  *      *      *

【自註③】
 以下は、上掲の文章が世に出た頃、つまり1990年代初頭に、私が毎週おしゃべりをしていたCSラジオの実験放送のナレーション用のメモから起こして、当ブログに数年前に掲載したものの一部です。つまり、20年ほど以前の、私の発言です

 ======================

 さて、潮田益子のヴァイオリンを好サポートする小沢征爾指揮、日本フィルハー モニーの演奏を聴いたが、この小沢征爾が1935年生まれ。そして、これから聴く岩城 宏之が3つ上の1932年生まれ。もうひとりの若杉弘が小沢と同じ1935年生まれ。私は、このほぼ同世代の3人が、日本人の独自の感性を堂々と世界に披露した最初の世代だと思っ ている。
 先日、彼らが生まれた頃の1935年に録音された「山田耕作指揮/新交響楽団」によるベートーヴェンの「運命」を聴いたのだが、このベルリン・フィルも指揮したことのある我々の世代の大先輩にあたる山田のベートーヴェンは、「今、ここで自分たちはベートーヴェンというドイツの偉大な作曲家の作品を体験しているのだ」といった、演奏者たちの感動が伝わってくるような演奏。この後、様々な人たちが西洋音楽に取り組んできたわけだが(例えば、近衛秀磨、斎藤秀雄といった人など)、それは、西洋人の方法論をなぞりながら、彼らの音楽美学を会得して来た歴史だ。その中にしばしば顔を覗かせる「日本的な情緒の流れ」が、居心地悪そうに、けれども、現在の私たちにとっては、ほほえましいほどに愛らしく響いている。
 いずれにしても、そうした長い「学習」の期間を経て、岩城、小沢、若杉たちの新しい世代が登場したのだ。
 きょうは、若杉、岩城と、小沢と並んで、日本の指揮者の戦後世代をリードしてきた人たちの、若き日の録音を聴いたわけだが、この1960年台から70年台の記録は、同時に、日本の西洋音楽受容の歴史が 、青春時代から、成熟期に入り始めた時代の記録でもある。彼らの若々しい演奏に共通していたのは、音楽のひた押しな畳みかけが、西洋的な積み上げ、昇り詰めていくものではなく、連続的に横へ横へと押し出されていくような感覚への、全面的な信頼、自信の確かさだと思う。 そうした音楽構造は、東洋的な感性の産物と言い切ってよい。例えば、最近では、韓国出身の指揮者チョン・ ミュンフンも、そうした音楽語法を持っている。
 例えて言えば、ゴシック建築、天を突き刺すように建つ西洋建築の美学と、桂離宮のような横への広がりとの違いとでも言うか? 五重搭でさえ、屋根が柔らかな弧を描いて、裾へ裾へと折重なっている。あれが、東洋の美学で、それは、西洋と東洋それぞれの、文化そのものの違いなのだ。
 クラシック音楽を演奏する上で、西洋をお手本にする時代は、いつの間にか通り過ぎて 、ドイツの伝統とは違う立場での新しい解釈が、フレッシュな魅力を持つようになり始め たのが1960年代。それから、更に30年ほど経って、今では、もっと若い世代が積極的に斬新な解釈を聴かせるようになった。だが、何時までも忘れて欲しくないのは、自分自身の感性のルーツだ。これは、詰め込まれた知識などによって押し出され、消えてしまうよう なものではないはずだが、ルーツを見失うような、頭でっかちの知識だけに頼るようなことも、やめてほしい。 これは、演奏を聴く私たちにも言える。音楽の鑑賞に、こうでなくてはならないという ものは、ひとつもないし、権威のある演奏などといった、偉そうなものもどこにもない。 それぞれの演奏家が、自分の感性、自分の解釈に自信を持って演奏している、そういった 力強さに、素直になりたいと思う。

 ==================

  *      *      *

【自註④】
 最後は、簡単に「紹介」のみですが、近著「クラシック幻盤 偏執譜」(ヤマハミュージックメディア)にも収録した詩誌『孔雀船』に寄せた文章です


 ==================

■潮田益子の青春の記録、バルトークとチャイコフスキー
 潮田益子については、何回か前のこの欄で、小沢征爾指揮~日本フィルハーモニーとのシベリウスとブルッフについて書いたことがあるが、このチャイコフスキーとバルトークの協奏曲も、潮田の極く初期の録音。一九六八年三月に録音されて発売された日本コロムビアのLPレコードの初CD化だ。伴奏は森正の指揮する日本フィルハーモニー交響楽団。このレコードの二曲では、チャイコフスキーももちろん堂々たる名演だが、実はB面のバルトーク『協奏曲第二番』に驚かされる。アメリカでのデビューでもこの曲を選んだ潮田だけに、一九六八年という時点で、これほどに確信に満ちたバルトークを弾いていた人は少ない。ハンガリー的なイディオムは、しばしば西欧よりも東洋的な感覚に通底するものがあるが、そのことを、久しぶりに聴き直して、改めて確信した。

 =================

【自註⑤】
 このCDはコロムビア・ミュージック・エンターテインメントから発売されています。


goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )