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1920年代初頭のパリ社交界で人気者だった「イケメン指揮者」ウラジミール・ゴルシュマンの残した演奏を聴く

2011年07月29日 15時33分30秒 | LPレコード・コレクション
 




 以下は、2010年5月に発行された『クラシック・スナイパー/6』(青弓社発行)の特集「マニア大戦争」に際して併載されたアンケート「マニアが誇る一枚」のために書き下ろした原稿の一部です。(詳細は昨日の当ブログをごらんください。)採りあげた3枚のLPレコードの内の1枚です。

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■オネゲル:交響詩「夏の牧歌」/ミヨー:屋根の上の牡牛/サティ:3つのジムノペディ/ラヴェル:クープランの墓

 ウラジミール・ゴルシュマン指揮コンサート・アーツ管弦楽団 [仏キャピトル P8244]

 ゴルシュマンは、数年前から少しこだわって集め始めた演奏家のひとりである。1893年にパリでロシア系移民の子として生まれたが、1919年には同時代の作曲家の作品を演奏するコンサートを主催してデビューし、その直後、ストラヴィンスキーの『春の祭典』などでセンセーショナルな活動がパリで注目されていた「バレエ・リュス(ロシアバレエ団)」の指揮者陣に迎えられ、1923年に突然辞任するまで活動した。
 このことからわかるように、20世紀初頭のパリの新芸術の空気を吸っていた人物のひとりであることは間違いない。彼は相当な美貌の青年だったといわれ、あちらこちらで催される芸術家を囲むパーティで、しばしば姿が見られたというから、ゴルシュマンの突然のバレエ・リュス指揮者辞任とアメリカ行きを邪推する向きも多い。そのあたりには確かに謎があるが、その後のゴルシュマンは、ヨーロッパでのポストに就くことなく一生をアメリカの地で終えている。戦後、アメリカ資本がウィーンに乗り込んで、多数の録音を行なったが、その中に、ゴルシュマン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団の米ヴァンガード盤があるのが、ゴルシュマンとヨーロッパを結ぶ僅かな線である。1931年からセントルイス交響楽団の首席指揮者となり、1950年代の終わりころまで、その地位にいた。
 ゴルシュマン/セントルイス響には、戦後の1950年代、米キャピトルの第1期にモノラル録音がいくつもあるが、この「フランス近代音楽集」は、なぜか、オーケストラが匿名になっている。そして私が所有しているこの盤そのものは、キャピトルのマークが付いているがフランス盤である。盤面にははっきりと「フランス製」とあり、「パテ・マルコニ社製」であることも明記されている。純然たるフランス盤ではあるが、「USA録音」とも書かれている。不思議な盤ではある。
 「コンサート・アーツ管弦楽団」は、米キャピトル盤においてミルシティンの伴奏でも登場した名称だ。専属関係が厳格だったこの時代、RCAやコロンビア専属のオーケストラを使う時にはいつも匿名になっていたから、キャピトルの活動範囲から考えてみると、ロスアンゼルス・フィルかサンフランシスコ響ではないかと思うが、確証はない。いずれにしても、ゴルシュマンはこの後、ヴァンガードのウィーン録音以外では、50年代の終わりに米コロンビアに移籍して、手兵のセントルイス響を振っていくつかの録音を残して世を去っている。
 このゴルシュマンの音楽的ルーツともいうべき一連の曲目を演奏するに際して、セントルイス響が相応しくないと判断されたのだとすれば、いったいこのオーケストラは、どこなのだろう。あるいは、米コロンビアとの専属契約が先行してしまって、キャピトルが、セントルイス響の名称を使用できなくなっただけなのか、録音時期が特定できないので、真相が掴めないままでいる。いずれにしても、この確信に満ちた演奏は、この指揮者がまちがいなく20世紀初頭のパリでキャリアの最初を歩んだ青年のひとりであったことを納得させる。洒落っ気のある華やいだ演奏である。単なるアメリカ的演奏ではない。
 パリを離れて生涯を送ったゴルシュマンが、アメリカのオーケストラを振ってアメリカで録音した演奏が、里帰りしてフランスでプレスされ発売されたという珍盤――。このレコードが発売されたころ、美少年ゴルシュマン君を覚えている社交界のご婦人方が、何人いただろうかと、思わず想像してみた。


【ブログへの再掲載にあたっての追記】
 ゴルシュマンについては、2009年4月に青弓社から発行された『クラシック反入門』(許光俊ほか編)でも執筆している。一部抜粋して紹介する。

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 ゴルシュマンの戦前の古い録音に、ポーランド系フランス人で、ラヴェルやストラヴィンスキーと交際し影響を受けた作曲家、アレクサンドル・タンスマンの『弦楽のためのトリプティカ』という作品がある。演奏はもちろんセントルイス交響楽団のメンバーだ。一〇年ほど前にCD化されているが、録音が行われたのはアメリカに渡って間もない一九三四年である。パリで進取の気概を発揮していたゴルシュマンならではの録音だが、これはなかなか面白い曲だし、作品の特徴をしっかりと把握した優れた演奏だと思う。


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 「マニア」と「コレクター」は大違い!

2011年07月28日 11時09分33秒 | 雑文
 




 本日からしばらくは、2010年5月に発行された『クラシック・スナイパー/6』(青弓社発行)の特集「マニア大戦争」に際して併載されたアンケート「マニアが誇る一枚」のために書き下ろした原稿を転載します。私と平林直哉氏との最後まで噛み合わない対談がメインの読み物になっていた特集に併載されていたものです。編集人の許光俊氏にわがままを言って、「アンケート」とは言え、その趣旨を大幅に逸脱して「3枚」のLPを紹介するという、私が『クラシック・スナイパー』で続けている「名盤・奇盤の博物学シリーズ」のひとつになるような文章にしてしまったものでした。
 今回、青弓社さんのご了解をいただきましたので、当ブログに、分割してご紹介します。モノクロで掲載していたジャケット写真も、カラ―でご覧ください。

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 改めて、同特集を、対談を含めて読み直してみましたが、要するに私は、本日掲載する「前振り」部分に期せずして現れている通り、「マニア」ではなく「コレクター」なのですね。思えば、稀代の「愛書家」気谷誠氏に、「コレクターは自らのコレクションについて、語る義務がある」ということを教わり、『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』(洋泉社)を上梓してから、何年経ったのでしょう。その後に様々の機会に書いたものもずいぶん溜まってきました。このブログで「分類・整理」「補遺」「自註」を続けてきましたが、そろそろ、書籍編集者としての私が、ウズウズしています。やっと、この半年ほど取り組んできた「大正・昭和初期文化」に絡んだ調査と執筆の仕事が一段落したのです。3・11震災で崩れていたCD棚の整理もほぼ終了し、(レコード棚は「完全無傷」なのです。重量がモノを言うのでしょう、とはコレクター仲間の言。)改めて関心のある演奏家やテーマ別に収蔵し直しつつあります。
 久しぶりに、音楽関連の大著をまとめたくなっています。

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 また、1行で済ませるつもりのご挨拶が、長くなってしまいました。本日は、青弓社にお渡しした原稿の「前振り」部分だけにします。 以下の部分に続けて、『クラシック・スナイパー』では3枚のLPについて書きましたが、各々長文なので、それらも明日以降、3回に分けて当ブログにUPします。このブログの読者の方は、ほんの一部しか『クラシック・スナイパー』の読者と重複していないようですが、(悲しいことに、そのくらい、紙媒体の読者の市場が小さくもなっているようですが)、既にお読みになった方も、ジャケット写真をカラ―で掲載しますのでお楽しみください。

 以下が、その原稿の「前振り部分」です。冒頭から、「マニア」と「コレクター」を混同しています。今回読み返して気づきました。青弓社さん、許さん、ごめんなさい。

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■マニアが誇る一枚/竹内貴久雄

 コレクターの「誇り」とは、「所有していることを誇る」のではなく、そのコレクションについて「どれほど語ることがあるか」なのだと思っています。その意味で、数千枚の「語るべきこと」を持ったレコードの中から、たった1枚だけを選ぶわけにもいかず、無理をお願いして、「きょう、私の目についた3枚」について、とりあえず書かせていただくことにしました。3枚あれば、私の考え方なり蒐集の方法論なりが、最小限ですが表現できると思ったからです。

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 きょうはここまで、です。



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プロムスの大舞台でダイナミックに鳴り切ったサージェント異色のドビュッシーとフランス歌曲の名唱を聴く

2011年07月20日 10時34分11秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の9枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6084
【曲目】ドビュッシー:交響詩「海」
    ショーソン:愛と海の詩
    ラヴェル:歌曲集「シェエラザード」
【演奏】マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
    ジャネット・ベイカー(m.s.)
     スヴェトラーノフ指揮ロンドン交響楽団
    マーガレット・プライス(sop.)
マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
【録音日】1963年9月5日、1975年4月17日、1965年8月6日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、フランス近代の作曲家3人の作品が収められている。その内、2曲が管弦楽伴奏付きの歌曲集というめずらしい組み合わせだ。
 アルバムの導入のように置かれたドビュッシーの交響詩「海」は、ロンドンの夏を彩るプロムナード・コンサート(プロムス)の主役として、戦後の長い間、人気を博していたマルコム・サージェント指揮BBC交響楽団の演奏。もちろん、この録音も、1963年のプロムスでのライヴだ。
 演奏は、いわゆるドビュッシー的な淡い色彩の音楽を期待すると、かなり違和感があるかも知れない。遠目からもそれぞれの色彩の違いがくっきりと見分けられるといった傾向の演奏で、身振りの明確な演奏だ。誤解を恐れずに言えば、かなりスペクタクルな動きのはっきりした演奏だが、それは、プロムナード・コンサートという大ホールを埋め尽くす観客を相手にした演奏会にとって、むしろふさわしいことだったのかも知れない。必ずしもサージェントという指揮者の、これまでの録音での特徴にそのまま一致する演奏スタイルではないからだ。いずれにしても結果として、この「海」は、なかなかダイナミックでわかりやすく、親しみやすい演奏になっている。第3楽章は特に圧巻で、音楽が生き生きしていて楽しい。このあたりに、イギリスがクラシック音楽を上手に大衆化している上質なセンスを聴くことができる。
 一方、ショーソンとラヴェルの作品では、イギリスの誇る2人の女性歌手の名唱を聴くことができる。イギリスには、かつてのキャスリーン・フェリアのように、歌曲の分野で実力を発揮する歌手が多いが、ジャネット・ベイカーと、マーガレット・プライスの2人も、そうした例だ。ベイカーには、バルビローリ指揮でベルリオーズ「夏の夜」や、ボールト指揮でブラームス「アルト・ラプソディ」などの録音が、プライスには、アバド指揮でラヴェル「シェエラザード」や、サヴァリッシュのピアノとのシューベルト歌曲集などの録音が、それぞれある。
 ショーソンでロンドン交響楽団を指揮しているのは、ロシアの指揮者エフゲニー・スヴェトラーノフだが、ベイカーの歌唱ともども適度な劇性を聴かせて、この曲にしっかりとした芯を与えて、聴き手を掴んで離さない。旋律のラインを的確に朗々と響かせながら、繊細さを確保した語り口のうまさが光る。
 ラヴェルのプライスは、前述のように、アバドとの87年録音があるが、このサージェントとのライヴ録音は、65年のプロムスでのもの。張りのある若々しく開放的な歌が魅力だ。(1996.7.28 執筆)





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ウォルトン「ヴィオラ協奏曲」と「ヴァイオリン協奏曲」の正統を伝える演奏を、BBCに残された録音で聴く

2011年07月11日 15時22分07秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の8枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6083
【曲目】ウォルトン:ヴィオラ協奏曲
       :ヴァイオリン協奏曲
【演奏】ピーター・シドロフ(va)
     コリン・デイヴィス指揮BBC交響楽団
     アイオナ・ブラウン(vn)
     エドワード・ダウンズ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1972年8月21日、1967年7月18日


■このCDの演奏についてのメモ
 今世紀のイギリスを代表する作曲家のひとり、ウイリアム・ウォルトンはその生涯に、独奏と大管弦楽との本格的な協奏曲をヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、それぞれのために1曲ずつ残したが、そのうちの2曲が、このCDには収められている。
 冒頭に収められた「ヴィオラ協奏曲」は、ウォルトンの協奏曲の中では最も早くに書き上げられた作品。ナチ台頭前夜の不安な世相を反映しながら、深い祈りにも似た抒情精神にあふれた美しい作品だが、それほど録音はされていない。古くはウォルトン自身の指揮による2種の録音(独奏:37年、ライデル/68年、メニューイン)があったが、88年にナイジェル・ケネディの独奏、プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏がCDで発売されて、最近では93年発売の英シャンドス盤で、日本の誇る世界的ヴィオラ奏者今井信子が好演している。
 当CDは1972年のプロムナード・コンサート(プロムス)のライヴ録音で、ここでヴィオラを独奏しているピーター・シドロフは、室内楽ファンならば誰でもその名を知っている弦楽四重奏団、アマデウス・カルテットのヴィオラ奏者。ジュリアード・カルテットのヒリアーと並んで、名カルテットでの活動が中心のヴィオラ奏者の中で、そのヴィルトーゾ性に抜きん出たものを持っていた人だが、これは、その貴重なソロ活動の録音と言えるだろう。ウィーンの流れを汲みながら、戦後、近代感覚を存分に発揮していくつもの名演を残したアマデウス・カルテットの一員だけあって、シドロフの演奏は、この作品の背後にあるほの暗い抒情が豊かに歌い上げられ、時代精神を伝える見事な演奏となっている。コーリン・デーヴィスの指揮も、独奏者の心をよく聴き取りながら、控え目なペースでよく随いている。
 一方の「ヴァイオリン協奏曲」で独奏しているアイオナ・ブラウンは、フィルハーモニア管弦楽団から1964年にネビル・マリナー率いるアカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)に移籍し、74年以降、同楽団のリーダー、ソリストとして活躍している。この録音は1967年で、ブラウンがソリストとして高い評価を得つつある頃にあたる。力強いアプローチで弾き切っており、この自国の今世紀を代表するヴァイオリン作品のイメージに、揺るぎない確信を持って接していることが伝わってくる。これもまた、この曲を聴くにふさわしい仕上りを聴かせてくれる録音だ。(1996.7.25 執筆)



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ワイセンベルク1972ライヴ/ワレフスカ2010ライヴ/ムタ―1995ライヴ/若きプレヴィンの「べト7」

2011年07月09日 15時49分00秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
 半年に一度、詩誌『孔雀船』のために執筆している「リスニング・ルーム」(新譜CD雑感)の原稿を書き終えました。同誌では、この半年間に刊行された「詩集」の書評も、もう30年以上続けているのですが、この「CD評」の方は主宰者に了解してもらって、こちらのブログに先行掲載しています。今回は、今年1月から6月までに発売された再発売を含む新譜が対象です。「ワレフスカ」のCDは、このブログ上では何度も登場していますので申し訳ないのですが、「孔雀船」の読者にも関係者のひとりとして告知しなくてはならなかったのです。
 以下2011年7月発行の詩誌『孔雀船』掲載の「リスニング・ルーム」全文です。なお、冒頭の写真は、ワイセンベルクのCDの表紙です。

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■ワイセンベルクの一九七二年リサイタルの壮絶さに絶句
 鋭い切り口と硬質なタッチに特徴があると思っていたアレクシス・ワイセンベルクだが、そうした表現だけには留まらない、はち切れんばかりに音楽が溢れ出してくる絶好調のリサイタル・ライヴが登場した。一九七二年五月一九日のシュヴェツィンゲン音楽祭でのリサイタルを南ドイツ放送局が収録した音源を、独ヘンスラーがCD化したもので、オール・ショパン・プログラムだ。「幻想ポロネーズ 作品六一」で開始されたリサイタルは最初から、深い思いを込めて弾き始められる。やがて決然と、激しく畳みかけ、聴く者を揺さぶる。うごめく生き物のような大きな抑揚と振幅の交錯するピアニズムの極致を聴くことができる。正直なところ私は、ワイセンベルクというピアニストの「凄み」とでもいうものを初めて思い知って、打ちのめされてしまった。これは、ワイセンベルクにとっても、おそらく奇跡的なある日の記録なのだと思う。十年の長きに及んだ充電期間を経て再デビューのコンサートを成功させて以来、充実した日々が五年ほど続き、一九七二年という年は、ワイセンベルクにとっても故国ブルガリアへの二十八年ぶりの帰国を決意した転換期だった。見事なテクニックを聴かせるスタジオ録音や、シンフォニックな壮麗さをバランスよく聴かせる協奏曲録音などと異なり、この「思いの濃い」独奏ピアノでは、消え入りそうな弱音の彼方にまで、弾き手の思いが込められている。


■「ワレフスカ・チェロ・リサイタル」の発売を喜ぶ
 世界のレコード、CD市場から一九七〇年代に離れてしまったクリスティーヌ・ワレフスカは、当時、ジャクリーヌ・デュプレと人気、実力とも競っていたチェリストなのだが、そのことを覚えている人も、ほとんどいなくなってしまった。このCDアルバムに収められた昨年六月のコンサートは、ワレフスカのチェロに魅せられたひとりのファンの熱意で実現した実行委員会方式での「招聘コンサート」である。三十六年ぶりの来日となったわけだが、そのコンサートの主宰者とファンのひとりとして交流するようになった私は、このコンサート記録をぜひともCDとして残すべきだということでレコード会社に働きかけた。その結果、制作されたこのCDは期せずして、グローバルな音楽ビジネスから身を引いて孤塁を守って来たワレフスカの個性あふれる音楽の「今」を伝え、後世に残す貴重な記録となった。ワレフスカの三十数年ぶりの新譜。しかも、初の室内楽録音であり、初のライヴ録音だ。当初に予定されていた伴奏者との息が合わず、急遽ニューヨーク在の若いピアニスト、福原彰美がワレフスカの指名で駆けつけたコンサート・ツア終盤のライヴで、NHKが収録しFMで放送した音源のCD化。私にとっては、福原という将来を期待する逸材との出会いともなった「思い出の日」のCD化でもある。日本ウエストミンスターから一般市販され、かなり話題になっているのも、手前味噌ながらうれしい。


■アンネ・ゾフィー・ムタ―「一九九五年ベルリン・リサイタル」
 DGの「BEST100」という再発売シリーズの一枚。ムタ―は、私にとってほとんど関心のないヴァイオリニストだったが、このところ、一晩の「リサイタル」を収録したライヴ盤の味わいが、今更ながら気にかかり出したので、気まぐれで買ってみたCDである。実に不思議なプログラム構成でもあるが、このCDからは、様々なことに思いが馳せた。ブラームス「FAEソナタ」のスケルツォで始まり、ドビュッシー「ソナタ」、モーツァルト「ソナタ・ホ短調」フランク「ソナタ」、ブラームス「ハンガリア舞曲」第二番と第五番。アンコールとしてドビュッシー「美しい夕暮れ」というコンサートだが、何と言ってもびっくりしたのはモーツァルトだ。あの楚々として淡々としていたはずの愛らしい音楽が暗い抒情を湛えて、まるでシューマンかブラームスの音楽のように聞こえてくる。テンポやアゴーギクの揺らぎや大きな崩れには面食らう。時折、音楽が止まってしまいそうに遅くなる。この度外れたモーツァルトを最後まで聴かせてしまう説得力には、脱帽するしかなかった。ピアノはランバート・オーキス。この予測しがたいニュアンスの変化を、ピアノの側でも強調しつつ支えている。ヨアヒム編曲のハンガリア舞曲第五番も、例の単調で安っぽい管弦楽版と異なり、とても雄弁で輝きに溢れている。そしてアンコール曲「美しい夕暮れ」では、夕映えのような豊かな色彩が、ひっそりと奏でられる。


■若き日のアンドレ・プレヴィンのベートーヴェン「第七」
 タワー・レコードの「CLASSICAL TREASURES」シリーズで、アンドレ・プレヴィンがクラシック音楽の指揮者となって頭角を現わして間もないころに録音されたベートーヴェンの交響曲がCD化された。一九七三年から翌年にかけての「第五」と「第七」を一枚のCDに収めたものだ。今では知っている人も少なくなったが、ベルリンに生まれたプレヴィンは、一〇歳の時にナチを逃れてパリ経由でアメリカに渡り、一〇代から映画音楽などのスタジオミュージシャンとして生活していた。私がプレヴィンという音楽家の名前を見たのは、ワーナーのミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』の指揮者としてだった。その後、それに先立つMGM映画『ポーギーとべス』の音楽担当だったことも知った。要するに、バーンスタインとも共通して、アメリカの商業音楽の世界からキャリアを始めた人なのだ。「教養」ではなく、「生きた音楽」に浸ってきた一人である。この録音――、特に「第七」の第三楽章以降の味わいが興味深い。流れるような音楽なのだが、「いや、ちょっと待てよ」と思う。ドイツ・オーストリア系の、折り目のくっきりとした音楽と違って、どこかスッポ抜けた感覚が新鮮なのだ。サイモン・ラトルが、スイスイと駆け抜けて疾走するビート感覚で『春の祭典』を世に問う以前のことだ。すっかり忘れていたが、今にして思えば、この頃、クラシック音楽が徐々に変貌し始めていたのだ。
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クレンペラーによってイギリスの聴衆との絆が生まれたピアニスト、アニー・フィッシャーの「比類ない詩情」

2011年07月05日 11時14分12秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の7枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6082
【曲目】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第19番
      :ピアノ・ソナタ第15番「田園」
      :ピアノ・ソナタ第30番
      :ピアノ・ソナタ第32番
【演奏】アニー・フィッシャー(pf)
【録音日】1971年2月24日、1977年10月19日、
     1987年11月11日、1977年10月19日


■このCDの演奏についてのメモ
 オーケストラ作品の多い〈BBC-RADIO クラシックス〉のシリーズで、これはめずらしいピアノ・ソロのアルバムだ。録音年代は長期にわたっているが、演奏者はいずれもアニー・フィッシャーで、曲目はすべてベートーヴェンのソナタとなっている。
 アニー・フィッシャーは1914年にハンガリーに生まれた女性ピアニスト。1933年にリスト・ピアノ・コンクールで第1位を獲得した。第2次大戦中はスウェーデンに移住していたが、1946年に再びハンガリーに戻って活動を再開した。
 戦前から、その詩的でエレガントなピアノが多くの大指揮者を感激させたと言われ、共演した指揮者は、フリッツ・ブッシュ、メンゲルベルク、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラーなど、錚々たる顔ぶれだ。
 特にクレンペラーは、戦後のハンガリーでの活動を通じて、アニー・フィッシャーの素晴らしさを認識し、後に、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者時代には、しばしばロンドンに呼び寄せ、共演している。いくつかが、英EMIによって録音もされているが、そうしたことで、アニー・フィッシャーとイギリスの聴衆との結びつきは、なおさら強いものとなっていったようだ。
 フィッシャーのピアノには深く、もの静かな思索があり、その独特の浮揚感から湧き出てくる詩情の豊かさには、比類ないものがあった。そのことは、このCDの冒頭に収められた19番のソナタを、ひと度聴き始めただけでも、即座に感じ取れる。イギリスの聴衆は、長い間、彼女のピアノを愛し続け、この上質なピアニズムを大切に守ってきた。
 おそらく、ロンドンの聴衆は、世界で最も、彼女の芸術を理解していただろう。良い聴き手とめぐり合った時、演奏も、ほんとうに光り輝くのだと思う。クレンペラーとの共演をはじめとして、彼女のロンドン録音には、すばらしい成果を出したものが多い。だが、今回のBBC放送のために録音された一連の演奏は、それを凌駕して余りあるほどの見事な音楽的充実を持っている。彼女のこれほどの名演奏を収録し、こうして保存してきたBBCのスタッフに敬服する。
 フィッシャーの最後の公開のリサイタルは、1992年6月に、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行われた。それから3年後、1995年4月に、彼女はブダペストの自宅で81年の長い生涯を閉じた。バッハの「ヨハネ受難曲」の放送を聴きながらの死だったという。(1996.7.30 執筆)



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