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『ギターと出会った日本人たち』が、再版決定しました。

2011年01月26日 14時00分39秒 | 「大正・昭和初期研究」関連



 昨年末に発売されたばかりの私の近著『ギターと出会った日本人たち――近代日本の西洋音楽受容史』(ヤマハミュージックメディア刊)が、1ヵ月足らずで、小部数ですが再版となりました。うれしいことです。
 既に、様々な方がブログやツイッタ―で関心を示してくださったり、お勧めくださったりしていて、いわゆるクラシック音楽評の文章を書いた時とは全く違う広がりに、「さすがはギターだ」と、改めてギターを愛好する人の層の厚さを実感していたところです。
 「まえがき」や「あとがき」にも書いたと思いますが(当ブログにて既報)、明治から大正、昭和初期の、いわゆる黎明期の日本のギターを取り巻く様々な出来事は、未だにまとまった記述の文献がほとんどなく、断片的な記載を総合して一冊にまとめた、ほとんど唯一の書を書きあげたという自負もありましたが、それと同時に、まだまだ足りない、とも思って、反省していた中での出版社担当者からの連絡でした。
 ご購読くださった多くの読者の皆さまからの、励ましのご発言には感謝しております。石を投げなければ波紋は広がりません。いつまでも調査・研究に明け暮れていてはいけないと思い、思い切って本にして仕舞ってよかったとは思っていますが、あの本は、「黎明期の日本のギター界」研究の、最初の一石に過ぎません。ともかく、私は石を投げ、波紋が広がりました。私自身は、あと5年先になるか10年先になるかわかりませんが、再び、このテーマを掘り下げた書を著わしたいと思っています。まだまだ、私の未知の資料があるはずです。日本のギター史研究は、ほんの入り口に立っているだけなのだと思っています。
 情報、ご意見などありましたら、出版元の「ヤマハミュージックメディア出版部、書籍編集チーム気付」で私宛にお送りください。お待ちしています。



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ザンデルリンクがBBCに残したマーラー「9番」は、一分の隙もない壮絶な演奏で緊張が持続する名演だ。

2011年01月22日 08時47分11秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の6枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6066
【曲目】マーラー:交響曲第9番
【演奏】クルト・ザンデルリンク指揮BBCフィルハーモニック管弦楽団
【録音日】1982年7月17日

●CRCB6066
■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスのシリーズに初登場のザンデルリンクによる、マーラーの「交響曲第9番」。実に力強く、手応えの大きな演奏だ。最近のマーラー演奏は、スコアを透視していくような演奏や、精神病理学的な分析を主眼とした演奏が主流だが、このザンデルリンクの演奏からは、そうした、やわな精神など吹き飛んでしまうような野太く、タフな音楽が漲っている。
 第1楽章の熱っぽさも相当なものだが、ザンデルリンクの音楽の特質は、第2楽章に最も表われている。この足取りの、荒々しくも逞しい動きは尋常ではない。確信に満ちた歩みが、しっかりと大地をわし掴みにしている。「だいじょうぶだよ、マーラー。ぼくらは、まだ、こんなにしっかりと生きている!」思わずそう言いたくなるような、ずしりとした手応えの重さがうれしい。
 だが、第3楽章以降。聴く者は、次第に引き返すことの出来ない暗部へと追いたてられ、突き進む。気迫のこもった大きなうねりに取り囲まれ、瞬きひとつ許されないほどに、一分の隙もない。抗うことは不可能だ。実に壮絶な演奏が、どこまでも休みなく続く。
 第3楽章が終わった瞬間に立ち込める緊張が、CDからでも伝わってくる。そして、終楽章。我々を遥か高いところから包みつくす、巨大な慰めの帳りがゆっくりと降りて来る。そして、張り裂けそうな思いの全てを蔽い、無限の彼方へと消えて行く。
 これは、奇跡的な演奏というものが、時として起こり得るということを、久しぶりに感じたCDだ。録音という手段を人類が手にしたこと、そのことを、ただひたすら感謝するのは、こうした演奏を聴いた時だと思うのは、私ひとりではないと信じている。
        *
 ザンデルリンクは1912年9月19日にドイツに生まれた。1931年にベルリン国立歌劇場のアシスタントとしてキャリアを開始したが、35年、ナチスを避けてソ連に移住。ムラヴィンスキーの率いるレニングラード・フィルの指揮者陣のひとりとして、1960年まで活動した。その後、故国(当時の東ドイツ)に戻ってベルリン交響楽団の芸術監督、シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者などを歴任した。1972年にロンドンのフィルハーモニア管弦楽団(当時、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)を指揮してロンドンにデビューし、このオーケストラの名誉総裁だった大指揮者、オットー・クレンペラーを驚嘆させたと言われている。(1996.7.1 執筆)

【ブログへの再掲載に当たっての付記】
 この演奏を聴いた夜のことは、今でも鮮明に覚えています。ここに私が書いたとおり。すばらしい演奏です。このころ、確かフィルハーモニア管弦楽団を振った仏エラート盤も国内盤が発売されていましたので、あわてて購入しましたが、それを遥かに凌駕する演奏でした。BBCのシリーズなので「ライヴ録音」と思いがちですが、このオーケストラの本拠地であるマンチェスターのBBC第7スタジオでの録音です。ただし、録音日がたった1日ですし、演奏の出来から推して、いわゆる「一発録音」の可能性があります。マーラーが感じていたはずの、19世紀末における抒情精神の崩壊への予感や怖れが伝わってくる類まれな名演です。


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プロムスの巨大空間に、3つの合唱団を集めて演奏されたベートーヴェン「ミサ曲ハ長調」の独特のサウンド

2011年01月21日 11時35分55秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第3期発売の15点の5枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6065
【曲目】ベートーヴェン:ミサ曲 ハ長調 作品86
    モーツァルト:ミサ曲 第16番 ハ長調 K.317「戴冠式ミサ」
【演奏】プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団、
    BBC交響合唱団、ロンドンフィルハーモニック合唱団、
    BBCシンガーズ、コトルバス(sop)、他、独唱者
    メレディス・デイヴィス指揮BBCノーザン交響楽団
    リーズ・フィルハーモニック合唱団、他、独唱者
【録音日】1983年7月22日、1977年11月12日

●CRCB6065
■このCDの演奏についてのメモ
 このCDにはベートーヴェンとモーツァルトの「ミサ曲」が収められているが、その内、ベートーヴェンの作品は巨大ホール、ロイヤル・アルバート・ホールでのプロムナード・コンサート(プロムス)でのライヴ録音となっている。合唱団が大規模なのはそのためと思われるが、これ程までの大編成で演奏するという、この作品としては極めて珍しい結果を生んでいる。そのことの是非はともかくとして、おそらく作曲者自身の想定をはるかに超えたスケールで演奏されるこの作品が、ベートーヴェン中期の創作活動の充実した時期の作品としての、ドラマティックな魅力を増していることは事実だ。プリッチャードの指揮も、全体をよくまとめ、なかなか聴き応えのする演奏となっている。
 プリッチャードは1921年にロンドンに生まれた。1947年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。BBC交響楽団の首席指揮者に1982年から89年の死の年まで着任した。
 一方、モーツァルトの「戴冠式ミサ」を指揮しているメレディス・デイヴィスは、1922年にイングランド北西部のバーケンヘッドに生まれた指揮者、兼オルガン奏者、兼教育者。日本での知名度はあまりないが、ロンドンのトリニティ・カレッジ・オブ・ミュージックの校長に79年から89年まで着任しているイギリス音楽界の重鎮のひとりだ。王立合唱協会の指揮者を1972年から83年まで務めているほか、このCDでも参加しているリーズ・フィルハーモニー協会の指揮者にも75年から84年まで着任していた。
 BBCノーザン交響楽団は、マンチェスターに本拠を置くBBC放送局傘下のオーケストラのひとつで、ロンドンのBBC交響楽団とは別の組織。現在は名称をBBCフィルハーモニー管弦楽団と改めて活動している。(1996.7.1 執筆)


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先日の「福原彰美ピアノリサイタル」(トリフォニー小ホール)を聴いて

2011年01月17日 16時29分27秒 | エッセイ(クラシック音楽)
 このブログでも話題にした「福原彰美ピアノリサイタル」が、先日、1月14日(金曜日)の午後7時から、東京・すみだトリフォ二―ホール・小ホールにて行われました。曲目は次のような意欲的なものです。
   ==================
・ラモ―作曲:「鳥のさえずり」(クラブサン曲集から)
       「エジプトの女」(新クラブサン曲集から)
・シューベルト作曲/リスト編曲:
       「糸を紡ぐグレートヒェン」
       「水の上で歌う」
・ワーグナー作曲/リスト編曲:
       「イゾルデの愛の死」(「楽劇「トリスタンとイゾルデ」より)
・リスト作曲:メフィストワルツ第2番

 (休憩)

・ライアン・アンソニー・フランシス作曲:「ねじまき鳥前奏曲集」
        序曲
        永遠の半月
        空のギターケースと野球バット
        予言する鳥
        真夜中の出来事
        鳥刺し男
        真夜中の出来事Ⅱ
        さよなら
・リスト作曲:「ため息」(3つの演奏会用練習曲より)
・J.S.バッハ作曲/ブゾ―ニ編曲:
       「シャコンヌ」(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より)
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 このプログラムのショート・バージョンをニューヨークでの演奏会で披露しての帰国コンサートでした。以下が、私のメモ書き風の「感想」です。とりあえず、忘れないように書いておきます。いずれ、もっと色々と聴いてから、彼女のピアノについてはゆっくりとまとまった文章を書きたいと思っています。


■福原彰美のピアノリサイタル2011・1・14

 クリスチーヌ・ワレフスカのチェロ・リサイタルで初めて福原のピアノを聴いて以来のコンサートである。初めて聴く彼女のソロ・リサイタルだった。
 プログラム構成で、まず気が付いたが、おそらく福原は、ピアノの音の響かせ方に、強い関心を持っている一人だと思う。ピアノが、ピアノでなければならない「音」の組み合わせによって生み出される空間に、強い関心を持っているはずだ。メロディやリズムが織りなす「情趣」というものは、その結果にすぎない。
 リサイタルの冒頭のラモーの音が出てきた瞬間から、福原のピアノの音への愛着を強く感じた。福原にとってピアノの音は、常に、よく摘まれた音の連なりによって達成されなければならないと信じた結果だ。何人か、そうしたピアニストを聴いたことがあるが、福原も、間違いなくその一人だと確信している。
 それにしても、なんと表情のたおやかなピアノであることか。福原の音楽の一番の特徴は、よく摘まれた粒立ちのよい音が、強弱も間合いも、共に絶え間なく曲線を描いていることにある。その曲線があればこそ、匂い立つ音楽と化すのだ。低域の響かせ方の巧みさと、そこにさし挟まれる高域の切れもそうだ。福原のペダルのうまさが生かされるのを、リストの編曲作品でことさらに感じた。音量のコントロールが絶妙なので、よく響いていた。それぞれの音楽の中での音の数の豊富さや音づかいの巧みさがよく聞こえる。
 福原のピアノに対して、もし「欲」を言うとするなら、それは、更なる色彩の豊かさだが、今は、そこまでは言うまい。福原は昨年のワレフスカとの共演で、自分の中で何かが変わったと繰り返し強調していたが、ひょっとすると、その「何か」とは、強弱や間合いの自在さから生まれる、しなやかに孤を描き続ける曲線のような音楽の仕上がりなのかもしれない。20世紀という「ろ過」の過程を経た今日、ロマン派音楽の再構築の堂々たる足音が聞こえ始めている昨今だが、ワレフスカの音楽性が起爆剤となったものか、福原もまた、20世紀的な屈折に無縁な「抒情精神」の発露の方法を、掴みつつあるようだ。
 余計なことかもしれないが、私は、個人的には福原のシューマンの演奏が聴きたいと思った。シューマンの音楽はまだ、その音響の解明に大きな可能性を秘めていると思うからである。

 なお、日本初演となったアメリカの若い作曲家、ライアン・アンソニー・フランシスの『ねじまき鳥前奏曲集』は、題名から察しのつく通り、村上春樹の小説『ねじ巻き鳥クロニクル』にインスパイアされた作品で、ロッシーニ『どろぼうかささぎ』序曲や、シューマン『予言の鳥』、モーツァルト『魔笛』の「鳥刺しの歌」なども変形されて引用されている作品。巧みな音づかいで書き込まれた秀作だと思う。じつに楽しめた作品だが、共感を持って福原のように弾きこなせるピアニストは、まだあまりいないだろう。手の込んだ作品でもある。

 
 
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ワレフスカ名演集/ジャノーリとホルヴァートの共演/チェルカスキーの遺産/シェリングとドラティの名演

2011年01月12日 09時55分57秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
 半年に一度「新譜CD」の寸感を掲載している詩誌『孔雀船』のための原稿が書き終わりましたので、今回も、当ブログに先行掲載します。冒頭の写真は「ワレフスカ名演集」です。


■チェロの女王・ワレフスカの全フィリップス録音がCD化
 ついに、と言うべきか、やっと、と言うべきか、二〇世紀後半のチェロ奏者のなかで傑出したひとりでありながら、レコーディングにあまり恵まれず、ほとんど忘れられた存在になっていたクリスティーヌ・ワレフスカがフィリップスに残したLP全六枚の録音が、CD五枚組・四二〇〇円で初発売された。タワーレコード・ヴィンテージ・コレクションVol. 11のひとつだ。ボックス入りで、表紙のデザインは「ハイドンの協奏曲集」のLPをもとにしたもの。それ以外の五枚(「シューマンの協奏曲/ブロッホ《コル・ニドライ》《ヘブライ狂詩曲》」「ドヴォルザークの協奏曲/チャイコフスキー《ロココ》」「プロコフィエフ/ハチャトリアンの協奏曲」「サン=サーンスの協奏曲ほか」「ヴィヴァルディ協奏曲集」)のLPのオリジナルジャケットも、ボックスの裏に小さく全て印刷されていて懐かしい。ご存知の方も多いと思うが、昨年の四月、三〇数年ぶりの再来日を、ひとりのファンの努力によって自主公演の形で実現させて再評価の機運が一気に高まったものだ。その招聘活動が日本経済新聞の文化欄で大きく取り上げられ、NHKによるFM放送も実現した。こうした動きがなければ、今回の『ワレフスカ名演集』五枚組の発売は実現しなかったと思う。私も、その活動の後押しをしていた一員として、二〇世紀を代表するチェロ奏者のひとりとしてのワレフスカが、正当に評価されるよう願っている。


■レーヌ・ジャノーリのメンデルスゾーン「協奏曲」
 これも手前みそで恐縮だが、この欄でも何回か登場しているピアニスト、レーヌ・ジャノーリのメンデルスゾーン『ピアノ協奏曲・第一番』『同・第二番』がCD復刻で世界初発売となった。ジャノーリの再評価も着々と進行中、というわけで、これはコロムビア系の日本ウエストミンスターのレーベル「ヴォアドール」から、一八〇〇円で発売。ジャノーリのメンデルスゾーンは珍しいレパートリーと思う人も多いと思うが、一九七〇年代には仏アデに『シューマン・ピアノ独奏曲全集』を録音している。決して意外なレパートリーではないが、こちらは一九五五年のウィーン録音。伴奏は当時のウィーンで新進気鋭だったミラン・ホルヴァート指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団だ。このCDは、私自身がライナー・ノートを担当していて、演奏の魅力については全文を私のブログにも掲載済みなので、ここでは繰り返さないが、ジャノーリのメンデルスゾーンの演奏は、ロマン派の牙城であるドイツ・オーストリアを中心に第二次世界大戦前のヨーロッパ全土を覆っていた「新即物主義(ノイエ・ザハリッヒカイト)」の影響が強いということが、大きな特徴。特にこの協奏曲は、驚くほど楷書体の音楽を実現している。戦後まもない時代のウィーンの、今日に連なる新時代の息吹をこそ聴くべき新鮮な演奏だ。隠れた名盤のCD初登場である。



■チェルカスキ―の最後の録音は「音楽的遺産」だ!
 これは、卓越した指の動きと、大らかで自然な音楽を、全身から溢れさせて演奏して聴かせたシューラ・チェルカスキーのピアノが、最晩年に至ってもなお、きらきらと輝く幻想性を帯びた響きを湛えていたことを証明する素晴らしい遺産である。これほどに軽やかなピアノの響きで揺れるラフマニノフの魅力を、どう表現したものか、戸惑ってしまった。曲目はラフマニノフの難曲『ピアノ協奏曲第三番』のほかに、『前奏曲・ト短調』『同・嬰ト短調』『同・嬰ハ短調』『舟唄ト短調』、『メロディ ホ長調 作品三―三』と独奏曲が五曲収められている。以上の全てが、一九九四年から一九九五年にロンドンのスタジオで録音されたチェルカスキーの最後の録音である。この録音が残されるに至った偶然でもあり感動的でもあるエピソードは解説書に書かれた英デッカのチーフ・マネージャー、エヴァンズ・ミラージュ氏の文章に詳しいが、私にとって、このCDは久方ぶりに、「録音」という私たち人類が獲得した技術に感謝する音楽的遺産である。英デッカは素晴らしい物を残してくれた。初出時に、このCDの存在に気づかなかった不明を恥じ入るばかりだが、ライナーノートの石井宏氏の少々声高な憤懣[ふんまん]の言辞を読むと、改めて、日本の新譜紹介誌(評論誌などとは言うまい)の弊害に思いが行く。これもタワーのヴィンテージ・コレクション。


■シェリング/ドラティで聴くブラームスとハチャトリアン
 タワー・レコードの「ヴィンテージ・コレクションVol. 11」ばかり続くが、それも仕方ないことかもしれない。これは、マーキュリー原盤からのもの。ヘンリク・シェリングのヴァイオリン、アンタール・ドラティ指揮ロンドン交響楽団の伴奏でブラームスの協奏曲(一九六二年録音)、ハチャトリアンの協奏曲(一九六四年録音)の二曲を組み合わせている。シェリングのブラームス「協奏曲」は何種類もあり、RCAでモントゥがロンドン響を指揮した録音の方が有名だが、あれは、あまりパッとしない演奏だ。もともといわゆる美音系のヴァイオリニストではないシェリングが、ことさらに神経質で痩せぎすな音楽を奏でていた記憶がある。独奏者と指揮者との音楽性に齟齬[そご]があって、お互いに相手の出方を窺っているような感覚もあった。しかし、このドラティとのマーキュリー盤は、独奏ヴァイオリンの確信に溢れた音楽の運びを裏打ちするようなオーケストラの力強さに支えられた佳演。瑞々[みずみず]しく滔々[とうとう]と流れる音楽が、「ロマン派の音楽」らしい息づかいとはどういうものだったかを思い出させてくれる。一方のハチャトリアンは、シェリングの生真面目なアプローチが、この二〇世紀の個性的な音楽の表情の彫りの深さを導き出して、近代人の不安や揺れ動く心情をも描くことに成功している。この曲の真価を味わう名盤の復活だ。

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松濤美術館「大正イマジュリィの世界」展のギャラリー・トークが無事に終わりました。

2011年01月11日 12時22分09秒 | 「大正・昭和初期研究」関連


 昨年11月30日から開催されている展覧会『大正イマジュリィの世界――デザインとイラストレーションのモダーンズ』が好評のようで、関係者の一人としてよろこんでいます。
 先日の1月9日(日)は午後2時から「竹久夢二と大正・昭和初期の楽譜イマジュリィ」と題して、私が「ギャラリー・トーク」を務めました。講演会や、パネル・トークは何度か経験がありますが、もともと美術畑と音楽畑や出版界は、近いようで遠い世界だったので、「ギャラリー・トーク」という美術館の展示物の中を歩き回りながら、解説的なおしゃべりをしていくという形式は初めての経験です。でも、好きな音楽の話ですし、関心のある大正・昭和初期の日本社会のエネルギッシュな進取の気概ある時代のことですので、たのしくおしゃべりをして、無事に終えることができました。

 途中、自作のアレンジでオルゴールを鳴らすのがすっかり趣味になってハマってしまったという編曲者の石川芳(かおる)さんに特別参加していただいて、新作の「兎のダンス」のオルゴール版の披露などもしていただきました。(石川さんは昨年ひょんなことからおつきあいがはじまりましたが、ピアノ譜の編曲でとても見事な作品を作っておられるのを知ったのが最初です。銀座の山野楽器で講座をやっておられました。先日は、リストの有名なピアノ曲『愛の夢』をチェロ演奏に編曲したものを聴かせていただいて、舌を巻いたところです。音の要素の掴みと、その展開に長けた才人だと思っています。)

 聴講者の方には60人ほども集まっていただき、館内をぞろぞろと移動する様は、かなりのものでした。休日に静かに美術館で過ごしたかったという方には、申し訳ないことでしたが、集まった方々が真剣に耳を傾け、メモをとったり、うなづいてくださるのをみていて、思わず力が入って長話になってしまいました。その時のスナップ写真の1枚が、冒頭に掲載したものです。ほんとうは大勢の受講者の方が写っているものもあるのですが、プライバシーの問題もあるはずなので、ブログ公開はやめました。どうも、長年、書籍編集と言う仕事をしていたせいか、差別的表現と、著作権侵害と、プライバシー侵害には過敏になります。バックに映っている展示物はセノオ楽譜の竹久夢二の表紙です。第1会場の中ほどです。

 ピエブックスさんにご協力いただいて一般市販もしている展覧会公式図録も好評のようで、一応、編集者としての責任の一端も、果たせたかと思っています。こんな楽しい機会をあたえてくださった松濤美術館の主任学芸員・瀬尾典昭さんと、企画監修の帝塚山学院大学の山田俊幸教授に、感謝しています。

展覧会は1月23日(日曜日)まで開催されています。但し、1月17日(月曜日)は休館。


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申し訳ありません。『唱歌・童謡100の真実』に、また誤記を発見しました。

2011年01月06日 14時02分20秒 | 「大正・昭和初期研究」関連

 正月早々、お恥ずかしいことですが、早い方が良いと思って……。
 上記の私の著書の166ページ、『たなばたさま』の補作詞をした林柳波についての記述です。下段の中見出し後、3行目。

「雨情との面識が生まれ、雑誌『赤い鳥』を中心に童謡の作詞家として大正期から活動していた。」

とあるところを、

「雨情との面識が生まれ、童謡の作詞家として大正期から活動していた。」

と訂正します。つまり、「雑誌『赤い鳥』を中心に」を削除します。
 じつは、こんなバカな間違いを私が書いていることは、先日、別件で調べ物をしている時、私も様々に参考文献として閲覧させていただいたwebサイト『池田小百合なっとく童謡・唱歌』が更新され、私の上記の間違いが指摘されていて知ったことなのです。(ご指摘、ありがとうございました。)

 大正期の「童謡創作運動」は『赤い鳥』の運動に始まる、と私は考えていますが、私自身、自著で指摘しているとおり、それは、『赤い鳥』にとどまらず、『少女号』『金の船』『コドモノクニ』などに広がって行き、各誌それぞれ作詞家、作曲家とも、ほとんど交流がありません。むしろ競い合っていました。野口雨情は『赤い鳥』系ではありませんから、そもそも林柳波が『赤い鳥』を中心に活動したという記述が不自然なのです。
 どうして上記のような誤記が残っているのか、今となっては私自身もわかりませんが、おそらく、他の曲で、しばしば『赤い鳥』に始まる「童謡創作運動」にこだわっていますから、そうした大正期の『赤い鳥』に始まる運動の社会的背景について書きかけていたものを、削除したり書き直したりしている中でのミスだと思います。私としては、明らかに「文部省唱歌」への反撥として起こったはずの「童謡創作運動」の側に居た林柳波が、いつの間にか、ちゃっかりと国民学校教科書の編集委員に名を連ねていることに興味を持ったのですが、今ひとつ流れが掴めなかったことを覚えています。だからとりあえず、昭和16年の教科書の「唱歌」づくりに関わったこの人は、大正期には「童謡」創作運動に加わっていた一人なんですよ、と強調しておきたかったのです。その残滓が、おかしな残り方をしてしまったのだと思います。
 いまさら、言い訳しても仕方がありません。間違いは間違い。とりあえず削除します。ただ、もし再版が決定して、その時までに「童謡」→「唱歌」への転向の真相に近付けていれば、書き加えて完成させます。このページ、そのための6行分のアキがあるのです。何はともあれ、読者の皆様にお詫びします。気をつけなくてはなりません。




 
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アルバン・ベルク:『ヴァイオリン協奏曲』の名盤

2011年01月05日 11時37分40秒 | 私の「名曲名盤選」



 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第53回」です。本日が最終回です!


◎アルバン・ベルク:「ヴァイオリン協奏曲」

 調性感の喪失と獲得との間で交わされるドラマ――いわば、人間の顔をした十二音技法を、どのように表現するかが、この曲の演奏の聴きどころだ。
 そうしたこの曲の本質を、周到な準備の末に、しかし最終的にはほとんど直感的に掴んで実現している一九三六年の古い録音が、突然CDで登場した。初演のわずか十二日後に初演者のルイス・クラスナーの独奏、アントン・ウェーベルン指揮BBC響で行われた演奏会の録音だ。クラスナーが保管していたアセテート盤から作られたこのCDは、かなり音質的にも改善され、クラスナーの回想の言葉を借りれば、「最高の霊感を受けた瞬間の再創造」を聴くことができる。それは第一楽章のアレグレットに入った部分の足どりを聴いただけでも、これが〈ある特別な日〉の〈選ばれた人々〉による演奏であることが納得できる。この曲はここから出発し、未だにさまよい続けているのだ。
 その後の演奏では、まずスーク/アンチェル盤を挙げたい。この音楽が持っている豊かな色彩感やイメージを、インスピレーションに溢れたみずみずしさと、的確な節度を保った歌心を持込んで描くことに成功した名演だ。
 また、バルトークと親交のあったジェルトレル/クレツキー盤も、豊かで大胆な感情表出だが、枠組みがしっかりしている。よく整えられたオーケストラとやりとりするジェルトレルの即興的な呼吸も良い。
 このクラスナー/ウェーベルンの世界に共通する面を持った2種の演奏は、現在いずれも廃盤だが、そうした精神を、我々の日常に近いところに引き寄せた最新の演奏がツィンマーマン/ジェルメッティ盤だ。
 一方、メニューイン/ブーレーズ盤は、精緻なオーケストラで、この曲から、揺れ動く精神の波動を奪い去ってしまったが、ひとつの可能性を示唆する演奏ではある。

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 この原稿が最初に『レコード芸術』誌に掲載された時は、冒頭で触れたクラスナー盤は未発売だったので、スーク盤から書き出しています。ムック化されたレコード芸術・編の『名盤300』も同文のままです。クラスナー盤についての記述は、洋泉社から出版された『コレクターの快楽』に収録する際に書き加えたものです。クラスナー盤を聴くことで、むしろその後の演奏の流れが見えてきた思いがしたのを覚えています。
 ツィンマーマン盤は、あくまでも「代用品」です。それは強調しておきます。スーク盤、ジェルトレル盤ともCD化されましたし、それが今カタログから消えていても、執念で世界中の市場をネットサーフィンすれば、それほど高価でなく入手できるはずです。便利な時代です。
 さて、その後の演奏としては、チョン・キョンファ盤はちょっと方向に疑問があります。むしろ、ウルフ・ヘルシャーと若杉弘/ケルン放送響との録音は、過渡期のスタイルの演奏として、感情の表現に傾聴させられたのを記憶しています。この曲が抱えている「悲しみ」が多分に時代精神を孕んだものであるだけに、現代に生きる私たちの中からは、しばらくはメニューイン/ブーレーズ盤の延長上の佳演を探すしかないのかとも思っていますが、さて――。何か、興味深い演奏をご存知の方、コメントをお待ちします。



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