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マーラー:『交響曲《大地の歌》』の名盤

2010年01月27日 11時24分00秒 | 私の「名曲名盤選」




 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第35回」です。

●マーラー:交響曲 大地の歌
 ワルター/ニューヨーク・フィルとの最後の録音となったこの盤は、初演者ワルターの、この曲の理想のステレオ録音を残そうとの意気込みが、並々成らぬ気迫を生み、がっしりとした構成感の上に寂寥感の漂うきびしい世界を現出させ、ワルター自身の告別の辞でもあるかのような名演となっている。特に終楽章での歌手、オケと一体になった大きくて深い歌にあふれたスケール感は、マーラーを通してロマン主義の終焉を伝える演奏としては、他の追随をゆるさないきびしさで迫る。このワルターの晩年の心境の表現には、ワルターのマーラー観そのものの変化も聴き取れる。
 ロスバウト/南西ドイツ放送響盤は、ロマン的情緒を極力排した個性的な演奏だ。この曲でのワルター的演奏からの開放を課題とした時、この一見痩せぎすな演奏の持つ意義は大きいと考えてよいだろう。
 また、テンシュテット/ロンドン・フィル盤は、この曲がオケ伴付きの歌曲集ではなく、歌唱付きの交響曲であることを殊更に強調している演奏だ。歌手たちは高らかに歌い上げることが禁じられており、オケの音は執拗にからみついていく。これも多くの問題提起を含んだ衝撃的演奏だ。
 だが、最近CDで突然登場したシューリヒト/コンセルトヘボウ管にはさらにショックを受けた。音楽の表情が局限までデフォルメされ、中国趣味の奇妙にねじれたマーラーの音楽の、グロテスクな本質を白日のもとにひきずり出しながら、細部への拘泥にとどまらず、巨大な世界を提示している。そして、何より驚くのは、この録音が一九三九年に行われているということだ。まだ、このコンセルトヘボウでは、メンゲルベルクが、あの情緒纏綿としたマーラーを演奏をしていた時代だ。メンゲルベルクのデフォルメとは終着点がまったく異なる演奏だ。この時期に既にマーラーの音楽から、今日の感覚に直接連なる前衛性を嗅ぎ取っていたとは、驚き以上のものがある。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 前半は「レコード芸術」誌の「名盤選」原稿で、それを元に書き加えたものです。久しぶりに読み返しましたが、私としては、機会があれば更に、この文章が書かれた後で発売されたCDの中から、マゼール盤とラトル盤については触れたいと思っています。また、クレメンス・クラウスの古い録音を見つけましたが、これについても言及しなければならないように思っています。それと、ベイヌム/コンセルトヘボウの録音があったような気がします。
 なお、ワルター盤は、最晩年の米コロンビアへのステレオ録音です。キャスリン・フェリアーの加わったウイーン・フィルとのモノラル録音が有名ですが、私はずっと、こちらを推しています。以前、そのことで喜多尾道冬さんと意気投合したのを思い出しました。20年くらい昔のことです。そのころ、ワルター/ニューヨーク・フィル盤を推していたのは、彼と私くらいだったと思います。





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気谷誠への追悼文と、「偲ぶ会」ご案内の追記

2010年01月24日 17時02分21秒 | 書物および、愛書家・気谷誠に関すること
 いよいよ「気谷誠を偲ぶ会」が来週、1月31日(日曜日)13時から、東京・一ツ橋の「学士会館」で開かれますが、当日、ご参加くださる方は、お気軽に「平服」にておいでください。一部の方からお問い合わせをいただきましたので、改めてご通知いたします。詳細は、当ブログの1月16日掲載分をご覧ください。
 なお、そこでは開始が「午後2時」となっていますが、受付開始は「午後1時」です。1時半ころには開場して、ささやかながら催しらしきものをはじめるのが「2時」という予定です。3時過ぎ頃から、自由解散の予定です。

 ところで本日、以下に掲載するのは、「東京製本倶楽部」さんのブログに掲載するために書いた私の文章です。気谷誠の遺著の書評を、ということだったのですが、結局、思い出話になってしまいました。


■気谷誠追悼――遺著『西洋挿絵見聞録』を読みながら

 気谷誠は、おそらく徹底して「書物の人」だったのだと思う。その彼が人生の最期を迎えた時に耳傾けた音楽が、静かで甘美な夢を醸し出す世界だったというのは象徴的なことだ。彼はやはり、最期まで「静かな」男だった。
 私事で恐縮だが、私自身は父親が舞踊家だったということもあって、毎日、朝から晩まで音楽が鳴り響いている家庭で育った。だから、騒々しい中で何事も行うのが当たり前で、静まり返った場所では落ち着いて本が読めない人間に育ってしまった。学生時代から図書館では落ち着いて本が読めなかった。いっぱしの文学青年だった学生時代には、喫茶店で音楽を聴きながらでなければ小説が書けなかった。――気谷誠は、いったいどんな家庭で育ち、どんな生活をして青春時代を過ごしたのだろうか? とうとう一度も聞くことのないまま、彼はあちらの世界に行ってしまった。私は、彼が最期の日々を綴ったブログで触れている音楽を聴いて、そのイメージしているものが、少しだけわかったように思う。彼は、静かな午後、カーテン越しに暖かな日差しが差し込む書斎で、ひとり静かに読書をするのが、とても似合う男なのだと思う。
 気谷とはその博識な会話がおもしろくて、時折、機会があれば会っていたが、今思い出してみると、彼の話題はいつも、その背後に「文献」への飽くことない関心が横たわっていたように思う。日常の生活、あるいは心の大半を、けたたましくも騒がしくもある音楽を周りに置いている私とは、おそらく対岸にいたのだと思う。だからこそ、音楽談義は一度始めると、なかなか終わらなかった。私にとっての一番の思い出は、もう二〇年ほども前、私が当時住んでいたマンションに来て、私のレコードコレクションを聴きながら話がはずみ、すっかり夜が更けて、結局、私の仕事部屋で一晩過ごしてしまった時のことだ。彼は、「こんなに音楽のことを話したのは久しぶりだ」と言っていた。
 気谷からは、「コレクターは、自分のコレクションについて語る義務がある」ということを教わった。大切な言葉である。それがあればこそ、音楽研究家として、数冊の本を上梓することができた、と今でも感謝している。その気谷誠が、様々の書物について触れた労作が、やっと一冊の書にまとまった。『西洋挿絵見聞録』(アーツアンドクラフツ社)がそれである。彼の書物に関する好奇心と博識ぶり、そして溢れるほどの愛情が満載の書をまとめた編集者は村山守氏。彼もまた、気谷の遺した原稿に愛情を注いでこの書をまとめていると感じた。それは書籍編集者として数百冊の書籍を世に送り出してきた私をして、久しぶりに、その対象への細やかな配慮が見え隠れする仕事に羨望を禁じ得なかったからだ。
 「気谷誠」という類まれな人物の、あの独特の飄々とした語り口を私たちが永遠に忘れないための、大切な一冊である。


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サージェントが指揮するホルスト「惑星」、エルガー「エニグマ」

2010年01月22日 08時48分38秒 | BBC-RADIOクラシックス




 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の4枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6014
【曲目】ホルスト:組曲《惑星》作品32
    エルガー:エニグマ変奏曲 作品36
【演奏】サー・マルコム・サージェント指揮/BBC交響楽団
    BBC女声合唱団
【録音日】1965年2月3日、1966年8月6日    

■このCDの演奏についてのメモ

 イギリス人好みの二つの管弦楽作品をイギリスを代表する指揮者のひとり、マルコム・サージェント指揮のライヴ録音で聴くCD。
 どちらもサージェントの得意曲で、スタジオでの正規録音も残されている。エルガーはロンドン響と英デッカレコードにモノラルで、フィルハーモニア管との59年録音のステレオが英HMV(EMI)にあった。ホルストの方は、当CDと同じBBC響との58年録音が、英HMV(EMI)にあった。「惑星」の場合は、初演者エードリアン・ボールトが指揮する録音が日本では有名だが、その風格ある演奏に対するサージェントの軽妙な演奏スタイルは、ロンドンで人気を二分していたと伝えられている。
 サージェントは、1895年に生まれ1967年に世を去ったイギリスの指揮者。1921年に、ロンドンの夏の風物詩として有名な〈プロムナード・コンサート〉(プロムス)で指揮者デビューをした経歴を持ち、第2次大戦後も〈プロムス〉の指揮で毎年のようにロンドンっ子を沸かせた。合唱指揮者としても今世紀最高と謳われ、ヘンデルの「メサイア」、エルガーの「ゲロンテウスの夢」は得意曲だった。BBC響とは1950年から57年まで首席指揮者を務めた関係。(1995.7.23)



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マーラー:『交響曲第6番』の名盤

2010年01月20日 15時20分00秒 | 私の「名曲名盤選」




 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第34回」です。


●マーラー:交響曲第6番
 マゼール盤は、明瞭な拍節感を横軸にして多様な旋律の断片による表情の多彩な変化を、見事に織り上げている。がっちりとした造形の中から切れ切れの歌が浮び上がり、高く飛翔して行くとき、私たちは、マーラーの悲劇を真に共有できる。現代人にとっての感情の高揚の在り様をいち早く嗅ぎ取ったマーラーのロマンティシズムが、理想的な形で音化された名演。これはマゼールとウィーン・フィルの幸福な合作だ。
 テンシュテット/ロンドン・フィル盤も、目まぐるしく入替わる表情の変化を充分視野に入れている。音色の微細な変化に敏感な演奏だ。しかし、細部をデフォルメしながらも仕上りは骨太で、堂々とした音楽で表情の変化を大胆に描いている。力感あふれる管と弦との絶妙のバランスは、分厚いオーケストレーションの輪郭をくっきりと浮び上がらせている。
 マゼールやテンシュテットのマーラー演奏は、バーンスタインを最終走者とするロマンティックなマーラー観を乗越えた、次世代のマーラー演奏の始まりを告げた八〇年代の成果だった。そこでは、マーラーの屈折した精神、自意識の過剰の乱反射の、純音楽的な再現が図られていた。
 ところがラトル/バーミンガム市響の演奏は、こうした先行世代のマーラーへのこだわりをまったく意に介さない。リズム感がよく、抜けるようなリズムの冴えは旋律のぎくしゃくした動きをも呑み込んで、力みのない流動感を実現している。ここに至り、マーラーの苦悩は初めて開放された。
 バーンスタイン/ウィーン・フィル盤には、悲劇の生成過程への全肯定的な信頼とでも言うべき楽天的なパラドクスがあり、マゼールでは、過剰な自意識が悲劇の生成過程への猜疑心として音化されたことを確認したが、ラトルの風通しのよい響きからは、この曲が自意識の呪縛から逃れてもなお、自立して行ける可能性を示唆している。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 この短文のなかに、私のロマン派音楽観が、そして現代人の屈折した抒情性に対する私なりの処方箋的な見方が凝縮されていると思います。ラトルの果敢な挑戦が、現在は足踏みしているようですが、それは彼自身が示唆していたはずの「可能性」に、疑問符が付いてしまったからです! でも、彼は諦めていないはずです。そして私も、まだ諦めていません。ロマン派の壮大な「価値観」の「城」は、それほどに堅固なのです。



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ヘンリー・クリップス/ヴィレム・タウスキー/トミー・ライリーほかの「ライト・クラシック・コンサート」

2010年01月18日 17時43分28秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の3枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6013
【アルバムタイトル】「ライト・クラシック・コンサート」
【曲目】ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」
    グレインジャー:浜辺のモリー
    スメタナ:交響詩「モルダウ」
    C・ミレッカー:わたしが心を捧げる人(喜歌劇「デュバリー」より)
    T・マケベン:ミュンヘンの物語
    N・ドスタル:私はとても恋してる(「クリヴィア」より)
    ボロディン:ダッタン人の踊り
    M・アーノルド:ハーモニカ協奏曲
    ワインベルガー:ポルカとフーガ(「笛吹きシュワンダ」より)
【演奏】ヘンリー・クリップス指揮およびヴィレム・タウスキー指揮
    BBCコンサート管弦楽団/BBC交響楽団
    エリザベス・ハーウッド(ソプラノ)
    トミー・ライリー(ハーモニカ)
【録音日】1965年9月25日、1976年7月24日    

■このCDの演奏についてのメモ
 イギリスの気軽なクラシック・コンサートの良さが凝縮された1枚。主にサドラーズ・ウェルズ劇場で活躍していた演奏家で構成されており、イギリスでのこの種のコンサート・プログラミングの傾向を示すCDと言える。サドラーズ・ウェルズ劇場は、今でこそバロック歌劇の牙城の感があるが、かつてはオペレッタあり、バレエありの楽しさにあふれた場所だった。
 ヘンリー・クリップスは1914年にウィーンに生まれた指揮者で、ウィーン国立歌劇場で活躍した名指揮者ヨーゼフ・クリップスの弟。38年にオーストラリアに渡り、長い間その地での音楽振興に尽くしたため、レコード録音が少ないが、50年代後半にEMIに残したウィーン音楽を中心にした6枚のLPはいずれも音楽の喜びにあふれた名演。ロンドンっ子に愛され、毎年のように様々なオーケストラに客演し、サドラーズ・ウェルズも常連だった。ヘンリーの音楽の、沸き立つような楽しさは、冒頭のウォルトン「王冠」を聴いただけでも感じられるだろう。
 ヴィレム・タウスキーはチェコスロヴァキア出身の指揮者。彼の故郷の音楽である「モルダウ」でも、軽快な金管の強奏など、すっかり英国式ポップス・コンサート調になっているのは、さすがで、サドラーズ・ウェルズやBBCコンサート管弦楽団の常連だけのことはある。エリザベス・ハーウッドは1938年生まれのイギリスのソプラノ歌手で、サドラーズ・ウェルズでのヴェルディ「リゴレット」でデビューしたが、その後はむしろモーツァルト歌手として活躍している。トミー・ライリーはカナダ出身のハーモニカ奏者で、多くのハーモニカのための作曲、編曲も手掛けており、このジャンルでのスペシャリストとして高く評価されている。(1995.7.21)



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(告知)気谷誠を偲ぶ会について(山田俊幸・記)

2010年01月16日 12時54分06秒 | 書物および、愛書家・気谷誠に関すること
 以下は、帝塚山学院大学教授・山田俊幸氏から預かった原稿です。山田氏からの依頼で、私のブログにも掲載するものです。一昨年、私よりも数歳若くして世を去ってしまった気谷誠氏と私との、ささやかなエピソードについては、このブログ中でも、いくつか触れています。それらは、このブログの左の欄外をずーっと下へスクロールして「ブログ内検索」で彼の名前を入力してお読みいただけると幸いです。
 「気谷誠を偲ぶ会」については、もう一度、来週終り頃に、詳細をお知らせすることになるかもしれません。

■「気谷誠を偲ぶ会」お知らせ

 版画研究家、愛書家、さらにオートバイ愛好家として、わたしたちの共通の友人であった気谷誠が2008年9月22日に没してから、もう一年以上たってしまいました。
 気谷は、その亡くなる直前に「やりたいことはすべてした。あとは音楽をきいて残された日々を過ごすだけだ。葬式もしない」と、強い決意を言い残しました。ですが、それでは残された者の気持ちの整理がつかないとの山田俊幸の言を受け、「それなら、越智まりこさんに数曲歌ってもらって、友人たちへのお別れ会としてくれ」との言葉を遺すこととなりました。このお別れ会は、そうした事情で行われることになったわけですから、主催する友人としては、生前に親しかった人々のみならず、この度、気谷誠の遺著として編まれたアーツアンドクラフツ社の『西洋挿絵見聞録――製本・挿絵・蔵書票』を読んで気谷をより深く知りたいと思った人々にまで開かれた場として「偲ぶ会」を設けることが、気谷誠をより生かすことになると考え、自由に参加していただく会ということにしました。
 気谷誠の希望によって、ボードレールの詩を歌曲化した三曲(「旅への誘い」「前世」「愛しあう二人の死」)を、ソプラノ・越智まりこ(ピアノ・小島由樹子)で聴くほかは、誰もが参加でき、モノローグではありますが気谷誠と語り合うことのできる場となることと思います。
 会では飲食物は出しませんが、会場費は「1500円」とさせていただきます。ご参加いただいた方には、生前、気谷が自家用として制作して聴いていたニノン・バランが歌うショパン「別れの曲」に付けられたフランス語歌詞によるシャンソンほかを収録した特製CDを、記念にお持ち帰りいただくように準備しています。

             「気谷誠を偲ぶ会」発起人  越智まりこ
                               竹内貴久雄
                               藤井 敬子
                               山田 俊幸
                               渡辺 和雄

 日時:2010年1月31日(日曜日)/午後2時~4時
 場所:東京・一ツ橋「学士会館」202号室(100人収容予定)
 
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ジャノーリのラヴェル/ラトルのブラームス交響曲/若杉弘~東京フィルの遺産

2010年01月13日 16時23分13秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)
 以下は、詩誌『孔雀船』に半年に一度掲載しているクラシックCD新譜雑記です。2010年1月に発売される最新号のために書き終えたばかりの原稿です。詩誌主宰者に了解をいただいているので、私の当ブログに先行掲載します。


《詩誌『孔雀船』2010年1月発売号~「リスニングルーム」》

■レーヌ・ジャノーリの「ラヴェル・ピアノ・リサイタル」
 このピアニストの存在を知ったのは、もう四〇年ほども前のことになる。私がまだ大学生になったばかりの頃、東京・渋谷のハチ公広場に面したところに、「らんぶる」という名の「名曲喫茶」があった。そこでかけていたLPレコードで初めて聴いたピアニストだった。私がリクエストした曲目、メンデルスゾーンの「ピアノ協奏曲第一番」だった。じつは、そのときメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第一番を、なぜ、この店でリクエストしたのかが未だに思い出せないでいる。おそらく、当時、昭和四〇年代の初め頃のNHKのFMか、日本テレビの読響コンサートか、フジテレビの日フィルコンサートで聴いたのだと思う。だが、いつまでも記憶から離れなかった曲をリクエストして聴いて、違和感がなかったどころか、虜になってしまったのが、このピアニストだった。それ以来、中古レコード店で見つけるたびに買い求めてきた。その「ラヴェル」が活動を再開した「日本ウエストミンスター」から、初めてCD復刻された。この人のピアノは、不安定なテンポそのものに、独特の表現が宿っているというもので、これは、不意の加速度と突然の逡巡が生み出す音楽の「揺らぎ」に気づく人にだけ開かれた音楽かもしれないと思う。一八九〇円とは、うれしい。一九五〇年代の録音である。(写真)


■ラトルの「ブラームス全集」は新時代の産物? それとも?
 サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニーの『ブラームス交響曲全集』がEMIから発売された。輸入盤だけではなく、国内盤も発売されたが、CD三枚の他に国内盤のみの特典として、全四曲を完全収録し「メイキング映像」まで付いたDVDが二枚付いて、総額六〇〇〇円というから凄い。これも輸入盤攻勢のおかげだろう。演奏についての第一印象を書くとすれば、まず、このところのラトルの大きな特徴となっている「流れるような」ブラームスが全体を貫いている演奏と言えるだろう。オーケストラがとてつもなくうまい。それはたとえば、カラヤンが磨きに磨きぬいた時代のそれと言ってもいいかもしれない。しなやかで大らかな音楽の深い呼吸が美しい。だが、〈突出した部分がひとつとしてない〉といった充実した響き、これは不思議な感覚だ。のどに刺さった小骨のようなものがないから、かえって、瞬間的に突き抜けるものを感じないで過ぎて行くといった感覚だ。ロマン派の音楽が持っているはずの、ある種いびつなもの、屈折しているものがきれいにそぎ落とされていることに、今、私は戸惑っている。かつて、ストラヴィンスキー『春の祭典』でスイスイと駆け抜けるような疾走感を押し出したラトルが提示するロマン派音楽を素直に聴くには、私自身が老けこんでしまったのかと、少し不安になっている。


■若杉弘と東京フィルハーモニーの「遺産」を聴いて思うこと
 昨年亡くなった指揮者、若杉弘のことを書いておこう。
 私が若杉弘の音楽を初めて聴いたのは東京オリンピックの頃、一九六〇年代の半ばだった。最初は日本テレビ、日曜日朝の読響のクラシックコンサート番組だった。細くしなやかな体躯から導き出される音楽が、とても若々しく新鮮だったのを覚えている。前任の常任指揮者ウィリー・シュタイナーの武骨で不器用な音楽の生真面目さとは打って変わって、どこか飄々とした音楽が、新しい風が吹き抜けて行くような清々しさを感じさせた。
 思えば、そのころが、西洋音楽を見よう見まねで演奏してきた私たち日本人が、自分たちの感性で西洋音楽を演奏し始めた最初だったのだと思う。岩城、若杉、小澤といった同世代が、それぞれの道を歩み始めていた時代だった。すっかり若杉弘の音楽に夢中になった私が高校一年生だった時期に、上野の東京文化会館で聴いた若杉の『エロイカ』に感激して楽屋まで押しかけてしまった話は、もう随分前に書いたことがある。その後、紆余曲折の末にドイツに渡りケルン放送交響楽団の音楽監督となった若杉の里帰り公演を聴いたのも、同じ東京文化会館だった。だが、この時期以降、若杉はドイツ・ヨーロッパでの伝統的な音楽語法を真面目に学び過ぎたのだと、私は思っている。チューリッヒのオーケストラとの末期には、それがマイナス方向に働き、帰国して国内での活動に専念するようになった晩年には、かつての何者にも囚われまいとする力強い確信に溢れた音楽が影を潜めていたように思っていた。だから、しばらく若杉のコンサートから足が遠のいていたのだが、そこに訪れた訃報。今、こうして最晩年とも言うべき二〇〇七年十二月のオペラシティホールでの東京フィルとの最後の定期演奏会でのブルックナー『第九』、シューベルト『未完成』そして、それらの練習風景を聴くと、やはり若杉弘は最後の最後、日本のオーケストラが獲得した自分たちの「西洋音楽」を信じ、その未来を確信するに至っていたのだと思った。迷いが吹っ切れた堂々とした響きからは、半世紀ほど前の日本のオーケストラの非力な音も、もはや聞こえてこない。いつのまに、こんなブルックナーが鳴り響くようになったのだろう。彼らが必死で育ててきた日本のオーケストラの実力の充実を、おそらく若杉は、かなりなところまで満足していたに違いないと思う。そういう自然な力が漲った演奏である。
 今回発売されたCDは東京フィルハーモニーとタワーレコードとの提携によるもので、一枚一二〇〇円で、二種が年末に緊急発売された。一枚は二〇〇六年四月のオーチャード・ホールでのベートーヴェン『第七』と二〇〇七年十二月オペラシティでのシューベルト『未完成』。もう一枚が、そのシューベルトに続いて演奏されたブルックナーの「未完成」ともいうべき『第九』と、その演奏会当日の朝の総練習の一部が収録されている。私にも記憶のある張りのある良く通る声で、二つの「未完成交響曲」の勘所を細かく指示している若杉の声が、ほんの少し聴ける。

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グローヴズの『新世界交響曲』武道館ライヴ(BBC-RADIOクラシックス)

2010年01月07日 11時12分24秒 | BBC-RADIOクラシックス





 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の2枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6012
【曲目】ドヴォルザーク:交響的変奏曲 作品78
            スラブ舞曲 ホ短調 作品72の2
            交響曲第9番《新世界より》作品95 
【演奏】サー・チャールズ・グローヴズ指揮/BBC交響楽団
【録音日】1975年8月6日、1975年6月16日    

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDの指揮者チャールズ・グローヴスは、1915年3月10日にロンドンに生まれ、92年6月20日に同じくロンドンで心不全により急逝した。ドヴォルザーク作品を集めたこのCDはいずれもライヴ録音だが、この内「新世界」はグローヴスの初来日の時のもの。会場は何と、東京の武道館だ。ロンドンの有名なプロムナード・コンサートを模したつもりだったのか、ロック・コンサートでは有名だが、クラシックのコンサートなどめったにやらないこの会場に5000人以上の大観衆を集めて低料金のコンサートが行われたのだが、その貴重な記録が当CDだ。前半の2曲はその2カ月後、本物のプロムス会場でのライヴ。
 BBC響はこの時ピエール・ブーレーズの来日に同行していた。現代作曲家として戦後を代表するひとりであるブーレーズは、当時このオーケストラの音楽監督だった。ブーレーズ指揮のコンサートの合間をぬって、プロムスの心をよく知っているグローヴス指揮による気軽な名曲コンサートを、しかもプロムスの会場ロイヤル・アルバートホールにその規模が匹敵する武道館に、大観衆を集めて開催するといった洒落たセンスは、いったい誰の発案だったのだろうか?
 いずれにしても、残されたこのCDの演奏には、旅の途中でのリラックスした気分が満載で、彼らの音楽にとって幸福なひとときが聴かれるものとなっている。グローヴスの人間性にあふれる温かな音楽が最大の魅力だが、そのスマートなアプローチからにじみ出てくるおおらかな演奏は、自然を愛する都会人の哀愁かも知れない。いわゆる本場物の演奏とも、また、現代的な演奏とも異なった地平に立つ演奏だ。 (1995.7.18)



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マッケラスのマーラー『交響曲第4番』ほか

2010年01月05日 10時48分35秒 | BBC-RADIOクラシックス





 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、合わせてお読みください。
 以下に掲載の本日分は、第1期30点の1枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6011
【曲目】ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲(1974年8月10日録音)
    マーラー:交響曲第4番ト長調(1977年5月4日録音)
【演奏】サー・チャールズ・マッケラス指揮/BBC交響楽団
    シーラ・アームストロング(ソプラノ)

■このCDの演奏についてのメモ
 チャールズ・マッケラスは、オーストラリア人を両親に、1925年にニューヨークに生まれた。シドニー交響楽団のオーボエ奏者からスタートしたマッケラスは、ロンドンに留学、そして紹介者があって、チェコ・フィルハーモニーの大指揮者ヴァツラフ・ターリヒを頼ってプラハに留学した。ターリヒとの出会いは、マッケラスをヤナーチェクの音楽の虜[とりこ]にしてゆくきっかけになったという。25歳の1951年にロンドンのサドラーズ・ウェルズでヤナーチェクの歌劇「カーチャ・カヴァノヴァ」のイギリス初演を行い、その後、オペラ、バレエの指揮者としてまずまずの仕事をしていたマッケラスが、結局、その名声を決定付けたのは、ウィーン・フィルとのヤナーチェクの一連の作品の録音だった。
 こうした経歴のマッケラスのマーラー録音ということで、奇異な感じを受けるかも知れないが、この若き日に一時、ロンドンから遠く離れたプラハで音楽的感性を豊かにしていった指揮者にとっては、近代的知性と傷つきやすい魂の体現者であるマーラーの世界も、ボヘミア出身の作曲家としてのマーラーの出自に引き寄せたものになっているようだ。風景画のような世界が眼前にひろがっていく豊かな情感を湛えた演奏だ。マッケラスの当CDの演奏はBBC響の首席客演指揮者就任のころのものだが、この演奏はロンドンの聴衆を深く感動させたと伝えられている。
 ソプラノのシーラ・アームストロングは1942年生まれのイギリスの歌手。レコード録音ではバルビローリの「ペール・ギュント」や、バレンボイムのフォーレ、モーツァルトの「レクイエム」などがあった。(1995.7.24)





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『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』の魅力とは何だったのか?

2010年01月02日 17時16分41秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。このための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。

 以下に掲載の本日分、第1回は、このシリーズのスタート時に作成された文章です。シリーズの第1期30点を聴いての全体の印象から、このシリーズの特徴や意義などについて書いたプロモーション用の文章です。第1期30点のライナーノートにも繰り返し掲載されました。
 少々長文でしたが、このくらいのボリュームがないと表現しきれないという私の考え方を理解して快く承諾してくれたのは、日本盤の制作担当だった日本クラウンのディレクター川村聡氏です。
 彼は、このシリーズの解説は、全体をひとりで見通した上で理解され、書かれなければならないと考えていました。今でも、この継続的な大仕事を任せてくれた彼には感謝していますし、その彼の期待に応えた仕事だったという自負もあります。音楽の演奏を、歴史や文化、社会の動きなどの中に置いて読み取ることの面白さを確信するに至った3年間だったと、今では思っています。ここで感じ取ったことは、私の大切な財産のひとつとなっています。
 めずらしい曲も多かったこのシリーズで、面倒な曲目解説の日本語訳を、毎回、演奏解説の執筆前に仕上げて送付してくれたのは山田治生氏です。彼にも感謝しています。
 なお、このシリーズの終了後しばらくして発売が開始されたのが「BBCレジェンド」というシリーズです。これは、それまでに多くの会社から発売されているビッグネームの人気曲集というありきたりのコンセプトを踏襲したもので、新味のあるものではありませんでした。やはり『BBC-RADIOクラシックス』のようなユニークな企画は、維持するのがむずかしいのでしょう。「BBC-RADIOクラシックス」と「BBCレジェンド」の違いについて詳しく述べた文章を、1999年1月に詩誌『孔雀船』に掲載しましたが、それは当ブログ2009年4月11日付けで再掲載してありますので、ご覧ください。



■《BBC-RADIOクラシックス》を聴く
 ヨーロッパ大陸にとって巨大な島国である〈イギリス〉は、西洋音楽史の中で極めて興味深い位置を占めている。例えば、ハイドンの交響曲の後期を彩る一連の傑作群は「ザロモン・セット」と呼ばれるが、ご承知のように、このザロモンという興業師によって大陸を離れてイギリスから依頼されて作曲されたものは、93番以降、104番「ロンドン」に至る12曲に及んでいる。そこでのハイドンが、イギリス人の好みを感じ取る過程で、自らの作風を発展、深化させていったのは衆知の事実だ。
 あるいは、メンデルスゾーンに渡英が与えた影響は、「《スコットランド》交響曲」や「序曲《フィンガルの洞窟》」などにとどまらない。また、ドヴォルザークを呼び寄せたロンドン・フィルハーモニー協会(この協会はベートーヴェンに《第9》を依頼したことでも知られる)は、結局彼に交響曲の作曲を依頼したが、これが現在の「第8交響曲」だ。

 ドヴォルザークの伝記には、初めてロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで自作を指揮した時の驚きが記されている。ドヴォルザークは郷里クラドノの父親に宛てた手紙で「クラドノの全人口を入れてもアルバート・ホールの座席は埋め尽くせない」と書き、「ボヘミア全土に住む人々を集めても、ロンドンの人口に満たない」と伝えている。
 巨大都市ロンドンは、西洋音楽のスポンサー・シップに溢れた一大消費地であり、情報発信基地だったが、それは今世紀になってからも変わらなかった。最近になってやっと日本でも正当な評価がされ始めたチェコの作曲家ヤナーチェクの場合も、いち早くその前衛性に注目し、演奏会を用意して招聘したのは英国人ローザ・ニューマーチであり、第2次大戦での空白の後、ヤナーチェク・リバイバルの口火を切ったのはBBC(英国放送)のキャンペーンだ。その時活躍したのが、今はヤナーチェク演奏の規範として認められている若き日のチャールズ・マッケラスだった。
 イギリスが西洋音楽史のなかで果してきた役割の多様さは、とてもこうした短文で書き尽くせるものではない。

 ところで、今世紀に入ってから、音楽の鑑賞スタイルに幾つかの変化が現れた。レコードの出現や、放送メディアを通しての音楽鑑賞などは、その好例だが、そこでも、イギリスは世界の指導的な役割を演じ続けてきた。一時期、世界を駆けめぐった二つのレコードの商標「ニッパー犬」と「音符」は、どちらもイギリス生まれであり、BBC放送がそれぞれの時期の〈音楽の現在〉に果した役割は大きかった。イギリスは、作曲家にとどまらず、多くの演奏家も自国に招き、彼らの音楽を聴き、録音し、たくさんのものを吸収してきた。その音楽体験の豊かさ、奥の深さは、長いイギリスの歩みの成果として、計り知れないものがあるはずだが、私たち日本人は、〈本場もの〉にこだわり過ぎるあまり、イギリス系の演奏を軽んじてきたのではないだろうか。
 今回《BBC-RADIO・クラシックス》として、一挙に相貌を見せ始めたイギリスでのコンサートの模様は、西洋音楽の中心地から一歩距離を置いた彼らの国〈イギリス〉が、どれほど多くの民族の音楽を自身の内で醸成してきたかが感じとれるとともに、今日、西洋の音楽を〈学習〉によって、曲がりなりにも自らのものとして形成してきた日本人にとって、刺激ある視点が盛り込まれたものとなっている。
 イギリス人演奏家の解釈にも、またBBC交響楽団を初めとするイギリスのオーケストラに来演した指揮者の演奏にしても、それぞれの作品のいわゆる〈お国もの〉の演奏とは違った仕上がりが、作品固有の文化的背景と演奏家の個性や鑑賞者の趣向との接し方の点で、演奏史的に興味深いばかりか、最近の一部の演奏に聴かれる奇妙に模範的で無国籍的な演奏を、その陥穽から救い出すヒントをも含んでいるように思われる。なによりうれしいのは、誠実でシャイな英国人たちが、オフィシャルなレコード録音で時折見せるような取り澄ました完璧主義の中で演奏せずに、彼らが愛し、育て、享受してきた様々の国の音楽を、自らのものとして楽しんで、生き生きと演奏している、その華やいだ雰囲気が伝わってくることだ。放送録音ならではの楽しみだ。

 また、このシリーズでは、実際のコンサートの記録にとどまらず、可能な限り、1枚のCDとしての整合性を新たに築きあげるようなプログラム・ビルディングが試みられている。1枚1枚のCDが、それこそ一晩のコンサートのように編まれているのだが、録音年が数年にまたがっていたり、指揮者の交替があったり、逆に、同じ指揮者でもオーケストラが変わったりしているが、流れが自然なのは、周到に練られた構成のためだろう。ここには、放送テープとして膨大に残されたものの中から、最良のものだけを最良の状態で聴きたいという、制作者の個々の演奏への愛情のようなものを感じる。安易にめずらしい音源やビッグ・ネームに飛びついて作られたライヴ物とは一線を画して、系統立てて聴いていこうという《BBC-RADIO・クラシックス》の良識が、こうしたところにも現れている。
 それぞれの演奏家や著作権継承者に1点ずつ許諾を受けての正規発売にもかかわらず、とりあえず 100点のリリースが決定したという。しばらくは、この《BBC-RADIO・クラシックス》から目が離せない。   (95.6.25)





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