竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

エルガーの交響曲の本質を気づかせるプリッチャードの名演は、バルビローリ、ボールトを超えている?

2010年05月08日 07時56分47秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下に掲載の本日分は、第1期30点の21枚目です。


【日本盤規格番号】CRCB-6031
【曲目】エルガー:序曲「南国にて(アラッショ)」作品50
         交響曲第1番 変イ長調 作品55     
【演奏】ジョン・プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団
【録音日】1974年7月30日、1983年3月22日    

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC RADIO-クラシックスのシリーズに収められたブラームスの「第2交響曲」で、感動的なまでに精神の燃焼する瞬間を聴かせた名指揮者プリッチャードによる、エルガーの作品の演奏を聴くCD。「交響曲第1番」では、序奏部のずしりとした確かな足取りを聴いた瞬間から、英国流ロマンの世界が濃密に開始される。金管楽器群の低域をえぐるような響きにティンパニが重なり合う轟音にたどり着く一瞬の間(ま)にも、プリッチャードの〈構え〉の大きな音楽の手ごたえが感じられる。
 この曲では同じイギリスの名指揮者ジョン・バルビローリの、優しく弦楽器が歌う抒情的な演奏が有名だが、プリッチャードの容赦のない厳しさと確固とした造形感によって鳴りわたる巨大さの気配からは、この作品がまぎれもなくアングロ・サクソン系の偉大な作曲家の作品であることが確信できる。バルビローリ的な演奏スタイルのカンタービレ精神が、必ずしも〈イギリス〉を代表するものではないということを、思い知ったのは、私ひとりではないだろう。
 ボールトの演奏も、これほどにどっしりとした押し出しのよい歩みは聴かせてくれなかった。このプリッチャードの演奏は、作品の真正のイメージに、おそらく最も近い演奏だと思う。日本での知名度はあまり高くないプリッチャードだが、戦後に登場した世代では、イギリスで最も愛されていた指揮者だというのも頷ける。
 1921年にロンドンに生まれたプリッチャードは、47年に名指揮者フリッツ・ブッシュの助手としてグラインドボーン音楽祭に参加。49年には急病のブッシュの代役でデビュー。その後はロイヤル・リヴァプール・フィル、ロンドン・フィルなどの首席指揮者、グラインドボーン音楽祭の音楽監督、ケルン歌劇場の首席指揮者などを歴任。BBC響の首席指揮者には1982年から、1989年の死の年まで着任している。(1995.9.21 執筆)

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