鉄火場のアライグマ

株式投資がメイン、の予定だったのですが、いつのまにかマンション購入記、のつもりが建売住宅購入記になってしまいました・・・

ゆとり

2007年10月28日 | Weblog
忙しくて、かなり長く放置してしまいました。。。
すんません。


本題:

文部科学省が、「ゆとり教育」なるものの間違いを認めて反省したそうだ。

   ↓(読売の記事)

【引用開始】
「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省
 次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。

 中教審はすでに、小中学校での授業時間増など「脱ゆとり」の方針を決めているが、反省の姿勢を明確に打ち出すのは初めて。中教審が自己批判するのは極めて異例だが、反省点を具体的に示さなければ、方針転換の理由が学校現場に伝わらないと判断した。

 中教審は1996年、それまでの詰め込み教育への反省から、思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などを「生きる力」として提唱。現行の学習指導要領は、この「生きる力」の育成を教育目標に掲げ、小中とも授業内容を3割削ったり、総授業時間数を1割近く減らしたりしたほか、教科を横断した学習で思考力などを身につける「総合学習の時間」の創設を盛り込んだ。しかし、指導要領が実施されると、授業時間の減少により、「基礎学力が低下した」「子供の学習意欲の個人差が広がった」といった批判が相次いだ。

 中教審が今回、反省点として挙げるのは、〈1〉「生きる力」とは何か、なぜ必要なのかを、国が教師や保護者に伝えられなかった〈2〉「生きる力」の象徴として、「自ら学び自ら考える力の育成」を掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、指導をちゅうちょする教師が増えた〈3〉総合学習の時間を創設したが、その意義を伝えきれなかった〈4〉授業時間を減らしすぎたため、基礎的な知識の習得が不十分になり、思考力や表現力も育成できなかった〈5〉家庭や地域の教育力の低下を踏まえていなかった――の5点。

 ゆとりが強調されたことで、教師が基本的な知識を教えることまで「詰め込み教育」ととらえ、避けるようになったと振り返るとともに、主要教科の授業時間が減って、観察やリポート作成の時間がなくなったと分析。さらに、家庭や地域の教育力が低下し、生活習慣や規範意識を身につけさせる上で学校の役割が増していたのに、その認識もなかったと反省している。

 中教審は、こうした反省を踏まえ、次の学習指導要領では、「生きる力」をはぐくむという理念は残しつつ、十分な授業時間の確保や道徳教育の充実を図る必要があると結論づけた。近く公表する「審議のまとめ」を基にさらに議論を進め、来年1月ごろに答申をまとめ、文科省が今年度内に学習指導要領を改定する。

 同省はこれまで、「運用面で問題があったが、ゆとり教育の理念は間違えていない」などとし、明確な反省を示してこなかった。
(2007年10月28日3時0分 読売新聞)
【引用終わり】


上の記事の中で、

〈1〉「生きる力」とは何か、なぜ必要なのかを、国が教師や保護者に伝えられなかった

というくだりは、「生きる力」を「美しい国」に、「教師や保護者」を「国民」に変えると、アベちゃんの失敗の理由と重なるものがある。

そもそも、「生きる力」などという観念的な理念のみで教育が改善するはずはないのだが、、、これには実は裏がある。

ゆとり教育の元々の目的は、国民の教育レベルの底上げではなく、格差を拡大することにあったのであるから、現在の状況は当初の目標を達成していることになる。

参考文献

【引用開始】
 象徴的なのが「ゆとり教育」だ。教育課程審議会長だった三浦朱門氏の発言を忘れない。「新学習要領で授業内容は三割減る。学力低下を招かないか」と尋ねた私に三浦氏は言った。

 「戦後はできないやつのために手間と暇をかけすぎた。落ちこぼれにかけすぎた手間をこれからは有能なエリート候補に振り向ける。彼らが日本を引っ張ってくれる。無才、非才にはただ実直な精神だけを養ってもらえばいいんだ」
 「エリート教育がゆとり教育の目的。それを言うと抵抗が大きいので、ゆとり教育とまわりくどく言っただけだ」
 私は衝撃を受けた。エリートにならないやつに勉強などされても社会の無駄だと、彼は言っている。ゆとりはゴマカシだった。
【引用終わり】


すなわち、「ゆとり教育」とは一部のエリートが無学で実直な国民を統率・管理する社会を目指した仕組みなのだから、格差が広がって当然。
だったはずが、時間が経つに連れてその弊害に気づいた各方面から集中砲火を浴びて、見直さざるを得なくなってしまったというところか。

全く、こんなしょーもないことを決めたやつはどこでどう責任を取ったのか。
結局、誰も責任を取らないんだろな。