遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-06 14:31:34 | レビュー
 青山望シリーズの第7作。文庫のための書き下ろしで、2016年1月の出版されている。
 警視庁組織図における同期カルテットのポジションは青山・大和田・龍について変化していない。ただ、前作の最終段階で藤中克典が出向先での異動として、警察庁刑事局捜査第一課分析官の肩書で福岡に行った。一応彼らのポジションを押さえておこう。
  青山 望 公安部公安総務課第七担当管理官
  大和田博 警務部人事第一課監察、表彰担当管理官
  龍 一彦 刑事部捜査第二課知能犯第二捜査担当管理官
である。

 プロローグは大分県・八湯の温泉郷において電車の車中で事件が発生するシーンから始まる。最寄り駅から救急病院に搬入されたが死亡する。フグ毒のテトロドトキシンによる殺人事件だった。彼らは観光ツアー企画の調査中だった。被害者の女性は旅行のコンサルティングを仕事とし、一緒に居た男性は旅行代理店の仕事に携わっていると言う。中国人旅行社が一気に4,000人ほどのツアー企画だと言う。

 青山は新宿の警備課長から電話連絡を受ける。大分県警からの簿冊の照会があり、その問い合わせ内容に疑問を持ったので、青山に連絡を入れたと言う。青山は被害者および行動を共にした男は逮捕されているとの情報から、データ検索をする。
 被害者は白坂亮子享年45歳。旅行代理店とタイアップしたコンサルティング業を仕事にして、最近は中国観光客の受け入れを積極的に行っていたという。姉が清水亜希子であり、その姉は清水保の嫁だった。清水保は岡広組系の清水組を二代目に譲り、今はヤクザを引退していた。一方、逮捕されているのは、福岡の旅行代理店社長高木勝造。データ検索によれば、岡広組の元舎弟頭である。清水組に居たが清水保と仲たがいして本家筋に移るという経緯を持つ。
 この情報を得ると、青山はチヨダの校長に速報を入れる。青山は、岡広組の分裂騒動と中国利権の奪い合いへの予兆を感じたのである。

 青山自身は、相良陽一殺害事件を発端としたところから、トリカブト毒の側面を未解決の事件と絡めて継続捜査していた。今も継続捜査が行われている下北沢小劇場殺人事件の背後に潜む極左集団が気になるとともに、豊見城医師に繋がる共同研究者の存在の有無、そしてその背後の宗教団体の関与と動きを注視していた。そこに大分県臼杵でのフグ毒殺人事件が発生し、岡広組の名前がまたも出て来たのだ。
 当時下北沢小劇場殺人事件に関係した公安部自身の動きについて、不可解な点もあり、青山は調べていて、部内の一人から重要な情報を入手することになる。そして、そこには警視庁内に巣くう派閥問題も関連していた。

 岡広組もいよいよ利権に絡んで分裂問題が表面化してくる。総本部系と総本家系との分裂である。清水組二代目は総本家系に属す。岡広組が分裂し、中国利権を巡る福岡での頂上決戦がきな臭さを帯び始める。福岡県警も青山も、かつての「夜桜銀次」と同種の事件への発展を恐れる。
 青山は再び20人の精鋭部隊を引き連れて福岡に赴くことになる。藤中との協働が強まる。青山が福岡入りした翌日、藤中に連れられてライブハウスに行く。そこで偶然にも清水保が数人の連れと来ていた。その一人に、博福会若頭補佐の桐島洋二が居た。博福会の中では珍しい武闘派と言われるヤクザである。その桐島がライブハウスを出た矢先に、拳銃で撃たれるという事件が発生する。青山部隊の裏の活躍で、わずか45分で発砲犯人を逮捕するに至る。辻村組の鉄砲玉、篠崎健吾と判明する。ここから、いよいよ分裂抗争のもめ事が展開していく。
 それは、福岡にとどまらず、東京とも連動していくことになる。
 この頂上決戦での騒動発生による市民への影響を回避し、一方頂上決戦にからむ背景の利権問題、それに絡んで蠢く一連の政治家を含めた関係者を洗い出し、問題の芽を潰していくか。頂上決戦の背後の相関図が徐々に明らかになっていく。それは問題事象が様々な領域に絡み合いながら、広がりのある構造を形成している背景に光が当てられるプロセスとなる。
 何と、この事件捜査のプロセスで、青山自身が刺客に襲われ全治1ヵ月の怪我を負う事態に立ち至る。それは公安部の青山の面相が敵に知られていたという由々しき事態でもある。青山の怒りが爆発する。
 読者にとっては、何が何とどのように繋がっているのか、興味津々の展開を楽しむことになる。
 今回のストーリーで、ちょっと副産物として楽しめるシーンがある。青山が事件のただ中ではあるが、東京に戻っている間に、文子とデートするシーンや、青山が怪我をした後に青山の自宅に文子が見舞うシーンである。このシリーズで、青山自身の人生に絡むサイドストーリーが断片的に挿入されていくという別の楽しみである。
 プロローグで発生した事件の犯人とその動機は何か。このストーリーの最終段階で、取調べの中での容疑者の自白により明らかになる。
 これから先は、本書を開いて、楽しんでいただきたい。

 このストーリーの展開には、本書を情報小説という視点で捉えると副次的に興味深いと思う話材が織り交ぜられている。フィクションという形での会話や思考内容の表明、状況シーンの描写になっている。そういう見方もあるのか、あるいはそこまで技術が進んでいるのかと読み取ると、現代社会の状況分析・思考材料として役に立つと思う。
1. かつての極左集団が、現経済社会体制の中でどのように変容しているか。
2. 電力部門における発送電分離が意味する実態は何か。
3. 中国の国家体制と構造に関連した視点での諸情報と日本への影響あるいは関連性についての読み解き。
4. カジノの導入・合法化に伴う利権は何か。どういう状況と影響が想定できるか。
5. 日本の科学技術の海外流出の状況
6.携帯電話の発信するGPSの位置情報を取り込んだロケーター技術。
  これはまさに、視点を変えると監視社会化が具体的になっている一例と言える。
7. 日本における公認ギャンブルの実情:その所轄官庁と適用法律
 
現代社会のリアルタイムに進行している局面に関わる情報の織り込み箇所を読むだけでもおもしろい。フィクションを介して、今の世の動きを考えてみようではないか。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、現実の社会で発生している事象を少しチェックしてみた。本書の背景になっている事実、あるいはフィクションにデフォルメするネタになっているかもしれない事象、あるいはそれらの著者の先取りかもしれない事実・事象とみるのもおもしろい。
別府八湯温泉道 ―温泉道施設一覧―  :「極楽地獄 別府」
別府温泉  :ウィキペディア
トリカブト保険金殺人事件  :ウィキペディア
フグの毒とトリカブト併用で完全犯罪が可能!? テトロドトキシンの恐すぎる作用「ゆっくりして逝ってね」  :「excite ニュース」
クルーズ船で日本に押し寄せる中国人観光客 :「MIHOLDINGS」
巨大クルーズ船、大衆化に乗る中国客  :「日本経済新聞」
夜桜銀次    :ウィキペディア
夜桜銀次事件  :ウィキペディア
位置情報活用の現在地  :「HH News & Peports」
スマホのGPS(位置情報)精度を最適に設定・改善する方法【iPhone/Android】:「appllio」
最高の酒に杜氏はいらない「獺祭」支えるITの技  匠を捨て、匠の技を生かす(上) :「日本経済新聞」
国際観光産業振興議員連盟  :ウィキペディア
日本の将来を博打に託した国会議員  :「Pierrot」
秋元議員逮捕/利権と癒着の構図にメスを 2019年12月  :「河北新報」
「国会議員5人に現金」中国企業側が供述 IR汚職巡り 2020年1月 :「朝日新聞DIGITAL」
沖縄におけるカジノ・エンターテインメント検討事業 我が国における経緯
         :「やっぱりいいな沖縄 沖縄県観光商工部観光企画課」
   懸念事項について

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。

『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫

『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫

2020-05-06 11:15:20 | レビュー
「利休にたずねよ」に対して、
利休は、結局
秀吉に答えなかった。

利休の侘び茶は枯れることなく、その底に熱を秘め、艶がある。
その真因を突き止めたい秀吉のあくなき欲望に対し、
利休は怒りとともに切腹を受入れた。

天正19年2月の「死を賜る」日を起点に、物語は過去へ過去へと遡っていく。

遡及していくタイム・ポイントで焦点をあてられた人物が、
利休の茶の美の追究あるいはその考え・行動に関わっていく。
それらのエピソードが描かれ、積み重ねられていく。

それは、あたかも点描派画家の描く一点一点が、
独立していながら
絵を構成する必須の要素としてつながっていくようである。

そこに、利休の茶を究明する広がりと奥行きが生まれている。

時は、与四郎(利休)19歳の「恋」にまで遡る。
その恋の結果が
「利休の茶の道が、寂とした異界に通じてしまった」
という発想と展開はユニークで新鮮だった。

利休秘蔵の小さな緑釉の香合がストーリーを貫く黒子。
しかしその香合は、
切腹の当日に時が戻る物語の最終章で、
利休の妻・宗恩が擲ち砕いてしまう。

そこには宗恩の女の想いが凝縮されている。

緑釉の香合に仮託した千利休への著者のロマンを感じる。


[付記] 
グーブログで読後印象記を書き始める前に、一時期アマゾンに読後印象記を投稿していた。その当時投稿した記録から、本の幾つかをチェックしてみると、今も掲載されているものがある。上記の読後印象記をチェックしてみたが、こちらは削除されたようだ。その時の原稿(2008/12時点)を保管していたので、再録しておきたい。(表示スタイルを変更、一部語句修正のみ)
千利休関連小説の読後印象記を残した手始めだった思い出と、茶の世界関連での読書印象記をここに一元化したいために・・・・・。

これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社

=== エッセイなど ===
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版

「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に、今は亡き山本兼一さんのこんな作品を読み継いできます。こちらもご一読いただけるとうれしいです。
『利休の風景』 淡交社
『花鳥の夢』 文藝春秋
『命もいらず名もいらず』(上/幕末篇、下/明治篇)  NHK出版
『いっしん虎徹』 文藝春秋
『雷神の筒』  集英社
『おれは清麿』 祥伝社
『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』 講談社
『まりしてん誾千代姫』 PHP
『信長死すべし』 角川書店
『銀の島』   朝日新聞出版
『役小角絵巻 神変』  中央公論社
『弾正の鷹』   祥伝社