折にふれて

季節の話題、写真など…。
音楽とともに、折にふれてあれこれ。

Stay Gold   By空倶楽部

2019-04-29 | 空倶楽部

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


 

「だめかな」 とあきらめかけた直後のこと。

雲の間から窮屈そうに顔を出した朝日が雨晴を照らしはじめた。

 

Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/22,1/320sec , ISO400) 

 

潮がひき、金色に光る海に女岩が映りこむ。

しかし、それもわずかな時間のことでしかない。

「この光景を繋ぎとめておきたい。」

逸る気持ちとともに、仕舞いかけたカメラの設定を整え始めたのだった。


 

 Stevie Wonder - Stay Gold

 

 

 

 

 

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花街の春、「新しい」風景

2019-04-26 | 抒情的金沢

写真を通じてつながったブロガーさんが集まっての金沢撮影会。

         その模様については笑子さんが先行してアップしてくださっています。

         笑子さんのフォト俳句ブログ 2019.4.19~ 

そのひとコマの話。

 

まるで、撮影会の時期をはかったかのように満開を迎えた桜。

それぞれのメンバーと金沢駅で落ち合って、

真っ青に晴れわたった空と明るい日差しの中、

尾山神社、金沢城公園、兼六園、21世紀美術館と

市内の桜を存分に満喫することができた。

そして、その日最後に訪れたのが主計町。 

「ひがし」「にし」と並ぶ茶屋街、

いわゆる花街で古都金沢を象徴する風景のひとつと言ってもいい。

 

Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/5.6,1/250sec,ISO100)    

  

浅野川河畔の古い街並み。

やがて夕刻を迎えようとする時間、

すこし翳りはじめた陽ざしのなか、

川面にこぼれ落ちるほどの桜が出迎えてくれた。

 

Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/5.6,1/160sec,ISO100)     

 

主計町はほかの二つの茶屋街に比べ、その歴史はもっとも新しい。

(と言っても、明治期まで遡るのだが。)

藩政時代の「廓」を起源とする「ひがし」と「にし」に対して、

主計町は明治に起こり、茶屋街として最盛期を迎えたのは昭和初期だったという。

今までその歴史の違いを意識したことはなかった。

だが、あらためて対岸に立って主計町を眺めてみると

三階建の建物や開放的な掃きだしのガラス窓など

町家が肩を寄せ合うように建つ茶屋街の佇まいの中に、

「ひがし」や「にし」にはないモダンな雰囲気があることに気づき

俄かにこの風景が新鮮に思えてきたのだった。

 

Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/5.6,1/125sec,ISO100)    

 

5人のメンバーたちと金沢市内を巡る。

俯いたり、見上げたり...

それぞれが向けるカメラの先を窺うと

これまで見えていなかった新しい金沢が見えてくる。

それが楽しく、刺激的な体験だったわけだが、

主計町のなかに見つけた「新しさ」もそんな風景のひとつだった。

この機会を作ってくれたみなさんにあらためて感謝申し上げたい。

 


「感謝をこめて」というわけでもないが...「All Good People」  

 
 All Good People   John Oates

ダリル・ホールの陰に隠れた感(あくまでも個人的な印象)があったジョン・オーツだったが、

実はとんでもない感性を持った人だった、と驚いたソロ・アルバム「Phunk Shui(風水)」からの一曲。

 

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それぞれの桜日和

2019-04-21 | 日常の中に

この日を待ちかねた人たち。

そして、その顔から笑みがこぼれる。

 Sony α99      Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/3.5,1/1250sec,ISO100)    

 

この春一番の陽気に包まれた金沢。

満開の桜の下、それぞれが楽しむ花見日和。

まるで、幸せの群像劇を見ているようだった。

 

ところで。

この日、ふだん空倶楽部でお世話になっている方々が金沢へ来てくれた。

初めて出会う人がほとんどながら、

旧知のように触れあっての市内撮影、そして写真談義と

楽しい時間を過ごすことができた。

「ひょっとしてこの陽気、かれらが運んできてくれたのかな。」

この写真を眺めながら、そんなふうにも思えたりして、

あらためて、この機会に感謝した次第だ。

 

かず某さん  chacha○さん  笑子さん  F師匠 lunayaさん 

ようこそ金沢へ。そして、ありがとうございました。

 

 


 ウキウキ気分で聴きたくなる曲。

その名も アップ!(シャナイア・トゥウェイン)

 
 Shania Twain - Up! (Red Version)

 

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雨晴 1分の光景  By空倶楽部

2019-04-19 | 空倶楽部

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


 

たった1分の光景だった。

 

Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/22,1.6sec , ISO100)  

 

その日は、前日の快晴から一転、天気は下り坂との予報。

「なんとかもってくれ」と気が逸りつつ、

夜明け前の雨晴に着いたのだが、

暗がりの中であっても、厚い雲が立ち込めているとわかる空だった。

潮がひいた砂地を踏んで撮影場所へと急ぐ。

すでに10人を超えるカメラマンがひしめいていたが、

渚から女岩を正面にとらえるわずかな隙間に

なんとかカメラを据えることができた。

その位置からだと朝日が昇る方向は女岩のわずか右。

その空に雲の切れ間ができ、

女岩に朝日がかぶる光景に賭けてみたのだ。

女岩を主題と決めたのでレンズは望遠ズーム。

迷いはなかった。

...はずだったのだが。

夜明けを待たずして、女岩から見て左手の雲が裂け、

のぞいた空が赤く染まり始めたのだ。 

「撮影位置を変えようか」と迷い始めた。

そのレンズでは女岩と朝焼けが画角いっぱい離れての配置となるからだ。

朝焼けが女岩の背後に回る場所まで移動するには

カメラの据え付けも含めると5分以上はかかる。

いったん雲台に手をかけたが

「とりあえず一枚撮ってから動こう」

そう思い直し、

絞り値と明るさを決めてシャッターボタンを押した。

それが冒頭の一枚である。

結果、すぐに動かなくてよかったのである。

このあと、カメラを三脚から取り外したが、

そのとたん、朝焼けはその輝きを急速に失っていったからだ。

結果オーライでしかない。また、写真そのものも意図したものではなかった。

しかし、それはそれとして、

この瞬間を繋ぎとめることができたことがうれしく、

そして思ったのである。

わずか1分足らずの光景だったが、

この感動は長くこころに残り続けるだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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桜 記憶の中の風景

2019-04-16 | 抒情的金沢

 

金沢で桜の名所といえば、ここ沈床園である。

 

 

だが、それはあくまでも個人的な思いであり、

その思いをさらに深く手繰るなら、

ある記憶の中の風景が「名所」と言わせているのである。

 

金沢城と兼六園の間を抜ける並木道がお堀通りで、

兼六園の外周を巡る百万石通りとともに

「日本の道百選」にも選ばれている。

そのお堀通りの脇、金沢城石川門を見上げる園地が沈床園だ。

満開のその日、たわわな桜の花をつけた枝が

その重みに耐えかねるように

花見客の頭上に覆いかぶさっていた。

そして、その様子を眺めていて、

ふと、ある情景にたどり着いたのだった。

 

それはもう40年も前のこと、社会に出て初めての春だった。

配属された職場で催された花見の会場が沈床園で、

歓迎会を兼ねてはいたものの、宴席を確保することが新入社員の初仕事だった。

「早く行け!」と午前中には会社を追い出され、

畳一枚ほどのビニールシートを何枚も敷き並べて陣取りする。

同じ職場に配属された4人の仲間で手分けしたのですぐに終わり、

ほかにすることがないので、寝そべって桜を眺めていた。

やがて半日ほどはそうして時間を過ごしただろうか。

そして、その時の記憶が・・・

例えば、研修に追われた緊張がすっとほぐれ、そのまま桜に見入っていたこと

「それにしても...」と、満開の桜の下にスーツ姿で寝そべっている自分たちが妙におかしかったこと

など、思い返せばあどけない所業の数々が鮮やかに蘇ったのだ。

 

ところで。

この場所、今は沈床園とは呼ばないらしい。

もともとこのあたりは百間堀と呼ばれた大きな堀の底で、

金沢城や兼六園から見れば一段下がった場所となる。

それで、沈床園という名で呼ばれ始めたのかも知れない。

しかし、金沢市民なら誰でも知っているその呼び名も今は「百間堀園地」に変わった。

観光用としてはわかりやすいが、

一方で、なんとも味気ない呼び名にも聞こえるのは私だけだろうか。

記憶の中にある桜名所、その名を奪わないでほしい。

この風景を眺めながら、そんなことを思ったりもしていた。

 

 

 

 

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ありふれた桜の風景 By空倶楽部

2019-04-09 | 空倶楽部

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


空倶楽部、四月のお題は「花と空」。

 

4月7日早朝、金沢市伏見川にて 


  Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/5.6,1/200sec,ISO100) 

 

空倶楽部のお題の日に合わせて「桜の写真を...」と思うと、

この時期、北国に住む者にとっては実に悩ましい。

というのも、まず咲いているかということが心配で、年によっては開花すらしてないこともあるからだ。

さらに撮影が週末に限られるサラリーマンにとっては天候も気になるところだ。

今年、なんとか桜は開花したものの、

その直後の日曜の天候は終日曇りで、しかも下り坂との予報。

それで、とにかくその日は桜に集中することにし、

どこへ出かけるにもカメラを持ち歩いた。

ところが...。

市内中心部の広坂、兼六園、金沢城と、

桜の名所とされる場所を時間をかけて回ったが、

どこもまだまだ三分咲きといった程度。

さらに予報通り雲の多い日で空は灰色、光量も乏しく、あまり納得のいく写真とはならない。

それで結局は、早朝の散歩時に撮った写真、

自宅付近を流れる川のほとりの桜景色にやむなく落ち着いた次第である。

その桜は陽あたりが良かったせいか五分咲き、

見方によってはたわわに咲いているようにも思えた。

 

話は変わるが、家内が時々、整理途中の写真をのぞきにくる。

いっしょに出かけた後などはとくに気になるらしい。

その日もそうで、そして、こんなことを言う。

「桜なら兼六園で撮った写真のほうが金沢らしくていい」と。

納得がいこうがいくまいが、散歩の途中に撮った「ありふれた風景」よりはマシなのだそうだ。

手厳しいが「なるほど」と納得もできる。

確かにありふれてはいる。しかしその一方でこうも思った。

「かのん」との一週間ぶりの散歩で味わった早朝の清々しい空気感、

さらに、仕事からの解放感が桜の景色の中に溶け込んでいるようで、

自分にとっての格別な風景でもある、と。

そして、それがこの写真を選ばせた理由であったかもしれない。 


花のサンフランシスコ  スコット・マッケンジー 


 San Francisco - Scott McKenzie

 

 

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チコちゃんに叱られた

2019-04-07 | 折にふれて

 

4月4日夕刻、主計町界隈。

 

Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/7.1,1/60sec,ISO2000)   

 

3月下旬から寒い日が続いていたが、

その寒気もようやく抜けて桜の花もちらほらと咲き始めていた。

「もうすこしあたたかくなったらお祝いをしよう」

この日、そんな家内と長女の言葉に甘えてやってきたのだ。

恥ずかしながら、4月1日が誕生日でそのたびに誘ってくれる食事。

毎年、「いいから」というのだが「くぎりだから」と押し切られる。

けれども、春めいた気候となったことがうれしくもあり、

それならば、「すこし遅れるけどこの日にしよう」と

言い出したのは他ならぬ私自身でもあった。

 

ところで最近、NHK番組「チコちゃんに叱られる」で4月1日生まれが取り上げられた。

「なぜ4月1日生まれはひとつ上の学年になるの?」という問題。

わたしも「ひとつ上の学年」に就学し、どのクラスでも出生順は常にびりっ尻だった。

さらには、「お前ほんとに同級生か」とか「エイプリルフールだから?」などと

よくからかわれたものである。

実はその答えを以前の記事で書いていて

2017.04.05 4月1日の怪

要約するとふたつの法律が作用している。

ひとつは「教育基本法」で 

小学校への入学は、満6歳になった翌日以降、最初に到来する4月1日と定めている。

もうひとつは年をとる日を定めている「年齢計算ニ関スル法律」で、

それによると「年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス」とある。

生まれた日を一日目と起算しろ、といっているので、

4月1日生まれの子が満一歳になるのは365日後の3月31日。

つまり、教育基本法で定められた入学日の前日3月31日には晴れて満6歳となっているのである。

テレビを見ながら、そのことを得意そうに家内に語ったのであるが...

「チコちゃん」の答えは違っていた。

その答えは、なんと「2月29日生まれの人のため」。

もちろん、ふたつの法律の作用は間違いではないのだが、

「チコちゃん」の解説はさらに深く、

年をとる基準を「生まれた日を起算に365日後」と定めたことに言い及んだのだ。

2月29日は4年に一度しかやってこない。

だが、この基準を設けておけば1年にひとつ、2月28日には年をとることができる。

したがって、2月29日生まれの人であってもめでたく就学できるという話。

ということで...チコちゃんに叱られた次第である。 

 

ふと。

それならば、私の誕生祝いは3月31日にしてもらったほうが良いのでは、と思った。

けれども、この説明をくどくどとするのも面倒くさいし、

催促しているように思われるのも大人げない。

それで、来年もまた、「誘われるがままに」ということにしておこう。

 

 

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若狭 置き去りにできなかった「春」

2019-04-03 | 日常の中に

四月に入った。

桜が咲いて、鳥がさえずって...と、例年ならそうなのだが、

今年はそんな春をなかなか楽しませてくれない。

いまだに天候が不順で、気温が10℃に届かない日、さらには雪が降る日もあるからだ。

そんなぐずぐずした金沢の季節に嫌気がして

三月終わりの週末、ここ数年の恒例でもある若狭へと出かけた。

現在の福井県嶺南地方で若狭は古い呼び名である。

北陸の一部だが、

近畿地方と接していること、また、海が穏やかなことから、

北陸の春は若狭からやってくると思いこんでいる。

それで、春が待ち遠しくなると、それなら逆に春を迎え行こうと、若狭へと出かけるのだ。

うららかな春の日差しに包まれた若狭。

たとえ金沢の天気が悪くても若狭なら春を感じさせてくれる。

そう思って洋々と出かけたのだが…

今年の天候不順は若狭も例外ではなかったらしい。

写真は撮ったものの、残念ながら、若狭の春として留めることはできなかった。

 

それでも、四月最初の記事は若狭と決めていたから、

せめて過去撮ったものの中からと選んだのが、

若狭の観光名所、三方五湖のほとりで見かけた梅林の写真だった。

 

三方の梅は「福井梅」として有名だが、それはあくまでも果実のことであって風景ではない。

したがって、この梅林も果実を収穫するためのもので、

花も観賞用のものに比べるとずいぶんと見劣りがする。

この写真を撮った時も花ばかり見て、あっさりとお蔵入りにしたのだろう。

ところが、あらためて眺めてみると、

それぞれの木が一方向に規則的に並んでいて、

しかも枝ぶりや高さまで揃っていて

これはこれでひとつの修景を成している。

おそらくは、均一な果実の品質に配慮して、

日当たりや風向きなどを考えた結果、

さらには収穫作業の効率を考えてのことだと思う。

そんな生産者の営みやこだわりがこの風景を造ったと思うと、

無下にもできない、いや「置き去り」にはできないと思えてきたのである。

これも若狭、春の情景と感じていただけたら幸いだ。


元号が「令和」と決まったことで、またひとつ「昭和」が遠くなったと感じた。

それはそれとして、ふと「昭和の春」で思い出したことがある。

この時期、化粧品メーカーが競うように放映したコマーシャルだ。

この曲もその中のひとつだったが、

今聴いても、明るい春の到来に胸弾ませる雰囲気が満載、春の名曲だと思う。

 
 竹内まりや 色・ホワイトブレンド

 

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