折にふれて

季節の話題、写真など…。
音楽とともに、折にふれてあれこれ。

三国港 光の春2 By空俱楽部

2024-02-29 | 風の風景 光の風景

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


引きつづき「光の春」で空倶楽部に参加。

     
                    三国港(福井県坂井市) Sony α7R3   FE24-70㎜/f2.8 GM2

 

おだやかな波が沖から光を運んできて

その光を砂の上に置いていく。

ところが光は波が引くとたちまち砂の中にしみこんで消えてしまう。

ただそれだけのことが何度も繰り返される。

 


    Sony α7R3   FE24-70㎜/f2.8 GM2

 

その光景を飽きもせずにうずくまってながめていたのだが、

背中を丸めて波打ち際にカメラを向ける姿は

渚にいた人たちからするとかなり風変りに見えたに違いない。

今になって思えば、その所行、すこし気恥ずかしくもある。


さて、記事を書きながら、ふと思い出した曲が

『So Much In Love(邦題:渚の誓い)』だった。

アカペラの名作として様々なアーティストが取り上げていて

私がこの曲を知ったのはアート・ガーファンクルによるカヴァーだった。

日本のアーティストでいえば、「なるほど」とうなづける山下達郎。

また、桑田佳祐のによる楽曲もyoutubeで見ることができる。

どれにしようかいろいろと聴いて落ち着いた先が

 
The Tymes, "So Much In Love" 1963

本家本元、The Tymes のオリジナルだった。

60年前の録音ということもあるのかもしれないが

子供の頃に刷り込まれたなつかしい海の風景を思い起こさせてくれた。

 

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三国港 光の春 By空倶楽部

2024-02-19 | 風の風景 光の風景

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


この日の気温は4月並みの21℃。

とは言え、海から吹き付ける風は冷たく

ましてや、陽が陰りはじめたころともなると

カメラを持つ手もかじかんでくる。

それでも、冬の北陸では晴れているだけでもご褒美。

ときどき、凍えた手をこすりながらも、1時間ほどは渚にとどまっただろうか。

ようやく三国港の「光の春」に出会うことができた。


    三国港(福井県坂井市) 2024.02.18 16:35   SONY α7RⅢ FE2.8/24-70 GMⅡ

 

さて、「光の春」とはロシアで2月のことをいう。

極寒の地において陽の光が戻ってくる2月を

春への希望を込めてそう呼ぶのだそうだ。

当ブログでも過去に何度かそのことを書いていて

2月になると「光の春」を探しに出かける。

そして今回の撮影でそれを強く感じたのがこの光景だったという次第だ。

 

 

 

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オトナの遠足:冬の巻  By空倶楽部

2024-02-09 | オトナの遠足

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


立春に相応しい冬晴れの日。

毎年恒例にしている「オトナの遠足」に出かけることにした。

     

一見何の特長もない池に見える。けれどもここ鴨池は水鳥たちの楽園。

わずか10ヘクタールほどの小さな池だが、

水鳥たちの生態系を守るラムサール条約に指定された湿地帯。

いわば水鳥たちの聖域、サンクチュアリなのだ。

論より証拠。景色を引き寄せてみるとこの通り。

    

この日はヒシクイがほとんどだったが、

マガンやコハクチョウなど様々なガンカモ類が

多い時には数千羽単位で羽を休める。

    

バードウォッチングに興味があるわけではないが、

冬になって水鳥たちがやってきたと聞くと無性に出かけたくなる。

目的もなくただこの景色を眺めるだけで満足するのだ。

 

ここでひとしきり鳥たちを眺めた後、もうひとつ向かう先がある。

鴨池から車で5分ほどの片野海岸で、

そこには渚に向けて大きく窓を開口したカフェ『うみぼうず』がある。

      

鴨池で目から心を休めた後、次は舌で心を温めるのだ。

コーヒーをすすりながら波の向こうの海を眺める。

     

そして、「あの彼方にもう春が来ているのだろう」と想像してみる。

そう。春の気配をうかがうこと。これこそがこの遠足の目的なのである。

     


折にふれての選曲はザ・バンド『ラストワルツ』から。

The Band: "It makes no difference".

 

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能登半島地震の記憶4

2024-02-02 | がんばれ能登

地震の傷跡が残る和倉港。


       ※現在近づくことはできません

和倉温泉は全国有数の温泉街として広く知られ、また、能登観光の起点でもあります。

それが今回の地震で大打撃を受けました。

和倉温泉は2007年の能登半島地震でも被災しています。

その時もほとんどの旅館が施設を損傷したのですが、

大部分は短期間で復旧し、元の活気を取り戻していました。

そして今回、3年間のコロナ禍をしのぎ、客足が戻った後だっただけに

関係する方々の悲痛は計り知れません。

和倉温泉を襲った2007年の地震の震度は「6弱」、それに対して今回の地震は「6強」でした。

弱と強。ほんの表現の違いのように思っていたのですが、

その揺れは比べようもないほど激しかったと聞きました。

マグニチュードで比べるなら2007年のM6.9に対し今回はM7.6。

マグニチュードが「1」増えると地震規模は32倍と言いますから

前回の地震とはまったくの別物。

それが想像を絶する被害をもたらしたのです。

実際にいくつかの被災状況を建物に立ち入って確認しましたが、

惨状としか言いようのない有様にただ立ち尽くすだけでした。

それでも自分が直接目にした被害はほんの一部です。

 

地震発生からひと月が経って

亡くなった方、行方不明の方の数は把握されているものの、

インフラや家屋の損壊など被害の全容はまだはっきりしていません。

仮設住宅の供給も始まったばかり、また、ようやくボランティアの受け入れ体制が整のい始めたようです。

そんな中で日本全国からの応援車両を見かけるとそれだけで心強くなるものです。

ただ、能登から帰って来るとどこか気が重く、無気力になっている自分に気づいたりもします。

その状態をうまく言い表すことができないのですが、「震災鬱」という言葉に目が止まりました。

直接被災していなくても鬱の症状が現れることがあるそうです。

自分がその症状に該当するとは思いませんが、

仮にそうであったとしても、この惨状から決して目を背けてはいけないと思っています。

「長い闘いを覚悟しなければならない」

ある被災者の方の言葉が胸に深く刻まれました。

 

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