○松本典昭『パトロンたちのルネッサンス:フィレンツェ美術の舞台裏』(NHKブックス) 日本放送出版協会 2007.4
レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』、ボッテイチェリの『ビーナスの誕生』、あるいはミケランジェロの『ダビデ』。我々は美術作品を、芸術家の創作として眺めることに慣れている。しかし、ルネサンス時代の芸術は、パトロンが発注するものだった。
パトロンの指示は作品に多大な影響を与え、主題はもちろん、描かれる人数、金やウルトラマリン(最も高価な顔料)の使用量も契約に盛り込まれた。不安定な職人階級に属する芸術家は、パトロンの機嫌を損ねることなく作品を仕上げなければならなかった。本書は、15世紀のフィレンツェ共和国を中心とするルネサンス美術史を、パトロン群像に力点を置いて描いたものである。
まず簡単な前史から。ヨーロッパの13世紀は都市発展の世紀である。フィレンツェは毛織物業の発展によって富を蓄積した。しかし、14世紀は、自然災害、政治抗争、経済不況、疫病の続く危機の世紀だった。それでもフィレンツェの経済と人口は14世紀後半に驚異的な回復を果たし、復活(ルネサンス)の15世紀を迎える。
新しい世紀の初頭は、政府や同業種組合など「公的パトロネージ」が、競って都市の壮麗化に力を尽くした。美観に責任を負った。代表的な作品は、フィレンツェのランドマーク、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂である。毛織物業組合員で構成された大聖堂造営委員会は、コンクールを開催して大聖堂のクーポラ(大屋根)の設計案を募集し、これに当選したのがブルネッレスキだった。
フィレンツェには1度だけ(1泊だけ)行ったことがある。巨大な大聖堂のてっぺんにも登った。考えてみれば、15世紀に、支柱も足場も使わず「クーポラがみずからの力で立ち上がる」というアイディアを現実のかたちにしてみせたブルネッレスキって、ダ・ヴィンチにも勝る独創的な天才技術者だと思う。
15世紀中葉にはメディチ家が政治の実権を握り、その「私的(世俗的)パトロネージ」によって、フィレンツェ美術の黄金時代が到来する。15世紀末、メディチ家はフィレンツェを追放され、一時的に共和制が復活した。このとき、新しい共和国政府が「公的パトロン」としての威信をかけて発注したのが、ミケランジェロの『ダビデ』だった。それゆえ、著者はこの憂いを含んだ若者の彫像に「戦う共和主義者の永遠の魂」を見て取る。
しかし、メディチ家の復活とともに市民的パトロネージは衰退し、その後の数世紀にわたり、芸術の主要なパトロンは市民でなく王侯貴族に移る。うーん。不思議だなあ。人間の歴史って、奴隷制→封建制→共和制というように、一直線に進んできたのではないということに、あらためて気づく。
パトロネージの視点で見たとき、見慣れたはずの著名な絵画・彫刻・建築作品が、全く新しい相貌を見せるところが面白かった。それから、そういう新視点を可能にするものとして、当時(15世紀)の契約書や帳簿や住民簿が、イタリアの古文書館に豊富に残っているということにも驚かされた。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』、ボッテイチェリの『ビーナスの誕生』、あるいはミケランジェロの『ダビデ』。我々は美術作品を、芸術家の創作として眺めることに慣れている。しかし、ルネサンス時代の芸術は、パトロンが発注するものだった。
パトロンの指示は作品に多大な影響を与え、主題はもちろん、描かれる人数、金やウルトラマリン(最も高価な顔料)の使用量も契約に盛り込まれた。不安定な職人階級に属する芸術家は、パトロンの機嫌を損ねることなく作品を仕上げなければならなかった。本書は、15世紀のフィレンツェ共和国を中心とするルネサンス美術史を、パトロン群像に力点を置いて描いたものである。
まず簡単な前史から。ヨーロッパの13世紀は都市発展の世紀である。フィレンツェは毛織物業の発展によって富を蓄積した。しかし、14世紀は、自然災害、政治抗争、経済不況、疫病の続く危機の世紀だった。それでもフィレンツェの経済と人口は14世紀後半に驚異的な回復を果たし、復活(ルネサンス)の15世紀を迎える。
新しい世紀の初頭は、政府や同業種組合など「公的パトロネージ」が、競って都市の壮麗化に力を尽くした。美観に責任を負った。代表的な作品は、フィレンツェのランドマーク、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂である。毛織物業組合員で構成された大聖堂造営委員会は、コンクールを開催して大聖堂のクーポラ(大屋根)の設計案を募集し、これに当選したのがブルネッレスキだった。
フィレンツェには1度だけ(1泊だけ)行ったことがある。巨大な大聖堂のてっぺんにも登った。考えてみれば、15世紀に、支柱も足場も使わず「クーポラがみずからの力で立ち上がる」というアイディアを現実のかたちにしてみせたブルネッレスキって、ダ・ヴィンチにも勝る独創的な天才技術者だと思う。
15世紀中葉にはメディチ家が政治の実権を握り、その「私的(世俗的)パトロネージ」によって、フィレンツェ美術の黄金時代が到来する。15世紀末、メディチ家はフィレンツェを追放され、一時的に共和制が復活した。このとき、新しい共和国政府が「公的パトロン」としての威信をかけて発注したのが、ミケランジェロの『ダビデ』だった。それゆえ、著者はこの憂いを含んだ若者の彫像に「戦う共和主義者の永遠の魂」を見て取る。
しかし、メディチ家の復活とともに市民的パトロネージは衰退し、その後の数世紀にわたり、芸術の主要なパトロンは市民でなく王侯貴族に移る。うーん。不思議だなあ。人間の歴史って、奴隷制→封建制→共和制というように、一直線に進んできたのではないということに、あらためて気づく。
パトロネージの視点で見たとき、見慣れたはずの著名な絵画・彫刻・建築作品が、全く新しい相貌を見せるところが面白かった。それから、そういう新視点を可能にするものとして、当時(15世紀)の契約書や帳簿や住民簿が、イタリアの古文書館に豊富に残っているということにも驚かされた。
私もこの本を読みましたが、美術品を注文したパトロンの視点から見なおすというところがおもしろかったです。
テンプレートを夏向きに変えたら、コメントが下のほうに来て、読みにくくなってしまいました。すみませんが、今後ともどうぞよろしく。