見もの・読みもの日記

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選ばれた少年/暗黒神話(諸星大二郎)

2017-08-06 23:45:33 | 読んだもの(書籍)
〇諸星大二郎『暗黒神話』 集英社 2017.3

 2014年に刊行された『諸星大二郎「暗黒神話」と古代史の旅』(平凡社 太陽の地図帖)の感想にも書いたが、私はかなり古くからの諸星ファンであるにもかかわらず、代表作「暗黒神話」を読んでいなかった。意識的に避けていたわけではないので、偶然としか言いようがない。しかし、同書を読んで、これはどうしても『暗黒神話』を読まなければと思い立ったのだが、なかなか探し出すことができなかった。そして、とうとう「完全版」を名乗る本書を手に入れた。

 購入した後、すぐに読んでしまうのが勿体なくて、1ヶ月ほど寝かしていたのだが、この週末、ついに読んだ。すごいねえ。ある意味、思ったとおりであり、ある種、想像を超えた物語だった。東京の武蔵野に住む少年・武(たけし)は、ひとりで長野県茅野市尖石考古館を訪ね、縄文土器に見入っていると、自称歴史学者の竹内という老人に声をかけられる。武の父親は、かつて蓼科(諏訪)の山中で何者かに殺され、幼い武は右肩に傷を負った。13年後、武の父の死の真相をめぐって、さまざまな人々が武の前に出現する。

 物語は、諏訪-出雲-(熊本)-国東-飛鳥-奈良-京都-焼津、そして武蔵野(東京)へと展開する。クマソの後裔を自認する菊池一族の当主・菊池彦は、選ばれし者(アートマン)の強大な力を得ようと画策するが、ムサシの古代人の後裔である武は、八つの聖痕を得てアートマンとなり、時空の彼方でブラフマン即ちスサノオと対面する。いま『古代史の旅』の読書メモを読み返して、なるほど原作とは、こういう対応であったのかということをあらためて確認している。原作を知らないまま「キーワードは馬(なの?)」などと考えていたが、なるほど、こういうことだったのか、と納得した。

 本作には実在の遺跡や寺院が多数、効果的に登場するが、国東半島の施餓鬼寺はフィクションのようだ。ただ施餓鬼会を行うお寺はあるらしい。施餓鬼寺の馬頭観音菩薩坐像のモデルは、福井の中山寺の馬頭観音かなあ。顔は、渡岸寺の十一面観音の背面にある暴悪大笑面を混ぜているようだ。つくづく馬頭観音は謎が多いし、魅力的だと思う。また、人々を悪鬼と守るため、比叡山の慈空阿闍梨と慈海上人が法力で戦うことには、すごくリアリティを感じてしまった。今なお、そのような活動が行われていても、私はあまり驚かない。

 仏教と神道と、そのどちらでもない土俗的・古代的な信仰や神話が混然と混じり合い、それなのに、何かとても純粋なものを感じさせる寓話である。初出は1977-78年で、本書には2014年に『画楽.mag』に連載された「完全版」をベースにさらに加筆したものが収録されている。もちろん武の服装など時代を感じる要素はあるけれど、物語の骨格は全く古びていなくて、たぶん50年後、100年後にも新しい読者を魅了する物語ではないかと思う。特にこの国に生まれた読者を。

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