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見もの・読みもの日記

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「ブラタモリ」裏話/京都の凸凹(でこぼこ)を歩く(梅林秀行)

2016-06-02 22:35:11 | 読んだもの(書籍)
○梅林秀行『京都の凸凹を歩く:高低差に隠された古都の秘密』 青幻舎 2016.5

 京都高低差崖会(がっかい)崖長(がけちょう)を肩書に持つ著者は、NHK「ブラタモリ」の京都編・奈良編・京都嵐山編・京都伏見編に出演し(最多出場)、同番組ファンにはおなじみの人物である。本書では、豊富な写真・地図・古い絵画史料などを添えて「祇園」「聚楽第」「大仏(方広寺)」「御土居」「巨椋池」「伏見指月」「淀城」の7つの地域を厳選して紹介。テレビで既に紹介された地域と(たぶん)まだされていない地域が適度に混ざっている。

 洛中はだいたい歩いたことのある地域だが、洛南の「巨椋池」「伏見指月」「淀城」は、あまり歴史を意識しながら歩いたことがないので面白かった。「巨椋池」は、先日テレビの「京都・伏見」の回でも紹介されたばかりだが、巨大な巨椋池の湖面に堤防兼街道の「太閤堤」が存在したということを初めて知って驚いた。杭州の西湖をわたる蘓堤・白堤みたいなものからしら。当時の絵師たちは、西湖の風景を描くときに、太閤堤のイメージを重ねることはなかったのだろうか。

 指月の丘は、豊臣秀吉が伏見指月城を築き、その眺望を愛したところだが、さかのぼれば平安後期には橘俊綱の伏見山荘があり、後白河法皇に受け継がれて伏見殿と呼ばれ(そうだったか)、足利義満もこの地に邸宅を造営しようとした。巨椋池の干拓によって、かつての眺望は失われたが、1962年完成の観月橋団地は「高級感」を持ち続けており、UR都市機構によってリノベーションされた団地は、2012年にグッドデザイン賞を受賞したという。定年後は、こういう歴史ある場所に住んでみたい!と思ったが、部屋が空くたび、申し込みが殺到するというので、難しいかもしれない。

 洛中では、江戸時代から明治の初めまで、東山の真葛ヶ原には「○阿弥」を称する六軒の貸座敷があったこと(そういえば、今でも料亭「左阿弥」がある)、大正元年の円山公園の再整備に際して、建築家・武田五一と庭師・小川治兵衛が、周辺の空間デザインを一新したという話が面白かった。今度、円山公園の風景を確かめに行ってみよう。

 いちばん興味深いのは御土居の話。むかし、非公開文化財の特別拝観で、北野天満宮近くの御土居を見て、規模の大きさにびっくりしたことは忘れ難い。本書によると、鷹ヶ峯の御土居史跡公園のすぐそばに、旧京都朝鮮第三初級学校の跡(2012年廃校)があるそうだ。京都では、近代以降、繊維産業の末端作業や鉱山・鉄道建設の土木作業に従事する在日コリアンの人々が多く、彼らは差別などによって市街地中心部に住むことは難しく、御土居周辺に住むことになったという。また、千本北大路交差点の北側の「楽只地区」(ここも御土居の脇)は、江戸時代には蓮台野村と呼ばれ、「エタ」身分の被差別民が住んでいた。いまここには、全国初代委員長・南梅吉にちなんで「宣言」の石碑が建っている。

 これらは「ブラタモリ」の御土居を扱った京都編では、全く触れられなかった事柄なので、ちょっとびっくりした。本書のように、一見、能天気な趣味の本に、身分差別や社会的排除という京都の暗い歴史を書き込むのは、けっこう勇気のいることではないかと思う。「凸凹地形、すなわち高低差とは、単なる地形を越えて、社会の高低差も意味するのかもしれません」の一文は、目立つように、わざわざ太字にしてあった。『アースダイバー』の中沢新一さんも同じようなことを書いていたように思う。

 巻末には、梅林さん(1973-)と「ブラタモリ」プロデューサーの山内太郎さん(1974-)の対談が収録されている。おふたり、同世代なんだな。梅林さんが「山内さんの根底には社会性があるんですよね」と言い、山内さんが、今の視聴者の方は、何も考えずに楽しく笑うことを求めていらっしゃるから「笑いに変えられないものって扱いづらいんです」とおっしゃるのが興味深かった。たぶん上記のような「社会の高低差」の問題なんかは、土曜日7時半のテレビではオモテに出せないんだろうなあ。でも、テレビで見たことを手掛かりに、実際に現地を歩いたり、もう少し調べてみたりした人は、きっとさらに違う風景に到達することもあると思う。

 梅林さんをはじめ、京都の住民がガイドするミニツアー「まいまい京都」には、若い女性の参加が増えているそうだ。山内さんは、「ブラタモリ」の視聴者はほぼ50代以上だと言って不思議がるのだが、これは分かる気がする。20代30代の女性視聴者は、ボリューム的には少なくてもアクティブで、実際の街歩きツアーに参加するなどの行動を起こす割合が高いのだろう。

 大スターのタモリさんが無邪気に喜ぶ姿を見せることで、暗渠や高低差が好きと言っても恥ずかしくなくなった、という大人二人のコメントが可笑しかった。みうらじゅんといとうせいこうの見仏コンビが「仏像が(狂おしいほど)好き」と言っても恥ずかしくない社会をつくったことに匹敵する功績だと思う。面白いものと面白がれる自由な空気があれば、多少お金に不自由しても、きっと楽しい老後を過ごせるだろう。

 最後に、著者が大好きだというタモリさんの名言。「地形は変えられない。変えても土地が覚えている」

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