見もの・読みもの日記

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土地は誰のもの/日本の食と農(神門善久)

2011-06-11 09:20:23 | 読んだもの(書籍)
○神門善久『日本の食と農:危機の本質』(日本の〈現代〉8) NTT出版 2006.6

 先だって、養老孟司氏、竹村公太郎氏の対談『本質を見抜く力:環境・食料・エネルギー』の一部に参加されていた神門善久氏の発言が、いろいろ衝撃的だったので、さっそく本書を読んでみた。正直に言えば、前掲書で受けた以上の衝撃はなかった。それは、ひとえに私の不勉強のせいだと思う。

 東京育ちで、友達にも親類にも、農業従事者をひとりも思い浮かべることのできない私は、農業問題なんて、真面目に考えたことがなかった。戦後、GHQ主導の農地改革によって、大地主制が解体し、農地が小作人のものになったことは、称賛すべき事案として、教科書で習った。私の知識はそこまでだった。

 だから、農地改革の理念を受け継ぐ農地法が、零細農家の保護をはかることで、農業の大規模化を妨げ、JAや農水省の利権の温床となってきたという指摘(→乱暴だが、私の理解のまとめ)には、衝撃を受けた。でも、よく考えてみれば、理屈は通っている。民主主義の原則においては、大規模事業主も1票だし、零細農家も1票である。だから、数を力とする零細農家集団をターゲットに、よく言えば所得再分配、悪く言えば「ばらまき」政策を掲げることが、自民党政権の安定をもたらした。

 JA(全国農業協同組合)なるものも、よく知らなかった。わが国の農家は、ほぼ100%がJAに加入しているという。そういうものかと思っていたが、非JA系の農協があってもいい、という本書の指摘を読んで、ああ確かに、と思った。しかもJAというのが、営農関係(農産物の出荷・販売、貯蔵設備の共同運営、肥料・燃料・農薬等の調達)のみならず、金融・冠婚葬祭・Aコープ・旅行代理業・生活指導員(!)等々、農家の生活を、ほぼ全面的にバックアップしていることに驚いた。まるで(よく知らないけど)私のイメージする「人民公社」並みである。日本って、社会主義の国だったっけ…?

 こうした体制は、日本が先進国へのキャッチアップを目指した高度経済成長期には、一定の役割を果たした。しかし、90年代半ば以降は、現実に合わない点が目立つようになり、農業生産の不効率から、国民経済へのマイナスをもたらしている。

 農地問題に関しても、70年代に自作農主義は放棄されたものの、適切な農地再編整備は行われていない、というのが本書の認識である。高値で農地を買い取ってくれる公共事業やショッピングセンター建設を期待する農家は、転用機会を待望しながら、ひたすら既得農地を温存し、農地としての有効活用に関心を払わない(ケースが多い)。よって貸借による農地流動化は進んでも、売買による流動化(再編整備)は進まず、大規模農家育成は一向に実現せず、もはや行政は、農地の実態も十分に把握できていないという。

 どうやら日本という国は、高度経済成長期の「惰性」で繁栄を続けているらしい、ということを、最近、さまざまな局面で感じる。だから、新しい問題に直面すると、一挙に「惰性」を喪失して、無為無策を露呈するわけだが、農業も、やっぱりそうなのか。

 「無為無策」は、行政だけの問題ではない。著者は、90年代以降に顕著な、行政に全ての罪をなすりつける傾向に、はっきり違和感を表明している。欧米モデルへのキャッチアップが終わった段階で、日本の社会がとるべき選択は、市民の責任分担、行政参加だった。けれども、90年代、社会の大半で「まあまあの生活」が実現した日本社会は「明治以来でおそらくもっとも精神の弛緩した時期」を過ごすことになってしまった。そうかー。自分の生きてきた直近の過去が、このように評価されると、思わず苦笑してしまう。

 それから「土地」問題の特殊性ということも、あらためて感じた。私たちは、衣服、家具、本、住宅など、たいがいのものを所有し、自由に使用し、売買取引する権利を持っている。しかし、日本のような狭い国土では「自分の所有地」だからといって、産廃物を撒き散らしたり、耕作を放棄したりすると、隣接地に影響が波及せざるを得ない。そこで、農地利用計画や都市計画が必要になるわけだが、これを絶対権力者ではなく、市民参加のもとでつくろうというのは、考えただけでうんざりする(と言ってはいけないのだが…)大変な作業だと思う。

 「食と農」を表題にしているが、読みどころは「農」(農地問題)。冒頭の「食」の章は、1冊のボリュームを整えるために加えられたのではないかと思われ、問題の本質を見ない消費者エゴに対する著者の苛立ちは分かるが、実証データ不足で物足りない。かなり我慢して、第3章以降に読み進む必要がある。

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