見もの・読みもの日記

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内陸アジア史の視点/清朝とは何か(別冊・環16)

2009-10-02 00:28:32 | 読んだもの(書籍)
○岡田英弘編『清朝とは何か』(別冊・環 16) 藤原書店 2009.5

 もともと中国古代史好きだった私の興味は、近年、強く清朝に吸い寄せられている。だって面白いんだもん。清朝は、長城の北に建国した女真族(のち満州族)の王朝で、北京を攻略して、1644年から1912年まで中国を支配した最後の統一王朝。その歴史は、溌剌とした勃興期から、絶大な栄耀栄華、そして惨憺たる落日のときまで、複雑な陰影と激しい振幅に富み、学ぶ者を飽きさせない。

 本書の前半では、清朝を「連続する中国(漢民族)王朝の一つ」と見る誤解を払拭する努力が、繰り返し、払われている。私は、そんなに事あらためて強調しなくても、と思ったが、「中華五千年」という常識に埋没しているような、多くの日本人には、必要な異化作用なのかもしれない。

 かくいう私も、中国史といえば、東アジアの視点から見る癖が抜けないので、清朝を内陸アジア史の一部として考える論文を集めた本書は、とても新鮮だった。一般に元朝は1634年に滅んだことになっているが、内陸アジア史の立場では、万里の長城の北に北元が生き残り、それが1634年に滅亡する。伝承では、このとき、元の皇帝の玉璽を得たホンタイジは、2年後、大清国皇帝に即位する。つまり、清朝は元朝(モンゴル)の後裔をもって任じていたわけだ。面白い。小説みたい。

 本書は、真面目な学術論文集であるにもかかわらず、ほかにも、武侠小説のネタになりそうな話(真偽問わず)が、あちこちに散りばめられている。建国初期の混乱を乗り切ったドルゴン摂政王のカミソリのような政治手腕とか、死刑に処せられるにあたって「俺は満州人だ。城内で殺してくれ」と抵抗した勇将アリマの話とか、康熙帝の最大のライバル、ジュンガール帝国の名君ガルダンとか、複雑な国際関係を泳ぎ切った有能な政治家ダライ・ラマ五世と、その後継者で放蕩者の六世とか、いずれも印象的だ。

 東アジアに目を転じて、江戸時代の日本人が、どのように清朝を認識していたかも、初めて知ることが多く、興味深かった。吉宗に仕えた荻生北渓(徂徠の実弟)は、清朝の法制史資料を丹念に調査したが、漢文の中には、満州語をそのまま音写した語句もあって、かなり苦労したようだ。向学心に富む吉宗はあきらめず、長崎に人を派遣して、来航中の清国人に問い合わせたりしている。なるほど、当時、満州語の問題があったから、実際に清国人に接触することが必要だったんだな、と了解した。

 清朝も初期の皇帝たちは、おそろしく勉強家である。康熙帝をはじめとする清朝の官僚たちが、ロシアのことを真剣に学んでいたために、有利な条件でネルチンスク条約を結ぶことができた。やっぱり、真剣に他者を学ぶ者(国家)こそが、勝者になるのである。

 このほか、「満漢兼」形式(要するにチャンポン)で書かれた語り物テキスト「子弟書」の話、年希堯という雍正年間の琺瑯彩磁器プロデューサーの話など、短いコラムにも魅力的なエピソード多数。

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