見もの・読みもの日記

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明治27年のタイムスクープハンター/戦争という見世物(木下直之)

2014-02-02 23:47:36 | 読んだもの(書籍)
○木下直之『戦争という見世物:日清戦争祝捷大会潜入記』 ミネルヴァ書房 2013.11

 NHKに「タイムスクープハンター」という番組がある。未来から来た「時空ジャーナリスト」が時を遡って取材する「密着ドキュメント」という設定で、さまざまな時代の日本社会を題材に、実在する史料などから知られる庶民の生き様や風俗などの一端をドラマで再現してみせる歴史教養番組(Wiki参照)。私は数回見ただけだが、けっこう熱心なファンがいるようだ。

 今回の木下先生は、まさにこのタイムスクープハンターになったかのよう。上野の不忍池に張り出したウッドデッキ(そんなものができていたのか!)を旅立って、明治27年(1894)12月8日の上野に降り立つ。翌日12月9日には、ここ東京上野公園を会場に「東京市日清戦争祝捷大会」が開催されるとあって、大勢の職人たちが準備の仕上げに余念ない。

 日清戦争は、公式には明治27年8月1日の宣戦布告に始まり、明治28年4月の下関条約調印、翌5月の批准書交換で終結したことになっている。実際には宣戦布告前から数々の小競り合いがあり、7月に豊島沖海戦、平壌陥落、黄海海戦と日本軍は連戦連勝、11月21日に旅順が落ちた。その勝利を祝って、東京市民有志主催(実際は政財界を挙げてのイベント)で開かれたのが「東京市日清戦争祝捷大会」である。

 当日は、東京だけでなく、鉄道を利用して地方からも続々と見物人が集まった。参加には入場券(会券)が必要なはずだったが、大群衆は竹矢来を壊して殺到。新聞報道の「数十万人」は大げさにしても、用意された二万食の弁当は争奪戦となった。ちなみに用意のいい木下先生は、Yahoo!オークションで「酒餐一人分」と引き換えできる会券を手に入れた上、21世紀のコインショップで購入した小銭も持参している(さすがw)。

 本書の眼目は、当時の日本人が、いかにノーテンキに戦争祝賀に酔いしれていたかを直視することにある。近代国家となって最初の対外戦争がいかに国民の心をひとつにしたか、その国民はいかに敵国人を蔑み笑ったか、そして、それを新聞・雑誌がいかに煽ったか、さらにそのことが今ではいかにきれいさっぱり忘れられてしまったか。特に最後の疑問は、木下先生の本で、繰り返し問われている問題意識だと思う。清国兵の切り首のかたちをした提灯やら風船やら。石鹸まである。弁髪に見立てた紐がついていて、デザインは高村光雲。現代人の目から見ると、かなり悪趣味だ。この「ぶんどり石鹸」の雛型の図は『明治百話』に載っているそうだが、岩波文庫版では削除されているそうだ。それってどうなの。

 祝捷大会のクライマックスには、清国の艦船「定遠」「致遠」の模造艦を不忍池に浮かべ、夕闇の中、火薬をつかって撃沈の様子を再現してみせた。広目屋(いまのイベント屋?)が集めた人夫たちが清国兵役で乗り込んでいたというから、命がけの余興である。

 実際の艦船「定遠」「致遠」がたどった運命とか、黄海海戦のとき、高千穂のマストに降り立った鷹(のち明治天皇に献上される)とか、戦争がらみの興味深いエピソードが多数盛り込まれている。ぎょっとしたのは明治期の遊就館の写真。現在の建築(いわゆる帝冠様式?)とは全然違う。窓が少なく、陰鬱な牢獄を思わせ、ロンドン塔みたいだと思ったが、ちょっと調べたら、漱石の『倫敦塔』に「九段の遊就館を石で造って二三十並べて」という記述があることを知った。

 ただ、本書の内容がすべて戦争がらみの重たい、いやな話ばかりかというとそうでもない。著者は、銀座、日本橋、浅草、浜町、神田、湯島などを精力的に歩き回り、活気あふれる明治の街の様子を詳しくレポートしてくれている。泊まりは馬喰町。晩飯は「いろは牛肉店」。東京の夜の「暗さ」と「寒さ」に触れているのは、実感があった。川上音二郎と貞奴(え、伊藤博文が水揚げしているのか)など、演劇関係の話も面白いし、上野動物園の変遷も面白いので、題名で敬遠せず、多くの読者に読んでもらいたいと思う。そして著者には、ぜひタイムスクープハンター路線で続編をお願いしたい!

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1 コメント

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Unknown (衣笠十字路)
2014-09-17 18:56:45
タイムスクープハンターは、来年の4月からはTBSが「生き物にサンキュー」の後継番組として放送するそうです。
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