見もの・読みもの日記

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不思議な肖像画/クラーナハ展(国立西洋美術館)

2016-12-15 23:07:12 | 行ったもの(美術館・見仏)
国立西洋美術館 企画展示『クラーナハ展-500年後の誘惑』(2016年10月15日~2017年1月15日)

 クラナッハが来る!と大喜びして、よく見たら展覧会のタイトルは「クラーナハ展」だった。そういう表記も使われると初めて知ったが、なんとなく落ち着かないのでクラナッハ呼びでいく。ルーカス・クラナッハ(1472-1553)は、ルネサンス期のドイツの画家。独特のプロポーションの官能的な裸婦像を描く画家として、私は1980年代に、澁澤龍彦の美術評論でクラナッハの名前を覚えた。それ以外のことは、何も知ろうとしなかったので、木版画も含め、こんなに多様で大量の作品が残っている画家だとは、思ってもみなかった。本展の出品リストのうち「作者=ルーカス・クラナッハ (父) 」と記載された作品は50点を超える。ちなみに「ルーカス・クラナッハ (父) 」という表記が当人を指すということも、私はこの展覧会で初めて知った(同名の息子がいる)。

 クラナッハはザクセン選帝侯に宮廷画家として仕えた。会場の前半を彩るのは、伝統的な主題の宗教画と肖像画である。木版画も多い。何度も描かれた聖母子像のマリアは、母親らしいふっくらした体形で、控えめで禁欲的な表情を浮かべている。『聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ』のマリアは、ちょっと視線をあげて、唇の角に笑みが浮かびかけており、クラナッハ特有の蠱惑的な表情がほの見えている。

 面白いのは肖像画だ。『ザクセン公女マリア』『ブランデンブルク=クルムバッハ辺境伯カジミール』『神聖ローマ皇帝カール5世』など、非常に写実的に特徴をとらえて描かれた人物は、単一色のベタ塗りの背景の前に浮かび上がっている。ヨーロッパの宮廷絵画と聞いて思い浮かべるような、豪華な調度品やカーテンが描かれているわけでもなく、レンブラントやベラスケスのように深い、意味ありげな闇を背景にしているわけでもない。ペンキ塗りの壁のような青一色、あるいは萌黄色一色の背景が、モダンアートのポスターのように見える。人物の内面に分け入ったような『夫婦の肖像(シュライニッツの夫婦?)』は、特に女性の表情が好きだ。穏やかで、しかし聡明そうな女性である。

 中盤で、いよいよ裸婦を描いた作品の登場。透明な(透明すぎる!)ヴェールを体の前に掲げ、ポーズをとるヴィーナス。アダムの肩に片手をまわし、もう一方の手を知恵の実の木の枝にかけて、アダムにしなだれかかるイブ。茂みの背後には大きな鹿。はだけた胸に刃を突きつけるルクレティア。両手に剣と天秤を持つ、冷めた目の裸婦は正義の寓意(ユスティティア)。そして、多くの芸術家がクラナッハの裸婦に魅了されて「二次創作」(って言わないのか?)を行っているのが面白かった。ピカソとかマン・レイとかデュシャンとか。

 一番面白かったのは、壁一面を覆う95枚の(!)『正義の寓意(ユスティティア)』の複製らしきもの。確か、はじめにこの複製群が目に入って、えっ?と驚いて横を見ると、クラナッハの本物が目に入る会場構成になっている。いま「本物」と言ったが、クラナッハは大規模な工房を営み、「画家自身の仕事はおもに下絵やしかるべき構成上の指示、そしてまったく稀なケースではあるが、署名だけ」だったと図録冒頭の解説(グイド・メスリング)にいう。そうかーだからこんなに大量の作品が残っているのか。なお、95枚の「複製」は、レイラ・バズーキの『ルーカス・クラナーハ(父)《正義の寓意》1537年による絵画コンペティション』という作品(インスタレーション)で、中国・深圳(しんせん)の大芬油画村で100人の芸術家を集め、7時間以内で模写をさせたものだという。会場には、制作の様子を記録した動画も流れていた。「正義の寓意」のゆがんだ模写を大量に並べて見せるという皮肉も含めて、とても面白い。

 さらに「誘惑する女」系の作品。なるほど、これもクラナッハにはたくさんあるんだなあ。『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』『ホロフェルネスの首を持つユディト』の衝撃が強いが、私は、事(殺害)をなし遂げたあとの図より、まさに生きた男を迷わせ、いたぶっている女性の表情がいいと思う。『ヘラクレスとオンファレ』の緑の服の貴婦人、最高にクールだ。そして、このように見てくると、本展のポスター(ただし生首はトリミング)にもなったユディトって、クラナッハの描く女性としては、少し特異な感じがする。表情が硬いし、わりと肉付きがいいし、髪を下しているし。服装はお洒落だなあ。両手の手袋が素敵だと思う。これらの作品にインスパイアされた現代芸術家の作品も、当然ながら多い。

 最後にもうひとつ驚くのは、宗教改革の指導者であるマルティン・ルターとクラナッハに親交があり、クラナッハの工房で、数多くのルターの肖像が制作されていたこと。四角い顔に黒い角帽をかぶり、短い巻毛がはみ出している、あの教科書で見たルターの肖像がクラナッハの作品だったとは。『マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ』は、例によって青一色の背景に、どちらも地味な黒っぽい衣装のルター夫妻が一人ずつ描かれている。新古典主義時代のピカソを思わせるような、魅力的な作品である。

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1 コメント

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クラナッハ展 (dezire)
2017-01-13 14:49:03
私も「クラナッハ展」を見てきましたので、詳しい鑑賞レポートを読ませていただき、クラナッハの作品みたときの感動が甦って来ました。クラナッハの裸体画しは非常に美しく顔は清純な少女のようでしたが、薄布などをまとっているのがかえってセクシーで、誘惑されてしまいそうな雰囲気を感じました。クラナッハの版画も多く展示されていましたが、デューラーの版画を比べると漫画を見ているような親しみやすさがありました。『ホロフェルネスの首を持つユディト』顔や衣装の美しさに魅了されましたが、左下の首を切られた生首が妙に絵の中に調和していて、不思議な魅力を感じました。

私は展示されていたルーカス・クラナッハの描いた作品を通じて、ルーカス・クラナッハという画家の本質を掘り下げて、ルーカス・クラナッハの全貌を整理し本質を考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。

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