見もの・読みもの日記

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憧れのヨーロッパ/「結婚式教会」の誕生(五十嵐太郎)

2007-09-06 22:35:53 | 読んだもの(書籍)
○五十嵐太郎『「結婚式教会」の誕生:メイド・イン・ジャパンの愛の聖地』 春秋社 2007.8

 こんな研究もあり得るのだ、と驚き呆れるような本が出た。結婚式教会――つまり、結婚式という用途のためだけに建てられた、信者なきチャペル/カテドラルをいう。ラスベガスなど、少数の例外はあるが、基本的には日本独特の現象だ。信者のための教会が宗教建築であるのに対して、結婚式教会は単なる「集会所」として登記されている。

 信者のための教会が、様式にこだわらず、むしろ地域コミュニティに溶け込むことを目指しているのに対して、結婚式教会は「教会らしさ」を徹底的に追究する。このとき、アジアやアフリカのコロニアル様式は問題外で、ヨーロッパこそが「正統」と目される。ただし、細かい様式へのこだわりはない。ゴシック式の尖塔が、古典主義的列柱の上に載っていようと、アールヌーボー的な装飾と同居していようと、そんなことはお構いなしなのだ。

 とはいえ、結婚式教会はゴシックのパーツが好きだ(尖塔、薔薇窓、ステンドグラスなど)。ヨーロッパ建築といえば、ゴシック。これは、どうも日本人だけの連想ではないらしい。昨年訪ねたイエール大学の、長い歴史を感じさせる建築群が、実は20世紀初頭のゴシック・リバイバルだと知ったときは、ちょっと騙されたような気がした。キャンパスの風格を保つため、わざわざ「汚し」を入れると聞いたときは感心したが、本書を読むと、日本の結婚式教会でも全く同じことをやっている。

 建築家の立場からは、結婚式教会だからにせもので、信者のための教会なら優れているとは、一概に言えない。日本人がキリスト教を受容した近代初期の古い教会には、「キッチュすれすれ」なものもある。一方、安藤忠雄による「風の教会」「水の教会」などは、非日常的な空間演出に成功しており、評価の高い結婚式教会である。挙式の場として、建築家ギョーカイのカップルにも”人気”というのが、微笑ましい。

 けれど、女性たちの欲望の行き着くところ、教会という宗教建築のみならず、結婚式の主宰者である牧師や神父までも「ヨーロッパらしさ」を演出するためのアイテムとして消費されている(無論、西洋人=白人でなければならない)現状には、いくぶん、目を覆いたくなるものがある。

 私は、ふと吉見俊哉氏の『親米と反米』(岩波新書 2007)を思い出した。戦後の日本人にとって、最も大切な外国はアメリカだったという指摘に異論はない。だが、もしかすると、日本の男たちが「アメリカとの一体化」によって自信を回復し、強い男性性を確立しようとしたのに対し、消費の欲望に忠実な若い女性たちが、強くヨーロッパを志向するのは、多少滑稽な面はあっても、男性文化への「異議申し立て」を意味しているのではないか、とも思う。

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