○山岡耕春『南海トラフ地震』(岩波新書) 岩波書店 2016.1
関東育ちの私は、子どもの頃から大地震が来る来ると聞かされてきた。結局、個人的には幸いなことに、阪神淡路大震災でも東日本大震災でも大きな被害を蒙ることなく、半世紀を生きてきたが、そろそろ「当たり」が来てもおかしくないと思っている。むかしは「東海地震」が恐れられていたと記憶するが、近年、「南海地震」あるいは「南海トラフ地震」という名称をよく聞くようになった。
「トラフ」とは飼葉桶の意味で、細長い海底の窪みのなかで地形の急峻なものを海溝、緩やかなものをトラフと呼ぶのだそうだ。伊豆半島の付け根の駿河湾から四国沖に至る南海トラフでは、フィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込んでおり、過去に繰り返し巨大地震が発生している。白鳳地震、仁和地震、一部省略して、慶長地震、宝永地震、安政東海地震、近代では、1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震など。
南海トラフ地震に関する文書記録は、比較的豊富に残っている。影響範囲に、日本の政治的・文化的中枢が含まれていたからだろう。これに比べると、関東大地震(相模湾のプレート境界で発生する大地震)は、1923年の関東地震と1703年の元禄地震しか記録が残っていないそうだ。なるほど、地震の研究に古記録を利用するのは大切だけど、それだけを信用してもいけないのだな。
では、南海トラフ地震とはどんな地震なのか。はじめに、2011年の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震との違いを検証する。東北地方太平洋沖地震は、日本海溝沿いで太平洋プレートが沈みこむことで起きた。この地域では、ふだんからプレート境界がゆっくり動いている。一方、南海トラフはふだんは静かだが、いきなり巨大地震が発生するという特徴を持つ。陸地と震源域の距離は、南海トラフのほうが東北地方より近い。そのため、津波に加えて揺れも強くなる。また、東北地方太平洋沖地震では、地震発生から津波の到達まで、30分から1時間の余裕があったが、南海トラフでは、駿河湾沿岸で地震が発生した場合、おおむね20分、最悪3分で津波が到達すると考えられている。えええ、怖い。「揺れが続いている最中に津波もやってくる」って、著者はさらりと書いているけど、とても逃げられる気がしない。
地震の社会的条件も考慮しておく必要がある。東日本大震災では、980万人(青森、岩手、宮城、福島、茨城県の人口合計)を、日本の残り人口1億1700万人が支援した。南海トラフ地震で、静岡から宮崎、鹿児島までの太平洋側の県が被災した場合、3500万人を9200万人が助けなければならない。これは大変。しかも太平洋ベルト地帯と呼ばれる東西交通の要が直撃された状態で、物流は確保できるのか。いざというときに備えて、中央リニア新幹線を早期に開通しておくべきだなあとか、東北の復興を急ぐことは、次の地震で、もしかしたら「支援する」側にまわる地域の体力を養っておくという点でも重要なことがよく分かった。
さらに、都道府県別、あるいは東京・名古屋・大阪の大都市で、どのような被害が出るかという想定も紹介されている。抑制された筆致であるだけに、各地域の弱点がむき出しになっていて、ぞっとする。大阪湾に津波が押し寄せると、街中をめぐる堀川を遡上する恐れがある。大阪駅・梅田駅まで浸水域に含まれるという。また大阪府は住宅が密集しているため、火災による建物被害は全国最多となる見通しである。もっと詳しく見ると、三重県では、伊勢湾の中か外かによって、津波の被害が大きく異なる。濃尾平野は伊勢湾の奥にあり、津波の到達は遅いが、海抜ゼロメートル地帯であるため、もし地盤の液状化によって川の堤防が壊れると、すぐに浸水が始まる。うーむ、私は本書を読んではじめて、自宅周辺のハザードマップというものをダウンロードして開いてみる気になったが、なんだか分かりにくいものだった。
余談だが、南海トラフ地震は富士山の噴火を引き起こす可能性もある。1707年の宝永地震がそうだった。関連して、JR三島駅付近には、溶岩流の痕跡の上に直接新幹線の高架が建設されている場所があるという。三島市内には、固まった溶岩流の割れ目を流れてきた地下水が、いきなり幅50メートルくらいの川が始まるところもあるそうで、いつか見てみたいので書き留めておく。「ブラタモリ」で取り上げてくれないかな。
本書には、このほか、ライフラインの被害と復旧の見込み、日ごろ心がけておくべき防災対策、防災訓練についても詳しい解説がある。われわれは、どうしても地震予測に関心が向きがちだが、「予測だけでは被害は減らない」というのは、全くそのとおりだと感じた。
関東育ちの私は、子どもの頃から大地震が来る来ると聞かされてきた。結局、個人的には幸いなことに、阪神淡路大震災でも東日本大震災でも大きな被害を蒙ることなく、半世紀を生きてきたが、そろそろ「当たり」が来てもおかしくないと思っている。むかしは「東海地震」が恐れられていたと記憶するが、近年、「南海地震」あるいは「南海トラフ地震」という名称をよく聞くようになった。
「トラフ」とは飼葉桶の意味で、細長い海底の窪みのなかで地形の急峻なものを海溝、緩やかなものをトラフと呼ぶのだそうだ。伊豆半島の付け根の駿河湾から四国沖に至る南海トラフでは、フィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込んでおり、過去に繰り返し巨大地震が発生している。白鳳地震、仁和地震、一部省略して、慶長地震、宝永地震、安政東海地震、近代では、1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震など。
南海トラフ地震に関する文書記録は、比較的豊富に残っている。影響範囲に、日本の政治的・文化的中枢が含まれていたからだろう。これに比べると、関東大地震(相模湾のプレート境界で発生する大地震)は、1923年の関東地震と1703年の元禄地震しか記録が残っていないそうだ。なるほど、地震の研究に古記録を利用するのは大切だけど、それだけを信用してもいけないのだな。
では、南海トラフ地震とはどんな地震なのか。はじめに、2011年の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震との違いを検証する。東北地方太平洋沖地震は、日本海溝沿いで太平洋プレートが沈みこむことで起きた。この地域では、ふだんからプレート境界がゆっくり動いている。一方、南海トラフはふだんは静かだが、いきなり巨大地震が発生するという特徴を持つ。陸地と震源域の距離は、南海トラフのほうが東北地方より近い。そのため、津波に加えて揺れも強くなる。また、東北地方太平洋沖地震では、地震発生から津波の到達まで、30分から1時間の余裕があったが、南海トラフでは、駿河湾沿岸で地震が発生した場合、おおむね20分、最悪3分で津波が到達すると考えられている。えええ、怖い。「揺れが続いている最中に津波もやってくる」って、著者はさらりと書いているけど、とても逃げられる気がしない。
地震の社会的条件も考慮しておく必要がある。東日本大震災では、980万人(青森、岩手、宮城、福島、茨城県の人口合計)を、日本の残り人口1億1700万人が支援した。南海トラフ地震で、静岡から宮崎、鹿児島までの太平洋側の県が被災した場合、3500万人を9200万人が助けなければならない。これは大変。しかも太平洋ベルト地帯と呼ばれる東西交通の要が直撃された状態で、物流は確保できるのか。いざというときに備えて、中央リニア新幹線を早期に開通しておくべきだなあとか、東北の復興を急ぐことは、次の地震で、もしかしたら「支援する」側にまわる地域の体力を養っておくという点でも重要なことがよく分かった。
さらに、都道府県別、あるいは東京・名古屋・大阪の大都市で、どのような被害が出るかという想定も紹介されている。抑制された筆致であるだけに、各地域の弱点がむき出しになっていて、ぞっとする。大阪湾に津波が押し寄せると、街中をめぐる堀川を遡上する恐れがある。大阪駅・梅田駅まで浸水域に含まれるという。また大阪府は住宅が密集しているため、火災による建物被害は全国最多となる見通しである。もっと詳しく見ると、三重県では、伊勢湾の中か外かによって、津波の被害が大きく異なる。濃尾平野は伊勢湾の奥にあり、津波の到達は遅いが、海抜ゼロメートル地帯であるため、もし地盤の液状化によって川の堤防が壊れると、すぐに浸水が始まる。うーむ、私は本書を読んではじめて、自宅周辺のハザードマップというものをダウンロードして開いてみる気になったが、なんだか分かりにくいものだった。
余談だが、南海トラフ地震は富士山の噴火を引き起こす可能性もある。1707年の宝永地震がそうだった。関連して、JR三島駅付近には、溶岩流の痕跡の上に直接新幹線の高架が建設されている場所があるという。三島市内には、固まった溶岩流の割れ目を流れてきた地下水が、いきなり幅50メートルくらいの川が始まるところもあるそうで、いつか見てみたいので書き留めておく。「ブラタモリ」で取り上げてくれないかな。
本書には、このほか、ライフラインの被害と復旧の見込み、日ごろ心がけておくべき防災対策、防災訓練についても詳しい解説がある。われわれは、どうしても地震予測に関心が向きがちだが、「予測だけでは被害は減らない」というのは、全くそのとおりだと感じた。