見もの・読みもの日記

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黒白無常の誕生の謎/中国の死神(大谷亨)

2023-08-01 22:37:58 | 読んだもの(書籍)

〇大谷亨『中国の死神』 青弓社 2023.7

 ツイッター(旧称)で「無常くん」を名乗る著者のアカウントをフォローしたのはずいぶん前のことだ。本書は、無常という名の中国の死神について論じたもので、著者が東北大学に提出して博士号(学術)を取得した博士論文を下敷きにしている。だから、当然「学術書」のカテゴリーに入るのだが、文体はやわらかめで読みやすく(「ビビビッときた」「ブサカワ」など)、図像満載(多くは著者が撮影したカラー写真)、さらに著者手書きのカラー無常MAPあり、ソフトカバーでお値段抑えめなのもうれしい。

 無常は白無常と黒無常がペアになる形態が最もオーソドックスである。ともに高帽子を被り、白無常は長い舌を垂らし、傘や扇子(団扇型の)を持ち、首に元宝(むかしのお金)をつないだものを掛ける。黒無常は鎖を持つ。

 中国では、伝統的に人を冥界に連れ去る存在として、お役人風の「勾魂使者」が考えられてきた。それが18世紀・清朝乾隆期に高帽子を被った無常(白無常)が登場する。著者は、「山魈(さんしょう)」と呼ばれるバケモノの影響(イメージの混淆)があったのではないかと考える。うーん、この部分はあまり納得できない。古いバケモノである山魈との混淆が、なぜ清朝中期にいきなり起きたのかがよく分からない。それはそれとして、本書に掲載されている『点石斎画報』の巨大な山魈の図、そのまま諸星大二郎のマンガの一場面のようだ。また、中国語wikiで山魈を調べたら『閱微草堂筆記』の用例が出てきた。紀昀先生、福建で山魈らしきバケモノに遇っているみたい。

 初期の無常はソロで描かれていたが、やがて黒白無常のペアが誕生する。清末~民国期に刊行された『点石斎画報』には、しばしば両手を前方に伸ばしたバンザイ黒無常が描かれている。著者はここから、人の魂を奪うバケモノだった「摸壁鬼」が、無常(白無常)の影響を受けて、黒無常に変化したと考える。これは納得。迎神賽会のパレードなどで披露される「摸壁鬼舞踏」の写真も掲載されていて興味深い。なお、さらなる変化形として、福建系の黒白無常では、ノッポの白無常とチビの黒無常(ブサカワ型)のペアを見ることができる。これはもう、本書掲載の写真を見て楽しんでいただくのが一番よい。

 私が「黒白無常」の存在を確実に意識したのは、2018年に見た『遠大前程』という中国ドラマで、「上海十三太保」と呼ばれる十三人の武侠高手の中に、黒白無常を名乗る二人組の殺し屋が描かれていた。最近見た『飛狐外伝』(舞台は乾隆時代)にも、チンピラが黒白無常を装って主人公たちを脅かそうとする場面があった。歴史的には新しい死神なので、民国・清朝より前に登場させると時代錯誤感があるのだろうな。

 私が個人的に気になるのは、無常の高帽子がどこから来たのかである。日本だと長烏帽子に当たるだろうか(最初に浮かんだのは加藤清正の長烏帽子形兜)。ネットで『豊国祭礼図』などの画像を探して眺めると、異形の風体として、高く尖った帽子を被った人物がときどき登場する。中国では、いつ、だれが、あんな帽子を被ったのだろう。何の根拠もないのだが、海外(西洋)の影響を受けてはいないのかな…丸谷才一さんの、阿国歌舞伎がイエズス会演劇の影響を受けたのではないかという仮説を思い出したりしている。あと、白無常の持ちもの、傘も気になるねえ。四天王が傘を持っていることもあるが。

 本編の間に挟まれた「無常珍道中」(旅ルポ)の章段も楽しい。多少、中国の田舎を知っていると、あるある~とうなずきながら笑える。著者が「地獄のゼリービーンズ」と呼んでいる、ベタッとした極彩色に塗り分けられたレリーフ画、私が見た雲崗石窟のいくつかの壁面もこんな感じだった。山東省の廟会の露店のカラーヒヨコ、すさまじい極彩色だが、私が子供の頃(昭和の日本)にもこういうお店が出ていたことを思い出して、なつかしかった。

 白無常・黒無常には、謝必安・范無救という名前があるのだな。謝必安といえば、ドラマ『慶余年』に出てきていた! 台湾では二人あわせて「謝范将軍」「七爺八爺」と呼ぶそうだ。いま見ている中国ドラマにも「七爺」と呼ばれる極悪人が登場するのだが、中国系の人たちの頭の中には無常のイメージが去来するんだろうか。次回、中華圏あるいは国内の中華系の廟に行く機会があったら、黒白無常を探してみよう!


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