見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

ナショナリズムを学ぶ

2004-06-07 01:00:37 | 読んだもの(書籍)
○浅羽通明『ナショナリズム:名著でたどる日本思想史』(ちくま新書)2004.5

 日本ナショナリズムの諸相を、主要な10冊のテキストとその周辺の「読書ノート」を題材に語る、ブッキッシュな日本思想史講義。

 10冊の選び方がうまい。石光真清というほとんど誰も知らない一軍人の手記『城下の人』に始まり、ナショナリズムの古典として名高い、でも実際に読んだ人は少ない、志賀重昂『日本風景論』を押さえ、本宮ひろし『男一匹ガキ大将』で意表をつく。

 各章のタイトルの仕掛けもいい。「普通の国となるとき、それは今?~小沢一郎『日本改造計画』」とか「近代というプロジェクトX~司馬遼太郎『坂の上の雲』」とか、著者がうまいのか編集者の力量なのか分からないが、店頭で目次を開けてしまったら、買って帰らずにはいられないようにできている。きちんとした内容があって、しかもマーケティングをなおざりにしない本の造りは好ましいと思う。

 さて、内容であるが、10冊のテキストと著者の距離はさまざまである。たとえば、小熊英二『<民主>と<愛国>』の章は、戦後のナショナリズムを検証した小熊のテキストに全面的に寄りかかるかたちで語られており、著者独自の視点はあまり見られない。

 著者の本領が感じられるのは、たとえば石光真清を取り上げた章である。明治元年生まれの石光は、日露戦争前夜、諜報部員としてシベリアや満州でロシア軍の機密を探る活動を行った。その手記には、生活の場を求めて日本を離れ、北の大陸に渡った労務者や工夫、娼婦たちが登場する。時代はまだ、ナショナリズムというタームが定着するずっと前のことだ。当然、彼らには「日本国民としての自覚」は薄い。しかし、石光という一軍人、そして彼を取り巻く底辺層の日本人の行動を読み解きながら、ナショナリズムの形成と確立を、著者は私たちの前に示していく。

 本宮ひろし『男一匹ガキ大将』を取り上げた章も面白い(私はわずかな世代差で、この名作を読んでいない。私が「少年ジャンプ」を読み始めたのは、この作品が連載を終了した1973年の少し後になる)。大衆ナショナリズムの戦後最大イデオローグは『竜馬がゆく』の司馬遼太郎であろう、という論点は最近よく耳にする。しかし、著者の言うように、司馬遼太郎を読むのはブルーワーカーでは少数である。活字を読まない彼ら(中卒や高卒の工員、建築現場の作業員、ダンプの運転手、レストランや食堂に働く少年)にも、彼らなりの社会思想はある。身体化された彼らのナショナリズムの深さとその挫折を、『男一匹ガキ大将』のドラマツルギーを素材に解いていく一段は読み応えがある。

 司馬遼太郎『坂の上の雲』に真正面から切り込んだ一段も圧巻だった。私はこれまで「司馬遼太郎問題」をなんとなく避けて通ってきた。なんといっても彼の歴史小説が面白いことは全面的に認めざるを得ない。『坂の上の雲』『国盗り物語』『峠』『燃えよ剣』、ええと、それから中国物の『項羽と劉邦』等々。あまり小説を読まない私でさえ、ひとたび彼の作品に出会ったときは夢中で次から次と貪り読んだ。『街道をゆく』をはじめとするエッセイも知性と品格あふれる読みものとして評価されているではないか。まわりの友人や友人のダンナにもファンが多い。だから、どうも司馬遼太郎批判は口にしにくかった。

 しかし、今回、司馬遼太郎の限界がよく分かったような気がする。著者の指摘は以下の一文に集約される。「受験秀才をあれほど嫌った司馬だが、彼が描く日本が、あたかも欧米という模範解答を再現しようと努力する受験秀才のようだと果たして気づいていただろうか」。もうひとつ、忘れないために書き付けておこう。「(司馬は)ただ能力ある男たちを描きたかったのだ(男たち。そう、ジェンダーの問題に関しては、司馬は極めて旧守的だった)」。

 最後に、本書は非常に水準の高い読書の手引きである。ナショナリズム研究の文献案内は、この他もいくつか出ているが、複数の著者の原稿を集めたものは、どこか散漫でつまらない。本書の強みは、著者がひとりで広範な文献を読みこなし、咀嚼し、血肉化したうえで書いているところである。こういう文献案内ができるような読書人に、私もなりたいのだが!

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 浄土教の絵画と彫刻 | トップ | 源満仲・頼光 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同じ本 (witafu)
2004-10-14 21:37:48
同じ本を読みました。ずいぶんしっかりしたコメントだと思いますがプロの方ですか?普通ここまで書けないですね。
返信 (jchz)
2004-10-15 12:22:40
コメントありがとうございます。ただの趣味人です。ごくたまにですけど、しっかりしたコメントを書きたくなる本に出会うことがあるので、こんなBlogを始めました。今後ともどうぞよろしく。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読んだもの(書籍)」カテゴリの最新記事