見もの・読みもの日記

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インドネシアとともに/海洋国家日本の戦後史(宮城大蔵)

2017-09-20 23:29:04 | 読んだもの(書籍)
○宮城大蔵『増補 海洋国家日本の戦後史:アジア変貌の軌跡を読み解く』(ちくま学芸文庫) 筑摩書房 2017.8増補

 実は、読む前に思い描いていたのとは、ずいぶん異なる内容だった。内容の過半は、インドネシアの戦後政治史、あるいは戦後日本とインドネシアの関係史だったが、私はインドネシアという国に、ほとんど関心を持ったことがない。そのため、本書は非常に難しかったが、全く新しいことを知る面白さもあった。

 「まえがき」に云う。本書のタイトルを「海洋国家日本」としたのは、何よりも戦後日本が「海のアジア」と緊密に結びついていること、今日のアジアを論じる歴史的文脈としては、日本を内に含む「海のアジア」の戦後史が決定的に重要であること、にもかかわらずそのことが十分には認識されていないと考えたからである、と。確かにそのとおりで、私は北東アジアほどには「海のアジア」(=東南アジア)と日本の結びつきについて考えたことがなかった。

 1955年、アジア・アフリカの新興独立国29ヶ国によるバンドン会議(第1回アジア・アフリカ会議)が開かれ、前年、吉田茂から鳩山一郎に首相が交代したばかりの日本も、この会議に招請された。背景には、中国招請をめぐって、中立主義+共産主義陣営(インド、インドネシア)と自由主義陣営(パキスタン、セイロン)に激しい論争があり、パキスタンが、中国招請を受け入れるかわりに「反共最大の大物」である日本の招請を主張した経緯があった。鳩山は、この会議を「アジア復帰」の好機と考えたが、重光葵外相は「対米協調」を貫き「反共」に徹する方針だった。このため会議における日本の存在感はどこか曖昧なもので終わった。

 バンドンで、中国大陸との間の「冷戦の壁」を認識した日本の関心は、東南アジアに向かう。1957年、岸信介首相はインドネシアを訪れ、スカルノ大統領との間で賠償交渉を妥結させる。民族主義者スカルノの下で独立を成し遂げたインドネシアは、反乱による解体の危機にあり、石油資源に関心を有するアメリカは、スカルノの左傾化(共産化)を危惧し、反政府勢力に肩入れしていた。その中での、岸とスカルノの交渉妥結である。岸は「アジアにおける日本の地位をつくり上げる」ことによって「日米関係を対等なものに改めよう」と考えていたという。ううむ、やっぱり昨今の政治家とは、胆力も構想力も比較にならないと感じる。

 東南アジアの脱植民地化が進行する一方、イギリスは自らの影響力を保持するための「マレーシア」構想を押し立てるが、インドネシアやフィリピンの反発を招く。日本の池田首相は、この紛争仲介に乗り出し、アジア諸国を歴訪する。混迷と貧困に沈むアジアの姿を見た池田は、アジアの指標となる日本の役割を自覚したという。池田の仲介は効力を発せず、いたずらにイギリスを苛立たせ、スカルノは中国へ接近する。

 1965年、インドネシア軍部は軍事クーデター(九・三〇事件)によって共産党を排除し、スカルノ失脚の端緒となる。このとき、インドネシア全土で共産党関係者への大規模な殺戮が行われたという。日本政府はスカルノに見切りをつけ、スハルト政権下の開発体制の支援を強力に推進する。日本の対外援助の最大の受取り国(2001年まで累計)がインドネシアだったというのは、同国への親近感が薄い私には意外な事実だった。アジアにおいて「1965年」が持つ意味の考察も興味深いが、ここでは省略。

 1971年は、米中の接近が世界に大きな衝撃を与え、日本では「ニクソン・ショック」という言い回しが多用された。しかし著者によれば、日中国交回復は、逆にアメリカに衝撃を与えたという。また、日中の接近は、アジア太平洋諸国にも衝撃をもたらした。スハルトはインドネシアと関係の深い福田赳夫に期待を寄せ、自民党総裁選にも介入したが、結果は、日中国交正常化を目指す田中角栄の勝利となる。こんな対立軸があったとは知らなかった。

 最後に著者は、1976年に死去した周恩来について語る。毛沢東と周恩来の指導する中国は、戦後日本のような「豊かさ」を手に入れることができなかった。そのことが、晩年の周を苦悩させた。しかし革命中国は、戦後日本が手にできなかった、あるいは手にすることを選ばなかった「独立」を手に入れた。人々の生活を犠牲にしてでも「国際社会で独立した存在でありたい」という強い意志を、彼らは貫いた、と著者は考える。これは興味深い見解である。本書は、もと2008年に新書版で刊行されたものだが、10年経った今日、日本と中国の「豊かさ」と「独立」について考えるのは、さらに興味深い。

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